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「緊急会議よ!!!」
デザートとお茶が用意される間に私は中座して王子とのディナーを抜け出した。
慌てて飛び込んだ部屋にはすでにいつもの面々が揃っていて、私が会議を開くことをわかっていたかのようだった。まあ、そうよね。食堂で私たちが何を話してたかぐらい盗み聞きしてるわよね!
「わたくし、まちがったかしら!?」
私は席に座るなり、皆に尋ねる。
結局、エリック王子の誘いに対し、私は「聞かなかったことにする」を選択したのだ。
正確には、「お洋服が汚れてしまいますわ」と立たせて席に戻らせたのだが、ようは受け流したのだ。
だって、ついさっきまで自分でアナリーゼが王妃にふさわしいみたいなこと言っておいて、あの発言だよ?あんなのまるで…愛人になってくれって言われてるようなもんじゃんか!!
「イザベラ様、私はあれでよかったと思いますよ。もうすこし気の利いたお返事の方がより良かったとは思いますが。あれは王子が悪うございます」
ヴィクトリア先生がよしよしと背中をさすってくれる。
「お嬢様、無礼をお許しください。正直に申しまして、私、王子様を殴ってしまおうかと思いました」
殴っ!?ちょっとエイダちゃん?それはさすがに不敬罪じゃすまないよ?いや、味方になってくれるのは嬉しいんだけど…
「どうでしょうか、俺には王妃と認めるほどのアナリーゼ嬢よりもお嬢様の方が好きだと言っているように聞こえましたが」
爆弾を落としたのはジフだ。王子の言葉をそのまま、受け取った素直な感想。悪くないよ、その考え。むしろ私もそうであってほしいと願ってるよ…でもね、
「エリック王子がただの平民だったならそうかもしれないけれど、状況も考慮してちょうだい。相手は一国の王子よ?公式で妃候補から落とされているわたくしを、この2年たいした接点もなかったのに好意を抱いて妃にするために連れ戻しに来る?鉱山の視察の帰りに?そんなことはありえないわ」
ああ、自分で言ってて悲しくなってくる。
でも、「鉱山視察の帰りに最低限の供を連れてふらっと、ド田舎で暮らす家柄的にはちょうどいい娘と遊びに来た」そう考えるほうが自然だし納得できちゃうんだもん…。17歳なんて思春期真っ盛りだし。
私の反論をジフが厳しい顔をして飲み込んだ。が、すぐに鋭い目つきになって提案する。
「でも、お嬢様。これをチャンスとすることはできないでしょうか。王子のお許しが出たのですから堂々と王都に戻れます。イザベラ・オーガスタスが王都に戻ったのは王子と意向と広まれば、アナリーゼ様贔屓の世論はあっという間にひっくり返りますよ」
「…それは、そうかも」
確かに。エリック様との駆け引きばかりに気を取られて考えてもみなかった。私は令嬢、エリック様は王子。周囲の後押しも貴族の恋愛には大きなファクター!!
いくら過去にやらかしてると言っても、10歳も年下のアナリーゼに負けるわけがないもんね!いや、これ、ほんとにいけるんじゃ??
「ジフ!あなた天才よ!!それでいきましょう!王子からしたら遊びのつもりなのかもしれないけれど、最終的に本気にさせちゃえばこっちのものだわ!」
愛人からレベルアップするのも悪くないよね!
◆◆◆
「お待たせして申し訳ございませんでした。どうしても王子にうちで取れたライドベリーのジャムを使ったお菓子を食べて頂きたくて」
私はあらかじめ準備させておいたライドベリーのジャムクッキーを持って王子の待つ部屋に戻った。
給仕はエイダだ。
「ありがとう…これは珍しい形だな」
エリック王子が手に取ったのは中央にジャムを乗せた絞りだしクッキーだ。
型抜きクッキーが一般的なこちらでは絞り金で立体的に形のついたクッキーは見慣れないのだろう。
「わたくしが考案しましたの!普段食べているものより口当たりが滑らかで、いくらでも食べれてしまいますのよ」
口の中でふわっとほぐれるクッキーと甘酸っぱいライドベリーのジャムは私のお気に入りの組み合わせ。ライドベリー好き仲間の王子ならきっとおいしいと言ってくれるちがいない。
私はわくわくしてエリック王子がクッキーを口に運ぶのを見守った。
「初めて食べるが…美味しいな」
「よかった!ジャムを乗せて焼くのも美味しいですけれどシロップ漬けのライドベリーをまるっとのせても美味しいのです」
イケメン王子に赤いジャムの乗った可愛い絞りだしクッキー。
その組み合わせにニマニマしてしまうのを我慢しながら私は上機嫌でクッキーの変わり種を説明した。
やっぱり好きな人に好きなものを認めてもらえると嬉しいよね!
「君は本当に……ここでの生活が気に入っているんだな」
「ええ、最初はどうなることかと思いましたが、ここでは何もかも自由ですし、存外楽しくやらせていただいておりますわ」
口うるさいお兄様もいないしね!やりたい放題よ!!
「そうか…」
王子がぽつりとつぶやく。
ん?あれ?なーんか王子元気ない?
手元をじっと見つめる王子は何かを考えているようだった。
どうしよう、話が途切れちゃった…。
うーん、先延ばしにしてもしょうがないしそろそろあの話してみちゃう?
私は意を決して口を開いた。
「あの、王子。先ほどのお話なのですが…」
例の愛人にならないかってお誘いの件ね。
いろいろ考えて、愛人になることは了承できないけど、一緒に王都に行くのは大歓迎だよっ!…と私が言葉にする前のことだった。
「すまない、忘れてくれ」
私の言葉に被せるように、エリック王子がはっきりと言葉にした。
「身勝手で浅はかだったと反省している。アナリーゼに…君にも失礼なことを言った」
『アナリーゼに』その言葉を聞いて、私はまた固まってしまった。
ほんの少し、ジフの解釈を信じていた自分がいた。
けれど王子が放った言葉は、アナリーゼと彼の関係を前提とした言葉だった。それに、気が付いてしまった。
「あまりにも楽しかったから、勘違いをしてしまったようだ」
苦虫をかみしめたような顔で、あれは勘違いだったのだと言う。
二人で過ごしたあの時間も。
「そう…ですか…」
私は、王子の言葉を受け入れた。
だって、彼が間違ったことをしようとしていたことに気がついた顔をしていたから。
彼が今日という日を過ちだというのなら、私がここで王都に連れて行ってくれと泣き縋るのも、間違ったことなのだ。
私の言葉に王子は自嘲するように笑って、不自然に明るい声で話題を変えた。
「このジャム、貰っていってもいいだろうか。アナリーゼにも食べさせてあげよう」
その言葉に、私は笑顔を取り繕えただろうか。
――知らなかった。
彼に拒否されることが、こんなにも辛いなんて。
「…イザベラ?」
涙がひとつぶ、零れ落ちる――。
「イザ…」
「失礼致します!!」
大きな声で戸口に現れたのはジフだった。
私はくるりと王子に背を向け、さっと目元の雫を払った。
「…紹介したい方がおりますの」
ジフに続いて現れたヴィクトリア先生が優美に礼をとる。
「わたくしの家庭教師をしてくださっているヴィクトリア先生ですわ」
私は再度王子に向き直り、最上級の笑顔を見せる。
——最後まで、王子の目に映る私はちゃんとした淑女であって欲しいから。