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伝説のアイドルは卵を温める

 かつて日本中を恋に落としたひとりのアイドルがいた。


 出した新曲はチャートのトップに居座り続け、相乗効果で旧譜もランクイン。

 恋の噂はひとつも存在せず好感度ランキングは男女ともにぶっちぎり。

 ライブを行えばチケットは即日完売だというのに、遠くて来られない人のためにと地方都市で路上ゲリラライブや文化祭のゲスト出演なども積極的に行う。

 反面メディア露出は多くはなかったが、それもまた彼女の神秘性を押し上げた。


 夢見るようなきらめく星空の瞳。聴く人の心に沁み込む甘く澄んだ歌声。

 全国民から愛されるアイドルになるために生まれてきた少女は、人気絶頂の18歳でマイクを置きステージを降りた。

 成人してからもアイドルを続けることが珍しくない時代においてその活動期間は短過ぎるとも言える。

 だが燃え尽きるように一際輝き歌うラストステージの彼女は流星のように人々の心に焼き付き……


 その日、アイドル天音(あまね)トリコは永遠になった。




 伝説のラストライブから10数年。

 長らく表舞台から姿を消していた天音トリコが再び世間に騒がせた。


 自身の楽曲の権利を全て元所属事務所から引き揚げ、手元で管理するために天音プロダクションを設立すること。

 天音トリコが自ら新人をプロデュースしアイドルグループとして天音プロダクションからデビューさせること。


 宣言はたちまち日本中を駆け巡る。

 天音トリコ自身が手掛けていた各楽曲のカバーアレンジや新曲を期待する者。

 30歳を超えてなお現役時代と変わらぬ愛らしさと神秘性をたたえたトリコを目にして喜ぶ者。

 天音トリコの再来となるアイドルの出現を予感する者。



 三者三様の期待を寄せられる中、私たちはスプラッシュスパークルとしてデビューした。

 私はきっと、あの瞬間を忘れない。


 大人しく控えめだと思っていた。

 練習中も目立つタイプではなかった。

 だから私と同類だと思っていた彼女が、ステージの上で誰よりも輝いたその瞬間を。


 たった一度のステージで鹿角(かづの)ヒナタは見る者を照らす太陽となり、天音トリコの再来であると評価されるようになった。




 これは多くから愛され支持されるセンターアイドルのヒナタと、その他大勢の中でも特に目立たない私こと大鳥ヒナコ。

 対照的なふたりのヒナの物語だ。




『鹿角ヒナタ 14歳。

 デビュー当初から注目を浴びる不動のセンター。

 ステージ上では誰より華があり観客の目を惹きつける彼女だが、歌っていないときの彼女はふわふわとした癒し系で、そのギャップも彼女の魅力のひとつだ。

 養成所や地方ステージなどの活動履歴はなく、天音プロダクション社長である天音トリコが直接見出したシンデレラガールでもある彼女は伝説のアイドル天音トリコの最有力後継者として期待されている。

