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8(王子の憂鬱)

 


 エリックの憂鬱は続く。

 ソフィアの行方不明騒動から1年、今度はメアリー・レイが妃候補を辞退した。ご丁寧にも直接王へ申し入れを行ってくれたおかげで、エリックは父王からどれほどモテないのかと嘆かれる始末だ。

 そしてなにより、最もエリックを憂鬱にしたのは、メアリーの辞退の裏にイザベラが関わっていることが判明したからだ。


「黒ですね」


 いつものようにイザベラからの手紙を先にあらためたゲハードが厳しい声で断言した。


「メアリー様が辞退を申し出になる2週間前、彼女はウィザードロゥに赴いています。間違いなく、密会です。」


 手紙にはイザベラのきれいな筆跡でメアリーが彼女の屋敷に遊びに来て降雪祭のためにハンカチに一緒に刺繡をしたと書いてある。待雪節の1週目に刺繡をするのはこの国の習わしだ。メアリーが妃候補を辞退したのは待雪節の4週目。ちょうど時期が合う。


 エリックはゲハードから急いで手紙を取り上げ、目を通す。

 そこには楽し気なウィザードロゥでの一幕が、重大な意味を持って繰り広げられていた。


「メアリー嬢は…自分よりもふさわしい者がいるといって身を引いたそうだな?」

「はい。そして辞退を申し出てからすぐ、オーガスタス家を訪れています」


 それはつまり、レイ家がオーガスタス家についたということ。

 政局において家同士の協定や派閥の結成というのは珍しくもない。だが、妃候補たちの争いにおいては意味が変わる。情勢によっては周囲の声に左右されることもあるが、妃を選ぶのはあくまで王室であり、候補者を勝手にその座から引きずり下ろすなど許されたことではない。


「…イザベラが関わっていることを知っている者はいるか」

「残念なことに手紙を読んだ私だけです。…王子お考え直されませんか、彼女はメギツネですよ」


 ゲハードは珍しく書類仕事の手を止めてエリックに訴えた。エリックはその言葉を取り合うこともなく、イザベラからの手紙を、火が入ったばかりの暖炉に放り投げた。


「何の話だ?ソフィア嬢は真相はわからない・・・・・・・・ものの行方不明により妃候補を落第、メアリー嬢は自らの意志・・・・・で辞退を決め、正式に王に受領されている。違うか?」

「…王子がそういうのでしたら、そうなのでしょう」


 ゲハードは、はああ、と思いため息をついた。

 イザベラが裏で画策している。それはイザベラが妃になることを諦めていないという証だった。その事実はエリックの心を浮つかせたが、なんでもお見通しの事務官は、厳しい一言でエリックにくぎを刺した。


「王子…さっきから嬉しそうにしておられますが、イザベラ様も正式に落第とされている身。いまさら妃になどと希望してもそう簡単にはいきませんよ」

「それもそうだが…皆が辞退してしまったら、再考も致し方なかろう?」


 きっとイザベラもそれを狙っている。

 候補者が誰もいなくなった時、エリックが一言指名すればよいのだ。

 王都とウィザードロゥ。遠く離れた地にいながらも同じ考えを共有していることにエリックは喜びを感じていた。まるで秘密の作戦を楽しむ子供のように。気が付けばイザベラの次の一手が楽しみになっていた。




 ◆◆◆




「これは…どういうことだ」


 状況が一変したのは、それから半年後のことだった。アメリア・ボガートから、一身上の都合で妃候補を辞退したいとの申し出を受け入れた矢先、春も間近という頃だった。

 イザベラからの手紙が代筆に変わったのだ。

 彼女に何かあったことを心配したエリックは急ぎ使いを走らせたが、報告に上がったのはいつもと変わらない様子のウィザードロゥだった。


 エリックとの文通に飽きが来たのか。

 急に代筆となったわけを考えられるのはそれしかなく、エリックはショックでその月3キロも痩せた。


「落ち込まれているところ申し上げにくいのですが、続報です」


 今回もまた代筆であったと傷心に身を横たえるエリックのもとにゲハードが言いにくそうに報告をもってくる。


「グレイプ家、レイ家、ボガート家にイザベラ様が送り込んでいたとみられるセーラという侍女についてですが、先日ボガート家に辞表を出し、実家に戻ったそうです」

「グランチェスタ家に行かなかったのか…?」


 おかしい。こちらの予想では、イザベラは次にセーラをグランチェスタ家に送り込み、アナリーゼを辞退させるはずではなかったのか。


「そして本日、メアリー様がアナリーゼ様の下を訪れ、アナリーゼ様こそ妃にふさわしい、と口にしたようです」

「なんだと!?」


 メアリーのレイ家はオーガスタス家と手を組んでいた。それは誰の目にも明らかで、オーガスタス家の方がより高位の家柄である以上、メアリーの行動はオーガスタス家…イザベラの指示である可能性が高い。

 イザベラがアナリーゼを妃に推している?なぜ…


 そこまで考えて、はっと気が付く。

 と同時にひどく苦しい痛みが胸をえぐる。


「……最初から、私の勘違いだったというのか」


 エリックがイザベラを気にしていたように、イザベラもまたエリックのことを想ってくれていると思っていた。

 会わずとも、言葉にせずとも互いの好意に気が付いていると。

 だがそれは幻だった。なんてことはない、初めからイザベラはエリックに好意を抱いていなかったのだ。イザベラが他候補者に手をまわしていたのもすべてアナリーゼを妃にするためだったというわけだ。グランチェスタ、オーガスタスのどちらの思惑であるかは知る由もないが、それはもはやどうでもいいことだった。


 茫然と虚空を見つめる主にゲハードは跪づいた。


「申し訳ございません。私が状況を見誤り王子に過度な期待をさせてしまいました。ですが、王子が望むのであればイザベラ様を今すぐにでも王都に連れ戻し———」

「下がれ」


 エリックは手でゲハードの言葉を制し、小さくつぶやいた。


「お前のせいではない。お前がいなければ私はイザベラと文通することもできなかった」


 普通なら、代筆で書かれたものが事務的にやり取りされるだけだ。

 人の目を気にせず毎週のように手紙のやりとりが続けられたのは、ひとえにこの優秀な事務官が二人を尊重し見守ってくれていたからだ。


 エリックの言葉にゲハードは唇をかみしめ、深々と頭を下げた。

 静かに去っていくその後姿を見送ってから、エリックは直近のイザベラとの手紙を読み直す。

 イザベラではない誰かが書いた手紙。


『近いうちにウィザードロゥにお越しください』


 無機質なその言葉には少しでも彼女の意は含まれているのだろうか。

 …今更考えても仕方ない。

 エリックは振り切るように手紙をしまった。









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