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 暗褐色の扉は厚く、中を伺い知ることはできない。

 私はエリック王子の執務室の前でドアノブを引いていいものか迷っていた。



 王城まで来たんだもん。挨拶くらいはすべきだよね?ほら、私たち、り、りりr、両思いだし。うん。そうだよ。挨拶くらい……でも、次会うときはエリック様に相応しいレディに、なんて言っちゃったのにもう顔出すのは、約束も守れてない上に格好悪すぎない??

 …だってまさかこんなに早くお会いできる機会が回ってくるとは思ってもみなかったからさ!分かってたら次会うときは、なんて自分で会う回数を制限するようなこと絶対言わなかったのに!!


 くっと下唇を噛み締める私をみて、扉の外に立っていた衛兵が声をかける。


「あの、エリック王子は今、第二王子のところへ外出中ですが…」


 いないんかい!!

 申し訳なさそうに告げられた言葉に私はがっくりと肩を落とした。


 まあ、今お会いしたところでどんな顔したらいいか、わからなかったから、この結果もそれはそれであり?


 とはいえ、やっぱり少し残念だ。

 悲しい気持ちで踵を返した私は、自分のタイミングの悪さを呪いながら、本来の目的であるシンディア姫と約束しているお茶会室へと向かったのだった。



 ◆◆◆




「…それでね、わたし転んでしまって。周りに人もいないし会場までの道も分からないしで、もうだめだわっと思ったら、その方が現れたのよ!すっと手を差し伸べて、怪我はないかって気にかけてくださったの!その時の瞳の綺麗さと言ったら言葉に表せないわ」


 シンディア様の言葉に私は全力で首を縦に振った。

 うんうん、わかるわかるよ!吸い込まれそうになるんだよね。私なんて何度王子の瞳にのまれたことか!


 悲しい気持ちでやってきた私だったが、シンディア様の明るさと胸がときめく恋話にあっという間に元気を取り戻した。

 はぁ〜やっぱり恋話は最高!!


「そして手を引いて会場まで連れて行ってくださったのよ。でも名前も言わずに立ち去ってしまったから、ねえ、イザベラ、実はあなたの知り合いだったりしないかしら?イザベラもきれいな黒髪なんですもの!」


 シンディア様の質問に私は首を振って答える。


「お力になれず申し訳ないのですが、紫の瞳には心当たりがなく…わたくしの一族は琥珀色の瞳ですから」

「そうよね。紫ではないものね。でもね、絶対に紫よ。見間違いじゃないわ!!」


 シンディア様がきっぱりと否定するのはアナリーゼに疑われたからだろうか。

 私はシンディア様の味方のように頷いた。


「知り合いにも聞いてみましょう。降雪祭の会場に居たということは、貴族かそれに連なるものですからきっとすぐにどなたかわかるかと思います」

「まあ、ありがとう!みんな私は王女だから探してはいけないというの。相手の方にプレッシャーになってしまうのですって。人前で話すのもダメだって。だからイザベラが手伝ってくれてとても嬉しいわ」


 両手の指を揃え、シンディア様が王子と同じサファイアの瞳をキラキラさせて笑う。前に会った時よりさらに美しく成長したシンディア様は国1番の美人だと言われても遜色ない。その笑顔に私は思わず見とれてしまった。


「…も、もったいないお言葉です」

「もぅ、そんなに硬くならないで!わたし今日はお友達との秘密のお茶会をしに来たのよ。そうよ、ね、イザベラは好きな人はいないの?わたし気になるわ!」


 シンディア様が興味津々といった様子でずいっと前に乗り出す。チャンス到来だ!私はここでエリック様への恋心を伝えれば応援してもらえるかもと思い口を開くが、すぐにはっと思い留まった。


 ちょっと待った。これって、うまく受け入れてもらえればいいけど、もし拒絶されたら……終わりだよね?


 もしエリック様と結婚することになったらシンディア様はいわば小姑。できるだけ関係は良好に、可能ならば好かれていたい。

 私は少し考えて、ニコニコと私の言葉を待つシンディア様に微笑んだ。


「わたくしは、エリック様を尊敬しておりますの」


 我ながら、なかなかいいところをついたんじゃないだろうか。これで反応が良ければもっと押せばいいし、悪ければこの作戦はやめとけばいいよね!