 ファンからの愛称はヒナちゃん。小柄な彼女はみんなの妹キャラとしても注目かも。


 砺波(となみ)アンナ 17歳。

 スプラッシュスパークルの最年長にして頼れるリーダー。

 雑誌モデル出身のすらりとした容姿と、甲斐甲斐しくヒナタの面倒を見る姿に人気急上昇中。

 私服のセンスの良さも有名でファッションに敏感な中高生女子からの人気が高い。

 ファンからの愛称はアンナ様。ただ握手会で実際に呼ぶと恥ずかしがるらしいのでご注意を。


 土庄(とのしょう)ミキ 15歳。

 有名ダンススクール出身の彼女のダンスはメンバー随一のキレを誇る。

 縦横無尽にステージを飛び跳ねリーダーに怒られている姿もよく見られるが、憎めないムードメーカーだ。

 先日ドラマにゲスト出演した際もアイドルとは思えない激しいアクションをこなし注目を浴びた。

 ファンからの愛称はトノ。もしかしたら銀幕デビューに一番近いメンバーかもしれない。


 桶川リンゼ 16歳。

 ボーイッシュな彼女は男性アイドル顔負けのイケメン女子。

 セクシーなハスキーボイスと長身に女子は勿論男性ファンも多いのはファンサービスが多いからだろう。

 一方で飼い猫の奴隷と言いきるほどの猫好きとして有名だ。彼女の愛情をたっぷり受けた飼い猫は保護猫とは思えないほどの美猫っぷりをファンに見せている。

 ファンからの愛称はリンにゃ。差し入れは猫グッズが喜ばれるかもしれない。


 大鳥ヒナコ 13歳。

 メンバー最年少の彼女は知性を感じさせるメガネっ娘。

 個性豊かなメンバーの中では今ひとつ目立たない彼女だが歌唱力の高さは評価が高い。

 最年少であることを考えると今後どのように変化するのかが楽しみなメンバーだ。

 ファンからの愛称はナコち。今後の成長に期待したい。』



 ないよね特徴。

 そんなのは自分が一番知っている。


 スプラッシュスパークルが紹介されているページを読んで、開いたまま雑誌を臥せる。

 大体どの媒体でも私は目立たないだの地味だのをオブラートに包んだような紹介をされている。


 現在天音プロに所属しているアイドルはスプラッシュスパークルのみなので、フロアの端に存在する第4会議室を部室のように私たちで占領している。

 そもそも社員数もそんなにいないので会議室こんなにいらないと思う。

 社長はどんどん会社の規模を大きくしていくつもりみたいだけど。


 デビューライブにファーストライブ。

 新曲リリース、アルバム制作に握手会。

 音楽番組もバラエティも何回か出演した。


 デビューしてからの半年は本当に目まぐるしくて、リアルで目が回るかと思った。

 幸い握手会でひとりだけぽつんということもなく「実力はあるけれど報われない不憫なところが好き」と言う若干濃い目のファンの方々に支えられて、今日もなんとかアイドルをやっている。

