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銀髪の殺人鬼(シリアルキラー)   作者: もときち
16/16

殺人鬼と暗殺者04

街に出た俺とテイルは、服屋に来ていた。


「どれも派手ね、一つ一つにライトを当てて、眩しいわ。」


「そりゃあ良く見せなきゃ買い手がつかないだろうよ、、ほら、これ、着てみろよ?」


俺は陳列された洋服の内の一つを指さす。それは白のワンピースだ。


「ふぅん、、こういうのが好きなの?」


なんておちょくってるけど、俺は動じずにありのままを伝える。


「あぁ。好きな人がこれを着てたらってイメージするときがあんだよ、綺麗な人に良い服とか着せて、増して良いものにしかならないだろ?」


「じゃあ、私じゃなくてその人に着せなよ、」


「……いや、お前でいい。お前にも似合うだろうし。」


確かにこの話をした時、俺の中で想像したそのイメージになったモデルはテイルではなかった。少々度をすぎるほど愛し、守ってきた妹だっだ。


妹とは夕食の買い出しか、下校の時くらいでしか連れ添って歩いた事がない。


「(寄り道して、こうしてデパートとか連れて行ってやればよかったな…)」


なんて後悔の念を浮かべている所にテイルが水を指してくる


「私には似合わないわ。これで返り血なんて浴びたらすぐダメになる、」


「いや、そんな場面作るんじゃねーよ…」


返り血というフレーズだけで、過去がフラッシュバックする。


冷めた所で切り返しその服屋を後にし、結局ごく普通の服のチェーン店に格下がり、そこで服を選ぶ事に。

街の中心にでも来ればひとつ、ふたつのビルの中に幾らでも店が連なっている訳で、少し階を股げば直ぐにでも着く。が、人混みが厄介だ。


当然当たり前のことでも、俺みたいに孤独に過ごしていると、こうした街中ですぐに人酔いするし、何より騒音が酷い。テイルの声は澄んでいて綺麗なのだが、この街中じゃ簡単にその声はかき消されて聞こえなくなってしまう。


その何とも言えぬもどかしさを感じると、人混みに飲まれてそのまま離れ離れになってしまいそうで、不安で仕方なくなる。


そんな情けない俺を悟っているのか、見透かされて居るのか、急にテイルは俺の手を掴み近くに引き寄せた。


「エスコート、してくれるんじゃないの?顔色悪いけど?」


「……え?」


途端頬を伝う汗をもう片方の腕で脱ぐうと、思っていた以上に、袖が汗で濡れていた。


「ほら、来なさい。」


「ぁ、おう……。」


俺は意識半分でテイルに連れられ、並ぶ店から少し離れた窓際のベンチまで歩く。そこは当然、スマホをいじりながらたむろする若者で埋まっているのだが、テイルは窓際に設置してあるたった3席分の長椅子の内1つ、大柄でふてぶてしく、角刈りにグラサンにヘッドホンを掛け、いかにもヤンキーな絡みずらい男に、やはり構うことなく近づく。

というのも、こちら側から見て左端にその男が、そして横にはそいつの持ち物であろうリュックが置いてあった。


「(おいマジかよ……)」


常人なら先ずこういういかにも絡みずらいイカつい相手に席を譲って貰おうなど交渉するはずが無い、触らぬ神に祟なし的な奴だ。しかしテイルからすれば毛ほども思って居ないのだ。これまで聞く限り、今まで何百人と斬り殺してきた殺人鬼なのだから。


テイルはそのままその男の肩を叩き、振り向かせる。


「んぁっ?」


少々荒く声を上げ、振り向く男のヘッドホンの片方をずらして耳を出したスピーカーから漏れる音は激しいギターやらドラムやらを掻き鳴らした爆音だ。


「この子の体調が悪いの。横にしてあげたいから、席を譲ってくれないかしら?」


「関係ねぇーしっ、こっちも待ち合わせしてんだよっ、他当たれやっ。」


当然、この結果は必然。だが同時に、テイルがここで行動に出かねない事も、また同じ事が言える。こんなデパートの一角で問題事を起こすことは避けたい、だから俺はテイルに目を向け止めに入る。


「テイル、俺は良いから、行こう……」


そう言えはしたが、思ったより俺の声は貧弱で、届いていない様な気がする。テイルの目はその男から目を離す事はしない。


「…ッ」


その目を見て思わず自分の呼吸が止まる…何故だろうか、急に脳が呼吸そのものを忘れた、つまりバグった。


睨みつけ喧嘩を売るとか、そんな生半可なものじゃない。鳥肌が立つくらいに、というか立っている。テイルの瞳の紫は濃く、そして瞳孔は発光してきるようにみえた。その目から視線を剃らせば自分は命を落とすとでも宣言されているかのような、、殺気というか、狩りに長けている獣の眼だ。


「……ぁ、、ぁぁ、、」


その目は確かに男にも効果覿面。俺と同じ状況なんだろうな、


テイルは男を見つめたままさらに追い討ちを掛けるように言葉を返す


「関係あるわよ。貴方のこの後の行動次第でね…さぁ、今ならまだ見逃してあげるわよ?」


「ひっ、、わ、分かった!」


男が声を発したと同時に、その瞳は元に戻り、俺も息を吹き返した様に元に戻る


男は慌ててリュックを持ち駆け出し、少々躓きかけるも必死に走り去って行った。


「……はぁっ、はあっ、はぁっ、(なんだよ………今の。)」


俺はその後ろ姿に目を向けたまま放心していると、テイルの声が耳から脳に響き、自然と目を向ける、そこにはここに立ち寄る前と変わらない、無表情に近くも少し儚げな瞳のテイルが俺を見ていた


「ほら、座って。それから横になりなさい。」


と、テイルは逃げ去った男の座っていた席に座り、横の席を指す。


「あぁ。」


言われるがまま俺は横に座り…少し考える。


「横になるって、どうすりゃいいんだ?」


「はぁ……何言ってるの、こうよ。」


と、思わず口に出してしまったその言葉にため息混じりにテイルはそう告げると、俺の肩に手を回しそのまま引き寄せられ、俺の頭はテイルの太ももに乗る形で、横になってしまった、そう、こんな人目のつく場所で恥ずかしい事この上ないが、、少々その程度の頭の揺れでも軽く目眩を起こしたかのような感覚に陥る程、俺の体は疲弊しているらしい。


