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「久しぶりだな、イザベラ」


 ワルツの曲に合わせて揺れるエリック王子が小さく笑う。

 驚きに目を見張る私は、いまホールドを組んでいる相手がエリック王子なのだと理解して気が遠くなりそうだった。

 繋いでいる手が、支えられている背中が、エリック王子の肩に預けた腕が、とても熱い。相手がエリック王子だと分った途端、触れているすべての箇所を意識してしまう。


「おっと…危ないな、大丈夫か?」


 誰かにぶつかりそうになったらしい。王子がぐっと私を引き寄せる。王子の胸元に飛び込むことになった私の耳元で囁かれたその言葉に心臓が飛び跳ねた。


 ……し、死んでしまう!!!


 あまりの近さに耐えられず逃げ出そうとしたが、それに気が付いた王子は私を華麗に回し、元のようにホールドを組み直してしまった。上手すぎる王子のリードに私は舌を巻き、混乱する頭のまま王子に問いかけた。


「お、王子、なぜこんなところにいらっしゃるのですかっ!」

「ディノスだ。一応お忍びだからな」


 自身が仮装している風の神の名を口にする王子はどうやらとても楽しんでいるらしい。形の良い唇をにやりとさせた。

 確かに、こんなところへ国の王子が来ていると知れれば大変だ。私は王子の言葉に従って風の神の名を呼んだ。


「…では、ディノス様。どうしてこちらにいらっしゃるのかお聞きしても?」


 王子がサファイアの瞳を向けて優しく答える。


「君が頻繁に夜会であったことをおもしろおかしく手紙に書くものだから、私も来たくなってしまったんだ」


 手紙に書いた。その言葉に私はハッとする。

 た、確かにここ一年くらいずっと夜会を巡っていたから書くことがなくて、ついつい夜会での出来事を手紙に書いていたかもしれないけど……でも、それで、王子が来てくれるだなんて!!


 まさか自分の手紙がプレゼンとなり王子を呼ぶことになるとは予想すらできなかった。私は過去の自分に拍手を送った。

 ありがとう私!ありがとう自分!


 私は喜びをぎゅっと噛みしめる。


「そうでしたか。前もって言ってくださればジョシュとご挨拶に伺いましたのに」


 できることなら、ジョシュとはぐれて、ひとりプチシューを貪っているところを晒す前に、完璧な状態でこちらから挨拶にいきたかった。


「…ジョシュ・グレイプか。君の屋敷に居候していると聞いたぞ。ずいぶんと仲がいいのだな?」

「ええ、趣味が合いまして」


 特に恋愛のね!

 私たちみたいに追いかけるタイプって実はあんまりいないんだよね。ほんと貴重な同志だよ!ジョシュにはいろいろと協力をしてもらっていて、最近は頭が上がらないのだ。

 私の言葉に王子はそうか、と呟いて反応を伺うように続けた。


「さっきも楽しそうに踊っていたな」


 その言葉に私はさっと赤くなる。


 噓でしょ…見てらっしゃったんですか?あのイザベラ放り投げ事件。


 注目の集まるダンスフロアのど真ん中で突然放り出され、惨めにすごすごと端に引っ込むところを王子に見られていたと知って、私は身悶えるような恥ずかしさを感じた。王子の追及を逃れるように目を逸らす。


「…妬けるな」

「えっ?」


 王子がくるりと私をまわす。

 王子に背を預け、後ろから包まれるような体勢になった私の耳元で、王子がぼそりと呟く。


「どうやら私は、君を諦めることができそうにない」

「それは…」


 王子は私の言葉を聞く前に、音楽に合わせてまた私を回転させ、互いに向き直る。

 気が付けば曲は終わりのようで、あちこちで拍手が沸き起こっていた。

 パートナーをくるりと回す者もいれば、手を取り合い、互いにお辞儀をする者もいる。そんな賑わいの中で、目の前に立つ王子は私と繋いでいる手をそっと唇に寄せた。



「君が好きだ……イザベラ」



 手の甲に、吐息がかかる。

 とても大切な物のように呼ばれた名前。

 甘く切ないその囁きは、喧騒の中でもはっきりと聞こえた。


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