 ヒナちゃんとは比べられないくらい少ないファンだけど、少数精鋭って言葉もあるからね。



 今日はヒナちゃんが単独インタビューの仕事。ヒナちゃんを心配したアンナさんが付き添っているから多分大丈夫。

 ミキちゃんはドラマの撮影。ゲスト出演した回の評判が良かったからまた出るんだって。

 リンゼさんは今日特に仕事が無いので家で愛猫ミャーちゃんと戯れているのだろう。


 というわけで広い会議室を独占している私は学校の宿題と予習をやっている。

 家でやるより会議室のほうが妙に捗るんだよね。


 学校のある平日にも仕事がある関係で、足りない出席日数を埋めるために出される宿題が結構多い。

 取柄は真面目なことなのでこつこつとやるだけだけど。

 これが終わったらファンクラブ向け抽選で送るクリスマスカードにサイン書いていこうかな。

 メンバー全員サインして100枚だし、暇な人から書いていったほうがいいだろう。



 ときどき社員さんたちが会議室を覗きに来て「ナコち頑張ってるね」とおやつをくれる。

 成長期なので特に食事制限はせず太ったら運動で解消しなさいと社長から言われているので貰えるおやつは全部ありがたくいただいている。

 どうやら東北方面に出張した人がいるな? チョコがけの南部せんべい美味しいよね。


「あ、ヒナコいいもの食べてる!」


「ミキちゃん、おかえりなさい」


 休憩していたら現場から戻ってきたらしいミキちゃんがひょいと顔を出した。

 随分スムーズに撮影を終えたらしい。


「いやー、女優業も悪くないですなあ」


「もしかしてレギュラー化?」


「なるかも。脚本家の先生が私のこと気に入ってくれたんだって」


「おおーっ」


「演技力はまだまだだけどそれだけ動けるアイドルならそれだけで価値があるって言われたよ」


「演技力かぁ、劇団出身だしリンゼさんが詳しそうだよね」


「確かに。リンゼはいつもキャラ作ってるから得意そう。今度聞いてみるか」


 ほんの少し、ストレートに聞きすぎてリンゼさんかアンナさんに怒られるミキちゃんの姿が見える気がする。

 悪気はないのはみんなわかっているけれど、どうにも相手をからかう感じになりがちなんだよねミキちゃん。


「このあと時間あるならダンスの練習に付き合って欲しいけど、ミキちゃん空いてる?」


「もちろん! 相変わらずヒナコは頑張り屋さんだね。こんなに真面目に頑張ってるのにどうして人気がないんだろ?」


 ほら、そういう身も蓋もないことを言う。


「ヒナちゃんより大きくて最年少に見えないからかなあ」


「ヒナタは小さ過ぎるよ。ヒナコの身長は普通じゃん」


 ヒナちゃんは制服を着てなければ小学生でも通るのではないかと思う。それも個性のひとつで武器になるなら羨ましい話だけど。


 私は個性を諦めてこつこつ真面目にやろう。

 それで報われるほど甘い世界ではないけれど、私にできることはそれくらいだしね。



 レッスン室に移動して 通しで踊るミキちゃんの動きを目で追う。

 いつ見ても、点ですら線に見えるような異常な反応速度だ。


 人間は反復練習により脳からの信号が筋肉まで到達するまでのラグを減らすことができるのだと見たことがある。

 音に対するミキちゃんの反応速度は、天性のものと反復練習によって培われたものだと予測する。

 耳が音の波をキャッチした瞬間に手足の筋肉が次の動きへの準備を行い、キレがいいと評されるダンスへと昇華されているのだろう。


 私が真似できるのはひたすら音を体に沁み込ませて無意識でも体が動くようにすることだけ。

 才能を凌駕するほどの努力をしなければこの背中に追いつけはしない。


 今でも私はちゃんと踊れてはいる。

 優等生だと言われるくらいには技術も持っている。

 だけどもっとギアを上げてバケモノに近付かないと。


「はいはーい、そこの中学生たち。練習熱心なのはいいけれどもすぐ18時よ」


「天音社長、お疲れ様です」


「お疲れ様です」


 似合わないサングラスをかけた天音社長がレッスン室まで声をかけにきた。

 確かに時計を確認するとそんな時間だ。

 仕事が無いとき中学生アイドルは18時までに事務所退出と決められているため帰る準備をしなければ。


「大鳥、私は遅くなるから先に夕飯を食べていいわ」


「わかりました」


「それじゃあお疲れ様」


 それだけ言って社長はまたどこかへと消えていく。

 いつ見ても事務所では忙しそうだ。


「……ヒナコって社長の家に下宿してるでしょ? 家だとちょっとは天音トリコっぽかったりするの?」


「大体あのままだよ」


 事務所で会う社長は勿論アイドル天音トリコではない。

 見た目の愛らしさはそのままだけど私たちや社員さんに厳しいことも言うし、ばりばりと社長の仕事もこなす。


「まだ30代前半であの可愛らしさでしょ? 恋人が家に遊びに来たりは?」


「聞いたことないね」


 ミキちゃんはご両親が天音トリコの熱心なファンで、ミキちゃん自身も幼いころから天音トリコのファンらしい。

 社長が直接スカウトしに来たときは家族全員半分意識が飛んでいたとはミキちゃんの談。

 大ファンの元アイドルが目の前に現れたらそれが詐欺でも疑わなそうな一家で心配だ。




 家に帰り、通いの家政婦さんが作り置きしてくれている夕飯を食べ、シャワーを浴びた後くらいのタイミングで社長が帰ってきた。


「おかえりなさい社長。ヒナちゃんのインタビューでも長引いてました?」


「インタビュアーが引き出したい言葉を言わせるために引き伸ばしたみたいで大幅オーバーよ。明日になったら出版社に抗議入れておかなきゃ」


 中高生の門限をなんだと思ってるのかしらと社長はぷりぷり怒っている。


「今日の夕飯は鯖の梅煮と冬瓜のスープでしたけど、食べる前にお風呂にしますか? それともお酒作ります?」


「お風呂にするわ。ヒーちゃん(・・・・・)は?」


「あとはもう寝るだけですね。宿題はもう全部終わってます」


「……ねえヒーちゃん、疲れて帰ってきたときくらいは社長じゃなくてママ(・・)って呼んでほしいなぁ」


「外で無意識に呼んでしまった場合のリカバリーが大変なのでこのままでお願いします。私は器用ではないので」


 そう返すと社長はサングラスを外し、大きな目でじっとこちらを見てきた。

 これはアイドル天音トリコの目だ。

 訴えかけるような星空の瞳をまともに見て、拒否できるのは余程の堅物だろう。


「ねえお願い。愛する娘にママって呼ばれたら私は明日からも頑張れるのよ」


「……仕方のないママね。ご飯温めておくからママは早くお風呂に入ってちょうだい」


 渋々口にすると、社長は喜色満面の笑みを浮かべバスルーム方面へと消えていった。

 外でうっかり呼んだならものすごく怒るだろうに、我が母ながら面倒な人だ。



 各方面には内緒であるけれど、私こと大鳥ヒナコは天音トリコの隠し子だ。

 あまり顔は似ていないがしっかり血は繋がっている。


 天音トリコは引退後19歳で子供を産んだ。

 父親のことはよく知らない。多分父親である人も子供を産んでいるなんて知らないんじゃないかと思う。


 私はアイドルになる条件として親戚の家に居候することを義務付けられた中学生ということになっている。

 設定上は天音トリコの従兄の娘だったかな。母方の親戚なんてひとりも会ったことはないけれど。

 顔が似てない親戚ということで天音トリコの本名「大鳥ラン」と苗字が同じでも特に怪しまれたりはしていないと思う。

 10年以上私の存在を隠し通してきた母が周囲に露見するようなポカをやらかすこともないだろう。


 母がなにを思って私をアイドルにしたのかはよくわかってない。

 アイドルの娘だからといってアイドルの適性があるとは限らないわけで、それを母が無視するとも思えず、母の目には私にアイドル向きの素質が宿っているのが見えるのだ、と思うことにしている。