今だ俺は先程の現象に処理が追いつかない。


なんだ、自分の身体だなのにらしいはおかしいって?いやそれがそう言わざるおえない欠陥がある。何処かで話しただろうか、いいや、ここでカミングアウトするのは初めてか。俺は生まれながらにして痛覚が欠損している。そう、無痛症と言うやつだ。生まれつきらしい。まぁ無干渉もくっつき物で来るらしいが、俺はその点問題ないらしい。だが無痛は確かで、物心着くまでは病院暮らしで、それからも一切家から外に出る事はなかったとは思うが、その甲斐あってか、合併症を引き起こすこともなく、何せ免疫は一般基準より少し高いらしく傷をしていても治りが早かった。


とはいえ貧血持ちに脱水症状にもなりやすい俺はこうして突然バてることもしばしば。その点では家族に迷惑を掛けて…いや、それより俺の素行の悪さの方が迷惑を掛けていたか。現在じゃ半ば勘当された様なものだしな。


それより、この状況はいつまでもしていたい訳じゃないから、俺の羞恥心が擦切れる前に起き上がろうとするも、肩を捕まれまたひんやりと体温の低めなその太腿に引き寄せられ、公然での膝枕は続く。


「…お前って、なかなか世渡り上手なんだな?」


「なに?それ。」


俺の皮肉を込めた発言に、頭上で首を傾げ見下ろしてくる。テイルの長い銀髪で周りの視界は遮られる。


「ん、そのままの意味だよ。まぁちとズレてるか。さっきのは酷く強引だったしな。」


「貴方ってそんなに周囲を気にする方だったの?」


「まぁ、最近は少しな」


現に気にしなさすぎたせいで今の暮らしになっているのも明らかなんだ。矛盾してる。そしてテイルは俺を眺めたままこう告げる


「…趵渾って、それなりに安定しいる人や幸せそうなにはまるで興味を持たないわよね。それに反して見るからに不幸な状態に陥っている人を前にすると磁石でも着いてる見たく踏み込んでいくでしょう?」


そんな事を突然聞いて来る糸が分からないが、それは前にも話した通り、身の程を知らずに首を突っ込んで、丈に合わない問題に関わり、余計傷を抉る事になるのだ。


「…そうだな。」


少し間を置いて、見つめてくるその人間離れした美人に、しかし心まで見透かされているようで、俺はどうしても目を合わせることが出来ないが、それは悪あがきにしかならない事も知っている。


「哀れね、、人を助ける余裕もないのに、誰かに寄り添おうだなんて。優しいし勇気もあるとは言ったけど、やっぱり違うわ。破滅願望がある訳じゃないしろ、それじゃ共倒れよ。」


「あぁ。」


正にその通り。そう、それ以下でもそれ以上でもない。ここに来てなぜこうも冷たい言葉を浴びせるのか、やはり糸が分からない。


「……私は何もしてあげられない、そんな私は、貴方に救われる気はないから、、関係は割と長くは続かないわよ。」


「ここまで、一緒に居ておいてか?」


「……そうね、、早くに出ていくんだった。」


テイルは前を向き窓の外を眺める。街を眺めて居ると言うより何処か遠くを眺めている様だった。


少しは身体のだるさが抜け、俺はそっと身を起こす。



「ありがとう……もう大丈夫だ。」


「 そう。次はどこ行くの?」


「なに、まだ服探しの途中だったろ。一着で終わってどうする」


先に立ちあがり、らしくもないが、このまま弱い部分を見せ続けるのは少し癪なので、俺はテイルに手を差し伸べた。


「リベンジだ、」


「ええ。」



  ※



「これなら汚しても?」


「いや、汚す定で服選ぶなって。」


半ば興冷めしてくると、途端に疲れを感じてくる。


「思ったよりズレてんのな、お前。」


「ふふっ、今更じゃない?」


「そうだな、、」


だいたい殺人鬼以前にこの国とかの枠じゃなくて、存在している世界が違う。釣り合うわけもない。それでも人語を話すし、見た目は綺麗で異国人と容姿は同じだ。今どきこの髪色をしてもおかしくは無い、まあ眉やまつ毛まで純白なのは少し珍しいが。


「じゃあ、これにする。」


テイルが指さしたのは黒い長袖のワイシャツだった。


「後これ、」


と、黒色無地のハイウェストロングスカート。


「黒一択じゃねーか。だったら上は黒いワイシャツにしろよ、」


と俺はテイルに黒のワイシャツと白のスカートを取り渡す。黒黒よりは黒白の方が銀髪が立つしバランスがいいと思うだろう?


「ほら、試着してこい。」


そして強引に指示を出す


「なによ、いきなり。」


「良いから。」


とテイルを試着室へ運び、少し距離を取って待つ。


やがて試着室のカーテンが開き。姿を現すテイル。見立て通り良く似合ってあがるのは、俺のセンスがいいからかもしれない。


「着たけど、何か褒美はあるの?」


「なんじゃそりゃ。」


「まぁ、お似合いですね。」


突然と言う程突然でもないが、真横から女性の定員が現れ、俺とテイルの視界に入り込みテイルを眺める。


「…そう?」


「はい、とても。その髪も綺麗ですねーっ、その銀髪ってもしかして地毛ですかっ?」


「まぁ、そうね。」


俺は正直社交的じゃない。だからこう言う日常会話ですら、言葉を詰まらせる。言葉の話し方さえ、忘れたみたいに。


「お客様の綺麗な銀髪を立たせるなら、そうですね、、上をグレーやブラウンにするのも良いですしスカートも落ち着いた色なんかにしてはいかがでしょう?」


「ふぅん。あなたなら何を選ぶの?せっかくだから着てあげる。」


「は、はいっ、少々お待ちくださいませっ、」


店員は少し楽しそうに要望に答えるべく歩き出し、テイルは少し悪戯でもするような笑みを浮かべてそれを待つ。


「…乗り気だな?」


「ええ、気が乗ってきたわ。」


先程まで全くと言っていいほど興味を見せなかったのに、急にどうしたのだろう、なんて疑問もこの一言で全て打ち破られる。


「…ほら、わたし美人だし、着るもの何でも似合いそうじゃない?だから恩返しがてら見せてあげる。色んな私を記憶に残しておく事ね?」


「自分でそれ言うかよ、、」


なんとも言えない気恥しさで横を向くも、内心では少し嬉しかった。いや、これは否定したい。


「いや待て待てっ、行く前に変な気起こすなとか、買い出しん時であん時俺に溝打ちかましてきた癖になんだよそれっ、というかバレないようにそういう格好にしてたの忘れてたけど大丈夫なのかっ?!」


