表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/55

第002話 帰りたいけど帰れない

第2話開始時点で半裸ガウンのみ


来栖「いやー助かったよサダさん。」


 召喚術師エマと激闘を繰り広げ、悪魔サダナキアを下してのち小一時間。

 異界人の来栖正臣(くるすまさおみ)丈足(たけた)らずのガウンを(まと)い、(さわ)やかな笑顔でそこにあった


 その間、何があったかについて言及されることはない。

 来栖の(かたわ)らに置かれた蓋付きのバケツについても言及されることは無いのだ。決して。


サダナキア「それは何よりである。エマ殿が用意した男物の衣服は小さいものばかりでな。その来客用ガウンで勘弁して欲しいのである。」


来栖「いや全然ありがたいって。正直ちょっと寒かったし。」


 知恵比べの結果、サダナキアは来栖に忠誠を誓うこととなった。

 本来の契約は「来栖からサダナキアへの問いかけに対し、サダナキアは可能な限り誠実に回答する。サダナキアから来栖への問いかけには応じる必要が無い」というものであったが、何故か来栖を気に入ったサダナキアは様々な便宜を図っていた。


サダナキア「しかしあれには驚いたのである。本来、自分の知らないことを問うのは回答が合っているか否かを確かめられぬ(ゆえ)に極めて不利となるのではあるが、そこを()えて攻められるとは……。あまりの下らなさに突っ込んでしまったのはワガハイ一生の不覚である!」


来栖「えーとサダさん、それって全然褒めてないよな?」


 上機嫌(じょうきげん)に言い放つサダナキアと苦笑する来栖。その和やかな空気をぶち壊すように、観音開きのドアがバタンと開かれた。


エマ「待たせたわね! これであんたも年貢(ねんぐ)の納め時よ!」


 現れたのは、来栖の身長をやや超えるくらいの戸板を抱えたエマだった。

 いったいどこから調達したのだろうか。やっつけ気味に数本の釘で取っ手が固定され、人ひとりがちょうど身を隠せるほどの幅をもつその戸板を何とか支え、エマは室内へと押し入ってくる。


エマ「……ってサダさん。なんであいつが私のガウン着てるわけ?」


サダナキア「ワガハイが来客用ガウンを提供したからである。」


 来栖が着ているガウンを見咎め、心底嫌そうな表情でサダナキアに問いかけるエマ。だがサダナキアはといえば両手を大きく広げ、楽しくて仕方がないといった風味で頓珍漢な答えを返すだけだ。戸板を支えつつも、エマは思わず額を押さえてかぶりを振った。


エマ「いやそういう……もう面倒臭いわね!どうしてサダさんがこいつに便宜を図ってるの?」


サダナキア「知恵比べに負け、好意を抱いたからである。クルス殿は素晴らしい英知をお持ちである。」


エマ「英知ぃ!?」


来栖(好意ぃ!?)


 熱く語る山羊頭、板に隠れた女、ガウン姿で後ずさりする男。三者三様に状況は混乱を極めようとしていた。


エマ「ハア……もういいわ、返品。返品よ! 1年半の準備と金貨300枚の供物(くもつ)が無駄になるけど、こいつに居座られるよりはマシだわ!」


来栖「え……俺、帰れるのか?」


 思ってもみなかった言葉に目を輝かせる来栖に、エマは板の(かげ)からやさぐれた様子で応じる。


エマ「はいはい帰れます―お帰りになれます―その魔法陣の第4層に緊急送還用のルーンを刻んでおいたんで起動すればさよならですー。だから抵抗するんじゃないわよ? 投げつけるとかもダメ、わかった?」


来栖「分かった。ちゃんと元のところに戻してくれよ?」


 来栖はそういって両手を上に上げた。降参のポーズが通じるのか不安にもなったが、とりあえず武器からは手が遠ざかる。ところ変わればジェスチャーの意味が変わる場合もあるだろうが、今まで違和感もなかったし通じるだろうと強引に納得した。


