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【1】社会人的マナーを守った事情聴取

「もしもし、社長ですか?」


 紺のビジネススーツに身を包む某会社の会社員Aは今時の人間がスマートフォンを使っている中、未だにガラパゴス携帯電話を使用し、会社にいる社長へと電話をする。

 彼のモットーは誠実、規律などを遵守し、社会に貢献する事である。

 如何なる出来事が起ころうと社会の歯車として行動しなければならない。

 それが例え、目の前で殺人事件の現場に遭遇したとしてもだ。


「少々厄介事に巻き込まれまして。はい。はい。いえ、電車の遅延ではなく、何らかの事件のようです。恐らく、殺人事件かと思われます。

 はい。警察には既に連絡済みですが、第一発見者として事情聴取されると思われます。

 申し訳ありません。出来るだけ早く済ませ、会社へ向かいますので・・・はい。申し訳ありません。失礼致します」


 Aは電話越しに何度も頭を下げてから通話をオフにすると警察が来るまで腕にはめた時計を眺めたまま、ジッと佇む。

 彼の目の前には既に事切れた学生の遺体が転がっている。

 外見から察するに不良の類いであろう。

 脈拍などは確認したが、既に手遅れなのは素人であるAでも解る。

 周囲で悲鳴などを上がる中、Aは手頃なガードレールの上に腰を掛け、ノートパソコンをビジネスバッグから取り出して電源を立ち上げ、ノートパソコンのキーボードをカタカタと叩き始めた。

 それはこれから始まるプレゼンに向けての案件であった。

 あくまでも現実逃避ではなく、現状を真摯に受け取っているが為の製作であった。


 やがて、パトカーのサイレンが遠くから聞こえ、Aは腕時計で時間を確認してからノートパソコンで打ち込んだ情報を保存して顔を上げる。

 パトカーが現場に到着したのはAが案件製作の準備を終えたのとほぼ同時であった。

 パトカーから降りた警官が近付き、Aに事情聴取を求めるとAは素直に応じる。

 そして、Aは先程、打ち込んだノートパソコンの情報を警官達に見せながら事情聴取と云う名のプレゼンを開始するのであった。

 警官達はこの状況で事情聴取でプレゼンするAに呆れたが、当のA本人は至って真面目である。

 自分が得た情報を元にノートパソコンで被疑者を発見した事から既に死亡して硬直が始まっていた事などの詳細を事細かく文章にまとめた。


「早速では御座いますが、わたくしが被疑者を発見したのは駅から降りて、すぐの事です。

 その時点で出血量が激しく、滅多刺しにされたその姿から助からないと判断致しました。

 念のため、救急車も呼びましたが、現状の通り、救急車が来るには警察が来るよりも時間が掛かります。

 ええ。仰りたい事は解ります。救命に尽力をしなかった事ですよね?

 ですが、見ての通り、残念な事ながら、わたくしは会社に出社するところでしてかつ、救命に対する知識も持ち合わせておりません。見殺しにしたと言われてしまえば、それまででは御座いますが、既に手遅れなのは解っておりましたので、このようにわたくしなりに些細な事をまとめる事に専念をさせて頂きました次第で御座います。

 ですので、間に合わない救命措置よりも現状の情報解析に尽力させて頂きました。

 あくまでも素人目では御座いますが、被疑者の学生らしき人物は滅多刺しにされているところから察するにかなりの怨恨を買っている人物の推察致します。勿論、あくまでも素人目ですので、もしかしたら快楽殺人の可能性も捨てがたいです。

 ですが、それをご判断頂きますのは警察の方々の役割で御座いますのでわたくしごときでは此処までが限界では御座います。

 ですので、一刻も早い事件の解決をお祈り申し上げます」


 Aは「ご質問はおありでしょうか?」と警官達に尋ねる。

 そして、淡々と説明するAに警官が幾つか質問するが、Aはそれに対して真摯に返した。

 質問が一通り、終了すると最後にAは「私が知る事は以上です」ときっぱりとした態度でそう告げ、再び腕時計に目を向ける。


「これ以上、わたくしから情報を引き出せる事はあるとは思えませんので、わたくしにこれ以上の質問を致しますのは時間的にロスをするだけかと進言させて頂きます。

 いま、申し上げた通り、それはあまりに現実的ではありません。

 他にも目撃者の方は御座いますし、その方々にも協力して頂いた方が捜査の作業効率として向上致しますでしょうから実行した方が宜しいのではないでしょうか?」


 Aは警官の一人にそう告げると名刺を差し出す。

 社会人の最低限のマナーであるが、このような一大事の場合でも必要な事なのか疑問であるが、Aはあくまでも真面目である。


「わたくしはこういう者です。何かありましたら、御手数をお掛け致しますが、此方にお電話を頂けますよう宜しくお願い致します。

 願わくば、わたくしの電話に連絡がある事のないようにお祈りを申し上げます」


 こうして、事情聴取を終えたAは警官達に解放されて会社へと向かうのであった。

 その事情聴取の長さは30分きっかりにまとめられた内容であった。

 Aは自身の持ち得る情報を警官に提示し、社会人の一員として再び仕事に戻って行く。

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