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 どんよりとした曇り空に冷たい空っ風。

 眼前には枯れたツタが巻き付く巨大な門。

 その奥に見えるのは緑の藻が浮かぶ大きな池だ。


「お嬢様ぁ、本当にここなんですか?」

「ううーん、たぶん?でもこの広さは別荘って感じがするわよね。こっからじゃお屋敷が全然見えないわ」

「ドきたねえけどな!」

「ちょっとジフ!失礼よ」


 ドでかくてド汚い門の前に佇むわれら4人組。

 左から、元侍女のセーラと私ことイザベラ、元コックのジフと元メイドのエイダだ。

 元とついているのは全員本家を辞職してついてきたからだ。なんとあれだけ不評だった私の「おもしれ―女作戦」、使用人には大好評だった。


 ウィザードロゥに送り出されることになった訳を聞いて大爆笑したジフ。元々私と仲良しのセーラ。そしてたぶんジフのことが好きなエイダがくっついてきた。

 私としては顔見知りが一緒に来てくれるのは心強かったけど、さすがにこんな田舎にくるのは可哀そうだし無理についてくることはないと言ってみたのだけれど…


「え?あー大丈夫ですよ。給料は変わらないのに作る量が減って仕事も楽になって最高です」

「私覚えが悪いので今更他の方に仕えるなんてできません。お嬢様のところは多少の粗相には寛大ですし、私お嬢様面白くてすきですしぃ」

「私はジフがいれば…いえっその、実家がもともとこの辺りなので!お気になさらず!」



 うーん、なんだか私に対する恭しさとかは感じられないのだけれどまあいっか。

 とにもかくにもそう言うことでにぎやかし四人でド田舎に引っ越してきました!





 ◆◆◆





「それでは、作戦会議を始めます」


 荷物をさくっと片付けた後、私は威厳たっぷりに宣言した。


 参加者はもちろん、セーラとジフとエイダだ。というかその3人しか今いないしね!ここの管理人は鍵だけ開けたらさっさと帰っちゃった。仮にもお妃候補だった令嬢のお供が3人だけってどうなの?って思うけど、まあ気が合う人たちの方が話は進むってものよね!


「さて、みんなご存じのように盛大にやらかして追放された私だけれど、ここでずっと大人しくしているつもりはありません。すぐにでも社交界に返り咲きエリック王子のハートを射止めてやるわ!」


 力強く宣言した私の言葉に3人は気前よく感嘆して拍手してくれたが、やがて頭に?を浮かべて三者三様に聞いてきた。


「それはすごい決意表明ですけれど、お嬢様ってそんなに野心家でした?」

「俺、権力には興味がないって聞いてたんすけど」

「あまり現実味がないかと…」


 まあ、そうなるわよね。いろいろ言ってる事おかしくない?って。

 でもそうじゃないのよね。


「野心?権力?そんなものに興味はないわ。わたくし、エリック王子がどタイプなのよ!現実味がなくても現実にしてやるわ!せっかく妃候補にまでなったのだもの、もう少しあがいてもいいじゃない」



 そう、何を言われても結局私はエリック王子が好きなのだ。おもしれ―女を演じたのだって本気で勝負を仕掛けたからなわけで。その熱い思いは田舎に追放されたくらいじゃ消えたりしないのよ。人生二回目の「なんでもできるきがする」力なめんな!


 どうだ!と胸を張る私に降ってきたのはジフの軽やかな笑い声だった。



「ははっ俺、やっぱりついてきてよかったっすわ!」


 え、なんかすごい笑われてるんですけど。ちょっとちょっと、ジフにおもしれ―女って思われても意味がないんだけど…。ってセーラもこっそり笑ってるじゃん!エイダだけが真剣な目をして同意をしてくれる。やっぱり恋する乙女は分かり合えるものがあるよねー。


「それで、具体的には何をされるおつもりなんですかぁ?」


 そうしてひとしきり笑ったセーラがかわいく尋ねる。


「それをこれから会議するの。一応何個か案はあるんだけど…」

「言ってみてくださいよ」

「えぇ?うーん…とりあえずエリック王子にお手紙を出して先日の非礼を詫びつつ、同情をさそってみるとか?」


 真剣に妃の選定に臨むあまり自分はふさわしくないと思い、わざと無礼な発言をして身を引いた…っていうのことにしちゃうのはなかなか謙虚でありじゃない??