「(思わずツっこんでしまった、、)」


「まぁ、人間に溶け込むんだし、良いんじゃない?それに、天界人なんか一目で私が魔界人だって見抜けるから、ただ単に泳がせてるに過ぎないわ。」


「そうだったのかよっ、じゃあはなっから匿っても無駄だったじゃねぇかっ!」


「んふふ、残念ね、でもそれはそれよ、貴方にとっては無駄じゃないわ。こうして私と過ごせているんだから。」


「やけにポジティブだな……お前。」


ただ、確かに。その通りだ、やはり見透かされていた俺の内面ってのは他者から分かりやすく映るのか、それともテイルが目敏いのか……。


どちらにせよ、俺は正直こうして一緒に居ることが、確かに妹にしてやりたかった事ではあるし、今でも、これからもそれを考えるとナーバスになってしまうのは治らない傷だ。


でもこうして目の前で俺に色んな服に着飾った姿を見せてくるテイルに妹を投影してしまうのに関して、その感情は何処か悲観的なものと違って、胸が暖かくなった。


テイルは結局、20着も着回た挙句初めに俺が選んだ服に決めた。途中気合いを入れていたであろう店員は5秒程遅れて返事をし、俺たちは会計に向かう。店を後にしてからテイルはくすくすと笑い始める。


「お前……性格悪いかよ、」


「ふふっ。今更?」


「……思ってた以上で少し呆れてんだよ。」


「でも、可愛かったでしょ?」


「…なぁ、お前ってそんなキャラだったっけか?」


「何でもいいじゃない。今が楽しければ、割と自由な気がして気分が良いの。」


そう言ってテイルは、ステップを決め歩く。

本人が今楽しいのならそれでいいし、俺も自然と、さっきの悲観的な感情はすっかり抹消され、便乗する形で気分が乗ってきた。


ただ単純に励ましてくれているのかもしれない。だとすると、いや、そう思い込むならば余計に、俺はテイルと一緒に居たいと、そう願ってしまうのだ。










時刻は19時を回っている。俺とテイルは近くのカフェに寄り、適当にコーヒーとサンドイッチなんて頼んで店の窓側、2人用の席で向かい合って座る。


「ふぅ、(デートだな、これは。)」


なんて正面を向くとテイルがコーヒーの入ったコップにストローを指し、先より下に指を添え、その先端を少し尖らせたその小さな唇で挟み吸い上げる。そして降りてくる前髪を少し邪魔に思ったのか、片手で横に流し、横髪を耳にかける。


と、間接視野程度に映しておいて窓の外のビルに焦点を当て適当に視線をテイルに泳がせないようにした。


「ねぇ、趵渾(さくま)。」


「ん、どうした?」


「……いや、なんでもない。」


話しかけられてやっと目線をテイルに向けたが、テイルは何かを言いかけて止めた。


「なんだよ、、自分の過去を淡々と語れるのに、詰まる事でもあるのか?」


「………これを言うと勘違いされるわ。家で話していた事をぶり返す事になるから、言いたくなくなった。」


「あれか?、おれが着いていきたいとか言ったやつか?でもお前に正論ぶつけられたし、もうやめたよ。」


なんて簡単に俺は自分の意思を曲げたくはない、ただテイルが言いかけた、その続きが知りたいだけで、安易に先を聞こうとしている。


「……本当に?」


「あぁ。どうせ俺しか聞く相手いないだろうし、渋るなよ。」


そう、簡単に言った。この後この一言で自分の犯した過ち以上に酷く深い傷を作る事になる事も知らずに。自分にそれを背負うことなんか出来もしないのに。


「私…貴方が理解したつもりでいる以上に面倒よ、危機に陥ればいっそはやく殺してと嘆くし、でも癪に触れば殺してやりたいと躍起になると思う。こうして過ごす時間は、まだもう少しこうしているのもありかなと思う反面、突然罪悪感が湧き出てきて逃げたくなるの……今も半分自由だけれど、自由になりたいわ、、構わないで欲しいの、私の事なんて……でも、、」


俺はその言葉を何とか自分の不出来な脳で処理ながら聞く、そのままテイルはこう続ける。


「ずっと独りだった、誰かといても続かない……でも1人はたまに嫌……だから離れたくないのも、本心。矛盾してて気持ち悪い、ほら、、面倒でしょ?」


「ククッ……テイル、、本当、お前って人間らしいっつーか。メンヘラかよ。」


「…そう、よね。」


わざと冷たい言葉を浴びせるのには、俺の本心はそこで決まってしまったからだ。自然と笑みがこぼれ、身の丈に合わない言葉を吐く。結局自分の性格に落胆する時もあればこうして軽く受け入れてしまうこともある。


(あぁ、、そう言ういう所は同じかもな。)


「……つまり俺と過ごす時間は楽しいって言いたいのか?そうだろ?」


「馬鹿じゃないの。」


なんてらしくも無く言い捨て、俺は一気に熱くなる体を、コーヒーのストローを外し、手で持ち豪快に飲み干す。キンキンに冷えて居たせいで頭と喉が急激に冷やされたが、鎮火しないみたいだ。


「でもまぁ、、当たってるかも。感謝はしてるつもりよ。」


テイルは初めて恥じらうように、視線を下に移し再びストローでコーヒーを飲み始める。


「あぁ、そう思っててくれよ。」


「……はぁ、だから言いたくなかったのよ、調子乗らないで。」


そんな表情で言われたところで俺には効かない。


「はいはい。」


「……第一、私より弱いあなたがどうやって私を守れるの?」


「あのな、強さは何も喧嘩…お前で言うところの殺し合いでの強さだけじゃないだろ?…って、これ男が言うとすげぇ萎えるな、プライドズタボロだ。」


「ふふっ、変なの。」


なんて言ったものの、俺は結局暴力にものを言わせてきた事の方が多い。だからこれはそう、見栄っ張りってやつか。


「だあーもういい。俺が話すと馬鹿がバレる。コーヒーおかわりしよう、、テイルは?」


「そうね、次はピーチティーにする。」


そしてまた俺はまたテイルから話の続きを聞くことにした。

すっかり縁側から見える庭の草木は枯れて、新雪が静かに土の被さっている。あれから私は何度も脱出を試みた。 塀をかけ上がれば、何故か目の前に霧が掛かっていて、どちらが出口なのか分からず、降りた先でもやはり敷地内だった。


