【76・シュタールツ帝国編3】
「ちょいと、そこのアンタ。この場で一番のお偉いさんを連れてきな」
「ひぃぃっ! しゃ、喋った!」
足元で腰を抜かして座り込んでいる一人の青年にそう言って、リューリに念話で全員来てもいいと話しかけた。
すると、私の言葉を聞くなり行動に出たのだろうリューリによってライヘン家の馬車は動き出したのを振り返り遠目で確認すれば、未だに座り込んでいる青年を見下ろした。
「はぁー……。さっさとしてくれないかねぇ」
「ひっ、こ、こ、殺さないでぇっ!」
「(ムカッ……)殺されたくなかったらさっさと動きな! じゃないと、本当に食っちまうよ!」
牙を見せ脅せば、悲鳴を上げながらもやっと動き出した青年を睨むと、私を囲むようににじり寄ってくる兵士と冒険者達を一瞥して、双方が揃うのを大人しく待った。
「アリアっ!」
微かに聴こえたリューリの声。
それだけで、不機嫌になりつつあった私の機嫌が落ち着いてくるのだから、案外、私も現金なものだと内心苦笑いをする。
人垣を掻き分け私に近付いてきたリューリに頭を擦り付けると、リューリを止めようとしていた冒険者風の男の腕が止まって固まっていたのが見えるけど、それどころじゃない。
「ちょ、まって……わぷっ!」
「ゴロゴロ……」
「あ、アリア? どうしたの?」
私の行動を不審に思ったリューリが、宥めるように私を撫でて来て思わず鳴ってしまう私の喉。
うん、実に素直だこと。
そんな私たちの様子を苦笑いしながら見てくるライヘン一家の面々に恐る恐る話しかけたのは、先程の青年だった。
「す、すみません。リカルド・ライヘン様でしょうか?」
「あ、はい。色々と驚かせて申し訳ない」
「い、いえ! えっと、あちらの魔獣は契約獣でしょうか?」
「えぇ。あそこで揉みくちゃにされている私の息子の契約魔獣なので、大丈夫です」
存分にリューリで苛立ちの収まった私はリカルドと話をしていた青年に気付き、辺りを見回した。
「はぁー……。はぁー……。もう、なんなの。全身毛だらけになっちゃったじゃん」
「私からの愛情表現さね。それに、これで十分牽制出来た。やっと、お偉いさんを連れて来たようだねぇ」
パタパタと私の毛を払い落とすリューリに気分が良くなり更に付けてやろうかと思っていたが、直ぐに感知した手練の気配にリカルドの方へと顔を向けた。
リューリも私の様子にならうようにリカルドを見ると、厳つい顔に傷のある男と並んだリカルドが私たちを手招きしてきた。
「アリア殿、リューリ、こちらはこの門の防衛を任された帝国騎士団の騎士団長リングバディ様だ」
「様だなんてやめてくれ。アンタに言われると背中がムズムズしてくる」
「隣国の騎士団の団長様なんだ。敬意は示さないとな?」
「かぁーっ! よく言うぜ! アンタが断ったから俺にお鉢が回ってきたんだろうが」
「でも、何だかんだと上手くやってるじゃないか」
「あったりまえだ。俺が居て弱っちいままじゃ話にならないからな。全員、鍛え直してやった」
軽快な会話が飛び交う中、私たちの後ろからヘレンちゃんを連れたイリスもやってきた。
「ふふっ、変わらず元気なようで安心したわ。貴方の騎士団の活躍ぶりは、私たちの元まで届いていたわよ」
「ぉお! 血染めのま「ドゴッ!」」
「お前……。わざとか?」
呆れたように地面に顔面から沈んだ騎士団長のリングバディを見下ろすリカルドとにっこりと杖を構えたイリス。
何が起こったのかというと、イリスを見たリングバディがイリスの二つ名みたいな物を言おうとしたが、イリスがそれを遮るように詠唱破棄の上無言で風魔法の一つ「風圧」をリングバディの頭上から振り下ろすように発動。
当然、いきなりのことに為す術なくリングバディは地面とキスをするはめになったというわけだ。
「……こわっ」
「血染めの……?」
私とリューリは一連の出来事にお互いリューリは怖いと、私は血染めと呟くと目ざとくイリスはこちらを見てきた。
「リューリ、アリア様。お忘れください」
「え?」
「なんでだい?」
「いいですから、お忘れください。ね?」
笑顔の圧が増すイリス。私たちは思わず直立不動になって必死に頷いたのだった。
やっぱりライヘン家の女性は恐い。これ絶対。




