【80・シュタールツ帝国7】
鈍い音をたてて開く石扉に僕はアリアに跨ったまま、中を警戒しつつ中に入る。
「……ちっ、もぬけの殻かい」
室内は研究室のような感じで様々な機器がテーブルの上に散乱するように並び、流石の僕でもアリアが言っていた甘ったるい匂いが鼻をかすめる。
呟くアリアは更に濃くなった匂いに身体を震わせ、唸り声をあげる。
「一体、ここは……」
「さぁね。ただ、何かを研究していたのは間違いないよ。それも、ろくでもないやつ」
室内を見回して伏せをすると、僕が降りやすいようにしてくれる。
「私はここに居るから奥でも見てきな。ただし、なにも触れず、何か居ても深追いしないで私を呼びな」
「え、一緒に行かないの?」
「ボスを倒したとはいえ、魔香のせいで油断出来ないし、匂いがキツいから嫌だ」
「……後半が本音でしょ」
思わずしらけそうなになりながらも、アリアが言うのもわかる為、僕は一人で薄暗い奥へと進んだ。
「一体何を研究してたのかな……」
そこまでホコリを被っていない感じがするから、最近まで使っていた事がわかるけど、肝心の研究対象っていうのかなそれが分からない。
「んー。魔素吸収値、耐久値……?」
読み取れる書類を見れば、複雑なグラフと図形、魔法陣っぽいのも読めるけど、失敗なのかバツ印が大きく書きなぐられている。
部屋はさほど広くなく既に奥へと着いたのはいいけど、魔香が見当たらない。
あれさえ壊せれば、アリアも楽になる。そう思い探すが見つからない。
奥に着いて感じたのは、魔素の濃さと魔香の匂いの強さだけ。
「……どこにあるんだろ?」
棚やテーブルの下を見るが、ただ散らかっているだけ。諦めかけた時、目に入ってきたのは割れたガラス張りの水槽のような物。
ーーゾクッ
寒気が走ると同時に黒い何かが視界に入る。
「カハッ!!」
気付けば、その何かによって吹き飛ばされ激しい音を立て壁に叩きつけられた。
「い"っ!? な、なにっ……?」
身体のあちこちが痛い。
何かの苦しそうな呼吸も聞こえる。
「リューリっ!!!」
遠くでアリアの声が聞こえる。ごめんって、念話する暇も無かったんだよ。
そう言いたいのに、身体中が痛すぎてどんな状況かも分からない。
そこで、僕の意識はブラックアウトした。
※※※※※※
(…………ア、リア)
「……リューリ?」
小さく呟くように私の名前を呼ぶリューリの声。念話ではない。
テイマーがテイムした従魔を呼ぶ際に使用するスキル。『召喚』だ。
このような形で使われるのは初めてだし、様子が可笑しい。
リューリの声に応えるようにリューリの魔力を意識すると、出入り口に居た私の姿はその場から掻き消えた。
目を開けると飛び込んできたのは、壁にめり込み意識がないリューリと人とも魔物とも言い難い化け物の姿。
「リューリっ!!!」
リューリに駆け寄り壁から引きづり下ろすと、急いで『回復』の上位互換『超回復』を掛ける。
「死ぬんじゃないよ!」
さっきまで身体を休めて回復した魔力がごっそりと削られていくが、構うもんか。
優しい緑がかった光が、リューリを包み傷を癒して行く。
「フッー!! フガァッーー!!」
「やかましい!!」
化け物がこちらに襲いかかろうとするが、私の威圧で怯ませ、その隙に闇の帯で拘束し地面に転がして放置して、意識をリューリに戻す。
「リューリ! リューリってば!」
中々戻らない意識にもどかしく、時間も長く感じる。
現代日本ならまずあのめり込みようからして、即死の可能性があったが、ここは異世界ファンタジー。
リューリの身体もそこそこ丈夫に出来てるし、防具と風魔法の魔力を感じた。たぶん、無意識に剣の風魔石で風をクッションがわりに起こしたのだと思う。
「……っごほ!」
「リューリっ!」
少ししてやっとリューリの呼吸が戻る。
「……あ、れ? 僕は……」
「おバカ。心配掛けさせるんじゃないよ。もっとマシな召喚の仕方をして欲しいね」