エマ「ちゃんと送還するからね? 何もしないでね? 送還先でまた全裸は可哀そうだしそのガウンもあげるからね? ほんと何もしないでね?」


 トラウマにでもなったのだろうか、ひたすら何もしないでと繰り返すとエマは板から離れた。支えを失った板が倒れ、ガタンと大きな音がする。


エマ「それじゃ、始めるわよ……。」


 そう言うとエマは両手を魔法陣へと突き出し、その指先で複雑な文様を中空に描き出す。(くちびる)からは(しゅ)(つむ)がれ、来栖を囲んだ魔法陣が輝き出した。


来栖「んじゃサダさん、元気でな。」


 来栖が手を振り、別れを告げる。

 両手を上げたガウン姿なのでいささか間抜けな状態になったが、ほっとした表情を浮かべていた。


サダナキア「うむクルス殿、壮健(そうけん)に。残念ではあるが仕方がないのであるな。」


 サダナキアもそう応じ、片手を軽く振る。

 この世界にも別れるとき手を振る習慣はあるのだな。と来栖は思った。もしかするとこちらでも、自分はやっていけるのではないかと。


エマ「クルスマサオミ 在るべき場所へと帰れ【送還】!」


 詠唱を終えたエマがそう言葉を放つと同時に、魔法陣の中が白色の光で埋められる。来栖が召喚されたときと同じ現象を確認し、エマはほっと息をついた。


 ほどなく光は消えたが、魔法陣の中心にはひとりの人物が立っていた。

 黒目黒髪、やや細身だが背は高くも低くもなく、ガウンを着た凡庸(ぼんよう)な容姿の男。


 来栖だった。


来栖&エマ「「え…?」」


 来栖とエマの声が揃う。


来栖「なんで帰れてねえんだよ!!」

エマ「どうして帰ってないのよ!!」


 息ぴったりのツッコミであった。


エマ「あーもうなんでこいつ帰ってないの冗談じゃないわ私ちゃんとやったよ? 送還陣を書き間違えたとかもないしそれならゼロ層のチェック機能で召喚自体ができないはずだし術式はちゃんと発動して不備がないのはこの目で見たしこれで失敗とかありえないいや成功してるはずなのに帰ってないとかほんとにもう……。」


 頭をかきむしり(うつ)ろな表情で虚空(こくう)と話し出すエマ。その鬼気迫(ききせま)(さま)に来栖の頬が引きつった。怖い。

 泊りがけの温泉旅行でさあ休もうかとなった瞬間に職場からの緊急連絡で身に覚えのないトラブル発生を告げられ、とんぼ返りを余儀(よぎ)なくされたあのときの恵美にそっくりだ。怖い。

 しかも今回は自分が元凶だ、マジ怖い。助けてサダえもん。


エマ「サダさん!こいつが帰ってない原因はナニ!?」


 ヒステリックに叫ぶエマ。そして標的が自分以外になったと安堵(あんど)する来栖。

 サダナキアはいかにも悪魔らしくその菱形(ひしがた)光彩(こうさい)を細め、ゆっくりと(あご)に指を当て(ひげ)をしごきながら口を開いた


サダナキア「答えるには代償が必要であるな。エマ殿。」


エマ「え…?」


サダナキア「神域の魔術書写本、第三頁が等価である。」


エマ「……そこまでの情報なの?」


サダナキア「然り。」


 サダナキアは悪魔であり、契約には忠実だ。

 等価交換の契約を結んでいる以上、同等の価値がある情報が含まれるのは確実。

 一瞬で冷静になったエマは送還の不発が必然であり、またそれを引き起こしたことにより当たりの問いを引けたことを感じた。


エマ「……ちょっと代償が大きくない?」


サダナキア「自身での探求を止めることはせぬよ。」


 取引しない選択肢もあることを示すサダナキア。

 しかしエマは今までの経験から、彼が勘違(かんちが)いやうっかりを利用して報酬を釣り上げるようなことはしないと知っていた。

 報酬が発生する情報とはつまり、エマがそこにたどり着くためには相応の時間や多大な幸運が必要とされる情報ものなのだ。


エマ(……でも神域の魔術書写本は切り札のひとつ。なるべく温存したい……。)

エマ「依り代のメンテナンス前倒しとかじゃダメ?」


サダナキア「それも捨て難くはあるが、不足であるな。追加でバージョンアップがあれば釣り合おう。」


 この世に召喚された悪魔は実体を持たず、依り代に憑依する形でその存在を保っている。

 依り代の質は即ちそこに憑依する悪魔の生活の質であり、その維持や向上は悪魔への報酬とすることができる。

 ほか一時的な報酬として美食などを求める悪魔も多く、サダナキアのように知識を報酬とする悪魔はむしろ少数派であった。


エマ「うぅ……また金貨が飛ぶのね……。でもそれでお願い。」


 取り返せないかもしれない切り札を切るよりは、取り返せる現金を。そう判断し、エマは契約(けいやく)履行(りこう)を求めた。しばらくは節約生活だろう。今まで通りだ。せつない。