窓の外からはこの旅館の外が見えるのに、窓から抜け出せばまた同じく敷地内に着地するのだ。


「(本当に、出してはくれないのね。)」


「以前に申し上げた通り、このお屋敷がテイル様を外へ出すことを拒んでおります。」


「はぁ、、まさか屋敷にまで意思があるなんて、、それ具現化したのが貴方ってわけじゃないの?」


「……少し違います。」


「そう、いっそ貴方を斬れば良いかしら…」


「きっとそれもできません、、私に実体はありませんから。」


「もの運んだり、家事したり、食事は作れるじゃない。」


「テイル様が私をその様な存在だと認識しているからでしょう、ご主人様もまたそうです。あなた達が想像する通りに、私はそのようにして現存するのです。」


「何それ、自分の意思はない訳?」


「……あります。ご主人様をお慕いする気持ちがありますから。」


「そう、、なら、やっぱり言うわ、武神のこと、」


少し首を傾げ、菊が戸惑うのを確認し私は続ける。


「貴方、本当はあいつに死んで欲しくないでしょ?、でも、あいつはこうして私を使って死にたがっている、」


「……はい。」


「私もはやく開放されたい。つまり貴方から説得すれば考えを変えるかも?」


「………私はあくまでも召使い。ご主人様へ意見する立場ではございません……それでは。」


その問いかけだけには少しだけ間を置いた気がした。菊は会釈して離れていく。


「はぁ、説得下手かな、私。」


その後も菊を説得しようと話しかけても、断られてしまうか流されるかで、ろくな解決策は出ないまま、私の愚痴が止まらないのとただただ無駄な時間が引き伸ばされるだけだった。


そうしてまたひたすらに木刀を振るだけの日々がつづく。


それもこれも全て夜の自由時間を使って試していた事、それ以外の自由は許されていない。よって結局修行に打ち込んだ。その甲斐あってか、嫌々ではあってもまともな形にはなっているらしい私の剣術は、確かに身になってはいる。だが模擬戦となるとあっさりと隙を突かれてしまう。


「まだ足りぬな、ただ技は増えてきている……その調子で極めろ。」


「はぁ、、はぁ、、褒められてもなんにも嬉しくないわよ、」


木刀を下げ、汗を袖で拭い、再度構える。


「……(あぁ、こんなことしてたってもう無意味なのに。)」


「…何時でも良い、来い。」


「ッ!」


駆け出して連撃を繰り出しても、その全てを乾いた目で受け流される。菊の言う通り。別に同じ箇所ばかりを攻めているわけじゃない。抜刀の動きからの真横、真上から切り込みあいつの足元で減速させその刃を右斜め上へ、また突きの数を増やして出来るだけ鋒に注意を置かせたところで、間合いに入り込み、そこから引くように切りこんだりね。


自然とポーカーフェイスにも慣れてきた。どんなに受け流されようと無表情のまま切り込んで行くだけ、距離を詰めたり、遠ざけたり……。死角でさえもどの位置なら刃が身体に当たり、当たらないのか、動体視力で分かってしまう。


でも奴には敵わない。どの位置から、どの死角や錯覚を利用しようと、目の前で不意をつこうとも、錯覚を利用しようとも。真上から、それとも真後ろから武神に見られているんじゃ常に種明かししているのと同じだ。わかりやすく言うならテニスでも卓球でも、バドミントンだっていいか。ラリーが永遠に続き、ミスやスマッシュで得点を奪われるのはいつも自分だけ。当然、面白いわけが無いわよね?


だからと言ってやめられないのが1番最悪なルール。一太刀すら浴びせられないのに、この男を殺さなければならない。


「はぁ、はぁ、はぁ、(何なのよ……)」


(我ノ出番カ、、)


「(あら、久しぶりね。)」


久しく聞いていていなかった脳内で聴こえる黒豹の太くも掠れた声は、何処と無く機嫌が良さそう。

私が当分の間封じていたから、逆に怒れ狂って暴走するのかも思っていた。


(マダテコズッテイルノカ?)


「はぁ、っ!(…そうだけど?)」


木刀を振りながら応答する。


(モウ少シ血ヲ吸ワセテクレレバ新タニ異能ヲ分ケテヤロウト決メテタノダガ、モウヨイカ、)


「えっ、、んぐっ!?」


腹部に衝撃が走る。当然、この男との斬り合いで器用に黒豹の話に耳を傾けていられる訳もなく突きを喰らい2、3メートル程飛ばされる。


「貴様、、急に油断したな?」


「はぁ、はぁ、、ええ。少し飽きてきたから。(その話、後で聞かせて?)」


(…良イダロウ。)


「我を殺さぬと解放されないと言うのに。」


私が妖刀の正体(黒豹)と意思疎通していることは隠したい。だから皮肉を言うことで気を剃らせたのなら、私の性悪もなかなか役に立ちそうに思えた。


「ふふっ、繰り返しやっても貴方に剣先1つかすらないのだから、言いたくもなるでしょ?貴方そろそろ気づかないの?」


「何がだ、戯言など聞かぬぞ。」


「…妙な程に自分は技を避けられているって事よ。本当に鍛錬の結果なの?人の数倍生きていて、逆に外敵に傷1つ付けられたことがないなんて事ある?」


「くどいな、、結論を言え。」


「はぁ、なら教えてあげる。あなたにはそう言う加護が着いているのよ?」


「ふんっ、元より人間ででない我にその類が見えないとでも思っているのか?」


「ええ、そうみたいよ?そうよね、菊。貴方には見えているんでしょう?」


部屋の隅に正座する菊に目を向ける。当然私が話を振る相手が菊だとわあると少し反応を見せた男も菊に目をやると、菊はこちらを向き立ち上がると、頭を下げる。


「申し訳ありませんご主人様。テイル様の仰られている事は、本当です。ご主人様には武神が取り憑いて支えになっておられます。」


菊はそれから、私とのあの時の会話をそのまま話した。


「……ですから…、ご主人様は戦いにおいて負ける事はございません。」


だが男は無表情を貫いている。


「くだらなんな…。今日はここまでだ、菊、風呂と夕飯だ。」


「はい、ご主人様。」


「本当にくだらない?だってそれのせいで私は貴方を殺せないわよ?」


「……くだらなんな。見えぬものを信じろというのか?」


「見えるものならあるわ、貴方本当に私の技を見抜いているの?」


これには確かに疑問を感じていた、動体視力とも違う、その感覚だけで私が次にやる攻撃のパターンを1度も読み間違えせず受け流すから。


「ふん、場数が違うからな。お前は武器も持たぬ人間を切り続けていたのだろうが、われは同じく武器を持った相手を切り続けてきた。その差だ。」


「生きるために必要な事よ、」


「我もだ。だがもう要らぬ。」


男はそう言って部屋を後にし、菊もいつも通り丁寧にお辞儀をして立ち去る。それを目で追うと、私はその場に横になり天井を見上げ、大きくため息を着く。そして黒豹からさっきの話の続きを聞くことにした。