「生ぬるいっすねー。まずは妃選定の時間を引き延ばすのが先だと思いますよ」

「そうですねぇ。候補者の令嬢を脅迫して参加を取りやめさせるとか!」

「令嬢の悪いうわさを王子に吹き込むのも効果的かと」

「悪くないな」



 ちょいちょいちょーーーい!!


 勝手に話し進めてるあなたたち。腹黒すぎない!?私知ってるよ?そういうの悪役令嬢がやることよね?あれれ、私って悪の道進んじゃってる?てか歩まされてる!?


「すとっぷすとっぷ!みんなさっきからちょっと過激じゃないかしら?わたくしもう少し穏便に…」

「何言ってるのですかイザベラ様!恋は戦争、戦いなのです!」

「そうですよぉ。王都に返り咲くとなったら生半可な気持ちじゃだめです」


 黒い瞳をぎらぎらさせてエイダが私を叱る。いつものようにのんびりとした口調ではあるがセーラだって目が真剣だ。あ、やっば。私なにかスイッチいれちゃってんなこれ。


「任せてくださいイザベラ様。俺らって結構優秀なんすよ」


 色の濃い茶髪をざっとかき上げジフがドヤってくる。なんだこいつ。いや、まあそうよね。実際彼らはすごく優秀。仮にも名家の令嬢が辺鄙な田舎に行くってのに、供としてつけられたのはこの3人だけ。それはつまり3人いれば十分ってこと。もちろんあとから補充要員は入れるけど、この3人さえいればあとは現地調達だって問題ない。


「イザベラ様はご命令するだけでいいのです」

「お嬢様は人を使うことに関しては天才的ですからねぇ」



 くすくすと笑うセーラの言葉にはちょっと同意しかねるけれど、これも貴族のご令嬢に転生した宿命なのだろうか。そう言われると気分が乗ってしまう。


「…つくづくわたくしって単純だと思うわ」


 にやにやと笑みをたたえる3人が憎たらしい。


 私はひとつ深呼吸をして覚悟を決めた。



「ジフ、あなた今日から家令になりなさい。その無駄にいい顔と器用さがあればこの屋敷を盛り上げるくらいは簡単でしょう。わたくしが妃候補から落とされたことは何かの間違いだったと皆に思い知らせるのよ」

「御意」



「セーラ、あなたはわたくしの侍女を解任するわ。他の妃候補の下に潜り込んで内側から妃選定の時期を引き延ばしなさい。あなたの生家の身分ならどこへでも行けるでしょう。誰を選ぶかはあなたに一任します。…わたくしをがっかりさせないでね」

「畏まりました、お嬢様」


「エイダ、あなたはわたくしの侍女をなさい。セーラの代わりを務めるのは大変だと思うけれど、ただの平民からここまで上がってきたあなただもの、問題ないわね。わかっているとは思うけれど、侍女は私の身代わりよ。わたくしの剣となり盾となりなさい」

「光栄でございます」


 足元に跪く3人の従者たち。

 それぞれに使命を与えて私はゆったりと自席に腰を下ろす。

 …だってそろそろ限界よ?長旅、荷解きに作戦会議。

 こんなに頑張ったんだものそろそろみんなも欲しいでしょ?私は琥珀の瞳を潤ませて強請った



「…誰かお菓子を用意して?わたくしおなかが減ったんだもの」







 ―イザベラ・オーガスタス

 後にこの国の国母となる彼女は、ウィザードロゥの片隅で今はまだ、悲しく空腹を嘆くのみ。



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