“未経験”だけど“コマシ”になつかれています
「谷繫さ~ん!」
酒匂チーフのお声は良く届く。なんでも昔…アルバイトで“ウグイス嬢”をやっていたそうだ。
その面影は“優しいお姉さん”の雰囲気として今もしっかり残っていて…私達デザイナーは
皆カノジョのファンだ。
で、声の主を探してみると…
なんと特大の“イルカのルフィーくん”だ。
『よく来てくれましたね。谷繫リーダー ボクを小牧女史のところへ連れていって欲しいんだ』
そうおっしゃりながら、酒匂チーフは抱きかかえたルフィーくんの後ろからひょっこり顔を出した。
「バア~!」
その仕草が萌え可愛くて私はクスクス笑ってしまう。
顔を出した酒匂チーフは「鹿沼さんのところで作ってもらったサンプル! 可愛いよね!」と抱き枕を私に抱かせる。
私としては酒匂チーフの方が可愛いのではと思うのだけど「そうですね~」と言いながら抱き枕をチェックしてみる。
「さすが鹿沼さん!縫製もキレイ」
「そうね…それにルフィーくんの“お顔”もいいのよ。私、小学校の頃、“初代”のルフィーくんのイラスト入り下敷きを使っていたのだけれど…その雰囲気が良く出ていて…きっと小牧女史にも気に入っていただけるわ」
小牧女史は…数々の人気キャラクターを創り出した“伝説の”デザイナーなのだけど今は非常勤で…私は残念ながらお目にかかった事が無かった。
「私、小牧女史にお目にかかった事がないんです」
「それはちょうど良かったわ。今なら役員室にいらっしゃるわよ。『私が今の制作部を支えています』って言って来なさいな」
私、大慌てで「私なんかまだまだ未熟です」と否定したけど…優しい酒匂チーフに「大丈夫大丈夫」と背中を押され送り出された。
役員室のあるフロアーは…敷き詰められたカーペットタイルも毛足が長めで…薄く流れるBGMがはっきり聞こえるくらいにシンとしていた。
役員室って…いったいどの部屋??
どの部屋も外からは人の気配が感じられない…
カチャン!
廊下の向こうの方で食器が鳴る音がして…
「誰かいる! 秘書さん??」
私は“ルフィーくん”を抱えながら足早に音のありかを目指す。
音は…まるでカウンターバーの様な雰囲気の給湯室からで…
パッ!と入って見ると
目の前に紺のワンピのジッパーを下げ、肩を剝き出しにされている真っ白な背中が飛び込んで来た!!
「!!!!」
その不埒な行為を行おうとしているオトコと目が合ってしまう!!
「社長だ!!」
伝説のデザイナーが小牧女史なら…業界に“この人あり”と言われている人…物凄い“やり手”なのに物腰柔らかく優しい笑顔の人…この社長に憧れて入社した人は男女を問わずごまんといるし私もその一人…
なのに!!!
さすがに社長もバツが悪そうにハニカミスマイルなどしたものだから私は急速に血流が上がって来るのを感じる…
そのタイミングで露わになった肩越しに振り返った女性とも目が合ってしまった。
ロマンス映画の1ペーシの様なあでやかな人!!
「あら! ルフィーくんじゃない! こんにちは」
明らかに目や頬は愛の感情に染まっているのに…落ち着いた笑顔を見せるこの人は…とても綺麗だが“お子ちゃま”ではないのだろう…
「し、失礼しました!!」
私はもう…ルフィーくんを連れて逃げ帰るしか無かった。
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「じゃあ…聞くけど…その方って紺のワンピースをお召しだった?」
私がコクコク頷くと「チーフ! 小牧専務からお電話です」と声が掛かり、酒匂チーフは受話器を取る。
「ええ…行かせました…ハイ! 我が制作部のエースの谷繫さんです。 お昼ですか? 私も谷繫もまだですが… そうですね…この状況で社長とご一緒するのは…谷繁にはちょっと辛いかも…ふふ、そうなんです、カノジョも社長に憧れて入社したクチですから…」
酒匂チーフは壁時計と私をチラッと一瞥した。
「…では10分前にロビーで」
電話を切ると酒匂チーフは私にちょっと悪戯っぽい笑顔を向けた。
「小牧女史が…あなたと私をお食事にお誘いしたいって! さっきあなたを驚かせたお詫びだそうよ」
まさかとは思ったけど!! あの人が“小牧女史”だったなんて!! でも!!
「若くてびっくりしたでしょ?!」
私の心の声を聞いていたかのように酒匂チーフは答えてくれる。
「専務は美魔女で…社長のパートナーなの」
「…でも奥様ではないですよね?!」
「ええ! だから立場としては“愛人”という事になるのでしょうけど…奥様と専務も恋仲なのよね」
「えええええええええ!!!!!!!」
「う~ん…谷繫さんの夢壊しちゃって申し訳ないのだけど…あの三人が三人とも愛人同士で…一応、専務は独身って事になるのだけど…年季の入ったプロの3Pプレイヤーなの…」
私、クラクラめまいがして…椅子にへたり込んでしまった。
私の好きなお二人の…知らなかった一面を見せられて…
「あらあら谷繫さんには刺激が強すぎたかしら…でも“3P”って言葉は知っているのよね?」
チーフ!! その可愛いお顔とお声で『3P』って連呼しないで下さい!!