「はぁ……(それで?私に何を教えてくれるのかしら?)」


すると私の影からたちまち大きな黒豹が姿を現し私を上から見下ろす。久しぶりに姿を現した黒豹はそう、あの洞窟で初めて目にした時と同じ、漆黒が豹の姿し、赤く、鈍く光っている眼球が私の骨の髄までを見ているかのような、一度目を離せば噛み付かれそうな、とてつもなく恐ろしい覇気を感じる。


「グルルルル…。」


「面と向かって顔を合わせるのは2回目かしら?」


私は物怖じせずに黒豹の瞳を凝視する。


「デハ、ココマデ我ト契約ガ続イタ褒美ヲクレテヤル。」


「何なの、それ。」


「我ノ黒煙ヲ授ケテヤロウ…。抜刀シタ直後、オ前ノ姿ヲ相手ニハ見エヌ黒煙デ隠ス。ソノ間オ前ハアラユル異能ヤ術、加護ノ影響ヲ受ウケヌ。但シ、抜刀カラ数エテ5秒ダ。」


「ふぅん。なかなかいいじゃない、、それなら殺れそうね?」


相手に気配を勘づかれることもなく動ける。私の速度にその5秒間、それだけあれば余裕だ。まず負けることは無いわね。


「でも、ここまでそれを出し渋っていたのは何故かしら?」


「我トココマデ長ク契約シタ者はイナイカラナ、何処マデ力ヲ貸スカ考エテイタ。」


「ふふっ、可愛いいけど、私が血を吸わせない事が苦なら速くするべきだったわね、」


「…ダカラ考エテイタト言ッタダロウ。」


グルルと喉を鳴らし不服そうに言う黒豹が面白くてたまらないけど、あまりここで茶化しても仕方ない。まだ敵の巣の中だし。今はこうして切り札を得たと言うだけでかなり大きな1歩だ。


「はいはい、で、抜刀だけでいいのかしら?」


「アア…我ノ刃ヲ抜ケバ良イ、ソレダケダ。」


「そう……でも取っておく。本番で試すわ。」


「何故ダ、、?」


「…この木刀で惜しいところまで行けなきゃ、単に技量で負けちゃ本末転倒よ。武神とやらも馬鹿じゃないはず、ちゃんと一発で仕留めなきゃ次は無いわ。」


「我ノ力ヲ持ッテシテモ自惚レヌトハ、、前トハ違ウナ。」


ええそう、もう違う。嘆いてばかりも居られない、私は自由なのだから……。


「ここで終わっていい訳ないでしょ?」











____それからまた数ヶ月後。



抜刀してから相手に鋒が当たるまでの秒数はざっと0.03で、それにかかる衝撃波なるものは特にない。 勿論、洞窟で経験した集中した時に起こる周りの速度が遅く見えるあの現象も私が速いからで、その状態で駆け出せば移動する速さは389km。だから普段なら避けられないものは無いし、当てられないものなんてなかった。よって剣術を身につける必要なんて無かった。


「立て、掛かって来い。」


「………」


私は立ち上ると同時に低い姿勢から駆け出して、素早く真上から斬り掛かる。


KAHH!


当然男は異常なまでの瞬発力で受け止めそのまま私から見て左下に受け流すと、持ち手を逆手に替えその刃は私に向けたまま斜め下から顔面に向かって素早く私の木刀ごと振られるも、私は正面を向く体を真横に逸らし目と鼻の先の距離で避ける。続く斬撃も見抜きつつ隙を見ては仕掛けるも、男はそれも見抜いて難なく交わすか流すか。


もう何度もそれをを繰り返し続けている。時間なんて見てる暇は無かったけど、日中から月が登るまでと言えばだいたい分かるかしら、とにかく長いでしょ?


1つ成長したのは、あいつの攻撃を避けられる様になった事かしらね。でもだからって、お互いに仕掛け合っては交わし合う消耗戦になるから、その点体力のない私が最後に疲れを見せて飛ばされておしまいって所かしら。


「明日だ……。」


不意に初老の男は木刀を下げる。


「明日、もう刃を抜いても良いだろう……」


そんな事を言い出した。


「確かに避けられはするけれど、、まだ貴方に一太刀もいれられていないわよ?」


「ここまで交えて居れば分かる。貴様は幾つか手を隠している、、それが故に我の隙を突く間が遅い、本当は少し余裕があるな?」


「(いや、こうも見破られるのは流石に気持ちが悪いわ。)」


そう、私は何処で仕掛けられるのか自分で考えるより先に、身体が反応している事に気付いていた。でも個々でそれを発揮する訳にはいかない、本番でそれを使わないと、コイツに2度も同じ手は通じない。


「それを見破られているんなら、、私はまだ貴方に勝てないわ。」


と、反論しては見るものの。


「さすればまた鍛錬すれば良い。」


「何それ……嫌よ、それこそ次に貴方の隙を見つけるのは倍に時間がかかりそうだもの。」


「ならばその1回で斬り伏せて見せるんだな?」


「簡単に言わないで。 」


男は振り返り、部屋を後にする。


「はぁ、たく……。」


「テイル様。お風呂の準備が整いました。」


と、右斜め後ろあら、もう何度も聞いた声がする。でもいつも気配がまるでない。


「はぁ、、あなた、死後の世界で過ごしていた私でも分からないその気配消しはなんなの?暗殺向いてるわよ?」


菊は私にタオルを渡し答える。


「お断りしますよ、それに私の存在はあやふやなので、認められなければ、存在できないのです。」


「霊体だから、でしょう?」


「ええ。」


霊体というのは文字通り幽霊なんかのことを指すけれど、菊の場合は特殊だと思った。普通人が死んで実態から離れ霊体になった場合は、いずれ自ずと上界、言わば天界に行くか、天界人から迎えが来て連れて行かれるかする事がほとんどだ。まぁそれでも留まって居ようとする物こそ恨み辛みを多く抱え、それが未練となって留まって生者に悪く働くなんて事が殆どで、だいたい霊体からもっと悪いものに変貌しているんだけど、菊にはまるで何もそんな雰囲気はない。


「まぁ、いいや。」


「……それでは、ご夕食の準備をして参りますので、先に汗をお流ししてください。」


菊は踵を返して部屋の入口でいつものようにお辞儀し去っていく。


「……明日……か。」


明日、決着を付けないといけない。


(ヤツヲ斬レル算段ハツイテイルノカ?)


