晴れ間の朝
「蛍袋って言うんだけどね……」
啓子は徹夜して画いた水彩画を、並べて言った。
「ふーん、変な名前。ホタルブクロって。
ポチブクロみたい」
目の前に並んだ絵には、
釣鐘のような形の花があった。
私は、その花の絵を見つめた。
啓子の、満足げな顔が、私の顔を覗いている。
「ねえ、どう?」
「どうって?」
「この絵、いい感じかな……どう思う?」
「そうだな……絵本みたい。
ホタルブクロの花の中で、蛍の家族が
暮らしている……みたいな」
絵は、啓子の自信作なのだろう。
一応は、芸大出だから、
そこそこ、美しく画かれていた。
「そう見える?絵本……いもとようこ、みたい?
そのつもりで画いたからね」
「へえーそうなんだ。イモ、トヨコって、
知んないけどさ」
啓子には、何かしら、目指す世界が
あるのだろう。
その世界に向かって、夕べは寝ずに
絵を画いたのだ。
私の感想は、啓子の心に、
ちょうどよかったようである。
深夜の運転明けで、
啓子の部屋に転がり込んだ私は、
こらえた欠伸がでるようになっていた。
梅雨時の晴れ間なのか、朝日が、
六畳一間に入り込んで来ている。
出来れば、昼まで、寝かせてくれると
いいのだけれど……
啓子が、ホタルブクロの絵のことを、
語り出すのではないかと心配になった。
「さてと、とりあえず、この絵、
デザイン事務所に持って行ってみるね。
パソコン壊れたまんまで、送れないの」
「デザイン事務所って?」
「言ってなかったっけ?
私、就職できそうなの。コロナ金欠だしね。
とりあえず、雑用からだけど、
花の絵なら、見てくれるって言うから、
昨日、思いついたのを画いたのよ」
「それが、ホタルブクロってこと?」
「うん、この花、実家の裏山に、
今頃、いっぱい咲いてるもんだから」
啓子は、そう言うと、並べた絵を
丁寧に丸めながら、漸く、欠伸をした。
大学を出て、二度目の夏が始まる。
フリーターながら、荷物の配達は忙しい。
私は、今年、予定は詰まっているけれど、
啓子の実家の裏山を、見たくなっていた。