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親友の記憶

 母を思い出してから数日後。

 部屋でダラダラと何気なく過ごしていると、机の上に置いてあった僕の携帯が鳴った。

 携帯を手に取ると、知哉から一通のメッセージが来ていた。


 <今週の日曜って空いてるか?>


 知哉からのメッセージに僕は、


<空いているけど>


 と返信した。

 するとすぐにまた僕の携帯は鳴り、

 

<なら日曜、お前の家の前で集合な>


 と知哉からメッセージが返ってきていた。






 日曜日になり、それが何の用件だったのか聞くことないまま僕は知哉と合流していた。

「母ちゃんのこと、思い出したんだって?」

「うん」

 母から聞いたのか、知哉は既に僕が母の記憶を思い出していることを知っていた。

「んで、俺のことは?」

 知哉は僕の答えに期待するような目でこっちを見ていた。

「それは……」

 その目を見た僕は、まだ思い出せていないということを正直に言い辛く、言葉に詰まってしまっていた。

「まだ……みたいだな……」

 僕の様子から知哉は悟ってくれはしたものの、若干凹んでもいた。


「まぁいいよ。そのための今日だし」

 何か知哉の中で考えがあるのか、知哉はすぐに気持ちを切り替え前向きになっていた。

「どういう意味?」

 そういえば今日の目的は一体何だったのか。

 僕は今になってようやく聞くに至っていた。

「今日一日、遼介を誘った理由……」

 何かを企むような顔をしながら、用件を言うのに勿体振る知哉。

 僕は何を言われるか分からない緊張感から、唾をゴクリと飲み込んだ。

「俺たちの思い出の場所巡りして、俺を思い出してもらおうって作戦!」

 知哉は今から旅でも始めるような勢いで空高く片手を突き出し、今日の用件を僕に教えてくれた。

「ほぅ……」

 僕はその勢いに圧倒されつつ、棒読みで一言それだけ言った。






 知哉は今日の用件を僕に言うと、そのままどこかに僕を案内してくれた。

「最初はここ、保育園。

俺と遼介が最初に出会うことになった場所だな」

 僕はここに連れてこられたことで、母のことを思い出せたように知哉が今日一日かけて僕に知哉の記憶を取り戻させる気なんだと把握した。

「でも実は俺たち、幼い頃はあんまり仲良くなくってさ」

 知哉は呆れ笑いしながらそう言った。

「え? そうなの?」

 今からじゃ想像できない意外な話に、僕は少し驚いていた。

「あぁ。

毎日喧嘩ばっかりで、逆に仲良かった時があったのかってくらいだったぜ」

 知哉は驚いている僕の顔を見ながら言った。

「そうだったんだ……

今からだと、全然想像ができないね」

 僕は今の関係があるからこそ、その当時の話を微笑ましく思えた。

「まぁそれだけ仲良くなったってことでしょ」

 知哉は保育園を見つめながら、明るく話した。

 本当なら僕も同じテンションで返したかったが、真っ直ぐ思い出の地を見て話す知哉は記憶を無くす前の僕に語りかけているような気がして、今の僕からは何も言える言葉が無かった。

