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37(王子の焦燥)

 


 会議が終わり、控えの間に戻ったエリックの後を追ってきたのはシンディアだった。



「お兄様は、アナリーゼのことがお嫌いなのでしょうか」


 右手をちょっと頬に添えて小声で不安げに尋ねてくる姿はどこか儚げで、生まれつきの美貌と相まって自然と目を奪われる。

 野生児だったシンディアにここまで物を教え込んだのはアナリーゼだ。無理だと思われていたシンディアのレディ教育をやってのけ、無事成人の社交界デビューに間に合わせたのだ。それは、アナリーゼが王子の妹という強力なカードを手にいれたこと、そして彼女の有能さを世間に知らしめる出来事となった。


「そんなことはないよ。アナリーゼはとても優秀だ。シンディアもそれは知ってるだろう?」


 シンディアに話す言葉はすべてアナリーゼに筒抜けになる。

 妹と言えども気が抜けない会話にエリックは慎重に答えた。

 しかしはぐらかすようなエリックの言葉をシンディアは気に入らなかったようで、その柔らかな頬をぷくりと愛らしく膨らませた。


「アナリーゼが優秀なのは当然です!…そうではなく、わたしが聞きたいのはアナリーゼがお嫌いではないのであればどうしてアメリアを妃候補になんてするのかってことです。アメリアはとっくに妃候補を外れているのに…」

「いろいろと事情があるんだ…察してくれ」

「ではせめて、アナリーゼのことはどう思っていらっしゃるのか教えてください。お嫌いではないのでしょう?」


 エリックと同じサファイアの瞳をきらりと光らせて、詰め寄ってくるシンディアはとても素早い。令嬢らしからぬ俊敏さと一言一句聞き漏らすものかといったその必死な様子に、エリックは苦笑してちょっと意地悪に返答した。


「そうだな、友達想いで優しい妹の善き親友、或いは先生、といったところだな」

「そういうことではありませんっ!」


 自分の望む答えを得られなかったシンディアはぺちぺちとエリックの腕を叩いた。途中で叩くのをやめたのは多分アナリーゼのレディ教育を思い出したからだろう。一瞬はっとした様子のシンディアは、エリックを叩いていた手をさっと後ろに隠し、すました顔で続けた。


「お兄様、きっと誤解しています。わたしがなんでもアナリーゼに話すと思っていらっしゃるでのしょう?わたしだってもう15歳です。アナリーゼに秘密にすることくらいできます!」


 自信たっぷりに胸を張る様子にエリックはどうだかな、と肩をすくめた。


「ちゃんと実績もありますもの!例えば、この間はイザベラとお茶会をしましたけれど、これは秘密のお茶会なのでアナリーゼは知りません」


 ふふふ、と悪戯にほほ笑むシンディアから飛び出したイザベラの名前に、エリックはほとんど条件反射のように尋ねていた。


「…っ!どうだった?」

「どう、とはどういうことですの?」

「つまり…何か話したか?」

「もちろん…お茶会といってもお喋りが主ですから」


 今度はシンディアが首を傾げる番だった。怪訝そうにエリックを見やったが、すぐにエリックが聞きたがっているのはそその茶話会の内容だと気が付き、合点の言った笑顔で答えた。


「ああ!会話の内容ですね!それはもちろん恋話です。でも最後にはやっぱりアナリーゼの話になってしまったのですけれど」

「恋…一体何を」

「それは内緒です。お兄様がアナリーゼのことをどう思っているか教えてくださるのであれば、お話いたします」


 そう言ってニコニコと人好きのする笑顔でうまく交渉を持ちかけるシンディアに、エリックは内心驚いた。ついこの間まで野を駆け回っていた妹がすっかり貴族の娘になっていたからだ。

 シンディアの成長の速さに感心しながらも、どう切り抜けようかと考えていると、ゲハードが割って入ってきた。


「王子、面会の準備が整いました」

「ああ。すぐいく」


 オーガスタス家とのイザベラを妃候補にするための話し合いの場の準備が整ったのだ。ここでイザベラの家族から同意を得られれば流れは大きく変わる。エリックはきゅっと唇を引き結んだ。


