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「ではお嬢様、これからアナリーゼ様のところへご挨拶に行きますが…あのぉ、本当に変装とかしなくてもいいんですか?」
いつもより質素かつ実用的なドレスに着替えた私は、不安そうなセーラに大きく頷く。
「大丈夫よ。アナリーゼ様とは小さなお茶会で数回しか会ってないし、それももう3年以上前のことよ?」
最後に会ってから私もアナリーゼ様も成長してる。だってアナリーゼ様当時8歳だよ?8歳の時に数回会っただけの人間なんて覚えていないに決まってる。
私なんか10歳以下の記憶はほぼないに等しいからね!とはいいつつも…
「…念のため泣きボクロくらいは描いておいたほうがいいかしら?」
◆◆◆
客間であれこれと指示を出しているアナリーゼのところへ挨拶に向かう。
「アナリーゼ様、セラフィーネです。短い間ではありますが精一杯務めさせていただきます」
侍女らしい礼なんてとったことがない私はセーラの動きをまねて頭を下げた。
セーラの挨拶にブルネットの巻髪をハーフアップに留めたアナリーゼが綺麗な声で応える。
「あら、来てくれたのね。嬉しいわ!本当なら貴方のような方にこんなことをお願いしてはいけないのだけれど…予測不可能な事態に備えようと思うとどうしても人数が足りないの。王家の方々の前に出せるような者はとくに」
本当に困っているようでアナリーゼはどうしようもないという顔で肩をすくめた。
今回私たちが担当するのはグランチェスタ家の使用人らの補佐業務だ。セーラとて貴族の出であるからアナリーゼ付きの侍女ならばともかく、補佐など普通ならばありえない。
まあ、セーラの思考基準は面白そうかどうかだから身分に適しているかなんてどうだっていいんだろうけど。…にしても予測不可能な事態って?
アナリーゼがヘーゼル色の瞳を瞬かせてセーラの後ろに控える私を見つける。
「そちらがお話にあった方ね。お名前を教えて頂戴」
「えっ…」
お名前!?イザベラですけど!
えっと、ちょっと考えてなかったなー。うーん…
「え、エレノア・ローレンスでございます。アナリーゼ様」
どうか知り合いに同姓同名がいませんように!
「エレノア……そう、どうぞよろしく」
名前を聞いてちょっと考える様子を見せたアナリーゼだったが、脳内検索にヒットはしなかったようで、他人行儀な笑みを残して去っていった。
◆◆◆
さて、最大の山場も超えたし、仕事しますか!
潜入とは言ってもこの会をぶち壊しに来たわけではないし、やることはちゃんとやるよ!
王族との懇親会は明日の予定だ。今日はそのための事前準備。料理の仕込みをしたり内装を飾りつけたり。私の仕事は壁に飾る絵の選定だ。まさかここで私の鍛えられた美術センスを披露することになるとはね!
うんうん、いいんじゃないかな。
私は保管庫から選んだ絵画を壁に飾り、少し下がってその全体像を確認する。
室内に甲高い声が響いたのは、その時だった。
「まぁあああ!!素敵だわ!あなたが選んだのね!いいセンスだわ。お友達になりましょう?それでこれはどこの絵かしら。北の森かしら?違うわね、噴水があるもの!これは本当にこんなに高く水が出るものなのかしら!?」
淡い金の髪をふわふわと揺らしアナリーゼと同じ年ごろとみられる少女がものすごい勢いで突進してきた。
私の腰に抱き着く少女の力は強く、可憐な見た目とは裏腹に強烈だ。
うぉっふ。不意打ちタックルこっわ。ちょ、腰やられる!!
「ねえ、あなたはここがどこか知ってる?」
きらきらと輝くサファイアブルーの瞳で少女が可愛らしく尋ねる。
「ええ、と。これはヴィルヘルムの森ですわ」
たしか額縁の裏にそう書いてあった。
「そうなの!ヴィルヘルムっていうのね!!素敵な名前の場所ね。とーってもロマンチックだわ。昔の王様の名前かしら。それとも騎士様かしら。きっと素敵な恋物語が伝わっているに違いないわ!ああどうしましょう、わたしすごく気になってしまったわ」
ちょ、ちょ、ちょ、何この子!すごい圧なんだけど、というかどちら様!?
早口でまくし立てる少女の勢いに押されて私が数歩後ずさった時だった。
「シンディア!」
怒気をはらんだ叫びとともに、つかつかとアナリーゼが入ってくる。
突然の再登場よりも私には聞き捨てならない言葉があった。
今…シンディアって言った?
「お菓子を食べ散らかしてどこへ行ったかと思えばこんなところに!いい?何度も言っているけれど、場所を移動するときは供を必ずつけなさい!従者を置いて走り回ったりしてはいけないの!あなたはお姫様なのよ!?」
やっぱり!?
シンディア姫ってエリック王子の妹様よね?え、何でここにいるの?一日早くない?
「ごめんなさい、アナリーゼ。でもね、わたしお菓子を食べてる途中でこの方が一生懸命素敵な絵を運んでいるのを見つけてしまったのだもの。見て?とーっても素敵な風景画でしょう?ヴィルヘルムの森というのですって。そうだ!ねえ、明日はここに行きましょう??わたしここでお昼を食べたらとーっても気持ちがいいと思うの!お兄様たちに頼んでみるわ!」
そう言ってシンディア姫は来た時と同じように凄まじい速さで走り去っていった。
残されたアナリーゼは呪詛のように怒りの言葉をつぶやく。
「あっれだけ毎回言ってるのに何も聞きやしない…。ヴィルヘルムの森?今更外出に予定を変えるなんてありえないわ。明日のためにどれだけの人が準備に動いていると思っているの?あんの予測不能女、もう無理。ほんとに無理。エリック様の頼みじゃなかったら絶対に友達になんてならなかったのに…」
拳に怒りをぎゅっと押し込めたアナリーゼは私に目もくれずシンディア姫の後を追いかけていった。
少しして、入れ違いにセーラが様子を見にやってきた。
「今、すごい顔したアナリーゼ様とすれ違いましたけれど、もしかしてばれました?」
「いいえ、むしろ、わたくしが知ってしまったほう…かも?」
アナリーゼの思わぬ一面を垣間見た私は、明日の行幸に不安を抱えつつ、王女のタックルで痛めた腰をさすった。




