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05 天水訟

 先頭を歩いていた朱里の闇を見通す目が見たモノに、思わず吐き気を催す凄惨な光景が目に入った。


「これどういうことぉ~?」


 そこにあったのはゴブリンの死体。しかも頭が引きちぎられたものや、潰された様な死骸ばかり、さらに全ての死体に共通するのは心臓のあたりが()()()()()()


「これは……ハッ、朱里さん危ない」


 運悪く、気が付いたのは龍雄だった。長年の経験がそうさせたのか、考えるよりも先に体が動いており、朱里を押しのけると、不運にも、その一撃を受けることになってしまった、左腕は完全に砕けた。


「ガハッ……ま、まさか……そんなバカな……なぜ、あのモンスターがこのダンジョンに」


 自分の腕を砕いたモノは電柱のように太いこん棒であったが、それよりも驚いたがの闇から音もなく現れた豚の頭をもつ体長3m巨躯のモンスター。だれもが一度は聞くオーク。しかも、漆黒の肌と静かな動きから上位種に当たるシャドー・オークであると推察できた。


「菜桜! 【ヒール】だ」

「は、はい」


 燕慈が慌てて、【ヒール】をかけるように指示をだすが、龍雄は右手を挙げて、それを制す。


「皆さんは……にげて……ください……このモンスターはワンダーです」


 ワンダー。それを聞いた瞬間、全員に戦慄が走る。本来はいるはずのないダンジョンを放浪するモンスター。その強さは異常であり、本来のダンジョンの難易度よりも最低でも二段は上のレベルになる。さらに性格は残虐な習性もある危険極まりない存在である。


「けど!」


 燕慈は戦おうと構えるが


「逃げなさい!」


 そう怒鳴ると、真守にドローンを投げて渡す。


「真守さん。頼みます」

「……了解しました。教官」


 歯を食いしばりながら燕慈と菜桜を担ぎ上げると出口へ向けて走り出した。


「オイ! 真守。下ろせ。龍雄さんが!」

「朱里殿、先頭を頼む」

「う、うん」


 真守とて、龍雄がこの後どうなるかなど分かり切っている。だが、ワンダーモンスターの出現を伝えなければ、さらなる悲劇がある事も、自分たちも生き残れない可能性も低いことも分かったうえでの逃走という選択。


 指導員としては、戦闘力はなく頼りないとさへ思えていた人物が、命を懸けて逃がそうとしてくれた心意気を、無駄にすまいと振り向くことなく走る。


「グルルルル」


 楽し気に喉を鳴らし、手負いの獲物よりも逃げる獲物を追わんとするが


「そうはさせませんよ。『スモークボール』」


 逃走用にと常に入れていた煙玉をシャドー・オークへと投げつけると赤い霧が散布される。


「カプサイシン配合のモノですから鼻も利かなくなるでしょ」


 獲物の思いもよらない反撃に怒り狂いながら、こん棒を掴むと、叩き潰さんと振るう。


「げほっ……」


 長年愛用していたプロテクターは砕け、大型車利用に撥ねられたような衝撃を受けた龍雄は無様な転がりながらも、踏ん張る。


「ブモォォォォォォォ」


 仕留められなかった事への怒りか、思い通りにならない癇癪。こん棒を力任せに振り回すが、それは空を叩き潰し。運よく龍雄はよろめきながらも避けることができた。それが、さらにシャドー・オークを怒らせ、叩き潰さんと振り下ろされたこん棒は土煙をあげる。


 泥だらけで、無様で、お世辞にもカッコイイなどとは言えない龍雄ではあるが、それでも、時間を稼ごうと立ち上がり、精一杯の虚勢を張って見せる。


「竹田龍雄。46歳。現在、求職中! いざ、尋常に勝負です!」


 今度こそ叩き潰さんとシャドー・オークはこん棒を左横薙ぎを繰り出す。だが、奇跡ともいえる回避は成功した。成功はしたが、裏拳。まさかの素手による攻撃。こん棒という破壊の塊に意識が奪われ、回避できたわずかな安堵を狙いすました一撃が龍雄を捉える。


「がはっ……」


 本来ならば既に絶命していてもおかしくない。だが、龍雄は生きている。倒れれば楽になれるのに自分でも分からないが倒れまい歯を食いしばり、無意味だとしても拳を握り構える。


 無意味なはずなのに、死ぬと分かり切っているのに、龍雄は拳を握る。


 そして、たどり着く。シンプルな自らの答え。


 ――生きたい――


 純粋なただそれだけの答え。


「フフフフ……おかしな話です……死を目前に悟るとは……でも、なんだか不思議な気分です……」


 だが、その答えにたどり着いたとき、龍雄の中で何かが爆ぜ、世界が龍雄に置いていかれた。


 暴風のように振り回されたこん棒が、凪のように静かに見える。それに対して龍雄の体は軽い。痛みが消え、体が勝手に動く、右足を前にして腰を落とす、体の中から湧き出る力を右手に自然と集中する。戸惑いながらも、不思議な確信があった。


「『柔掌法・招式・通天象』」


 掌底をシャドー・オークの臍へと叩き込むと、勢いを殺すことなく前転しながら肘を鳩尾に叩き込み、そのままの勢いで、顎を蹴り上げた。


「ぶぎょっヒ!?」


 シャドー・オークの潰れた悲鳴と、何かがグシャリと潰れる感覚が足から伝わるが、龍雄の意識はどんどん遠ざかり、



――ワンダーモンスター『シャドー・オーク【ネームド:貪吞】討伐――




――討伐者『竹田龍雄』――




――『四神宿房の鍵』獲得――


――ストレージに収納されました――


――悟性を獲得しました――


――24時間後『換骨奪胎・返老還童』が開始します――



 脳内に響いたアナウンスを朧げに聞きながら意識を手放すのであった。

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