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ベルテーンははじまりの歌を謡う

「ヒーちゃんは鳳雛(ほうすう)って知ってる?」


 私は首を横に振る。


「将来有望な若者を鳳凰の雛に例えて表した言葉よ。鳳凰は知ってる?」


「多分……お神輿とかに乗ってる伝説の鳥ですよね」


「そうね。子供に一番身近なのはそれかも。伝説の鳥だから決まりきったイメージはなくて、他の伝説の鳥と混同されたり、鳳と凰で雌雄が分かれているなんて話もあるわね」


 何故今社長が鳳凰の話をしているのかわからない。

 アイドル専門のウェブメディアがライブレポの見出しに使った「鳳雛」が私を示す合言葉のようになっていることは知っているけれど。


「大鳥の家の娘は、逆境に追い込まれるほど美しい鳳凰となって才能を発揮すると言われているわ。本当かどうかはわからないけど、私もそうだった」


「天音トリコも?」


「そう、もう覚えている人は少ないけれど私も最初はグループでデビューして、周囲がどんどん花開く中で自分だけが置き去りになって、もう後がないってなったときに天音トリコとして始まったのよ」


「だからって」


「私だってこんなに早く逆境がくるなんて思ってなかったわ。せめて1年はスプラッシュスパークルとして活動してもらうつもりだった。それもこんなやり方ではなくそれぞれが道を切り拓いてもらう形で」


 あとからならなんとでも言えると思う。

 本当はこうしたかったとか、もう叶うことはないのに。


「悔しそうね。でもどうだった? ひとりで浴びるスポットライトは。自分だけに向けられる称賛は。全ての観客を夢中にさせた感想は?」


「そんなの……気持ちいいに決まってるってあなたなら知っているでしょう!」


 あれは体中の血が沸騰するほど甘美な時間だった。

 向けられる刺々しい視線が柔らかく変化して、みんなが私にとろけていく。

 あの中でなら私はまだ歌えた。まだ踊れた。

 はじめて、ライブの時間が足りないと思った。


 だけど……寂しかった。

 前回のライブのときに並んでいたみんなが居ない。


 頑張ったねってアンナさんに言ってほしい。

 結構やるじゃんってリンゼさんに言ってほしい。

 まだまだ動きが甘いってミキちゃんに言ってほしい。

 たまには花を持たせてあげるってヒナちゃんに言ってほしい。


 スプラッシュスパークルのみんなはずっと同級生に馴染めなかった私にとって唯一の仲間だった。

 だから……


「私が、アイドル大鳥ヒナコがアイドル天音トリコを超えたとき、私にみんなを返して。私はずっとスプラッシュスパークルの大鳥ヒナコのまま、あなたを超える」


 私は諦めない。

 失ったものを全て取り戻す。


「私のなにを超えたら?」


「全部よ。ファンクラブの人数も、音源やグッズの売り上げも、観客動員数も。私は全て超えてみせる」


「……わかった。社長としてもう一度彼女たちをスカウトし直しましょう。諸々の対応もきちんとした上でね」


 でもね、と続ける。


「私を超えると言ったからには、現役アイドル全ての中でトップを取ることが通過点になる。大鳥ヒナコは、鹿角ヒナタの屍を越えて、トップを目指すことができる?」


 そうかこの先の道ではヒナちゃんとだって競わないといけない。

 いや、競うまでもなく圧倒しなければ、天音トリコを超えることなんてできない。


「やってみせる。どちらにしろアイドルを続けるならいつかは直接ぶつかり合うから、踏み越えてでも頂を目指す」


「そう。今はそれでいいわ。鹿角もそう簡単に踏み潰されるアイドルではないから遠慮しなくても大丈夫でしょ」


 いつかまた同じステージに立ってねヒナちゃん。

 そのためなら私は何度だって、あなたを叩き潰す。


「さあ仕事の話をしましょう。ライブ音源としてソロ曲の配信をするようにせっつかれているの。どうせならさっさとレコーディングして出してしまいましょ。できるわね?」


「勿論」


「それから……私は手強いわよ?」


 天音トリコの顔で、母親の顔で、社長は不敵に笑う。


「望むところ、です」



◆◆◆



 鹿角ヒナタは大鳥ヒナコに関する記事全てに目を通す。

 ライブレポート、ソロ音源の評価、果ては個人の感想まで。

 自分自身の評価より、大鳥ヒナコの評価を見るときのほうが太陽のような闘志が燃え上がった。

 ひとり残していけば勝手に潰れると軽く考えていた自分の見る目のなさが嫌になる。


 あの状況で電撃移籍を行い世間からは冷たい女だと言われたけれど、そんなものは実力でねじ伏せた。

 その結果、昨年末には最優秀賞新人賞受賞という結果を出した。一方大鳥ヒナコは新人ながら大賞を受賞したわけだが。


 このままで終わらせてたまるか。


 鹿角ヒナタが努力しない天才なら、大鳥ヒナコは努力の天才だ。

 スプラッシュスパークルにいたときに彼女が努力してない瞬間などなかった。

 今から追いついて追い抜いて今度こそ引導を渡すには、自分自身も努力が必要だと鹿角ヒナタは思う。


 かつて太陽のように煌めいていた小さなアイドルは、全てを焼き尽くすために立ち上がる。

 思い通りに追い出した(・・・・・)3人と同じように大鳥ヒナコを追い詰め、焼け野原で最後に立つアイドルになるために。


 そしてその先で天音トリコを超え、自分が新たな時代の伝説になる。

 強い願いを胸に秘め、鹿角ヒナタは今日も天使の顔で歌う。

 溢れ出る魅力を死神の鎌に変えて。

お読みいただきありがとうございました。

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