サダナキア「ではいくつか確認をするのであるな。クルス殿、先程の会話にあった『エミ』というのは女性の名前であるか?」


来栖:「え? ああ、そうだ。」


 蚊帳(かや)の外だと思っていたところにいきなり話題を振られ、慌てながらも素直に答える来栖。


サダナキア「その『エミ』殿とクルス殿は親しい間柄であったように推察するが、如何かな?」


来栖「それと俺が帰れないのと何か関係あるのか? ……いやまあ、恋人だったよ。」


 今はもう違うのかもしれない、そんなことを思いつつ、来栖は溜め息をついた。

 叩かれた(ほお)に無意識に触れる。赤味はとっくに引いているが、かすかに痺れるような感触が残っているような気がした。


サダナキア「済まぬな。ワガハイも興味本位で聞いているわけではない故、協力して頂けるとありがたい。その『エミ』殿はもしや、こちらのエマ殿と似ているのでは?」


来栖「外見だけは似てる。恵美は髪を染めててメイクもしてたからここまでイモ臭くないし、目つきも性格も悪くないし眉間に(しわ)も寄ってないけどな。」


エマ「あんたが原因でしょうが。」


来栖「違うな。裸で呼び出してきて下僕になれとか言ってる奴がおかしいんだ。恵美とお前じゃ中身のレベルに差がありすぎる。」


エマ「ぐっ!!」


 冷めた目でエマを見据(みす)える来栖と(にら)み返しながら歯ぎしりするエマ。両者の関係性は最悪だった。

 ひとしきり(にら)み合ったのち来栖はサダナキアに目を向け、問いかける。


来栖「それでサダさん、原因は分かったのか?」


サダナキア「ふむ……。異界同位体であろうな。恐らく、エマ殿と恵美殿は異なる世界の同一存在なのだ。今回の異界召喚はエマ殿自身を触媒(しょくばい)にラインを伸ばし遠方の異界を目指した故、同位体と関わりが強いなかで最も条件に合致したクルス殿に白羽の矢が立ったのであろう」


 来栖を睨む目をすこしやわらげ、エマはサダナキアの言葉に頷いた。


エマ「そう、異界にも私と同じ存在がいるのね。そしてそれは私自身を触媒にすることで召喚の目印にできる、と。私の髪を触媒にして異世界召喚を行えというアドバイスはこれが原因だったのね、納得したわ。」


来栖「それで、俺が帰れない理由は?」


 来栖はエマから視線を外し、硬い口調でサダナキアに問いかける。

 その表情は険しく、自分の恋人と目の前の女が同一であると指摘されたことに不快感を覚えているのは明らかだった。


サダナキア「単純に遠いうえ、向こう側の世界から引き込む力が無いのだ。ワガハイらのような悪魔はもともと魔界の生き物であり穴さえ開ければ牽引力(けんいんりょく)が働く。近接異界であるし送還は容易なのであるよ。悪魔自身が抵抗せぬ限りな。」


 実際はこちらに留まりたがる悪魔が多く、抵抗される場合がほとんどだがとサダナキアは口添える。

 そして、問いの核心を語り出した。


サダナキア「同一存在があるということは、こちらの世界とあちらの世界が近似している。つまりクルス殿がこちらの世界に存在する不自然が小さいのだ。召喚の際はそれを利用し、同位体へのパスを繋いで指向性を確保し、術式の出力を上げることでクルス殿を招くことができた。遠い世界ではあるものの、世界のギャップによる抵抗が少なかったことも召喚が成功した理由の一つであろう。半面、送り返すにはあちらの世界の力をほとんど利用することができない。現状では出力が足りぬし、牽引力を利用せぬ送還術式なども存在しないのだ」