「えぇ、きっと余裕よ、武神さえ無ければね。」


あいつに私の持つ技を隠していることは見破られた。悪く考えればその時点で警戒しているから、余計隙が無くなる。一方で良く考えれば技の中身までは分かってはいないと言うこと。ここ1年と半年斬りあって掴んだ感覚は、まだ確かじゃない。武人はきっと倒せない、でもそれで良い……はなかっから勝負は成立しないということの証明になればいい。


だから絶対、死闘を楽しむなんてことは無いし、ろくなものにならないと思うわ。この物語に高クオリティなアクションを求めない事ね?








_翌朝。早朝に目覚める。寝室として用意された部屋は四畳半の個室で、クロゼットを開くと、いつも用意されている道着のような古臭い和服に浴衣、その隣には久しく見ていなかった、捕まる前まで着ていた時の私の私服。


(いつの間に、)


久しく着ることになったけど、やっぱり軽い。


「(わたしがもし斬られでもしたら、服も裂けるわね……その時は何着か貰おうかしら。てか、下着も欲しい、、)」


「……やられる心配して、馬鹿ね。」


左手に刀を持ち、稽古場に向かう縁側に沿って進む中、一瞬だけど、日が刺した庭が荒地になっているように見えた。偶然だろうか…。


(今のは…錯覚?いやいいいわ、異変を注視する余裕は無い。)


稽古場に着くと、中央寄り少し左に男が正座している。手元にはもう木刀ではなく刀が置いてある。


やっと、やっとよ。この男と再戦を果たす事ができ、又は、等々私が斬られるかもしれないという事でもり、であるからこそ、当然本当の斬り合いでなければ得られない物もある。


「待っていたぞ。」


「ふふっ、わたしもよって、ベタなセリフね。」


男の向かい側に立つと、男も刀を持ち立ち上がる。


「では、始めるか…」


「ちょっと待って、」


今までだっていつも合図を送っていた菊が居ない。別にどうと言うことは無くも、今までと違うものがあればそこを解決しない訳にはいかない。この異変は流せない。


「……何だ?」


「あの子はどうしたの?」


「幼子に斬り合いを見せるなど、悪趣味だ。」


「その幼子を召使いにしておいて?」


「菊はそういう怪異だ。」


「ふぅん、、怪異は分かるのに自分に取り憑いているものは分からないのね、」


「…ふん、ここまで来て茶番がしたい訳じゃないだろう?緊張しているのか?」


と言いながら鞘に手を置き抜刀の構えに入る 。男は肩幅程に脚を引き、さやは真横に数センチ離して、向きを斜めに変えて構えている。


そして、不意に初めて男は笑ったように見えた。ここに来て正直気持ち悪い、情が湧いたのなら尚の事ね。


「ふふ、そんな訳ないでしょ、、殺すわよ。」


私は男を見ながら、3歩下がり適正な距離を取って構える。私はこの男に鍛えられた通りごく普通の、型にはまった構えをする


「良いな……?」


「ええ、何時でも。」


「(頼んだわよ、この一瞬が全てを決めるわ。)」


(アァ、何時デモ良イゾ……アトハ、オマエ次第ダ。)


「………」


「………」



___________。



そっと左足を引き寄せ、左の腰の位置で刀の鞘を持ち、右手で柄に手を添え、握り、構える。物音一つしない空間で緊張が渦巻いている。


男もまた同じく、構えている。現段階で違うのは、男には腰紐で鞘を腰の左の位置に固定していること。一方で私は黒豹が宿っているから、必要な時に手元に現れる。だから鞘を捨てても煙となって消える。鞘を使った防御もあるけれど、一撃で斬り伏せる私にそんな重荷は必要ない。


「………」


「………(今だ、、)」


Swish!


刀を素早く抜いた瞬間から刃と共に黒煙が現れる。その黒煙はやがて霧のように広がるも視界を塞ぐことはなく、ただ私の姿、気配をも完全に隠す。この黒煙でさえも男には見えない。


「…」


男は……まだ刀を抜き始めだ。初めてだ……その目線は体制を低くした私にあっていない。今私は、この男より速い。


私はこの気を逃す事なく男の首元目掛け刃を走らせる。


KIYYY!!!!


「っ?!(見破られた?)」


けどその刃が首元に当たる手前で、男は咄嗟にそれを受け止めた。焦点は前を向いたままで、明らかに不自然だ。


でも驚いている時間などない、どういう仕組みかは知らない、でもそのまま追撃を当てるしかない、、残り4.45秒。


即座に離した鋒を振り下ろし即座に逆袈裟斬りで力ずよく男の刀に当てに行く…ここで刃が折れれば良いけどそうもいかない、


「ッ!?」


Kkyyyyyy!


ここで初めて男が自分の刀の衝撃で動揺を見せ、少し持ち手を緩めた。そこを狙うしかない、残り4.35秒。


瞬時に抜刀前の構えに直って狙いを定める。


男の視界に今の私は映らない、つまりど真ん中以外でなければまず避けられはしない、


「ッ!」


KkYY!!!


手から全身へ大きな振動が伝いおもわず力む。


「これは、あいつの刀じゃない、、」


狙ったはの左足の筋だ。だけどそれすら反射神経より速い反応で刀を下に向け、ちゃんと刃を私の刃に合わせ弾かれた。

そしてこの時、私は確かに武神が見えた。男の背後に、男より背の高い、全身に甲冑を纏い、鬼の面を付けた完全武装の武者を。


両腕には大太刀が握られ、その背には交差するように槍を背負っている。


「(…とうとう、顔を出したわね。)」


残り3.89秒。


「(これが、、武神か、、)」


思わず膝を震わせそうな程の覇気に、最早武神から目が離せない所か、少し制止してしまった。


「何ヲシテイルッ、オマエノ敵ハ目ノ前ダゾ」


「っ!」


突然背後から現れた黒豹の言葉で我に返る、目の前の男は未だに私を視認出来ていない。


そして私はもう一度居合切りの構えに入る。


刀を鞘に納めた途端、秒数はリセットが掛かり、私は姿を晒す。


黒豹は私を見て合図を待つ。


「(我ガアノ武者ヲ押サエツケヨウ……)」


「(……ええ、頼んだわよ。)」



「っ!貴様…今何を、、だが如何様にして、、」


男に先程までの約2.34秒など知らないのだろう。刀に伝わる防いだ時の感覚しか、


「ふふっ、、ほら、防ぐ準備はいいかしら?」


その刹那に抜刀し、再び黒煙が私の実体から気配ごと消す。駆け出して右斜め前、男の肩から左脇腹を斬りつける。


Grrrrrr!!!


その間に当然、武神が大太刀を振るって来るわけだが、黒豹が腕に噛み付き押さえつけている。


この黒豹、思っていたよりも大きくて、武神を難なく押し倒してしまう。


「(ふふっ!、貰ったわ!)」


Swish!