「ん? どうした?」

 少し悲しくなっていた僕に、知哉が声をかけた。

「ごめん。

せっかく連れてきてもらったけど、その当時のことは何も思い出せないや……」

 僕は悲しくなる気持ちと共に、ここへ来ても何も思い出せなかったことを知哉に伝えた。

「そっか……

 まぁ気にすんなって、まだ次も用意してあるからよ」

 それを聞いた知哉も少し悲しそうにはしていたが、僕のことを考えてか知哉は僕の肩を叩いて励まし、次の場所へと歩き出した。

 僕はその言葉に少し元気をもらい、次は何か思い出せればと強く願うように二つ目の場所へと歩き出した。






「ファミレス……?」

 知哉の足が止まった場所は、どこにでもあるようなチェーン店のファミレスだった。

「どうしてファミレス?」

 知哉の言う二つ目の場所がここなのか。僕は確かめるように知哉に聞いた。

「俺たちは小さい頃、俺と遼介と母親二人の四人でよくここに来てたんだよ」

「そうなんだ」

 何気ないこの場所も、知哉にとっては僕との思い出が詰まった場所だったのだと知った。

「それにちょうど腹も減ったし、ここで昼飯にでもしようかと思ってな」

 知哉は自分のお腹を軽く叩きながら言った。

 時間を気にしていなかった僕は知哉に言われて自分の腕につけていた時計を見ると、その時計の針は既に12時を回っていた。

「続きは中で話すよ」

 知哉にそう言われ、僕たちは店内へと入った。






 僕たちが店内に入ると、ちょうど昼時と重なっていたタイミングでもあってか数人のお客さんが中で待っていた。

 でも思ったより店の回転は早く、僕たちも待ってから数分ほどで名前が呼ばれた。

「二名様ですね。

こちらのお席へどうぞ」

 店員さんに案内された二人席に僕達は向かい合うようにして座った。

 テーブルに置いてあったメニュー表から僕達はお互いにハンバーグランチを選び、注文した。

 注文を終えると、知哉は斜め前にある四人席を指差した。

「あそこの四人席。

俺たちが昔よく座ってた場所」

 その席が、僕たちが幼い頃によく案内されていた席だったということを知哉は僕に教えてくれた。

「俺たちはあんなに喧嘩ばっかしてたのに、なぜか母親同士はめっちゃ仲良くってさ。

親同士が仲良く会話を進めてる隣で、俺達は睨み合いながらお子様ランチ食ってたんだよなぁ」

「睨み合ってるのにお子様ランチか」

 想像できるその状況に、僕は思わず笑ってしまった。

 僕の笑ってる様子を見て知哉は、

「いや今となっては笑い話でも、あの時はマジだったんだぜ」

 その当時は笑い話では済みそうになかったことを話した。



「お待たせしました」

 話の途中で僕達が注文したハンバーグランチを店員さんが運んできてくれた。

「ごゆっくりどうぞ」



 僕は店員さんがいなくなったのを見計らい、

「でも今は、お互いハンバーグランチに昇格」

 僕は運ばれてきたハンバーグランチを手で輝かせ、さっきの話の続きとして知哉に言った。

「お互い大人になったんだな……」

 知哉は、嬉しさと悲しさの両方を兼ね備えたように言った。

「うん……」

 きっと今、知哉の中では昔の僕たちと今を比べて話をしているのだろうなと、知哉のその姿を見て僕は思った。

 でも記憶がない僕には、今のことを見てしか話せない悲しさがあった…

「どうしたんだよ」

 知哉はまたも悲しそうにする僕に、ハンバーグを頬張りながら聞いてきた。

「一緒に懐かしさを共有したいのに、思い出せないからさ……」

 母のときは何気ない一瞬の出来事で思い出せたのに、なぜ知哉になるとそうはいかず……

 思い出の場所に行こうと、そこで思い出話をしようと、何一つ思い出せない……

 そのことを悔しく思っていた。

「そんなの気にすんなって。

いつか思い出せたら、今日のことだって笑い話になるだろ?

だから今日のことだけは忘れずに、ちゃんと覚えといてくれよな」

 そう言って知哉は、また口一杯にハンバーグを頬張った。

 (笑い話になる日……本当にそんな日が僕にも来るのかな……)