確かに私は何もかも“未経験”ですけど…
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“お箸で食べるフレンチ懐石”のお店で私達はランチをいただいた。
小牧女史も酒匂チーフも私が話しやすいようにと専ら仕事の話がメインだったのだが…作務衣のギャルソンが女史のところへスーッとやって来た。
「お連れ様がお見えです」
入って来たのは…若い男性で…同じ社の人…ライセンスデザイン部の…有名な人…そのあだ名は知っている…『コマシくん』だ。
今朝もパウダールームで噂になっていた…悪い噂で…
「将司!遅かったじゃない」
コマシくんは私達をチラッと見てから言葉を返す。
「お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。セ・ン・ム」
その言葉の色に小牧“専務”はため息をつく。
「あなた…今度は何をヤらかしたの?!」
「…それは…」
コマシくんも私達が同じ会社の人間だと見知っているようだ。そして噂が正しければヤらかした内容は…
「女性の目の前でそんな“女の腐った様な”態度は止めなさい!」
コマシくんはちょっと首を傾げて小牧専務に白状した。
「孕ましちゃった…女の子を」
専務は大きくため息をついた。
「当たり前でしょ! オトコは孕まないし、あなたがオトコ好きって話も聞いた事は無い! で、どこのお嬢さんなの?!」
「本社の経理の天地さんってコ」
私と酒匂チーフは思わず顔を見合わせた。
言っちゃ悪いが“天地”の悪名は高い。
「その天地さんとは…結婚の約束はしてるの?」
コマシくんは頭を振る。 そりゃそうだろ
「お腹の子供はどうするの?」
「カノジョは産むと言ってる」
「じゃあ責任取って結婚でもなんでもするんだね。私は喜んでご挨拶に行くよ。」
「そんな! ちょっと待ってよ!母さん!」
「専務です!」
「んなに怒んなよ…」
「怒るに決まっているでしょ! そりゃ私はキミに言った事がありますよ!『セックスはスポーツみたいな側面があるって』」
<…おいおいどんな親だよ!>
「でもスポーツにはルールがあるの。ルールを破ったらレッドカード、退場でしょ!」
その言葉には私と酒匂チーフは肩を竦める。
「あの…専務! ちょっといいですか?」と落ち着いた声で酒匂チーフが声掛けする。
「ああ、ごめんなさいね! せっかくあなた方に来ていただいたのに…」
「いえ、そうでは無くて…今の天地さんとのお話、何かウラがあるかもしれません」
コマシくんはその言葉の尻馬に乗る。
「ほらっ!やっぱりそうだ!オレ、ちゃんと避妊してたもん」
「やめなさい! お嫁入り前のお嬢さんたちの前で!!」
<いやいや その前に充分話聞かされてますが…>
小牧専務は本当にすまなそうに私達を見た。
「こんな事に巻き込む事になって大変申し訳ないのだけど…事の真相を確かめたいのです…このバカな親子を助けると思って…どうか力をお貸しください」
そうして小牧専務は深々と頭を下げた。
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このコマシってヤツ、現金とノー天気を足して二で割るのではなく二乗するようなヤツで…もう私に軽口をきいている。
「谷繫さんのところでやってる“ルフィーくんの抱き枕”見たけどさあ~あれってきっと、独り身の女子狙いだよね」
「…まあそういう要素も無くはないけど…」
「あのさ、ハッキリ言うけどイルカなんか抱いて何が楽しいの?」
「えっ?! それは…可愛いでしょ!?」
「だったら可愛い男のコで作ればいいじゃん!『ララちゃんとコウくん』のコウくんでさっ! あ、ちなみにオレ、リアルコウくんだから…あれ、チビの頃のオレがモデル…」
「オトコの子の抱き枕なんて!!売れるわけないでしょ?!」
「何言ってんの! ネット限定でやったらバンバン売れるよ! オレんとこでやるから作ってよ! 商品開発に必要な“抱き心地”には身を挺して協力するぜ!」
っんとに!!このオトコは!!! 私、怒りでワナワナ震えたけど…小牧女史って社長と恋仲って事は…
「ん? オレ、社長の実子で、子供はオレだけ…」って笑ってやがる。
しかも何気に私との身体的距離を詰めて来て…
「そんなわけであっちもこっちも色々宜しくね~」
と、気安く私の肩を抱くこの軽さに…私はどれだけ耐えられるのだろう??
ああ!!
頭痛が痛い!!!
なんだかTLみたいなタイトルを思いついてそこからストーリーを考えました。
もしいくらかでもご評価をいただけましたらコマシくん側の視点で書いてみたいです(*^。^*)
というわけで
ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!<m(__)m>