そのまま下から上へ、そこから斜め下、斜め下から上と、私は男の両腕を斬り、刀を収める。と、ここまででたった2.13秒と言ったところかしら。


「ッ!?!ウグ!!」


そして何も分からないまま男は肩から腹部、両腕から激しく血飛沫を撒き散らす。


「…勝負あったわね?」


そのまま力をなくして垂れ下がる腕は当然刀を持つ力など無く、床に転がし、自然と脚も脳からの伝達を断ち切ったかのように機能を失い崩れるようにして落ちると、私が軽く腹部を鞘で突き、男は膝から崩れ落ち、仰向けに倒れた。


「ぐあぁぁッ!!」


男は苦しそうに叫んで、目の前の私を睨む。そう、肩から腹にかけて斬り付けた箇所はわざと浅く斬ったの。


「はぁ、はぁ、はぁ、、貴様、、何故、殺さないッ」


「ふふっ、、あったりまえじゃなぃ?長い間ここまで私を縛ってくれたんだもの……だから、殺してあげない。」


「グッ、、」


わたしの気持ちは有頂天。もうこの上ない達成感。倒れる男の腹の上に跨る位には喜びを。


「ふふっ、あなたの腕は使い物にならないわね?これなら武神もあなたを見放すかしら、」


「うっ、、戯言をっ、、我にそんな加護などっ、、」


「まだそんなこと言うの?なら教えてあげる。私の初めの抜刀の時から貴方はもう私を認識して居なかった。目線が逸れていても私を追わなかった、その時点でついて来られて無かったからね?」


私は男の肩の傷に指を入れる。


「ぐっ!」


「貴方は私を追えなかったのに、私の刃は防がれたの。貴方に憑依していた武神にね、ふふっ、わかる?、」


「だとすればっ、、それは我のっ、、呪いだっ、今まで斬り続けてきた武将達の、怨念か何かだ、、」


「貴方に斬られたのに、あなたを守る理由が分からないわね。」


少し痛みでおかしくなったのかしら?でも私も、徐々に勝利に酔いしれる高揚感は冷めていった、なぜって?よく分からないわよ。でもひとつ言えるなら、少し残念な気がしてしてしまった。


「……では、我はそのせいで無敗だったというのか?であれば、貴様はなぜ勝てた?」


「私にもね、貴方が妖刀とか言ったこれにもそんなモノが居るの。でも貴方と違うのは、私は契約で縛られてるって事よ。そして貴方に憑いてる武者より強かった、、だから完全に私に、私の力だけで勝った…とは言えないわ。だから殺してあげない。」


男の瞳の乾きは無くなっていた…何故だか少し生を感じられるくらいになっていた。


「我は……どう生きれば良いのだ、、」


「ふふっ、せいぜい苦しむことね?これが私の復習。」


「我を生かしておいても意味は無いぞ、、貴様なの言いなりになるつもりもない、、」


「………貴方に憑いてた武者はもう居ないわよ。だから、死にたければもう自分の手でできるわ。」


「ご主人様っ!」


その声とともに小さな足音が迫ってくる、、菊だ。


菊がいつものお辞儀もせず、その歩きにくそうな装いで必死にこちらへ駆け出してくる。そして私と男の目の前で丁寧且つ素早い土下座をする。


「お願いしますっ、、どうか、ご主人様の、お命を奪わないでくださいッ!」


「ふふっ、ふふふ!あはははっ!!おっかし、何それ、」


「この通りです、、どうか私の首一つで、怒りを収めては頂けませんか。」


「よせ菊、こやつにそんな事を言うな。」


「斬れないくせによく言うわ。」


自分の命と引替えに主を助けようとする菊と、若干苦し紛れに菊を止める初老の男と、まるで最低最悪の敵みたいな私。貴方は誰が1番可哀想に見えるかしら?


とは言えこの場は私が次の指示を出さなきゃいけないから、話を戻さなきゃね。


「はぁ、もうこれ以上こいつを殺す必要はなくなった。ほら、こいつのその腕じゃもう刀は握れないし。まあ、どのくらい再生するかは別として、今この場では死んだも同然よ。つまり願い事は無事叶ったでしょ?だから、私を解放してくれるわよね?」


私はもう一度男の方へ向き直りそう告げる。


「くっ、、、あぁ分かった。お前を解放してやる……。」


「ご主人様、、」


菊は顔を上げる、その少女の瞳からは涙が流れている。


やっと、自由になれた。それだけで安堵し立ち上がると、自分の服の返り血を見てまた気分が下がる。


「でも最後にお風呂と、この服、返り血でだめになったから換えをちょうだい。あーそれと、ご飯が食べたい。」


「……は、はい、テイル様、全てご用意致します。ですが先ずはご主人様のお手当てを……」


「えぇ分かってるわよ、はやくしなさい。」


「はい、、テイル様、、ありがとうございます。」


「ふふっ、、貴方もやっぱりそうよね?自分や大切な人の命さえ無事であればそでいいわよね?私はこいつを殺さないと言うだけで、此処を出ればまた沢山人を斬るわよ?」


「…はい、私は非力です。だから、、貴方の、これから行う行為を知っていても、ご主人様のことを優先しました。」


「まぁ、正しいんじゃない?他人をも気づかうなんて、主人公か偽善者よ。」


「(でも実際、身を呈して誰かを守りたいなんて、甘いわね、、、兄さんは確かに主人公側だったけれど、でも私を救えなかった。つまり無理なんだ、意思だけでは。)」


男を支え傷口を抑え応急処置を施す菊を前に、私はそんな事を考えていた。


私はきっともう壊れているから、同情はできない。そこになんの罪悪感もない。ただ菊があまりにも非力で、男を抱えられず、引きずる形でしか運べなさそうで、いや引きずることすらで来ていなかったから、仕方なく一緒に引きずって寝室へ連れていくのだけは手伝ってあげることにした。






  ※




水を浴びて全身を流し、何故か気前よく用意されていた衣服に着替える。少し古臭い感じはするけれど、下着からワイシャツ、ロングスカートまで全てサイズがあっていて不思議だけど…まぁ良いか。


いつもの居間に来るとテーブルには少量の食事が用意されていた。私が以前に罵ったメニューは排除されていて、となると白米と焼き魚、水のみになっていた。そう、これくらいでいい。