 知哉の言葉を聞いても、きっと僕の表情は硬いまま変わっていなかった。

 僕の顔を見た知哉は口一杯に頬張っていたハンバーグを飲み込み、さっきまでとは違うトーンで話した。

「でも、そうだよな……

俺にとっては懐かしい思い出巡りだけど、今の遼介にとったら辛いだけだよな……」

 気にするなと明るかった知哉まで、僕のことを気にして暗い口調になってしまっていた。






「「ご馳走様でした」」

 僕たちはその後昼食を食べ終え、ファミレスを後にした。






 ファミレスを出ると、知哉は僕を見て真剣な眼差しになった。

「お前が辛いのは分かってるし、俺のことを思い出せなくてもいい……

だから最後に一つだけ、どうしても俺が寄りたい場所があるんだ」

 その寄りたい場所というのが、知哉にとってどんな場所なのか。

 このときの僕にはまだ分かっていなかった。






 寄りたいというその場所がどこなのか。

 知哉は何も言わずに歩き出した。

 その道中、知哉は僕のことを気にしてか、さっきまでは楽しそうに話していた思い出話もしなくなっていた。

 何とも言えない空気が流れる中、これまでの知哉の話から僕は一つ気になっていたことがあった。

 この瞬間までずっと明るく前向きに話しかけてくれていた知哉に、今度は僕から話しかけることにした。

「一つ気になってたんだけど……」

「何?」

 僕の前を歩いていた知哉は僕が声をかけると、振り返りはしないものの優しく聞き返してくれた。

「僕たち、小さい頃は仲が悪かったって言ってたじゃん?」

「うん。言った」

「ならどうして、今はこんなに仲良くなれたのかなって」

 知哉のこれまでの話には、実は僕たちの仲は悪かったという話しかなく、僕たちが仲良くなったときの話は一つもなかった。

 そのことが時間が経てば経つほど、僕の中では気になっていっていた。

「それは……」

 僕の質問に、どこか知哉は言葉に詰まってしまっているようだった。

 その間も知哉が歩みを止めることはなく、少し沈黙のまま歩き続けていた。

「今向かってる場所が、そのきっかけになった場所なんだ」

 少しして知哉から僕に返ってきた言葉。

 それと共に知哉はその場で足取りを止めた。

「ここ」

 知哉は、目の前に流れる川を見つめながらそう言った。

 連れてこられたその場所は、流れが穏やかで少し深さのあった川だった。

「ここがきっかけ……?」

 その川を見ただけでは何も思い出せそうなものがなく、ここにどんなきっかけがあったのか。

 それに、何で知哉はそんなにこの場所に来たかったのか……

 僕から見れば、どこにでもありそうなただの川の一つに過ぎなかった。

「ここは俺にとってかけがえのない、大切な場所なんだ」

 知哉はずっと川を見つめたまま、しんみりとした声で話した。

「俺、この川で溺れたことがあるんだよ。」

 それは、僕たちが親友になるきっかけになった話だった……






 あれは俺たちがまだ小三の時だった。

 学校が終わってすぐ、俺は仲の良かった数人でここに遊びに来ていた。

 最初はそれぞれ遊んでいたけど、もうすぐでまた蒸し暑い夏が来ようとしていたその日。

 今年も俺以外の全員が楽しみにしているあることで、その場の話は盛り上がっていた。

『もうすぐでプールの授業始まるぜ』

『やった』『楽しみ』

『知哉は今年も居残り授業するのか?』

 盛り上がるその会話に、俺だけは暗くなっていた。

『かもな……』

 俺は水泳の授業が嫌いだった。

 昔から泳ぐのが苦手で、毎年居残り枠の絶対的候補……

 今年もまたその地獄の日々が来るのかと思っていたとき、目の前を流れる緩やかな川を見て、

 (ここなら泳げるかもしれない……)

 なぜか今なら泳げそうな気がすると、根拠のない自信に俺は満ちていた。

 俺が泳げないことを馬鹿にする奴らを見返したいと、今思えばそんな気持ちだったのかもしれない……

『見とけ。

今この川で俺が泳げるってとこを見せてやるから』

 そんな張り切ったことを宣言し、俺は川の方へと一気に走って行った。

『知哉ー』『やめろってー』

 走ってる俺を止める声なんて、俺の耳には微かな声にしか聞こえない。

 そいつらが何て言ってるかなんて、そのときの俺には届いていなかった。

 心配する仲間をよそに、俺は思いっきり川へと飛び込んでいた。

 でも飛び込んでから気付いたんだ……

 俺は何も変わってない金槌のままで、泳ぎなんて一切上手くなってなんかいなかった。

 見返すために飛び込んだはずが、全く泳げないまま、

 (もう死ぬんだ……)

 なんて最悪のことも考え始めていた。

 忠告していた周りの奴らは俺を馬鹿にしてしまったことを後悔し、助けようと必死になってくれていた。

 でもまだまだ子供だった俺たちは、こんな時どうしたらいいのかなんて分からず、ただその場で焦っていることしかできなかった。

 どれもこれも、俺が安易にあんなことを言ってしまったからだって。

 (今だったら母ちゃんに怒られてた時間も幸せだったかも……)

