3
寒さ厳しいウィザードロゥの地にも芽吹きの春はやってくる。
私がこのド田舎に追放されてはや2年。古ぼけた屋敷だって2年も磨けばきれいになる。来たときは緑の藻がぷっかぷっか浮いていた庭の池だって、優秀な庭師のおかげで今じゃ底が見える透明さだ。
「お嬢様、お手紙です。セーラからかと」
バラ咲き乱れる庭園で優雅に午餐に興じる私のところにすっかり家令然としたジフが一通の手紙を持ってきた。
そこに書いてある報告を読んで私はにんまりとほほ笑んだ。
◆◆◆
「ついにこの時が来たわ!!!!」
屋敷の最上階。調度品の囲まれた私自慢の書斎にて私は高らかに宣言する。
今回の参加者は家令のジフと侍女のエイダ、そして1年前私たちの仲間に加わったヴィクトリア先生だ。
「イザベラお嬢様、お喜びのところ申し訳ございませんがわたくしさっぱりわかりませんわ。そのセーラという方はわたくしがここへ来る前に王都へ行かれたのですよね?たしか諜者として」
ヴィクトリア先生が優雅に小首をかしげる。
うっわ!先生、今のすっごい艶めかしい!40代とは思えないわ。さすが「夜蝶のヴィクトリア」。その妖艶さで社交界を追い出されたってもの頷ける。私の魅力の先生として引き抜いて正解だったね。私もいつか先生みたいにセクシーでラグジュアリーな女性になるんだからっ!
「そうよ。セーラにメアリーにソフィア、アメリアの三人の下に忍び込んでもらって、あの手この手で妃になることを諦めさせたの」
私を含めて5人いた妃候補が次々と辞退することとなり、王室は狙い通り妃の選定に慎重になった。セーラとはタイミングをみて連絡をとっていたけど電話もないこの時代、ここまで思いどおりに事が運ぶなんて本当に私の部下って超優秀!
「レイ家、グレイプ家、ボガート家のご令嬢を辞退させるとはなかなかの腕前ですね。ですが、それだと3人です。残りの一人はどなたでして?」
ヴィクトリア先生の質問にジフが答える。
「グランチェスタ家のご令嬢です」
「まぁ!ということはアナリーゼ嬢ですね…いくらイザベラ様といえどもグランチェスタ家相手というのは」
「何を言われますかヴィクトリア様。これもすべてお嬢様の作戦ですわ」
ジフとヴィクトリアを挟んで並ぶエイダが得意に顎を上げた。
ふふふ、そうよ。待ちに待った今日こそ私が妃に返り咲くための第一歩。
覚えているだろうか、「おもしれ―女」を演じたあの日、私のことを窘めた者がいることを。
彼女こそがアナリーゼ・グランチェスタ。唯一残されたエリック王子の妃候補
「わたくしが王都に返り咲くためには妃選定を先延ばしにすることが第一条件。かといって妃候補が全員辞退したのでは意味がないわ。王子の妃になりたい者はいくらでもいるのだから。…そこでわたくし目を付けたの、アナリーゼ様に」
アナリーゼ・グランチェスタ。
オーガスタス家と並ぶ名家だ。長兄はエリック王子と同い年、さらに彼女自身も末姫のシンディア姫と仲が良く、正式に姫の遊び相手として任命されている。客観的にみてアナリーゼはエリック王子の妃としてはとてもいい条件だ。それでも、前評判では彼女は最下位の5位だった。それは彼女の若干高慢な態度が問題、というわけではなく――――
「だってアナリーゼ様はまだ10歳なんですもの」
私の言葉になるほどと大きく頷いたのはヴィクトリアだ。
「アナリーゼ様を第1位に押し上げ、彼女が適齢期になるまで時間を稼ぐ。さすがですわ、イザベラ様」
「それで、今日、セーラから来たこの知らせ。どうやら世論はアナリーゼ様がお妃に内定したと考えているようよ。これで準備は完了。次は数年かけてこのあたりの貴族を手中に収めて勢力図を塗り替えていくわよ!」
一度候補が固まってしまえばそこからさらに割入ってこようなんで人間はきっと私しかいないよね!アナリーゼ様が成長するまでまだ5年は余裕だろうし、あとはこっから私のターンよ!じっくりじっくり攻めていくからね!
「ジフ!このあたりの貴族とのつながりはもう十分できてるわよね?今年のシーズンでは盛大に夜会を開けるかしら」
「必要であれば今夜にでも」
「ヴィクトリア先生、わたくしがお教えしたお菓子と音楽も人前に出せるくらいにはなったかしら」
「ええ、抜かりなく。流行を生み出すことに関して私の右に出る者はおりません」
順調な進捗状況に私は満足してエイダを振り返る。
そこには自信に満ちた顔で―――…んん?エイダどうした?なんで青ざめてるの?確かエイダにはいざというとき私の代わりができるように作法だったり声真似だったり、あとはたまに代筆なんかをお願いして…
「お、お嬢様、申し訳ございません!!私、まさかお嬢様がそこまで長期で事を見据えているとは思っておらず…その、エリック王子とのお手紙で近いうちにと言ってウィザードロゥにお招きしてしまいました」
なんだってーーーーー!?
まてまてまてまて、エイダちゃん?私よりおもしれ―女やるのやめてくれます!?
確かに、エリック王子へのお詫びお手紙が予想以上に続いちゃって、でも内容は当たり障りないしどうせ向こうも代筆だろうと思って最近はエイダに任せてました。でもでも、ウィザードロゥにお招きって、この、なんにもない土地に!?こんなところに王族呼びだすのはむしろ不敬罪になっちゃったりしないかなぁ!?私王族への不敬って身に染みてるんだよね!
「ヴぃ、ヴィクトリア先生…」
「大丈夫ですよイザベラ様。王族がこんなところに来やしません。エイダもそんなに取り乱す必要はありません。向こうは本気にしませんから」
「「先生!!」」
持つべきものは大人の女性!
一気に安心したよ。今エリック王子に来られたってなにもおもてなしできないもんね。
ではでは気を取り直して…
私は乱れた空気を律するようにコホンとひとつ咳をした。
「コホン。それでは改めまして…これより作戦は第二段階に入るわ。貴族たちを掌握して勢力図を塗り替えるのよ!!」
そうして胸を張って宣言してから3か月。
あくる日屋敷の前に一台の馬車が止まった。
「申し訳ないイライザ嬢。先に出した手紙が途中事故にあったようで…私の方が先についてしまったようだ」
来ちゃったじゃんエリック王子!