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「見て!あそこにあるのが噴水かしら!?」
「そうですね、行ってみましょうか」
「ええ!早く行きましょう!!」
「姫、よかったら」
「まあ素敵!お姫様抱っこね!わたししてみたかったの」
「手を離さないでくださいね」
「離さないわ。ルーカスも離しちゃだめよ?」
きゃっきゃうふふと春爛漫な雰囲気で二人の世界を作り上げているのはシンディア王女とアナリーゼの兄ルーカス・グランチェスタだ。
その後ろには苦い顔のエリック王子。そしてその一歩後ろに目配せで周囲の人間を適切な配置に動かしているアナリーゼ。さらに後ろに控えの侍従たち。で、そのまた後ろの隅っこあたりに、私とセーラが続いている。
「…セーラ、わたくし今、心底驚いてるわ」
「私もです。なんでもあの後アナリーゼ様が予定を組み直して、1日でこの行程の下見とルート決め、馬車と警備隊の手配に人除けとその他諸々を調整したみたいですよ。あ、ほら、あの侍従なんて歩きながら寝てますよぉ。アナリーゼ様も徹夜なんじゃないですかね」
セーラが指し示した者以外にも、よく見ればわりと結構な数の人間がふらふらしている。
…アナリーゼ様恐るべし…ってまあそれも確かに驚いたのだけれど。
「そうじゃなくてルーカス様よ。王族と臣下でもあそこまでいちゃついていいのね!?わたくしちょっと希望がもてたわ!」
「…やっぱり、目の付け所がお嬢様らしいですねぇ」
本当にすごいよルーカス様!私最初の「おもしれー女」作戦で痛い目見たから日和ってたけど、その位のテンションは許されるわけね。なるほどなるほど勉強になる。ありがとうルーカス様!!
王族に非礼は厳禁だと思っていたけれど、まるでどこぞのバカップルのようにはしゃいでいる二人を見るに、ようは親密度をあげれば多少の無礼は許されるようだ。
とても参考になるのでしばらく二人の様子を見ていたかったけれど、ここからは別行動だ。
侍女としてお手伝いに来ている私たちは、一行が昼食をとる予定の場所に先回りし、食事の用意をしなくてはならない。
うーん、本当はもう少しエリック様に近づけたらよかったんだけど。
仕方ないと自分に言い聞かせ、私は久しぶりのエリック様を拝む間もなく、一団を離れたのだった。
◆◆◆
今日の私の担当は盛り付け係。
急ごしらえの天幕の中で、この森の所有者であるヴィルヘルム公の屋敷から運ばれてきた食事を美しく盛り付ける。ところどころにお花を散らしたり、よりおいしそうに見えるよう配置もよく考えなくてはいけない。普段綺麗に盛られたものを食べている側とはいえ、これがなかなか難しい。
しかも、むむむ、と悩む私の隣に、ううう、と毒に怯えながら食事をする毒見係がいるものだから余計に気が散って大変なのだ。毒見係さんは途中咽たりしつつもなんとかすべてを無事食べ終えた。
そうして今日という日を生き延びた毒見係さんが勝利の水を飲み干したころ、あたりが騒がしくなった。
「何かありましたの?」
デザートの盛り付けが終わった私は、裏方を仕切っていたグランチェスタ家の侍女頭に尋ねる。
「レディ・エレノア!ちょうどよかった!シンディア様がお食事の途中で飛び出して行ってしまったようで…なんでもウサギを見つけただとか」
侍女頭は予測不能な事態に自分でも何をいっているのかわからないようだったが、私は彼女の言葉に深く頷いた。
私が絵を運んでいるのを見て追ってきたくらいだもん。まあ、あのお姫様なら追いかけるよね。
「それで困ったことに、その場にいた側付きの従者たちがシンディア様を追いかける羽目になったものですから、その場に残られたエリック様とアナリーゼ様の給仕をする者がおりませんで」
侍女頭は泣きそうになって私の前で訴える。
あれれ、この流れって…
「予備の者も昨日からの急な予定変更に睡眠も儘ならずフラフラでして、とてもエリック様の前にお出しすることはできません。アナリーゼ様は私が担当いたしますのでどうかエリック様の給仕をお願いできないでしょうか」
やっぱりそうなりますか!
