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過去の記憶

 相変わらず記憶が戻ることはないものの、僕は新しい学校生活に慣れ始めていた。

 一時間目が始まるまでの休憩時間、篤志を除いた僕たち三人はたわいの無い話をしながら時間を潰していた。

 すると、どこかから帰ってきた篤志がはしゃぐようにこっちへ駆け寄ってきた。

「今日の三時間目、百メートル走のテストだって」

 いち早く誰よりも先に自分だけ情報を手に入れられたことが嬉しかったのか、篤志は僕たち三人に得意げに報告してくれた。

 どこから耳に入ったのか。とりあえず篤志のおかげで僕たちは三時間目の体育の授業内容を早めに知ることができた。

「じゃあ校庭か」「暑そうだなぁ」

 篤志の知らせに、知哉と洋貴は気怠そうに言った。

「何だよ、せっかく教えてやってんのにー」

 内容が内容なだけに怠そうに言う二人に、誇らしげだった篤志は少し拗ねてしまっていた。

 その篤志の様子を見兼ねた僕は、

「教えてくれてありがとう。

篤志のおかげで三時間目の準備が早くできるよ」

 二人の代わりに篤志へお礼を言った。

「遼介ー、お前だけだよー」

 僕の言葉に篤志は半泣き状態でこっちを見ていた。

 お礼は本気で言ったつもりだったが、篤志のその顔には思わず苦笑いしてしまった。






 一時間目。二時間目と終わり、次は篤志が誇らしげに話した体育の授業まであと数分となっていた。

 僕たちは三時間目の授業のため体操服に着替えた後、四人揃って校庭へと移動した。

 校舎を出ると、さっきまでの気怠そうな態度が嘘だったかのように僕以外の三人は校庭へと一目散に走っていった。

 なんだかんだテストだろうと校庭で騒がしいほどにはしゃぐ三人を、僕は少し離れた場所から眺めていた。

(あれ……

 この光景、前にもどこかで見たことがあるような……)

 校庭で三人がはしゃいでいる光景。

 初めて見るはずのこの光景を、なぜか僕は前にも見たことがある気がした。

 不思議な感覚に陥った僕はその場で足を止め、目を見開いたまま固まっていた。

「遼介? どうした?」

 固まる僕の様子に気付いた知哉が僕に声をかけてくれた。

 知哉が僕に声をかけると、まだ騒ぎ続けていた二人も僕の様子に気付いてこっちを見ていた。

「僕は前にも、今と同じ光景を見たことがある気がするんだ……」

 これをデジャヴと一言で纏めていいのか。デジャヴとはまた少し違ったような……

 何とも言えないそんな感覚だった。

(もしかしたら……)

「記憶を無くす前の僕が見た光景なのかもしれない……」

 そう言われた方が僕の中での辻褄が付いた。

「ってことは……」

 今度は知哉が目を大きく見開き僕を見て言った。

「おい、聞いたか?」

 知哉は僕から一緒にはしゃいでいた二人へと視点を変え、子供のように無邪気な目をして言った。

「おう!もっと続けようぜ!!」

「遼介がもっと何か思い出せるかもしれねぇしな」

 聞かれた二人も知哉と同じように喜び、嬉しさのあまりか僕の話を聞いた三人は、さっきよりも騒がしさを増していた。


【チャイムの音】


「おーい、授業始めるぞー」

 三人がはしゃいでる中、三時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

 それと同時に校庭で授業に使うライン引きをしていた先生が、校庭の中央に集合するよう口に手を当て、大声で声かけをしていた。

「行くか……」

 知哉はもう少し時間があればという思いからか、少ししょんぼりして言った。

「そだな……」「うん……」

 知哉の言葉に篤志は渋々同意し、洋貴に至っては力無くただ頷くことしかできていなかった。

 僕以上に僕のことを思ってくれる三人は、僕がそれから何かを思い出すことがないまま時間がきてしまったことに、背中を丸めしょんぼりしながら授業に向かって歩き出していた。

 僕はその後ろ姿を見てどこか嬉しくも、みんなが喜んでくれるような報告ができなかったことを気の毒に思い、次はいい報告が出来るように頑張りたいと思った。






「ならA班から。残りの班はここで待機」

 先生の指示のもと、百メートル走のテストが始まった。

 僕は他の班のテストの様子を見ながらさっきの光景や三人のしょんぼりした顔を思い出し、一人静かに笑っていた。

「何?何で笑ってんの?」

 ちょうど走り終わった知哉が僕の思い出し笑いに気付き、僕の隣に腰掛けて言った。

「え?」

 このときの僕はまだ、その感情がそのまま自分の顔に出ていたことに気付いてはなかったため、何のことかと言うように知哉に聞き返してしまった。

「いや、顔がニヤけてたから」

 知哉に不気味そうに言われ、ここでやっと僕は思い出し笑いが顔に出ていたのだと気付いた。

「え、そうだった?

その、さっきまでの知哉たちのこと思い出しててさ。

僕以外の三人は明るいし、僕とは少し違うっていうか……

本当に僕はこの中に存在してたのかなって、ときどき実感出来なくて……

でもさっきの光景を見たとき、何かを思い出せたような気がした。

完全に思い出せた訳じゃないけど、ちゃんとこの中に僕は存在してたんだって。証明されたっていうか……

やっと実感ができた気がした」

 うまく言葉にするのが難しい気持ちを、僕は不恰好なまま知哉に伝えた。

 僕が知哉に伝えると、知哉は嬉しそうに微笑み、

「ちゃんと存在してたよ。んで今も」

 知哉は当たり前のように言ってくれた。

 僕はその言葉が素直に嬉しかった。

 僕にとって知哉、篤志、洋貴。この三人はかけがえのない存在なんだと再確認できた気がした。






 学校での日々に慣れたことで、クラスのほとんどの人たちと違和感なくスムーズに会話ができるようになっていき、引き出しに閉まったままの手紙の存在を忘れかけていた頃。

 手紙のことなど頭にない僕は今日も何も考えず下駄箱を開けると、また新たに一通の手紙が入っていた。

またそれをきっかけに僕はあの手紙の存在を思い出していた。



<ダリアへ


最近、また学校でダリアのことを見かけるようになりました。

以前とどこか雰囲気が変わったような気もするけど、元気なことに変わりはなさそうで安心しています。

それで、何でまた私から手紙を出しているかというと……

ダリアからの返事を待っていられなかったから、かな。

ダリアが前回の手紙を読んでくれてるかは分からないけど、ある日ダリアの下駄箱を覗いたとき、そこに手紙は入ってなかったから。

だからきっと読んでくれてるんだって、信じています。

ダリアにもいろんな事情があって、それがきっかけで返事を書けないのだと思っています。

でもたとえダリアから返信が返ってこなくても、私が手紙を出し続けることでどこか繋がっていられるでしょ?

それとも単にこのやり取りが嫌になっているだけなら、いつでも言ってください。

でもそれまでは、私からたまに手紙を出そうかなと思っています。

気が向いたらダリアからの返事も。いつでも待っています。


                                 私より>



 僕は二通目の手紙を読み、その内容からこの手紙は僕宛で間違いないと確信した。

 ただ……

 (この手紙の人は、僕からの返事を待ってる……)

 記憶が戻ってない以上、差出人も明確に記されていない人に返事を書くのは難しかった。

 そのことが僕の中でも心苦しくなり、この手紙は誰から送られてきたものなのか。

 僕は差出人を探し出したいと思い始めていた。

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