 なんて思っていた。

 意識も遠くなり始めて、もう死ぬって覚悟を決めた時。

 俺の目に滲む人影が見えた。

 それが偶然その場を通りかかった遼介だった。

 学校帰りに偶然その場を通りかかった遼介は、溺れている俺を見るなり背負っていたランドセルを岸辺に投げ捨て、躊躇なく川へ飛び込んで俺を助けに来た。

 勉強も運動も出来て、溺れる俺を助けるくらい、遼介にはお安いもんだったのかもな……

 でも俺は、どんなに泳ぎがうまくったって、人より何でも出来るからって、遼介のしたことは勇気がいることだと思ったんだ。

 俺にはただ、自分の才能を人のために使える遼介がカッコよく見えた。

 そんな遼介のおかげで、俺は命拾いをした。



『ありがとう……

でも、何で助けてくれたの……?』

 お礼の気持ちと、何であんなに喧嘩ばっかしてた俺のことを助けてくれたんだろうって、不思議に思った。

 普通に考えたら自分を助けてくれた人に対して失礼だったかもしれないけど、遼介は少し恥ずかしそうにしてから言った。

『仲良くなりたいから……』

『えっ……?』

 遼介はそれだけ言って、何事もなかったかのようにその場から立ち去って行った。



 それから俺は急いで家に帰って、親に一連のこと話した。

 そしたら俺の親はすごい形相して、

『すぐに遼介君の家に行くよ』

 そう言われて俺は急いで着替えて準備をし、親と一緒に家を出た。




 遼介の家までは親が運転する車で向かい、その車内の中で母は俺にあることを言った。

『遼介君の家に着いたら、遼介君に何が欲しいかちゃんと聞くんだよ』

『え、何で?』

『助けてもらったんでしょ?

