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「お嬢様!そろそろ出ていかないとまずいですよ。いつまでここからのぞき見しているおつもりですか」
「イザベラ様。さすがに身支度を整えるという理由でお客様をお待たせしていい時間を過ぎておりますよ」
私の背後でエイダが声に焦りをにじませてせっつき、ヴィクトリアが冷静に場を判断する。
そんな二人にお構いなしに私の視線は庭の東屋で私を待つエリック王子にくぎ付けだ。
エリック王子が茶請けに出されたシフォンケーキを食べている。ちなみに私が自分で食べようと思って焼いたやつ。ウィザードロゥってなにもなくて暇だからさ、庭仕事とかお菓子作りとかそういう自然派なことしか楽しみがないのよね。わかってるよ?それは全然淑女らしくないって。でもまあここにいる限りは何してようがばれないし自由と思ってたのよね。…王子がくるまではね!!!
「…わかってるわ。わかってるからもう少し待ってちょうだい」
私はエイダたちにあと少しっと懇願する。
だって生王子なんだよ?2年ぶりの!いきなり現れた王子とご対面する前にちょっと遠めから見て体を慣らさないと。死んじゃうよ?私。
「…まだ信じられないわ。あれは本当にエリック王子なの?」
「そうですお嬢様。馬車も従者も完璧に本物でした」
「でも…エリック王子はあんなに男らしかったかしら」
「エリック王子は今年で17歳でいらっしゃいますよ。当然成長されますよ」
木の陰から除く私のめにうつるエリック王子は2年前と少し違う。背が伸びたというのもあるけれど昔はもっと線が細くてすらっとしなやかな美しさだった。それが今は少し体が厚くなって何というか…若干の男くささを感じる。それも異様にドキドキしてしまう原因の1つなんだけど…
「…イザベラ様。いい加減に覚悟をお決めくださいませ。これ以上お待たせするのは取り返しがつかなくなります」
ヴィクトリア先生に叱咤され、私は木の陰から東屋へと続く小道にポイっと放り出される。
ちょっと!まだ心の準備が!!
「レディ、イザベラ!」
いや、王子気づくの早いよ!
目ざとく私の存在を見つけた王子が椅子から腰を浮かせた。
こうなっては仕方がない。私は早鐘をうつ心臓を抱えてよろよろと王子の前へと進んでいった。
「申し訳ないイザベラ嬢。先に出した手紙が途中事故にあったようで…私の方が先についてしまったようだ」
申し訳なさそうに眉を下げて謝るエリック王子の様子に私の心臓はばっくばくだ。正直もう、この「来ちゃった☆」事件についてはどうでもいい。そんなことより酸素をください。
「いえ、このような地にいらしていただいただけで光栄でございます。お待たせして申し訳ございませんでした。イザベラ・オーガスタス、御身の前に失礼いたします」
「迷惑をかけているのはこちらだ、気にしないでくれ」
「もったいないお言葉でございます」
平身低頭平身低頭!淑女らしくおしとやかに!
そんな風に今度は失敗するまいと全力で丁寧に振る舞う私をみてエリック王子は苦い顔をした。
「堅苦しくしないでくれ。ここは城じゃないのだから」
「ですが…」
「貴族の交流がしたければここヘは来ていない。そんなことより君がいつも手紙に書いてくれた庭を案内してくれないか。せっかく来たんだ。自慢の屋敷を紹介してくれ」
そういってエリック王子が私の前に手を出す。
こ、こここ、これはエスコート!?
「…はい」
私はあまりの幸福に震えながらその手を取った。
◆◆◆
お庭紹介は順調だった。当たり障りなく、普通に。
綺麗な花をみては綺麗と言い、香りが良ければを嗜んでみる。決して木に登ったり、これ私が作った野菜なんですぅ!なーんてことは言わない。絶対に。私はもう2年前と同じ失敗はしないのだ!おもしれ―女は卒業!私は妃にふさわしい淑女として生きていくんだからね!!
そんな決意を胸にちょうど庭を一周しようかというときエリック王子が一本の木のまえで立ち止まった。
「これはライドベリーか?」
「その通りです!よくご存じですね」
甘酸っぱくておいしいサクランボ大の赤い実をつけたライドベリーの木。私の大好きなその木はちょうど収穫時期真っ盛りだ。
「ライドベリーのジャムが好きなんだ」
なんと!王子もライドベリーがお好きと!これは、あとで出すお茶菓子はライドベリーのジャムを乗せたクッキーに決まりね!
「つままれますか?」
私は好きなものが同じであることに嬉しくなって意気揚々と脚立を木の陰から取り出す。
え?なんでこんなところにあるかって?それは午前中まで私がここでつまみ食いしてたからだよ!赤い汁が指先について染まっちゃうのが難点だけどジューシーでおいしいんだよね!
エリック王子は差し出された脚立を軽々と登って実を二つほどもいで口に入れた。
「うむ、おいしいな!」
「でしょう!?」
「イザベラ嬢もここへおいで」
「はい!」
やっぱりもぎたては一番だよね!呼ばれたし私もひとつ食べちゃおーって……やばい。
私脚立に足をかけた状態で硬直する。
私、今は手袋してるからわからないけど、午前中にベリーむさぼってたから実は指先真っ赤なんだよね…ベリーをつまむためには手袋は外さなきゃいけない。そしたらこの指先があらわになっちゃうわけで…やばい詰んだ。せっかくの淑女を装ってきたのに、今でも野猿だということがばれてしまう!!
「どうした、食べないのか?」
というか、脚立に登ること自体レディ的にはアウトなんじゃ?それに、王子に誘われて「はい!」とか元気にお返事しちゃったけど実はもうそこでアウトだったりする?
「…そうか」
いやー、わからない!貴族わからない!いやね、一応これでも令嬢ですからそれなりに教育は受けてますよ?でもさ、脚立に登っていいかどうかなんてことは教わってないわけよ。そうすると自分の感覚の問題になってくるんだけどそこで、出てきちゃうんだよね、前世の日本の感覚が!!庶民の感覚が!!
「口をあけろ」
「へっ…?」
エリック王子の左手が、そっと私の顎に触れる。
驚いて情けない声が出た私の唇にベリーが押し当てられていた。
私はそれを反射的にぱくりと口にいれた。
「その手ではつまめないだろうからな」
サファイアのようだと称えられる王族の青い瞳が面白そうに笑っていた。