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白い肌が映えるようにドレスは濃紫の絹織物、ふんわりと広がった裾や袖口にはレースをたっぷりあしらい、首元には銀細工に小さな宝石が埋め込まれたペンダント。自慢の黒髪は緩く巻いて結い上げて、最後に赤い口紅を綺麗に塗れば完成だ。
「わたくしって、こういう格好が良く似合うのね」
ヴィクトリア先生とエイダの力を借りて大変身した私は、鏡をまじまじと見つめる。
肌が白いため、くすむことはないが、全体的に色合いが黒くなんとも強そうな印象を受ける。
うーん、なんていうか、悪者の女幹部って感じ?
「イザベラ様はなんでも似合いますけれど、髪色がはっきりしていらっしゃるので濃い色の方が印象的かと思いますわ」
そういって、ヴィクトリア先生も自分の赤茶けた髪を手ぐしでさっと直した。意図的に残しているおくれ毛がとても艶めかしく、私は思わず目で追っていた。
「ふふ、熱い視線はわたくしでなく他の殿方にお願いいたしますわ。ではイザベラ様、お先に失礼いたします。…遊戯室でお会いしましょうね?」
にっこりとほほ笑んだヴィクトリア先生は、挑戦的な言葉を残して先に女性控室から出て行った。
こ、これが年上の余裕か!!
くぅう~~。私も負けてられないわ!先生の生徒としても何が何でも遊戯室に行くわよ!!
私は気合たっぷりに拳を握りしめ、ヴィクトリア先生に教えてもらったテクニックを頭の中で反芻しながら会場へと向かった。
◆◆◆
遊戯室とは、夜会で行われる男性のみに許された社交の場である。女性たちが噂話やダンスに興じるその裏で、遊戯室では紳士たちによる静かなる権力争いが巻き起こっているという。
「わたくし、遊戯室に行くのははじめてですわ。」
私は少し緊張した面持ちでさっき出会ったばかりの紳士の腕に抱きつく。
「緊張することはありませんよ。貴族社会の縮図だなんて言われて、派閥が勢力がと騒がれていますが、皆良い人たちばかりですし、本当にただお酒とゲームを楽しんでいるだけですから」
ウィザードロゥに負けず劣らずの田舎からでてきたという彼は、この夜会の主催者の遠い親戚だそうだ。
…我ながら良いところをひっかけたと思うわ。遊戯室へ女性を同伴できるだけの立場と、それでいて私のひよっこな魅了スキルに騙されてくれる世間知らずさ加減!ばっちりじゃない!?
しめしめ、と悪い笑みを腹に隠した私は、名も知らぬ気の良い紳士と遊戯室に足を踏み入れた。
遊戯室では3つの卓をそれぞれ4,5人が囲んで談笑しながらカードゲームに興じている。
さて、どの卓に入るかと紳士が歩みを止めた時、右の卓から聞き覚えのある軽やかな声が上がる。
「あら、イザベラ様ではなくて?」
声をかけてきたのは、すでにお酒で頬をほんのりと赤く染めたヴィクトリア先生だ。
早い!もう出来上がってるじゃん!!
私は標的を見つけるのが遅かったかあ、と悔しい気持ちを持ちつつ、計画通りヴィクトリア先生の下へ歩み寄る。
「ごきげんよう、わたくしも混ぜていただいてよろしいかしら」
ヴィクトリア先生が集めてくれていた男性陣に目をやれば、高位貴族とはいかないまでも今日の参加者の中では十分な有力者ばかりだ。さすが先生、有能すぎる。
突然現れた私に怪訝な顔をする者が多いなか、一人がはっとしたように立ち上がる。
「イザベラ・オーガスタス様でしょうか……まさかこんなところでお会いできるとは!最後にお目見えしたのは確か5年前のレイモンド邸での園遊会だったか…あの頃よりさらにお美しくなられましたな」
小柄な男が発したオーガスタスの名に皆一様に驚き起立する。まさかこんな小さな夜会に名門伯爵家の令嬢が参加しているとは思いもしなかったようで、ついさっきまでそのイザベラを供としていた紳士はすっかり固まってしまっていた。
「よく覚えておりましてよ、ルドルフ男爵。わたくしのほうこそ知り合いに会えて嬉しいですわ。長いこと田舎で暮らしていたのでこういった場は心細くて」
私は事前に予習しておいた男爵の名を口にする。名を覚えられているとは思っていなかったルドルフは目を瞬かせ、慌てて席をすすめた。
「心細いなど…!イザベラ様が王都に戻られたと知れば皆すぐに集まってまいりますよ」
私はルドルフにすすめられた一番上等な席に座り、自分を囲む男性らに不安げな顔を見せる。
「そうかしら……だって、なにもかもすっかり変わってしまったでしょう?今はアナリーゼ様のサロンが盛況だそうですし、わたくし世の中に置いて行かれてしまっているわ」
琥珀の瞳を潤ませて、小さくため息を吐く。
私の悩ましい様子に数人が吸い込まれるように前のめりになった。
これって結構いい感じかも?
思いのほか良い反応に私は勢いづき、思い切って本題をぶつけた。
「皆さまはわたくしの味方になってくださる?」
何の、とはあえて口にしない。先日のメアリーの一件で思い知った。プライベートだと思われたサロンの内容も王家には筒抜けなのだ。咎められるようなことはできるだけ避けなければならない。
小首をかしげて甘えるように問いかけた言葉に、もちろんと答えたのは例の名もなき紳士だけだった。
どうやら、そんなにうまくはいかないらしい。
「イザベラ様が王都にお戻りになるというのであればその時はご尽力いたしましょう」
ルドルフが抜け目なく答える。
私が王都に戻るとき、それは王子からの許しを得たときか、見事妃候補に返り咲いたときだけだ。
……男爵と言えどさすがは都会の貴族ね。アナリーゼ様優勢の中、こんな先のない口約束にはのってこないわよね。でもね、それでいいの今はまだ。
ルドルフの貴族らしい言葉に私は笑顔で答える。
「そう、よかったわ!そろそろ王都に戻ろうと思っていたところだったの」
きっぱりと言ってのけた私の言葉にルドルフは眉をピクリと動かす。
無理もない。誰もがイザベラについては妃候補を落第させられて田舎に追放になったことしか知らないのだ。一体その強気な発言はどこから出てくるのかと探りたくもなる。
「…本当にお戻りで?」
「ええ。すぐに、とはいきませんけれど…王子も気にかけてくださっているので」
「っ!…ご連絡をお取りになっているのですね」
驚きに目を見張るルドルフに私は指を一本立て、しぃっと自らの唇に押し当てた。
落第となったはずのイザベラが本当に王子と連絡を取り合っているのであれば、王都へ戻るという発言も嘘ではないかもしれない。だが、王族が誰と手紙をやり取りしているかなんて秘匿中の秘匿だ。真偽のほどを確かめる術もなく、噂話として不用意に人に漏らせる情報でもない。もしそんなことをペラペラと口にしたと知られれば懲罰は免れない。
とんでもない爆弾を抱えさせられたことに気が付き、男性陣は一斉に顔をこわばらせた。
私は赤い唇でにっこりと微笑んだ。
「無理にとは言いませんわ。ただ、その時が来たら考えてくださると嬉しいわ」
今はまだ、田舎に追放された小娘の戯言と思ってもらって構わない。ただいつの日か、妃候補が2人に増えて、どちらかの家につかねばならぬ時が来たら、思い出してくれればいい。
王子が気にかけているという娘が、ウィザードロゥにいたことを。