「どなたにお会いになるの?」


 ゲハードとのやり取りをじっと見つめていたシンディアが目を細めて尋ねる。


「……ただの、打ち合わせだよ」


 オーガスタス伯と答えられるわけもなく。きごちなく吐き出した言葉にシンディアはいっそう目を細めた。

 エリックはその視線から逃れるようにシンディアに背を向けた。


「すまない。続きはまた今度にしよう」


「いいえ……もう、充分ですわ。私の知りたいことは、分かってしまいましたから」


 さっきまでとは違う落ち着いた声が、苦い空気を纏ってエリックの背に投げかけられる。思わず振り返ると、シンディアが苦しそうな笑顔を浮かべてこちらを見ていた。



「お兄様は、イザベラがお好きなのですね」



 それは、問いかけではなく確認だった。

 まだまだ子供だと思っていた。人の心の機微など分かる年齢ではないと、どこかで気が緩んでいたのだ。何が彼女の中で決定打になったのかは分からない。けれど、エリックが漏らした少ない情報からシンディアは答えにたどり着いてしまった。


「瞳の輝きが違うのですもの。わたしにだって分かります」

「シンディア、このことはまだ…」


 オーガスタスとの話し合いはこれからだ。エリックの中ではイザベラを妃に引き上げることは決まっていても実際に外堀を埋めるのはこれからだ。グランチェスタに横やりを入れられては困る。

 エリックの口止めにシンディアは小さく首を振って応えた。



「もちろん、言いませんわ……言えませんもの」


 それは、震える声だった。

 シンディアに話したことがアナリーゼに伝わるならば、それは逆もしかり。静かに心を痛めるシンディアの姿はアナリーゼの姿でもあった。


「すまない」


 残していく言葉はそれよりほかになかった。

 エリックは控えの間にシンディアを置いてオーガスタス伯爵との話し合いの場へ向かった。





 ◆◆◆




「申し訳ございませんが、イザベラ様はご実家にお戻りになられております」


 色の濃い茶髪を綺麗に整えた家令が丁寧に礼をとって主の不在を伝えた。

 ひっそりと静まり返った屋敷には確かに人の気配がない。本当にいないのか、それとも居留守を使われているのか。いずれにしても家令の発言は嘘だった。


「それはイザベラの指示か?悪いが私はその実家からここへきている。嘘はやめてくれ」


 イザベラの使用人らに悪い印象は与えたくない。できる限り穏やかに伝えたかったが、焦燥感からかどうしてもきつくなってしまう。

 オーガスタス伯爵との話し合いは、結果として良いとも悪いとも言えなかった。穏やかそうな見た目でもやはり5名家の当主というべきか。こちらが何を言っても「イザベラが妃候補を降りたときからイザベラの婚姻はイザベラに任せると決めている」の一点張りだった。たとえ王に娘を差し出せと命令されたとしてもイザベラの意志を最優先にすると言い切った伯爵に、外堀から埋めるのは難しいと判断した。

 そうして、まずは件の公爵との婚約について本人に話を聞こうと、意を決してウィザードロゥにやってくれば、門前払いを食らっているのだ。多少きつくなるのも仕方のないことだと思ってほしい。



