06 返老還童
ここはどこでしょう……
暗くて何も見えない……
わたしは死んだのでしょうか?
では、死後の世界でしょうか?
意外と味気ないものですね。あの世というのは……
彼らは無事に逃げられたのでしょうか?
あのシャドー・オークはどうなったのでしょう? 手ごたえはあったのですが……それともアレは幻だったのでしょうか?
何やら……甘酸っぱい匂いが…………
いえ、これは甘酸っぱいではなく……
「げほっげほっ、くっさ、な、なんなんですか! この悪臭は!」
ここは病院ですか!? それにしてはめちゃくちゃ汚いですし、なによりも、この臭い。以前、先輩がノリで開けたシュールストレミングの数倍は臭い。いったい、何をすればこんな……というか……
「あれ? わたし……生きている?」
どういうことでしょうか? 痛みは消えてます。それどころか体が軽い?
さて、困りましたけど……うん? 扉の前に二人? 関係者の方でしょうか? あれ? わたしなんで、解ったんでしょ?
「おぉ、お目覚めですか大侠。この度の大悟、おめでとうございます」
右手を拳に左手で包み込むように胸の前に差し出す礼。たしか抱拳というものですね。武功を収めている人がする挨拶だとか……この場合は同じように返すべきでしょうか?
「いろいろと、疑問をお持ちでしょうが、その……とりあえず体を洗われた方がよいかと」
た、確かに、体からも悪臭が
「君、大侠を浴場へと案内して差し上げるように」
「かしこまりました。体は起こせますか?」
体には…力は入りますね。なら、立ち上がるとしますかね。
「はい、大丈夫です」
うぅん? 視点が高いような? それにしても、看護師さんかなりの小柄な方ですね。おっと、これは失礼なことですね。身長に関してはコンプレックスがあるかもしれませんし。
やはり本調子でないのでしょうか? 体がフワフワする感覚が……あの、あまり早く歩かれても……
まぁ、この臭いなら仕方ないですね。チラチラとこちらの方を見られていますし……
「こちらが浴場になっています」
まるで、病室の外はホテルのようですね。というか本当に病院でしょうか? 他の患者さんはみあたりません。
「何かありましたから声をかけてください」
「ありがとうございます」
えっと、顔を背けられるのは流石に傷つくのですが……まぁ、臭いおっさんですから仕方ないですよね。
おや? わたし以外にも人がいるんですね。すごく長身でイケメンさんですね。俳優さんでしょうか? 芸能人にはトンと疎いので失礼があったらどうしまょう。それにしても見事な長髪ですね。真ん中だけ白色というのはおしゃれだと思います。わたしなんて薄毛なんですよね。おっと、考え事をしていたらあいさつをしてません。
「どうも、失礼しますね」
あれ? 反応がありません。それに、なんか長いものが……まさか、いえ、そんなことがあるはずありませんよね?
「これ……鏡ですか!? えっ、ということは、鏡に映ってる、このイケメンは、わ、わた、わたし? い、いったい何が!?」
落ち着きましょう。こういう時は深呼吸です。深呼吸はいつも、わたしを冷静にしてくれます。
ふぅ……ふぅ…すぅ……すぅ……
落ち着きました。とりあえず、体を洗って湯船につかって考えましょう。
…
……
………
…………
何も思い浮かびませんでしたが、あちらの方がやばかったです。凄く暴れん坊です。本当に、凄く理想的な体ではありますが……とりあえず専門家に聞くのが一番ですね。
それはそうと、体を軽く洗っただけで臭いは落ちました。しみついてなくて良かったです。
「こちらで先生がお待ちです」
面会用のロビーみたいですね。やはりここはホテルなのでは?
