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頼もしい仲間たち

 その日から次の日。また次の日と新しい学校生活を送る中で、それなりにピンチを招く場面も幾つかあった。

「遼介、お前覚えてるか?」

「えっと、何だっけ……?」

 僕に話しかけてきたのは、いつも僕の斜め後ろの席に座っているクラスメイトで、僕の記憶損傷については何も知らない人だった。

「何って、一学期にした約束だよ」

 二学期からの記憶しかなかった僕にとっては完全にピンチの場面で、もはや一人で誤魔化し切れる状況ではなかった。


「約束って?俺にも聞かせろよ」

 僕が次になんて答えようか迷っていた時、タイミングよく知哉が僕のフォローに来てくれた。

「しょうがねぇなぁ……」

 知哉のおかげもあり、そう言って約束が何だったのかを話し出してくれた。

「俺、一学期の成績が悪過ぎて親にブチ切れられてさ。二学期もこのままだったらマジでやばいっていうか、次は殺されるかもしんない……

とにかく次もこのままだったら俺の命が終わってしまう。だから成績優秀な遼介に、勉強教えてもらうって約束したんだよ」

 (そういう約束だったのか……)

 もし知哉がこの場にいなければ、僕はどうやってこの場を乗り切っていただろう……

「なるほどな。まぁ確かに遼介は常に成績上位だしな。

でもそれって一学期の約束だろ?今の遼介は一学期とは違って忙しいんだよ。

今の遼介にお前の勉強を見てやる時間は一ミリもない。だからその約束破棄な」

 知哉はあまりにも強引すぎる理由で僕の代わりに断ってくれた。

「は? 何だよそれ。ってか何でお前が決めるんだよ!」

「遼介の親友なもんでな。

つーか遼介に教えてもらう以前に、成績悪いのはお前の勉強時間ゼロだからだろ? まずはそこから直せよ」

「あっ、確かに」

「親の前で勉強してるとこ見せれば、成績悪かろうと文句も出ないだろ」

「それもそうだな……

教えてもらうよりそっちの方が簡単そうだし、やってみるだけやってみるわ!

ありがとな。遼介も」

「あ、うん」

 知哉のおかげで約束もなくなり、この場をうまく凌ぐことができた。



「ありがとう」

 知哉と二人になり、僕はお礼を言った。

「別にいいって、協力するって約束したからな!」

 知哉は親指を立て、にっこりと笑った。








「今日の日直、遼介だって」

 僕が学校に通い始めてからまだ数日しか経っていないにも関わらず、日直の順番は僕へと回って来ていた。

「日直?」

 この時はまだ日直というものを知らなかった僕は、知哉の話を聞き返していた。

「次の授業までに黒板消して綺麗にしておいたり、配布物取りに行ってそれを配ったり。あとは日直帳に報告内容書いたりって感じかな。

それが一日交代でクラス全員、順番に回ってくるんだよ」

 知哉の説明により、ある程度の日直の役割を理解することができた。




 僕は知哉に教わった通り次の授業までに黙々と一人で黒板を消していると、クラスの女子が数人で固って僕に話しかけてきた。

「あの、遼介君。

遼介君と日菜さんが付き合っているって、本当なの?」

「え、何で?」

 僕は女子たちからの急な質問に焦ってしまい、何でとまでしか聞き返せなかった。

「だって遼介君は言わずと知れた天才だし、日菜さんは学校でも有名な美人さんでしょ?

誰もが憧れる二人が付き合ってるなんて、気になる以外ないよ!」

「あ、えっと……」

 高ぶったテンションで話す女子グループに、僕は一歩引いていた。


「それはありがとう。

でも遼介を困らせないであげて」

「あ、日菜さん」

 困る僕の助っ人に来てくれた日菜は、漫画に出て来たかのように美しくかっこいい登場の仕方だった。

「そういうことは私に聞いて。

ほら、遼介は恥ずかしがり屋だから」

 僕をチラッと見ながら日菜は言った。

「え! 教えてくれるんですか?」

 日菜の言葉に女子たちは胸を高鳴らせ、目をウルウルさせていた。

「あっちでね」

 日菜はその言葉通り、女子たちを僕から離れた教室の後ろの方へと誘導してくれた。

 女子たちを連れて行く日菜は僕を見て、任せてと言わんばかりの笑顔でウインクをした。

 僕は日菜の頼もしさに、やっと肩の力を抜くことができた。

 (ありがとう、日菜……)

