55 兎不掴月
上へ上へと昇る龍雄。それを阻むように無数のキョンシーが襲い掛かってくる。
「随分と力を使いましたね……」
正志、厄雲との連戦で体内の功力を消耗し底を尽きかけていた。
「【運気調息】」
ふぅぅぅ……という深い呼吸とともに、内気を高める。
「はっ! せい!」
槍でキョンシーたちをなぎ倒しながら進んでいく。
パチパチ――
広い空間にでたとき拍手とともに刀を腰にさした青年が姿をあらわした。
「スバラしいね。どうだい? 今からでも、ボクの配下にならないかい」
その人物を龍雄はよく知っていた。
かつての雇い主。旧『宇野商事』、現『ラビットマテリアル』社長・宇野 充。
「申し訳ありませんが、お断りさせてもらいます」
「ざぁんね~んそれじゃー【卯叉戯】」
あたり一面を跳ねまわりながら加速していく。
「【三日月】」
抜刀一閃――
鋭い刃が龍雄の首へと迫るがそれを槍で受け止める。
「やるねぇ。けど、まだまだリズムをあげるヨ【上弦】【九日突】」
兎は跳ねる。狩る為の刃を振るう。
キィーン――
甲高い金属がぶつかり合い音が鳴る。それに合わせてステップを踏む二人は踊っているようでもあった。
――今度子供が生まれるんだ――
龍雄の頭の中に浮かぶ髭面の男…
――可愛いだろ俺の息子だぞ――
――社長またですか――
――何度でも自慢させろよ――
嬉しそうに何度も何度も自慢してくる。
嫌気がさすほどの幸せな記憶。
宇野充のことは龍雄はよく知っていた。
よく知らされていた。
自分の大恩人。
戦闘中だというのに何度もちらつき、集中が乱れる。
「体があったまってきた! 『解人』」
刀を構えた黒兎。
「『武着』」
言葉を交わすことなく武装する。
槍と刀の戦い。
鋭く振るわれる刀、それを防ぐ槍。
龍雄は防戦一方。
充が床を、天井を踏み跳び度に砕け木片が跳ね舞い散り、それが踏み台となって更に複雑な軌跡を描く。
「朔、朔と殺そう! 【十六夜】」
十六の剣線は剣路を描き龍雄に迫る。それを黙して受け止める。
宇野充は天才というのは間違いなかった。
刀の天才。
自惚れ、驕れるほどの才能。
正道をあるけば英雄になれるだけの才能。
眩しくも澱んでしまった才能。
それが惜しい。
――息子を頼む――
恩人との約束を果たせない口惜しさ。
「申し訳ありません……社長……【芽天】」
頭上から迫る充の腹部を一突き。
防戦一方と思い込み。
圧倒していると認識していた中での一撃は、腹部を貫く。
「カハッ……う、うそだ。こんなあっさりと……」
「仕置きはこれでいいでしょう……」
地面に転がる小刻みに震える。
「しっかり止血しておけば、死なないでしょう」
「甘いナ【魔狼拳】」
「なっ!?」
龍雄は後方へと跳ぶと、それまでいた場所に、巨大な狼。いや人狼が立っていた。
「ホアン……さん……カハッ……すまない」
「なあニ、気にするナ。ごくろうだったネ」
「へっ?」
間抜けな声が漏れ。
グシャリ――――
鈍い音とともに無造作に頭部を踏み潰した。
「やれやれ、計画が狂ってしまったヨ。もう少し使えルと思ったのだガ……」
ガキン――
硬い爪で何かを弾く。
「殺す必要があったんですか?」
弾かれたのは飛び掛かった龍雄。その瞳は静かに燃えていた。
「ないネ。けど、生かしておク、必要モなかったネ」
「そう……ですか……」
「では、始めヨウか?」
大きく構える狼男と龍雄は槍を握る手に力を籠めるのであった。
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