来栖「そんな……。」


サダナキア「まあ悪いことばかりではない。悪魔が依り代を必要とし、精霊が魔力を補充しなければ消えてしまうのが(ことわり)ではあるが。クルス殿はそうした制限なしにこの世界に存在できるのであるからな。困るのは言葉くらいであろう。我々は翻訳の魔術を予め使ってはおいたが、さほど使い手は多くない故に。」


 うなだれる来栖に対し、フォローになっていないフォローをするサダナキア。

 気まずい沈黙が流れるが、それを破ったのはエマだった


エマ「状況を整理しましょう。目標はクルスの送還、これを阻む要因は出力の不足と術式が無いこと。これでいいかしら?」


サダナキア「そうであるな。」


 軽く(うなず)くサダナキアとお前が元凶だろうがと(にら)む来栖。エマはそれを受け言葉を続ける。


エマ「それなら、不可能じゃないわ。」


来栖「本当か!?」


エマ「ええ、今回の召喚に要した供物(くもつ)はおおよそ金貨300枚ぶんほど、異界召喚の術式はサダさんのアドバイスを元に私が組んだもの。十分な供物を用意して送還陣の開発をすればいいの。今すぐには無理であっても不可能じゃないのよ。」

 

来栖「責任とって返してくれるってわけか。」


 そんな殊勝(しゅしょう)な奴だっただろうか、そう考え、うろんげな視線でエマを見据える来栖。

 答えは嘆息(たんそく)とともに帰ってきた。


エマ「ハァ……そんなわけないでしょう。あんたの送還をあきらめて新しい召喚に切り替えれば準備の期間も減らせるし、ずっと楽だわ。そこを曲げてわざわざ研究するんだから供物代くらいは何とかしてよ。あと自分の食い扶持くらいは稼いで。」


 にべもなく言い放つエマにイライラを募らせる来栖。

 だいたいなんだこの女、勝手に呼びつけておいてさんざん罵倒したあげく元に戻すこともできないし開き直ってるし、あげくの果てには上から目線で協力してあげるみたいな話してるけど全部お前のせいだろうが、と思うのが正直なところだったが、そこでひとつ不可解なことにも気が付いた。


来栖「……話がやたら貧乏くさいな。」


エマ「……仕方ないじゃない。貧乏なんだから。供物代にしても芋とたまの麦パンで節約して3年がかりで貯めたのよ? それと同じだけの金額を穀潰し(ごくつぶし)抱えながら貯めるなんて私には無理。」


来栖「……つまり、協力するからできることはやれ、と?」


 半眼になり、あきれたように言う来栖。

 エマはそっと目を逸らすことでそれに答えた。


来栖「謝罪くらいないのかよ。悪かったとは思わないのか?」


エマ「……ここで謝るくらいなら異界召喚なんてしないわ。私は私の意志であなたを呼んだの。あなたの生活すべてを捨てさせることになると知りつつね。そこに嘘はつけないし、つきたくない。」


 言葉の強さとは裏腹に、視線を斜め下に向け、今にも泣き出しそうな表情でそう語るエマ。

 それは恵美がつきたくもないバレバレの嘘をひねり出すときの仕草とそっくりで……

 ここに来る直前に親から見合いを強要されたと話す恵美にそっくりで……

 そのあまりにも似過ぎた様子に来栖はいたたまれない気分になった。


来栖(ここ何年かは職探しもしなくなって、万年バイトを受け入れて……恵美なら離れないと甘えてばかりで)


来栖(正社員の恵美に嫉妬して……くだらない冗談で怒らせて)


来栖(分かってるんだ。職について将来の見通しを立てて恵美を迎えに行く。恵美も俺もそれを望んでる。でも出来なかったがやらなかったになり、どうせ出来ないになって、待ってくれてる恵美に甘えて……。)


 思考が堂々巡りを始め、黙り込む来栖。それを遮ったのはエマだった。


エマ「ねえ、聞いてる?」


 それは転移直前に恵美が言った台詞。声も口調もアクセントも同じ。


来栖(あのときには無理だと言った。万年フリーターでいいと言ってしまった、でも……)


来栖「ああ。分かった。やるだけやってみよう。」


 そんなエマの言葉を受け、きっぱりと頷く来栖。

 唐突に覚悟を決めそう断言した来栖の変化に、エマは呆然としサダナキアは静かに目を閉じるのだった。


地中の温度は年間の平均気温と同じくらいだそうです

そんな場所でガウンのみはかなり寒いのでは

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