 本当はなんにもなくて親の欲目だとしたら最悪だけど。


 とはいえ、私には母しかいない。

 母が再び見たい景色が、私に見せたい景色がこの先にあると母が言うなら、それを信じて進むしかないよね。




 そのニュースはデビューして半年程度のアイドルグループの話題にしては過剰にセンセーショナルに報じられた。

 きっと天音トリコのプロデュースしたアイドルグループである、という部分に話題性を見出したのだろう。


『天音プロダクションがスプラッシュスパークルに所属する土庄ミキの契約解除を発表した』


 こちらとしても寝耳に水。

 大混乱の現場からなんとか拾った情報によると、ゲスト出演をしていたドラマの打ち上げで付き添いのマネージャーの目を盗み未成年飲酒をしたことが露見したらしい。

 実際のところは共演者に勧められて飲んだジュースがアルコールだった、とかそんな辺りだろうか。

 しかしながら同行したマネージャーは出勤停止と減給処分。ミキちゃんは契約解除という処分になってしまった。


 正直謹慎も挟まずいきなり契約解除はかなり重い処分だと思う。

 意図的か偶然かはわからないけれど飲ませた周囲の大人はきっと名前も出ず処分もされない。


 アイドルグループとして大事な時期になあなあで済ませずきちんと処分したと評価する記事も、重すぎる処分であると批判する記事もある。

 リリースしたばかりの新譜の回収は行わないらしいが、後に控えるリリースライブに関しては希望者へ返金対応を行うらしい。

 ヒナちゃんほどではないにしても、ミキちゃんのファンだってかなりいる。

 出演しないとなればファンに向けてそういう対応も必要だろう。


 こういうときに全ての人が納得する対応なんて存在しない。

 中には過激な妄想をするファンもいて、そんな人が目を付けたのは更新を控えていたリンゼさんのSNSだった。



 あまりにもソツのない事務所の対応は、トノのスキャンダルが予め計画されていて、メンバーもグルだったってことなんじゃないか。

 発端はそんな書き込みだった。

 とても小さな疑惑の火は瞬く間に延焼し、盛大に炎上し始めた。


 リンゼさんはひとつも反応しなかった。

 なにか反応すれば火が大きくなるだけと知っていたから。

 だけど妄信的な攻撃をやめないミキちゃんのファンと擁護をするリンゼさんのファンによって炎は巻き上がり続け、やがて天を焼いた。


「もう嫌」


 そう言い残して、リンゼさんはアイドルを引退した。

 表向きは学業に専念するためとされたけれど、そんなのは建前だとみんな気付いていたと思う。


 どんなにかっこよくてファンを大事にしていてもリンゼさんは16歳の女の子で、炎に心を焼かれたらもうアイドルとしては生きられなかったのだろう。


 この騒動に一番心を痛めたのはミキちゃんだったのかもしれない。

 辞めた後も繋がり続けた連絡手段ヘの謝罪の言葉は日に日に増えていった。

 でも誰もなにが悪かったのか誰が悪かったのかなんてわからないよ。

 強いていうなら運が悪かった。

 ミキちゃんが迂闊だったとしても、それが全ての原因ではない。

 ミキちゃんだけが悪いわけではないと言い続けることしかできなくて、気付けばミキちゃんはひっそりメッセージのグループを抜けていた。



 あんなに仲が良かったメンバーをふたり立て続けに失って、スプラッシュスパークルは3人になった。

 でも3人になっても私たちはスプラッシュスパークルとして活動し続けなければいけない。

 騒動によって意図的に仕事や露出は減らしたけれど、私たちを応援してくれるファンがいる。

 だからこの先にある道に荊が繁っていても、歩みを止めてはならない。

年が明けてから新しい仕事が増え、頭がファンタジー脳にならないので現代アイドルもので短い話を書きました。

続けて最終話まで更新予定です(全4話)


面白いと思われましたら是非評価お願いします。

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