なんかお礼のものでも渡さないと、あんた死んでたところだったんだからね』

 俺は車の中でこっ酷く母ちゃんに怒られた。

 それはそれは、やっぱり死んでたほうがマシかもってくらいには怖かったな……


『ほら、着いたよ』

 遼介の家の前に着くと、親は素早く車を降りた。

 親に釣られて俺も車を降り、緊張しながら遼介の家のインターホンを押した。

『はーい』

 玄関から出てきてくれたおばさんは、いつも通り優しく出迎えてくれた。

『どうしたの?』

 遼介はおばさんにまだ事情を話していなかったみたいで、おばさんは俺たちを見て、何があったんだろうとでも言いたそうに首を傾げていた。

『実は……』

 まだ何も知らないおばさんに、俺の親からここまでの経緯を説明した。




『なるほど、だから遼介の服が濡れていたわけね』

 おばさんは事情を知って、多少疑問に思っていたことを納得していたようだった。

『でも……』

 事情を知ったおばさんは何かを言いかけて、俺の背丈に合わせるように屈んだ。

『全然気にしなくていいからね。

知哉君が無事なら、それでよかった』

 俺の両手を優しく握り、おばさんは笑顔で僕にそう言った。

 俺の顔を見て少し頷くと、おばさんはもう一度立ち上がって、

『なら遼介呼んでくるね』

 家の中にいる遼介のことを呼びに行った。


『いい? ちゃんと聞くんだよ』

 その間も緊張している俺に、親からまた念押しされていた。


 少しして、おばさんと一緒に遼介も玄関まで出てきてくれた。

 俺は遼介と目が合って、さらに緊張していた。

『あの、ありがとう……』

『うん』

『あの……

何か欲しいものとかってある……?』

『欲しい、もの?』

『うん。

助けてくれたお礼に、何かプレゼントしたいから……』

 俺は緊張する気持ちを抑え、ちゃんと遼介に聞くことができた。

 でも遼介は欲しいものがなかったのか、俺の問いかけに悩んでいるような顔を見せていた。

『お願い事ならある……』

『お願い事?』

 遼介から帰ってきた言葉は俺にとって想定外の言葉だった。

 けど、俺は少し間を置いて聞いてみた。

『何……?』

『……なりたい』

『え……?』

 遼介は小声で何かを言っていたが、俺はちゃんと聞き取ることができなかった。

『……親友になりたい』

 目を瞑り、今度は俺にもちゃんと聞こえる声で遼介が叫んだ。

 正直、喧嘩ばっかりで遼介から俺は嫌われてると思っていた。

 だからこそ、それを最初に聞いたときは驚いた。

 でも俺にとって命の恩人からのお願いだし、俺はそれを承諾した。

『分かった……』






「これが、俺たちが親友になったきっかけ。

んで俺がここに来たかった理由、かな……

遼介と話してたら、またどうしてもここに来たくなってさ。」

 知哉は過去の話を通して、僕が知りたかったことを教えてくれた。

「あのときの俺にはまだ勇気がなくて聞けなかったけど、

いつか俺たちが本当の親友になれた時、聞こうと思ってたことがあったんだ……

何であの時、俺と親友になりたい……なんて答えたのかって。

でも親友として過ごしているうち、親友でいるのが当たり前で。

そんなこと疑問に思ってたことなんて忘れててさ……

結局、聞けないままだったな……」

 知哉は遠くを見つめながら物寂しそうに言った。

 きっともうその答えを聞くことができない……

 そう思っているように見えた。

 だからそんな知哉を見て、僕は言った。

「それは、知哉が僕と喧嘩している時もいつも嫌い嫌いばっかりで、俺の悪口を一切言わなかったから、きっといいやつなんだろうなって」

 僕は知哉の話を聞いたことにより、知哉との大切な記憶を少しずつ蘇らせていた。

 それから知哉が聞きたかったと言っていた、僕があのとき何でそう言ったのかという理由も……



『きらい、きらい』

『なんだよそれ』

『りょうすけなんてきらいだ』

 幼い頃の知哉。

 確かに毎日のように喧嘩はしていたけど、何度喧嘩しようと知哉が僕のことを悪く言うことは一回もなかった。



 僕が当たり前のようにその理由を言うと、知哉は驚きを隠せないのか目を見開き、知哉の目からは今にも涙が溢れそうになっていた。

「遼介……

記憶、戻ったのか……?」

 知哉は震えるような声で僕に聞いた。

「ただいま」

 そんな知哉に、僕は笑顔でそう言った。




 あれはまだ、僕たちが中学二年生だった頃。

 学校から家までの帰り道を知哉と二人で歩いていると、

『もうすぐで中三だな』

 知哉はしみじみとした雰囲気で話し出した。

『受験の年か……』

 まだ志望校を決めていなかった僕は、もうそんな時期まで来たんだなと実感していた。

『もし遼介と俺が別の高校に行くことになったとしても、俺たち変わらず仲良くしてような』

『おう。もちろん』

 知哉の明るいテンションに、僕も合わせて明るく返した。

『あと、もしお互い別々の高校になって久しぶりに会うときは、お互いただいまって言お』

『ただいま? 何で?』

 知哉が続けて明るく言い出したことに、僕は首を傾げた。

『いやそりゃあ久しぶりよりただいまの方が、家族みたいな感じがして俺が好きだから。

遼介は俺にとって友達っていうか、もはや家族みたいなもんだしな』

 知哉の話を聞いて全てを理解はできなかったけど、知哉が僕のことをそう思ってくれている気持ちは嬉しかった。

『よく分かんないけど、いいよ。

ただいま、ね』




「約束、守ったよ?」

 僕はそのときのことを思い出し、記憶が戻ってから久しぶりに会う知哉に約束した通り言った。

 自分から持ちかけた約束ということもあり、知哉もその約束を覚えていた。

 僕が記憶を取り戻したことを知った知哉は目から溢れ出た涙をこぼし、

「思い出すのが遅せぇよ」

 そう言って、大声で泣きじゃくりながら僕に抱きついてきた。

 きっと知哉も、母と同じようにいろんな思いを抱え、僕の前では必死に明るく振る舞ってくれていたんだろうな……

 僕が思い出した途端、道の真ん中で号泣する知哉が少し恥ずかしくも、それ以上に僕には嬉しい気持ちが強かった。

 それから知哉が泣き止むまでの間、僕はずっと知哉の背中を優しくさすってあげていた。

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