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 シーズン中、夜会があるのはなにも王都だけではない。収穫も終わり、することがなくなった領民たちが醸し出すくさくさとした空気を晴らすため、地方でも大小さまざまな夜会が開かれる。

 夜会を開くのは、年齢を理由に王都で開かれる議会に参加しない隠居した者たちだ。これだけ聞くと、そんなしなびたところへ行って何になるの?と思うかもしれないが、王都の社交が煩わしいと、倅に任せて早々に隠居し、民のために夜会を開く者ほど、実のところ長く栄える者であったりする。



「これはこれは!お手紙を頂いた際はまさかと思いましたが本当にお越しになってくださるとは」


 とんがり帽子に真っ赤なジャケット。あごに蓄えている立派な髭は付け髭だろうか。夜会の主催者であるウッドがなかなかに奇天烈な格好で私とジョシュを出迎えた。

 サンタクロース?…じゃなくて、えーと、こっちの世界の童話にでてくる小人のトムテかな?


「こんばんは。ウッド男爵。素敵な会ですわね。わたくし、仮装舞踏会ははじめてで少し緊張していますの」

「なに、ただ楽しんでいただければいいのです。お二人ともとても素敵な格好ですから」


 鮮やかな黄色いドレスに色とりどりの花の刺繍をしたガウンを羽織り、緑の蔦を腕に絡めた私は、夏の女神ジェノヴィアを模した服装だ。それに合わせて隣に立つくジョシュは夏の男神イザークを模した派手な青色のコートで、腰に私の黄色いドレスと揃いのサッシュを巻いている。


「ただ、先に手紙でもお伝えしました通り、この夜会には我が領民も参加しております。目につくこともあるかと存じますが、今宵は仮装舞踏会。誰が誰とも知れぬ夜です。どうかご容赦を。」

「ええ、わかっているわ」


 私の言葉に、ウッドは安心したような表情を見せ、演劇めいた手ぶりで恭しくお辞儀をして去っていった。


「どうします?早速遊戯室に行きますか?」


 これまでと同じように遊戯室に行くかと尋ねるジョシュに私は軽く首を振る。


「いいえ、この大騒ぎじゃまだ遊戯室には人も集まっていないでしょう」


 普通の貴族の夜会とは違い、今日は一般の平民も混じっているからか、場内は大騒ぎだ。仮装で素性もよくわからないため、無礼講といった感じであちらこちらから喧々たる声が上がっている。

 例えるなら、渋谷のハロウィンって感じかな?音楽もいつもより重苦しくなくていい感じだし、ちょっとこれは、うずうずしちゃうね!


 私はぐるっとお祭り状態の場内を見回し、人で溢れるダンスフロアに目をつけた。さまざまな仮装が入り乱れてとても楽しそうだ。

 私はおもむろにジョシュの手を取る。


「せっかくだしわたくしたちも遊びましょうか!舞踏会なのですもの。踊らないと損よ!!」

「それは、確かに……わかりました、踊りましょう!」


 一瞬驚いたジョシュだったが、すぐに私に賛同してフロアへとエスコートしてくれた。

 本当は、レディから誘ってはいけないのだけど、この際そんなことはどうでもいいよね!ここまでくるのにずーっと馬車で身動き取れなかったから身体もカチカチだし、とりあえず思いっきり踊ってから、次どうするか考えよう!



 賑やかな空気に当てられた私は、楽観的になって久しぶりのダンスを楽しんだ。





 ◆◆◆




 ジョシュが消えた。


 いや、正確に言うと、踊ってる途中に何かを見つけたみたいで、失礼します!ってどっか行っちゃったんだけどね?フロアにひとりほっぽっていくなんてちょっとひどくない?まだ1曲も踊ってないんですが!?


 さすがにフロアの真ん中でひとりで踊る勇気もなく、私はそそくさと部屋の端へと異動してきた。手持ち無沙汰に部屋の端に陳列されたお菓子のワゴンでプチシューをつまむ。中のクリームが甘くておいしい。


 …いやあ、これは予想外だわ。ジョシュはあっという間に消えちゃうし、このままじゃ遊戯室にも行けないし。仕方ないから誰か貴族っぽい人でも捕まえる?でもなあ、今は踊りたい気分だったんだよ…ほら、普段だと貴族ばかりで周りの目も気になるしこんなに大騒ぎなんてできないじゃん?せっかく楽しめるかと思ったのになぁ。


 私は悲しい顔でプチシューを食べながらフロアを見回すが、やはりジョシュの姿はない。目に入るのは躍動感のある陽気な音楽に合わせて走ったり跳ねたり楽しそうに踊り舞う人の姿だ。


「失礼レディ。おひとりですか」


 恨みがましくフロアを見つめる私に一人の男が声をかける。目深にかぶった帽子に大きな羽飾りをつけて、無造作な白シャツの右肩にかけるのは深い緑のマント。手の込んだ衣装ではないが、何の仮装なのかはわかる。緑に羽は風の神ディノスの象徴だ。

 帽子の奥を覗き見れば、男は白い仮面をつけている。素顔を見せようとしない怪しげなその風貌に、私は少し警戒して答えた。


「…ええ、そうなるつもりはなかったのだけど、連れとはぐれてしまって」

「ジェノヴィアを一人にするなんてひどいイザークですね」


 ジョシュの衣装を口にする男は事もなげにそういうと、左手を私の前に差し出した。その手に嵌められていたのは衣装に似合わない上質なシルクの手袋で、私はそれを見てどこかの貴族だったかと安心する。


「先ほど向こうでお連れ様を見掛けしました。よろしければお連れ致しましょう」

「まあ!お願いしてもよろしいかしら」


 よかった!ジョシュがどこへ行ったのかさっぱりだったから、目撃者がいたのはありがたい。

 私は素直にジョシュの元へ案内してくれると言う男の手を取った。流れるように私を自分の傍に誘導した男は場外に向かって歩いていく。どうやらジョシュは外にいるらしい。

 

 ダンスフロアのわきを抜ける際、楽し気な様子が目に入る。


 …ジョシュに会えたら、あとでもう一度踊ってもらおうかな。

 私はこの消化不良をどうしても解消したくて名残惜しげにそれを眺めていた。



「っと、その前に」

「うっ!」


 突然男が歩みを止める。私は前を見ていなかったのでその兆候に気が付かず、思いっきり男の肩にぶつかった。

 一体急になんなのだと、擦れた鼻をさする私に男は突然不思議なことを言い出した。


「一曲踊っていただけますか?今、踊りたい気分なのです」

「え、ちょっ…まっ」


 そう言って男は状況が飲み込めていない私を気にもせず、くるりと向きを変えダンスフロアに踏み込んだ。


 力む私をものともせずに、男は手慣れた様子でエスコートする。気が付けばLODライン・オブ・ダンスの出発点で私は男に背中を優しく支えられていた。

 繋いだ右手を掲げられ、背に回された腕がそっと私を抱く。

 気がつけば自然と見上げる体勢になった私を見下ろして、男は揶揄うように語り掛ける。



「君も、そんな気分だろう?」



 さっきまでとは違う、聞き覚えのあるその声に、私はハッとする。

 

 

 どうして。

 貴方がここにいるの。



 仮面の奥でこちらを見つめているのは、サファイアブルーの瞳だった。

 曲は変速三拍子の円舞(ワルツ)

 くるくると回る景色の中で、私は息もできずに、エリック王子を見つめていた。


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