1
某日某所、私転生しました!
いや実際のところ生まれ変わったのか憑依したのか、そもそも死んだ記憶ある?ってレベルでなーんにも覚えてないのだけれど、うだうだ元の生活にしがみついてもどうしようもないし、とりあえず死んだってことにして第二の人生楽しく生きよう?そうしよう!
イザベラ・オーガスタス
それが今世での私の名前。貴婦人っぽくっていいじゃない?実際私はかなりのお嬢様。この国の王子様のお妃さま候補に名を連ねるくらいにはすごい名家の生まれ。
私の意識が覚醒した時思わずガッツポーズしちゃったものね。これはかなりいい転生じゃんって!
それになにより、王子様がドストライク!端正なお顔立ちにすらっと鍛えられたお体!知的でスマート、現代日本じゃ考えられないくらいパーフェクトなお方!せっかく第二の人生なんだもん、恥ずかしがらず思いっきり全力で狙っちゃったっていいわよね。いけいけどんどん!
大丈夫、私転生物と少女漫画はちゃんと履修してるから!ようは「おもしれ―女」を演じればいいわけでしょ。やっぱりお嬢様にはギャップが必要だものね!
「…それで、イザベラ嬢は普段は何をされているのですか?」
温室で開かれた小さなお茶会という名のお妃選定会場にてエリック王子が穏やかな笑みでイザベラに問いかけた。
ついさっき同じ質問にほかのお妃候補者が「慈善活動を…やら刺繍を…」と答えたばかりだ。
…ふっ、どれもこれも生ぬるい。おもしろ力が足りないわ。
イザベラはにっこり笑って答えた。
「野菜を育てております。いついかなる時も自力で生きていけるように」
「や、野菜ですか…。それはおもしろい趣味ですね」
エリック王子が目を丸くして微笑んだ。おっいい感じじゃない?
王子の反応に味を占めた私は言葉を続ける。
「幼い頃から野を駆け回るのが大好きでして、今でも木に登っては皆に危ないと叱られてしまうのです。でも木の上から見る景色はとっても素敵ですのよ!ただあまりに気持ちよくてそこで寝てしまうこともあったりして」
少し恥ずかしそうにはにかめば、お転婆系おもしろ令嬢の出来上がりだ。どうよ、こんな令嬢興味そそられるでしょ?
周りではお妃候補の他の令嬢たちがびっくりしたようにこちらを見ている。
明らかにほかの令嬢から頭一つ抜けた私のおもしれ―女エピソード。きっと内心「その手があったか!」と感心してるに違いない。
「イザベラ様、それは少々…いやかなり危険ではないでしょうか。イザベラ様のような高貴な身分であれば慎むべきかと。」
イザベラの隣に座っていた巻髪の少女が口元を扇子で優雅に隠し、恐れながら…と口にする。
その言葉に私は心中でナイス質問!と飛び跳ねた。
「わたくし、自分のことを高貴だとは思っていませんの。だってそれは所詮お父様のお力ですもの。見た目に騙されず自分の心に素直に従っていきたいと思っておりますのよ」
芯があることをアピールしつつ、権力になんて興味がないことも含ませてフルコンボよ!
最後にイザベラは王子に向かってにっこり微笑んで見せた。
◆◆◆
「この、大バカ者がっ!!!」
紳士あるまじき大声をあげて私を罵るのは実の兄、マーク・オーガスタスだ。
その隣の椅子にはショックをうけて狼狽えるお母様と、頭を抱えたお父様がいた。
小さなお茶会から一週間。城から飛んで帰ってきた兄がもたらした情報に我が家では緊急家族会議だ。
「イザベラ、お茶会は上々に終わったと言っていたな?いや、正しく言おう。’王子は私にめろめろよ’と言っていたな」
眼鏡をきらりと光らせて気持ち悪い声真似をするお兄様の言葉に私は眉を顰める。私そんな変な声じゃないんだけど。
「ええ。言ったわ。手応えあったもの」
「そうか、なら、なぜこんなことになる!!」
バシッと机に投げ捨てられた手紙には王家の紋章が刻まれていた。
私は投げ出されたそれを手に取り、細々とした声で読み上げる。
「…貴君のご令嬢は実に活動的で奔放な性格をしていらっしゃる。イザベラ嬢に入城いただくことはこちらとしても彼女の可能性を狭めてしまうのではないかと心苦しく思うところである。…えーっと、つまり?」
「つまり、お前はお妃候補から外されたということだ!!」
「え、うそ、なんで!?」
これには私も思わず立ちあがる。なんで?だって王子様もおもしれ―女って認めてたよ?
「これは同僚から聞いた話だが、お前、趣味は野菜作りといったか?」
「いついかなる時も食料を確保するすべは大切じゃない?」
「木に登るのが好きとも?」
「元気なのはいいことよ」
「高貴な身分もいらんとな」
「え、それもだめなの?」
「なぜわからんのだ…」
どうやら私の「おもしれー女作戦」はすべて駄目だったようだ。
聞いた話が事実と知ったお兄様は眉根をよせて苦々しく説明してくれた。
「お前が参加したのは国の王となる者の妃を選定する場だ。国母となるものが野菜を作らねばならぬときが来るとしたら、それすなわち国が滅びたときだ。当然王を支える妃が木登りなど危険な遊びはすべきではないし、高貴な身分となることを自覚しないものが良い治世者になれるはずもない。…幸いにも王室はお前を妃候補から外すだけとしてくれた。これほどまでに国母の立場を軽んじる発言をしておいて不敬罪に咎められなかったのが奇跡だな。」
「……」
これ、私やっちゃった、よね?
私はようやく自分のやったことを自覚しごくりと唾を飲み込んだ。
「あああ、なんてこと。可哀そうに。きっとこの子は気がふれてしまったのだわ。」
「そ、そうだ。イザベラはそんな馬鹿なことを言う子ではない。だが、これが事実だというなら…ああ、すまない。国母になってほしいという我々の希望が重すぎたのだな」
手を取り合うお父様とお母様が震えながら口にする。
まるでそうあってほしいと願うように。
「イザベラ、大変な役をさせて悪かったな。ゆっくり休むといい。…ウィザードロゥの地で」
…こうして私は送り出された。
風が吹きすさぶド田舎に。
って、聞いてた話と違うんですけど!?