【65・ヤラカシタ】
あのカカオっぽい実の正体が絶滅危惧種の食用の種だとわかって早数日、やっとカオの実とやらが料理に使える状態になったとマスカさんがリューリに知らせてきた。
なんで、数日かかったかというと、なんでも色々と手順があり一歩間違えると、毒物になってしまうんだとか。 んで、その下処理の仕方を分かっている料理長からのお許しが出たのが今日というわけ。
私達は数日掛かると聞き、ただ屋敷で待つのも勿体ないので、あの洞窟に行ってリューリのレベル上げと採掘をしてきた。
いやー。実に楽しかった! やっぱり出来たばかりとはいえダンジョンになってたのだ。 リューリの修行にはもってこいだった。
「また、暫く間隔を開けてあの洞窟に行こうかなねぇ」
「え"?」
「なんだい? 当たり前じゃないか。 なんの為にダンジョンコアを残したと思ってるのさ」
調理室に向かう道すがら私がそう呟くと、リューリはこちらを凝視してきて、マジかって顔してるけど、マジだよ?
「ああいう出来たばかりのダンジョンっていうのはコアさえ残せば、また再生するのさ。 より強くなってね。 ただし、これが大規模なダンジョンなら話は別。 コアが無くなったとしても糧となる魔素は濃くすぐに別のコアが出来上がる。 これが、ダンジョンの不思議なところさねぇ」
「え、また行くの? そりゃ、採掘も出来るから収入源としてはありがたいよ? でもさ、魔物が強くなってるんでしょ? 無理無理。 あれだけでも大変だったのに……」
ブツブツと言い始めたリューリ。 全く、仕方ないねぇ。
「リューリ。 自分のステータスと他の誰でもいい。 例えば、両親のと比べてみな。 変わってるはずさね」
調理室の扉の前で私はそういうと室内へとドアノブを下げて入って行った。
「あ、ちょっと。 えー……。比べるってマジかぁ」
ガックリと肩を落とすリューリに呆れながら中に入っていく。
すると、ほのかに漂ってくる懐かしきあの甘い香り。 私は興奮を抑えきれず、リューリを放ったらかしにして駆け出した。
バタバタっ! ガッシャーンっ!
色々な物を倒しひっくり返して、私は驚く周囲の視線をまるっと無視すると、香りの元へと辿り着いた。
「な、な、なんだぁっ?!」
「アリア様っー?!」
「ひぃっ!!」
「グルルゥ……。 これが、カオの実かい?」
匂いを嗅ぎ内心では確信しつつも、確認の為、料理長をちらりと見る。
「は、はいっ! カ、カオの実の下処理をした物で間違いないです! スイーツからパンに至るまでご利用出来ます!」
「ふぅ……。やっぱりそうかい。 なんていい香りなんだい」
料理長がなんか知らないけど、ビクビクとしながら必死に教えてくれる。
この香り。 やっぱり、カカオだ。 すでにパウダーになってるからこのまま使える。
「ねぇ、ちょいと味見したいんだけど、いいかい?」
「は、はぁ……。 今、別皿に少し分けます」
マスカさんは挙動不審になりながらも準備しに行く。 なんで、そんなにオドオドしてるの? 周囲の様子に首を傾げていれば、久しぶりに感じる浮遊感。 脇にある両手も久しぶりだ。
「リューリー……。 何するのさぁ」
「何するのさじゃない。 バカ猫。 周りを見てみなよ? なんで、こんなに散らかってるのかなぁ?」
リューリの手によって強制的にカオの実がある作業台からバンザイ体制にさせられ、リューリはそのまま後ろに振り向く。
そこに広がるのは、なんということでしょう。果物や野菜が入ったカゴは作業台から落ち散乱。 ボウルやら調理器具も同じく散乱。おまけに、小麦粉の入った袋も倒れて、中身が床に白く広がっている。
うわぁ………。 これは酷い。 酷いなんてもんじゃない。 盗賊でも入ったのかと思う程に酷い有り様だ。
「えっと……。 これはその……。 私が? やっちまったのかい?」
ゆっくりと床に降ろされるが、無言だ。 ヤバい。 マジで怒ってらっしゃる。 そろーっとリューリへと振り向き見上げる。
「…………アリア」
「はいぃっ!」
「暫く甘い物は禁止!! 反省するまで、冒険者ギルドで室内でのお手伝い!! 返事は!?」
リューリの雷に私の両耳はぺシャリと倒れ、尻尾も首も縮こまって伏せまでしてしまう。
しかし、内容が酷い。甘い物抜きってこの香りを嗅いでるのにあんまりだ。 酷すぎる。 百歩譲ってギルドの手伝いっていうのは、恐らく戦闘指導。 これは、何となくわかる。
だがしかし、カカオの香りを漂わせる室内で、これからどうかと思いを馳せていたのに……。 抗議しようとリューリを見上げたが、言えなかった。
「……は、はい」
大人しく返事をするしかなかった。 だってさ、イケショタだよ? そんな子がマジ切れしたら怖いのなんのって。
フェアリアルキャットともあろう私は、リューリのキレた姿に母のイリスを重ねて、身体を震わせ、調理室からマスカさんの手に抱かれ震えながら大人しく強制退去されたのだった。