いや、まあ確かにね。アナリーゼ様も「王族の前に出られるレベルの者」として私たちの手を欲しがっていたし、多少は考えてたよ?でも給仕となるともうエリック様のすぐ隣じゃん!近すぎるよ……って、近い…?
私は少し考えてから、目の前の侍女頭の手をとって力強く頷いた。
「わかりました。承ります」
「ああ、ありがとうございます!!」
深く頭を下げる侍女頭に、私のほうこそお礼を言いたい気分だ。
…だってよく考えてみたら、給仕なんて斜め後ろからサーブしたりお茶入れたり。近すぎて逆に顔なんてまじまじ見ないってことに気が付いたのよ!そう!つまり、エリック様は私に気が付かないけど、私はエリック様の近くでバチバチに拝顔できる最高のチャンス!
こんなのやるしかないでしょう!
私は侍女頭から落髪防止の頭巾を受け取り、意気揚々とエリック王子の下へ向かった。
◆◆◆
エリック王子は森の中の噴水の前、きっとグランチェスタ家の誰かが必死に運んできたであろうテーブルで、メインの鴨肉を召し上がっているところだった。
シンディア姫と彼女を追いかけて行ったルーカスはそこにおらず、アナリーゼが一人、対面に座るエリック王子と会話をしているのが目に入った。
「…それで、シンディアが最近恋物語に夢中になっているものですから、お兄様も調子にのってあんな状態に。どうかお許しください。あれもお兄様なりの歓待の気持ちの表れなのです」
「君が気にすることじゃない。それにルーカスのことは私もよく知っている。むしろシンディアに良く付き合ってくれていると感謝してるぐらいだ。アナリーゼ、君にも感謝してるんだ。今日だってシンディアのわがままを聞いてくれたのだろう?」
「いえっ…わたくしは頼まれたことをやっているだけですもの。」
「誰でもできることじゃない。」
そう言って柔らかく笑みを見せる王子…の顔は残念ながら背後にいる私からは見れないけれど、それがどれだけ素敵な笑顔なのかは、ここから見えるアナリーゼの表情で良くわかる。
ああ、もう、アナリーゼ様とろけちゃってるじゃん。でもそうだよね、これだけ頑張ってるんだもん、こんなこと言われたら嬉しいよね。
うんうんと心の中で頷きながら私は空になった王子のグラスに葡萄酒を追加する。
「そういっていただけますと嬉しいです…その、今日王子にいらしていただけたことも。あまり体調がよろしくないと聞いておりましたので。お体は大丈夫なのでしょうか?」
「…………………」
「あの、王子…?」
「…あ、ああ。えっとすまない。何と言った?」
王子が軽く頭を振って姿勢を正した。
と同時に私も目をぱちくりさせた。
え、王子体調不良だったの!?
確かに、1年前より少し痩せてるかも?顔色は…ちょっと見えないからわからないけど、まとう雰囲気が暗い感じがするわ…この世界医療なんて発達してないんだからせめて食べ物で栄養とってもらわないと!!
私は王子がアナリーゼの言葉を聞き返している隙に、空いたお皿に付け合わせの人参といんげんを多めに盛ってだした。
「………いや、大丈夫だ。元気になった」
「それは良かったですわ!」
元気という言葉を聞いて、私もアナリーゼと一緒に安心した。
手紙で近況がわかっていない分、こういう重大な情報がぽろりとでてくると心臓に悪い。
私は王子の後ろでほっと一息ついた。
と、ここで王子が中座した。なんでもお酒が回ったらしい。
その隙に、私は王子のお皿に野菜を追加してみた。やっぱり食事は大事だからね!
◆
噴水広場から少し離れた森の中。
エリックは今見たものが幻ではないかと頭を抱えていた。
こんなのありえないことだとわかっている。
けどだがしかし、とエリックは記憶を振り返る。
給仕帽と前掛けをつけて、しなやかな手で葡萄酒を継いでいたのは…イザベラではなかったか、と。