「…申し訳ございません。ですが、今お答えできることはこれよりほかにございません。」

「イザベラは、どこにいる」

「お答えできません」


 何度も頭を下げる家令は意志が強そうでで、何をしたってイザベラの居場所は吐かなそうだ。

 それはイザベラに忠実であるという意味ではとても良いことだが、今回ばかりは困りものだ。

 エリックは少し考えて、応接間から外に出た。


「あの、どちらへ…」

「またすれ違うことだけは嫌だからな。本当にここにいないのか確かめさせてもらう」


 2階に上がる階段を上り始めたエリックに、家令は「なるようになれ」と呟いて、渋々ながらもついてきた。

 一つ一つ部屋を見て回って、角の大部屋への扉に手を伸ばした時、とてつもないスピードで女中が目の前に飛び出してきた。


「ここだけはなりません!!」

「おい、エイダ」


 エリックの後ろに控えていた家令がエイダという女中を窘める。

 しかしエイダはその言葉に強く首を振り、扉の前に立ち憚った。それはここに、いかにもなにかありますと主張する行動だった。


「私はイザベラを探しているんだ。そこをどいてくれ」

「王子のご命令でもお受けできません。ここはイザベラ様にとって大切なお部屋なのです」

「…何の部屋かな」

「信仰と精神の間です。神聖な場所ですのでどうかご容赦を」


 神像でも祭っているのだろうか…。

 にしてはかなりの大部屋のようだが。


 エリックは改めて部屋の大きさを確認した。天井まで伸びる両開き扉は城の書庫についているものと同じでかなり大がかりなものが格納されていると見た。


「この中にイザベラがいないという証拠は?」

「お言葉ですが、王子。イザベラ様は突拍子もなくて思考も言動もとても変わっているお方ですが、さすがにここまで追い詰められてさらに隠れるような小心者ではございません」


 褒めている…のかはちょっと分からないが、確かに、とは思える理由だった。いままでイザベラが隠れたりしたことなど一度もないのだ。


「そう…だな。すまない、やはり焦っているようだ。急に押しかけて申し訳ない」


 公爵より先にイザベラとのことを世間に公表する。そのために早くイザベラと話をしなければと、この間の会議からずっとそればかり頭にあったのだ。

 エリックはひとつ深呼吸をした。


「…だが、それはそれとして、中は何があるのだ?」


 焦る心は抑えられても、好奇心は抑えられない。サファイアの瞳をきらりと光らせて扉に一歩近づけばエイダは慌てて扉に張り付き死守をした。


「絶対に駄目です!中を見せるくらいならイザベラ様の居場所をお教えいたします」

「エイダ!」


エイダの言葉に家令は慌てて非難の声を上げる。


「なんです?じゃあこの中を見せたほうがいいって言うの!?」

「それはそれで面白そ…じゃなかった。居場所を言うほうが問題だろう」


 今、この家令、「面白そう」って言おうとしなかったか?

耳に引っかかった言葉を訝しんでいると、今度は女中がおかしなことを言う。


「馬鹿言わないで!これが世に出たらどうなると思っているの?」


 ……イザベラはなにを隠しているんだ

エリックは扉から一歩後ずさった。


「それに、私たちの仕事はイザベラ様をお守りすること。私は今、イザベラ様の心を守っているのよ」

「エイダ…」


 自分のすべきことをはっきりと言ってのけたエイダは誇らしそうだった。その言葉は家令にも刺さったようで、彼は二三度頷き、柔和な笑顔を彼女に向けた。


「そういうところが好きだ」


 突然の告白にエイダの耳が一気に朱に染まる。


「へっ!?ちょっとなにいきなり…」

「もう一度言おうか?君の仕事に対して熱心で人に対して底抜けに優しいところが―——」


 秘密の扉を背にたじろぐエイダのことなんかお構いなしに言葉を続ける彼をエリックは制止した。


「待て。頼むからそういうことはイザベラの居場所を教えてからやってくれないか?」


 さっきからずっと彼らはエリックを挟んで会話をしているのだ。まるで透明人間かのように王子を無視して進む二人の会話にエリックは生まれて初めて脇役モブとはこういうものかと実感した。



「それで?イザベラは今どこにいるんだ」



 空気を一新しようと一度咳ばらいをしてから尋ねたエリックの言葉に、家令と女中の二人は顔を見合わせ、申し訳なさそうに主人の居場所を呟いた。

 そうして聞き出したイザベラの行方に、エリックは大急ぎでウィザードロゥを後にした。



 どうか間に合ってくれと、願いながら―———。




信仰と精神の間=エリックグッズ保管庫。

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