「(気前がいいわね。)」


静かに食事を取りながらも、私にだけ見えている黒豹は物欲しそうに横から私の顔を覗き込んでいる。


「……まだ待ちなさいよ、白昼堂々大量殺戮する訳にも行かないでしょ。」


黒豹の食欲が私の体に熱として移る。


「(ソウデハナイ……タダ武神ハ不味イ、オマエガ斬ッタアノ男モダ、やはり人間デ無ケレバ駄目ダ。)」


「……そうね。」


Grrrr………


喉を鳴らしやがて刀に吸い込まれる様に消える。


「(……暑い、)」


「テイル様。」


突然の気配に驚き振り返ると、いつも通りの無表情に近い顔で立っている菊の姿がある。


「…何?」


「はい、ご主人様が、最後にお話がしたいとの事です。」


「あら、まだ斬られたりないのかしら?」


そんな煽りにも、菊は依然として無表情を貫くので、少しつまらない。


「ご馳走様。」


そう言って私は立ち上がる。


「(男の休む寝室へと向かう。やっと勝ったのに、散々罵ってやらなきゃ気が済まないし。)」


「(あぁいや、それももういい、早く出たい……。)」


寝室で男は両手と方から腹部に掛けて包帯を巻いた状態で、仰向けに倒れていて、私が来ると目だけをこちらに向けてきた。


縁側を歩き、開いたままの障子の部屋の前で菊が止まる。

そして私は菊を追い越し、部屋の中へ入ると、身を起こしてこちらを見上げる男と目が合う、昨日までの雰囲気とは打って変わって、死にかけの老人に近い。


「それで、言い訳がしたいのかしら?」


「ふん、、そうではない。ただ、お前や菊が加護と呼んだそれは、我にとってはただの呪いだ。思い出した……信じてはいなかったが…その昔、将軍家から何かしらのまじないの儀式を受けた記憶がある。」


「…ふーん、そう。」


私は自分の背中を壁にもたれさせて、頭を少し前に倒して降りてくる前髪の先を人差し指で絡め、そっけない返事で返す。


「全く……生意気な女子(おなご)だな。」


男はため息を吐き視線を正面に戻す。


「それで結構よ、好かれるつもりもない、寧ろ怒って向かってきてくれなきゃ、そうでしょ?」


「……悪鬼が。いや妖狐か。」


「どっちでもないわよ、ただの……そうね。殺人鬼、かしら?」


私は不敵な笑みで男を見下ろし続ける


「そして貴方のせいで余計私は行く先で敵無しの殺人鬼になるでしょうね?」


「我のような輩が居ないとも限らんぞ?」


「ふふっ、んなことある訳ないじゃない?ここは人間界よ?昔の伝承みたく土地神を崇めてる訳ではないのよ?異能力なんて持つわけが無い。」


「……だがそれらは消えた訳ではない、お前のような者をこの土地が許すとも思えん。それか、また同時になにか別世界から異形の侵入があるかもしれん。」


「ふふっ、貴方が例え話をするなんて。この部屋へ運ぶ途中で頭打った?」


「はぁ、少しは身を案じてやっていると言うのに……我が馬鹿だったな。」


なんか唐突にはじまったでしょ?謎の考察が。当然私はもうここに用はないから、適当に流しているのだけれど、その考察もあながち間違ってないのかもしれない。なんて言うとこの先の展開のネタバレになってしまうから、あまり言いって欲しくないんでしょうけど、仕方ないでしょ。これは過去を話しているんだから、どう話そうと私の勝手よ。


「だとしたら、あなた達だってその類でしょ?人間じゃないんだから。」


「だが誕生は土地だ。」


「そう。ま、適当に覚えておくわ。それで、話はそれだけ?」


私は踵を返し、そのまま出口へと向かう。そんな私にもう一度声をかける。


「まて、、」


「まだ何か用?」


「……お前は、、誠に余興で人を殺めるのか?その呪縛がなければ、人間を斬り続けはしないのだろう。」


「…そうね、、斬りたくはないわ、、」


「ならば、何故捨てればいい、」


「できないわよ、、これがなきゃ死んでたんだから。」


そう、この刀は私の生命線だ。捨てる事なんてできない、、とっくにそういうところまで来てしまっている。


仮に捨てようものなら、今まで斬り殺してきた者たちの仕返しが来るに決まってる。その念ごと、黒豹が食べているからこうして現存できている。黒豹からそう聞いたんじゃない、そう確信しているだけ。


それでも生きることと、その上で得られる自由を選んだだけ。


「………じゃあ、行くわ。」


「……菊、正門まで案内してやれ、」


「はい、承知いたしました。ご主人様。」


菊は相も変わらず礼儀正しい立ち姿で居る。



正門まで案内される間に、菊とは話さなかった。そして出口まできて菊は門をゆっくりと開いた。扉の脇に立って、私に丁寧なお辞儀をする。


「どうぞ、これより先へ行けば、テイル様を縛るものはございません。」


「……それは皮肉かしら?」


「いいえ。」


「(あぁそだ、どうせもう合わないし、これは聞いておこう。)」


「ねぇ菊、結局のところ、この屋敷と、貴方とアイツの関係って何?」


「……以前もお話した通り、既に店仕舞いをして廃墟となっていたこの家に、今のご主人様がお住みになられたのです。人間に忘れられ消えるはずだった私を、ここの使用人としてご主人様に認識して頂けた事で、私は存在できたと言えましょう。」


「ふぅん、、でもあいつは死にたがってたわよね?あなたはそれを止めたし、私は初めから殺す気はなかった。」


「はい、その時はご一緒に……とはじめは思っていましたが、やはり、死んで欲しくはないのです、、だからあの様な事をしました。」


「…誰かと一緒に居るのって、そんなにいい事?」


「はい…私は、そう思っております。」


そう言って菊は私に微笑みかける。でも、この時の私には何も響かなかった。誰かと行動を共にするということは同時に自分の行動に縛りが掛かる。黒豹は?と言われれば、それは生きるための縛りだから、仕方がないわ。だからこそ余計な縛りは背負いたくない。


「もう行くわ。」


「はい、、テイル様、また機会がありましたら、どうぞ立ち寄ってください。」


「……何言ってんの、二度と来ないわよ。」


こうして私はあの男と、その使用人と別れ自由の身になった。一体どのくらい拘束されていたかは知らないけれど、1年半?は過ぎただろう。そして今、自由を取り戻した私は人間の多い街が見える方へ歩みだす。


有言実行!

自分の中で9月には投稿するぞと決めていたのが、やっとかなった

とはいえ9月2日になってしまっているし、なんならもう日の半分は過ぎてるからギリアウトかもですね。


次回から新章へ、


半年に1話ペースとか遅すぎだよなーやっぱし笑

もっと頑張ろ。


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