 シンディア様の不興をかわぬよう、しっかり予防線を張った私は落ち着いてシンディア様の反応を待った。

 しかし帰ってきたのは予想外な言葉だった。


「まぁ、それはアナリーゼと一緒ね!!」

「えっ…」

「アナリーゼもそう言ってたわ。好きなら好きとはっきり言えばわたしも応援するのにって言ったら、わたしの応援はいらないっていうのよ?それは贔屓になるからって。アナリーゼは自分の力でお兄様を振り向かせるのですって」


 ちょっと拗ねたような声でそう話すシンディア様はそれでいてとても自慢げだ。


「ほんとはね、この話もしちゃいけないの。アナリーゼがお兄様のことを想っていると噂が広まれば、協力するからと言ってグランチェスタに恩を売ろうと近寄ってくる者が出てくるのですって。この間もアメリアがアナリーゼとお兄様を近づけようとしたってことで距離を置かれていたわ。本当にアナリーゼって厳しいのよね!…でも、わたしはアナリーゼのそんなところが好きなのよ!!」


 輝くような笑顔と共に紡がれたシンディアの言葉に、私は忘れていた気持ちを思い出した。

 どこまでも真っすぐで清廉潔白なアナリーゼ。それはまるで鏡のように私の醜さを映し出してしまう。

 人を巻き込み、時に利用して、自分の目的を果たそうとする私は、彼女と同じ言葉を使ったとしても、決して同じはなれないのだ。


 それに気がついて、私は唇を噛んだ。

 急に黙り込んだ私に気が付いたシンディアが不思議そうに首をかしげる。


「あら、どうかしたの?」


 エリック王子と同じサファイアの瞳でこちらを見つめる王女に、私はちくりと痛む胸を押さえて形だけにこりと笑って見せた。


「いいえ…アナリーゼ様は素敵なお人ですものね」


 私の言葉に、シンディア様はまるで自分が褒められたかのように喜んだ。


「そうなのよ!わたし、アナリーゼが大好きなの!実は今日もこの後アナリーゼが来ることになってるのよ。なんでも最近はユーリお兄様のところで勉強をしてるとかで、わたしはさっぱりわからないのだけど―—」



 本当は聞きたくもないのに、自分からアナリーゼの話題を振ったのは、アナリーゼのことが気になるからだ。

 少しでいい、何だっていい。

 耳にする彼女の言動のどこかに、自分が勝てる部分があればいい。私の方が、エリック様に相応しいのだと思わせて欲しい。

 そんな思いでシンディア様から言葉を引き出したのだ。


 くだらないこの行動を世間ではきっと、性格が悪いというのだろう。


 私は自らの内に渦巻く黒い感情を表に出さぬよう、張り付けた笑みでシンディア様の話を聞き続けた。



 ◆◆◆



 シンディア様とのお茶会が終わり、空気を吸いにバルコニーにでた私は、その隅で小さく丸まる。誰かに見られる場所でもない。飾り柱に頭をもたせかけ、その隙間から私は外を眺めた。


『アナリーゼは自分の力でお兄様を振り向かせるのですって』


 シンディア姫の言葉は私の心に重く引っかかった。アナリーゼの高尚な決意は、私が持っているものと違いすぎる。自分の力と言いつつも私が使っているのは結局、家の力や自分の立場だ。私自身の魅力として何かを為せてはおらず、また同時に、シンディア様に頼ろうとしたことの(ずる)さを突き付けられたのだ。


 私は掌にぎゅっと爪を立てた。

 悔しくて、妬ましくて、苦しい。


 私は何度同じことを繰り返すのだろう。シンディア様の言葉から、彼らがどこにいるのか知ったからといって、見に来なければよかったのに。そしたらきっと、こんなに苦しい思いはしなかった。


 私が眺める先は向かいにある学術棟。そこでは一つの書物を挟んでエリック様とアナリーゼが頭を寄せ合っている。

 一年半ぶりに目にするアナリーゼは、別人のようだった。

 幼かった顔立ちからは、子供特有の丸みが抜け、背もぐっと伸びて凛とした佇まいが身に付いている。今にも花開かんとする少女の瑞々しさが、私には酷く苦しい、毒だった。

 会話の内容が聞こえないのは幸か不幸か。午後の光の中で、時折書物から顔を上げて親しげに笑いあう姿は、まるで物語の一場面のようで…


 どうすれば、私はそこに行けるのだろう。

 どんな手を使えば胸を張って王子の隣に立てるのだろうか。エリック様に歩いてほしい王道は清く美しいものであって欲しい。その道に今の私は相応しくないことが分かっているからこそ、あの晩私はエリック様の手を取らなかった。

 けれど。



「…アナリーゼ様のことなど、知らなければよかった」


 私は小さな声で1年半前の潜入を悔やんだ。


「そうしたら私は、自分の醜さを知らずに済んだのに」




 思想も教養も礼節も、アナリーゼに何一つ敵わない私に、彼の手を取れる日がくるというのだろうか?





 私は楽しげな2人が居なくなってからも、日が暮れるまで、石のようにそこでじっと座り込んでいた。





この世界の美人の定義について、活動報告で綴ってます。興味のある方は是非どうぞ。

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