「大侠。お手数おかけして申し訳ありません。まずは自己紹介を当院で東洋医術の医師をしております。唐沢玄米と申します」
なんとも物腰柔らかなご老人ですかね。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。あの、早速で申し訳ないのですが、わたしは体はどうなってしまったのでしょうか?」
「もっともなご質問です。簡単に申し上げますと『換骨奪胎』と『返老還童』が起きたと思われます」
えっと、確か、武侠小説などで達人が境地に達すると、武功に適した肉体になったり、若返ることでしたっけ? けど、それは厳しい修練の末にただりつくのでは? その点も聞いてみますかね。
「けど、それは修練を積み重ねた人がなるのでは」
「確かにそうなのですが……その点で一つお聞きしたいのですが、もしかして童貞でしょうか?」
ぐっ……確かに童貞歴=年齢ですが、いえ、そんなことに気にする年齢ではないのですが改めて聞かれると恥ずかしいですね。
「……ハイ」
「それが良かったのかもしれません。偶然にも童子修功となったのでしょう」
童子修功。つまり女性とそういう行為をしない事で力を得る修行方法で別名・童貞功や童子功ともいうあれですか。ネットスラングで使われてましたね。
「それが生死の境によって梧性が高まり、またシャドー・オークを倒したことで俗にいうレベルアップが起きたのも大きいのでしょう」
シャドー・オークを……倒した? わたしが? そういえば何かが聞こえたような……
それにしてもレベルアップですか、モンスターをある程度倒すと力がます現象。通常のトレーニングではありえない急成長。一流と呼ばれる探検者が必ずは一度は経験する現象を自分が体験するとは思いませんでしたね。
「悟性を得るというのはどういうことでしょうか?」
「半覚醒ともいう状態ですね。スキルがしっかりと覚醒していないので鑑定しても表にでないですが」
「なるほど」
そういえば、覚醒前には前兆現象があると聞きますね。特にランクが高ければ高いほどそうなるとか聞きますね。
「それで今後のことをお話ししますと、身分証の更新が必要になります。ダンジョンの影響で姿や性別が変わるなども珍しいケースではないのですが、各種書類と手続きに1週間はかかることになります」
1週間とはずいぶんと早くしてもらえるんですね。
「あっ、そういえば入院費などは?」
「それにつきましては、保険適用もありますが、なにぶん換骨奪胎の兆候がありましたので、この特別病棟になりましたのでかなりの金額に……」
や、やばいです。特別病棟はかなりの金額が……あっ、シャドー・オークはワンダーです。高値で売れるはず。てっ、回収できてません。
保険で賄えますかね?
「ただ、一応、救出手数料などは引かれますが、それでも30%は入りますから問題はないかと」
「そういえば、そのような制度が……」
これは討伐時に、死者や重傷者が出た時など、その際の得られた収益の際に救助手数料など入手物から保証される制度がありましたね。ダンジョン内だと死亡保険や、高額傷病手当の対象外になりますし
「シャドー・オークからの算出なので60万。医療費としては30万ほどとなります」
おぉ、半分も残るのですか。しかし、医療費が高いです……まぁ、宝くじが当たって高級ホテルに泊まったと思っておきましょう。実際、この施設ならホテルみたいですし……
「このフロアでは自由に過ごせますし、健康状態から食事は希望のメニューや必要なものはタブレットから注文も可能です。それと、親族の方への連絡は……」
あぁ、それがありましたね。けど……
「両親は既におりませんし、兄弟もいない天涯孤独の身ですし」
そうなんですよね。父は施設で育って天涯孤独の身で一応、母方の親族はいるそうですが、勘当されたのことですから。
「わかりました。そうそう、これを伝えておかないと、あの子たちに怒られてしまいますね。あなたが受け持った子たちが明日、お見舞いに来るそうですよ」
おぉ、みなさん無事だったのですね。それも気がかりだったのです。
「部屋の方は直ぐに掃除されますから安心してください」
「すみません。お手数おかけします」
「いえいえ、換骨奪胎の際に体の中の澱みが排出されることも知っておりましたから、この特別病棟にしておいたのですよ。もし一般病棟でしたら、賠償金だけで、医療費どころではなかったですから」
た、確かにあんな悪臭だしたら不可抗力でも大変なことになりましたね。まっ、とりあえず、ゆっくりと入院生活を楽しませてもらいましょう。
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