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「お嬢様、限界です」


 あの夢のような夜会から3日。

 エリック王子と両想いになれたことが未だに信じられず、ふわふわと夢見心地で生きている私にエイダが大量の手紙を持ってきた。


「わかっています!代筆も侍女としての大切なお仕事だということは。でも、もう限界です!返しきれません。お願いですお嬢様、シンディア様にもう手紙は書くなと言ってください!!」


 とんでもなく不敬な発言をするエイダは何とも苦し気な表情で両腕に抱えた手紙を私の前に広げる。王族の女性が使う百合の紋がしたためられたものがざっと30通はある。


「えーっと…これ、全部シンディア様から?」

「はい、なぜかここ最近爆発的に量が増えています。今日やっと3通返したと思ったら間髪入れずに5通きました。中身もほとんどポエムのようなものばかり。返さないのも失礼ですから頑張っていますけれど、もう限界です!シンディア様を止めてください」

「王族からの手紙なんて雑に扱えないものね…」


 私はひとつ中身を覗いて確かにこれは返信が大変そうだと頷く。

 あたなはどこ?声を聞かせて。会いたいわ。などと愛しのあなたへの想いが綴られた散文に、なんて返すのが正解かなんて私にもわからない。


「ルーカス様と宛先を間違っているのではなくて?」

「そうであればどれだけいいか。しっかりイザベラ様と書かれています」


 おそらく今日来た5通の手紙を束ねていたのであろう紐のタグには確かにイザベラ・オーガスタスと書かれている。が、いきなり愛を語ったポエムを大量に送り付けられるようなことをした覚えはない。

 私は首を捻った。



 シンディア様から手紙が届くようになったのはあの潜入がきっかけだ。「お友達になったのでお手紙を送ります」という最初の一通によると、エレノアという人物はセラフィーネの友達だとアナリーゼから聞いたシンディア姫は、セラフィーネを探りなんと私まで辿り着いた。

 慌てた私はダメもとでセーラを通じてアナリーゼには言わないようお願いしたのだけれど…


『もちろんいいわよ!それってアナリーゼには秘密ってことでしょ?素敵!!わたし二人だけの秘密に憧れてたの!あっ、二人じゃなくてわたしとセラフィーネとイザベラの3人の秘密ね。アナリーゼってなんでも知ってるんだもの。たまには知らないことがあっても良いわよね!』


 と、いう感じで思いのほか乗り気で秘密を守ってくれてる。まあ、王都に帰るとなったらいつかは顔を合わせることになるのだし、そのうちばれてしまうのは仕方ないと思っていたのだけど、ちょくちょくアナリーゼの下へ遊びに行っているセーラ曰く、まだばれてはいないらしい。


 そんなこんなで始まったシンディア様との文通は、エリック様ほどの頻度ではなく内容もさしたるものではなかったのでエイダに代筆を任せていたのだけれど…なんでポエム??

 私は手紙の意図が分からず部屋の隅でお茶菓子の用意をしているセーラに声をかける。


「ね、セーラ。あなたこの間もアナリーゼ様のところに行っていたでしょう?なにか知らない?」


 私の問いかけに、セーラは待ってましたと言わんばかりの様相で、すぐに事の顛末を教えてくれた。


「それなんですけれど、シンディア様はこの間の降雪祭で夜会デビューだったのですが、そこで、運命の人と出会ったみたいですよ」

「ルーカス様じゃなくて?」

「はい、紫の瞳に黒い髪の素敵な人だとおっしゃってました」


 今日のお茶菓子蒸しケーキを持ってこちらにやってきたセーラの語る人の特徴に覚えがない私は首をひねる。


「紫の瞳に黒い髪??そんな貴族いたかしら」


 緑や青の瞳は良くいるが紫なんて見たことがない。髪色に関しても、黒髪というのはそう多くはない。高位貴族ではオーガスタスとその親戚にちらほらといった具合だ。


「やっぱりそうですよねぇ。私も思い当たる方がいなくて…アナリーゼ様は見間違いだなんて仰っていましたね」


 騒ぐシンディア様にきっぱりと言ってのけるアナリーゼの姿が目に浮かぶ。


「とにかく。運命の人に出会ってしまったシンディア様は、気持ちがが抑えられなくてお友達にポエムを送りまくっているようですね。アナリーゼ様のところは日に10通もきたことがあるとか。律儀に全部添削してるらしいですよ」


 どうやらこれはお友達限定メルマガみたいなものらしい。

 むむむ?おっかしいなー、私お友達になった記憶は全くないんだけど…。


 なんにせよ私はアナリーゼ様のように添削することははできないし、エイダも疲弊してる。どうにかしてこのお手紙配信を停止にする方法はないかと頭を悩ませ、私は一つのことに気が付く。


「…つまり、シンディア様は今、恋をしてらっしゃるということ?」


 お友達にポエムを送り付けるほどだ。シンディア様は今自分の恋話をしたくてしたくて堪らないはず。そこに話を聞いてくれる人が現れたら?一緒に恋話に盛り上がってくれる人がいたら?


 私は悪い笑みを浮かべる。


「ねえ、セーラ。お友達の恋は応援しないといけないわよね」

「…お嬢様、行く気ですね?先に言っておきますがシンディア様はやり手ですよ」


 セーラの忠告に私は小さく頷く。

 まったくもって言動の予測ができないシンディア様だ。そううまくいくとは私も思ってない。けど、エリック様に自分の力で王都に返り咲くと言った手前、大人しくウィザードロゥに引っ込んでいることもできない。


 チャンスがあるなら行かなきゃね!

 恋話に満足されてお手紙配信が止まればよし。シンディア様の恋を応援する代わりに私の恋愛も応援してもらえればなお良しだ!!


 妃選定の場である小さなお茶会の参加資格は、議会による推薦、王子の推薦または選考人の推薦のいずれかをもって得られる。王子の推薦を辞退した以上、現実的なのは議会による推薦だ。

 シンディア様の推薦は直接的に関係あるものではないけれど、王族が後押ししてくれたなら、その行動は議会の貴族たちに少なからず影響を与えるだろう。


 私はエイダに便せんを用意してもらい、シンディア様が興味を持ちそうな言葉を選んで手紙を書いた。




『シンディア様、秘密のお茶会をいたしましょう』



 城から受諾の返事が来たのはそれからすぐのことだった。



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