23(王子の決意)
リナの言う’思わぬ方向’を目の当たりにしたのは、会場にイザベラ達が現れてすぐだった。
二人の姿を目にしたリナはピキリと固まった。
「夏の女神と男神ですって…?」
黄色を基調としたドレスを身に纏うイザベラは髪を青色のリボンで纏め、青を基調とした服を纏うジョシュはイザベラが身につけるのと同じ黄色の布を腰に巻いている。
連れとしてきてるのだ。服を揃えるのはまだいい。だが——
「なぜ、夫婦神をえらぶ…」
我が物顔でイザベラをエスコートするジョシュを見て、エリックは不快感に顔をしかめた。報告で聞いてはいても、夜会でのイザベラの姿を見るのはこれが初めてだった。
大きく開かれた彼女の白いデコルテは眩しく、艶めかしく色が付けられた唇は蠱惑的だ。そんなイザベラと楽しそうに談笑している男など、見ているだけで腹が立つ。エリックは心に渦巻く暗い感情を隠すことなく顔に表した。
憎悪が自分の婚約者に向いていることに気が付いたリナは慌てて取り繕う。
「エリック様、落ち着いてください。ジョシュにイザベラ様への好意はございません。ご安心下さ……エリック様?今見られまして?イザベラ様ってとても積極的でいらっしゃるのですね?」
視界の端でとらえた二人の行動に今度はリナが不快感を露わにする。
イザベラが琥珀の瞳をきらきらさせてジョシュの手を取ったのだ。甘えるような上目遣いはわざとか天然か。どちらにせよ、イザベラのその行動はリナの癪に触ったようで、ダンスフロアへと向かう二人をリナは追いかけて行った。
「待て、今行く気か!?」
イザベラ達はフロアの真ん中で踊り始めたばかりだ。今乱入するのは目立ちすぎる。仮装しているとはいえ、非公式的に来ているのだ。できるだけ注目は浴びたくない。
エリックは、まっすぐに人混みをかき分けて進むリナの腕を掴んだ。
「エリック様はどうぞこちらでお待ちください。あのあばずれ女にリボンをつけてお返しして差し上げますから」
鬱陶し気に手を振り払おうとするリナの言葉に、エリックは掴む力を強めた。
「あばずれと言ったか?…そっちこそ好きでもない女性の下へフラフラ寄っていくような考えなしではないか」
「いいえ、考えなしではありませんわ!どうせイザベラ様が誘惑したのよ。さっきので良く分かったわ!」
「そんなはずはっ…」
売り言葉に買い言葉。
互いのイライラをぶつけ合う二人の間にぬっと人影が割り込む。
その人影はリナの腕からすぐにエリックの手を払い除け、隠すようにリナを抱きしめた。
それは、ついさっきまでフロアでイザベラと踊っていたはずのジョシュだった。
「リナに触れるな」
鋭い目つきでこちらを睨みつける男にエリックはぎしりと歯を噛み締める。
今しがたイザベラの白い肩を抱いていた男が、さも当たり前な顔で自身の元婚約者を抱いている光景はとても納得のいくものではなかった。
エリックは強く拳を握りしめたが、今ジョシュがここにいることの意味に気が付き、慌ててフロアに目をやった。
フロアの真ん中でイザベラが困ったようにあたりを見回している。ジョシュを見つけられなかったようで身を小さくしてとぼとぼとフロアを抜ける姿が痛ましくも愛らしい。
そんな姿を見てしまっては、もうジョシュなんて目に入らない。
エリックはこちらを睨み続けるジョシュに視線も返さず、反対方向に去っていくイザベラを追いかけた。
◆
イザベラは会場の端にいた。
ダンスフロアを見つめているのは未だジョシュを探しているのか、それとも、踊り足りないのか。
ときおり近くの菓子がのったワゴンから小さなシュークリームをとってぱくりと口に入れる。おいしそうにつまむ姿はかつてウィザードロゥで共に食べたライドベリーを思い起こさせる。
懐かしい記憶にエリックは少し穏やかな気持ちになって深呼吸をした。
リナについてはいろいろと気に食わないところもあるが、少なくとも彼女の言葉は本当だった。
あの雑踏の中でリナを見つけ、イザベラを放り出してでも駆け付けたジョシュは、リナの言葉のとおり一途だったと言えるのだろう。
『これまでジョシュに伝えた愛の言葉がわたくしの自信の根拠です』
堂々と語っていたリナの言葉を思い出す。
これまで何度も、イザベラの想いが知りたいと願ってきたが、それよりもまず、自分はどうだっただろうか。
ちゃんと、伝えられていただろうか。彼女に、伝わっていただろうか。
エリックは羽根つき帽子を深くかぶり直す。
もし、これまでがすれ違いだというのなら、その分までも伝えよう。
彼女が勘違いをしようがないほどに、はっきりと。
秘め続けてきた、幾千もの愛の言葉を――。
エリックは、3つ目のシュークリームを食べ終わったイザベラに、声をかけた。