カレーが好きな友達のパパさんが臭い。
人間でも動物でもそのもの自身の匂いってある。
つまり人間でいう体臭だ。
ある程度歳をとってくると加齢臭が出てくるし、その人自身の匂いも強まってくる。
加齢臭は皮脂成分が酸化されることで発生するらしく何とも避けられないことなのかもしれない。
ここで私の友達のパパさんの話をしよう。
そのパパさんは結構なカレーマニアで、一週間にカレーを五日食べるそうだ。
するとある日、友達である彼女が私に言ってきたのだ。
「最近パパね、かれーしゅうがするの」
私はなんと反応していいか分からず、へえ。としか言えなかった。
カレーを食べ続けているとそんなことってあるのだろうか。
すべての細胞がカレーを求め始めるのだろうか。
次の日、彼女は私にまた言ってきたのだ。
「最近パパね、くさいの」
そしてまた私はへえ。と言った。
私はその後、あ、『加齢臭』のことなのかと気付いた。
加齢臭のことなら昨日言ってきたことともつじつまが合う。
≪パパの加齢臭がくさい。≫
そういうことだろう。
それなら彼女に明日どんな臭さか聞いてみればいい。
私は彼女に次の日聞きに言った。
「パパってどんな臭いなの?」
私がそう聞くと彼女は目に涙を浮かばせた。
「パパね、昨日いなくなっちゃったの。だからわかんない」
状況的に、急すぎるパパさんの失踪。
何があったのか分からないが、もう彼女にパパのことを聞くことはしないでおこうと決めた。
その夜、私は寝る前に明日は彼女に何の話題をしようかと考えた。
特にこれという話は思いつかなかったので、今日食べた晩ごはんのメニューについてを話すことにした。
カレー以外のメニューにしよう。
パパさんを思い出させないように。
しかし次の日、彼女はこう言ったのだった。
「パパ、死んじゃったんだ。海で溺れちゃったんだって」
彼女はそう言うと暗い顔をしてまた歩いて行ってしまった。
何故海で溺れていたのか、分からなかった。
何かから逃げていて海に飛び込んだのだろうか。
なんだか彼女はこの話をし始めた時より痩せてきているように思えた。
そして次の日彼女はこう言った。
「パパ、海にたくさんいるんだ。だからいつでも会える!」
パパ。海。たくさん。
——『最近パパね、かれーしゅうがするの』『最近パパね、くさいの』
カレイだ。
私は確信した。
彼女は全部、魚の話をしていたのだった。
パパさんとの関係は分からないがカレイがかかわっているのだと思った。
私が家に帰ると母は晩ごはんを作っていた。
母は、私にこう言う。
「そうだ、これ。咲那ちゃんが届けてくれたのよ。小さい体で大きな箱に入れてね、『これ。ママが渡して来て』って。だからね、今日の晩ごはんにしたのよ」
私は「そうなんだ~」と口だけの返事をする。
その日のメニューは白米 味噌汁 サラダ カレイの煮つけ だった。
食べ終わり、片づけをしていた時だった。
「ねえ、麻依。速報だって。」
「そうなんだ~、大変だねぇ」
——たった今、速報です。東京湾で二人の遺体が発見されました。遺体は男性一名、女児一名と確認されています。遺体の周辺には、カレイが異常な数が泳いでおり、警察は事件と事故、両方の可能性をみて捜査中とのことです。