 遠くなる日菜の背中に、僕は心でお礼を言った。








 僕の記憶損傷は、食堂でもピンチを招いた。

 その日は知哉が遅れてくると言ったため、食堂には僕と篤志と洋貴の三人で向かっていた。

 記憶を無くしてから僕が食堂に来るのは初めてで、まずは二人から食堂のシステムを教えてもらうことから始まった。

「食堂では4つのメニューからの選択制になっていて、どのメニューも一律500円。

 その500円券をここの券売機で先に買う」

「500円以外のメニューもあるけど…」

 篤志の説明通り券売機で券を買おうとした時、他の値段が書かれた券が目に入り、質問した。

 僕の質問には、篤志の代わりに洋貴が答えてくれた。

「これはサブメニューの値段。

ほらあそこ、メインコーナーとサブコーナーって書いてあるでしょ?」

 洋貴は注文口の方を指差して言った。

「それぞれの場所に券を出して、選択したメニュー名を言うとそのランチが出てくるってわけ」

「なるほど……」

 僕たち三人はそれぞれ500円券を購入し、メインコーナーへと向かった。



「おーい、おばちゃーん」

 篤志は奥の方にいる割烹着を着た人を呼んだ。

「誰かと思ったら、またあんた達か」

 その人は篤志や洋貴のことを見て嬉しそうでありながらも呆れ口調で言った後、隣にいる僕にも目を向け、

「あら遼介くん。久しぶりだね」

「ど、どうも……」

 僕は緊張気味に挨拶をした。

「何だよ。遼介だけは歓迎かよー」

 篤志と洋貴がムスッとした顔でこっちを見ていた。

「二人は毎日のように見てるからね。

遼介くんは、元気にしてた?」

「あ、はい……」

「いつものやつでいいのかな?」

 割烹着のおばちゃんは僕を見て聞いた。

「いつものやつ……」

 (いつものやつって何だろう……)

 小声で言った後、僕は考えていた。


【今日の日替わりメニュー】

A、掛け蕎麦

B、かけうどん

C、カレーライス

D、醤油ラーメン


 (この中のどれか。僕は蕎麦アレルギーだって母から聞いたことあるし、Aは除外だとして……

 あと三択か……)

 今の僕の気分ではカレーを頼みたかったが、もしここで外れていたらと思うとなかなか言い出せず、ただ固まってしまっていた。

「えっと……」

 僕が困っていると、二人の助っ人がそれを悟り、僕の手助けをしてくれた。


「ぶっかけじゃね? 食べやすいし!」

「違う」

 篤志の選択に冷たく答える割烹着のおばちゃん。

「ならラーメンじゃね? やっぱガッツリっしょ!」

「違う」

 今度は洋貴の選択にまたも冷たく返すおばちゃん。

 二人のおかげで残された選択肢は一つになった。

 それも僕が食べたかった……

「カレー、ですよね?」

「そうそうカレー、食堂のカレーが好きだって言ってくれてたでしょ?

一年の頃からメニューにカレーがある日は喜んで頼んでくれていたのに、急に心変わりしたのかと思っちゃったよ」

「あははは……」

 僕は乾いた笑い声で対応した。

 (記憶を無くしても、趣向は変わってなくてよかった……)

 何とか僕は気分通りのカレーにたどり着くことができ、とりあえずは一安心した。

「なら俺もいつものやつで」

「俺も」

「はいはい、いつものね」

 篤志と洋貴もそれぞれ注文を終え、僕たちは受け取り口へと移動した。




「「「はぁー」」」

 おばちゃんの元から離れた途端、僕たちは三人ため息をついていた。

「お前、俺たちがいなかったらどうしてたんだよ」

 篤志は疲れ果てた顔で僕に聞いた。

「最悪の話、蕎麦だったとしても食べるしかなかったかな……」

 僕はゾッとしながら答えた。

「毎日命懸けなんだな……」

 洋貴が沈むような声で言った。

 でも僕はそれが何だか面白かった。

 いつもうるさいほどに騒がしく明るい二人も、こんなにぐったりした顔をするんだなと、僕の疲れた顔には少し笑みが溢れた。

「いや、笑えないから」

「ほんとだよ。こんなに疲れる昼食とかないから」

 篤志と洋貴が迷惑そうに答えた。

「ごめんごめん。

明日は僕が奢るからさ」

 そう言うと、すぐに二人はまたいつものように元気になった。








 僕が学校に慣れるまでの間、周りの人の協力もあって僕はたくさんの場面を乗り越えることができ、その度に必死になるみんなにたくさんの笑顔をもらえた。

 それと同時に僕は、その度に僕が聞かれた内容。過去に話したことなど。

 僕が忘れてしまった記憶の数々をメモしていた。

 そのメモの内容が多くなっていけばいくほど、僕は以前の自分のことを知って行くようになり、いつしかあらゆる場面を自分一人の力で乗り越えられるようになっていた。

 気付けば僕は記憶損傷のことで周りの目を伺うことなく、今の日々を今の僕なりに楽しめるようになってきていた。

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