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6話#希望と絶望を胸に


故郷の診療所でリタに別れを告げられた時、ネイトはまるで異世界に放り投げられたような気持ちだった。何故………何故………!と受け止めきれない現実に混乱しながら、あとを追ってきた従者に回収されるように馬車に乗り込んだ。



(ずっと愛していたのは僕だけなのか?)



ネイトの世界はリタで埋め尽くされていた。両親を事故で失い、失意のまま孤児院での生活が始まった子供のネイトは馴染めずに孤立していた。それを救ってくれたのは近所に住むリタだった。こっちの気分など関係なく遊びに巻き込み、笑顔を与えてくれた。それから孤児院の先生や子供とも仲良くなり、リタのお陰でネイトの世界は息を吹き返したのだ。

もう半身と言っても良いくらいの存在で、リタも同じように思ってくれていると信じていた。先程の彼女は魔王討伐で聖女となり、人が変わってしまったのかと思えた。



(でも何故リタはあれほど辛そうだったんだ?勇者様が好きなんだろう?何も持たない僕のことなんて、もうどうでも良いはずなのに………)


リタはネイトを貶しているのとは真逆で、絶望したような顔をしていた。本人は隠しているつもりで他人の目は誤魔化せても、幼馴染みのネイトには通用などしない。明らかに望まない言葉を言うために虚勢を張っていた………………ように見えた。



(僕がそう思いたいだけなのかな?どうなの?リタ………)



確信が持てず、中身を使っただろう空になった御守りの袋を手に疑問をぶつける。しかし答えは帰ってこない。悔しさで袋を強く握りしめた。



「───?」



袋の中の違和感に首を傾げる。あの時は小瓶以外に入れた物はない。中身を確かめるために生地が痛んでしまっているその袋をそっと開けると、小さく折り畳まれた布の切れ端が1枚入っていた。開いても本当に小さな布には狭そうに───



殺される

エリクサー

愛してる



浅黒く滲んだようなインクで簡潔にたった3文が書かれていた。ネイトは混乱したままの頭で必死に考える。


(殺される?僕が?聖女が?いや、聖女の守りは堅い。リタが殺されるなんてことはほぼない。だとしたら危険性が高いのは僕だ………でも何故僕が?)



次に書かれているエリクサーについて考える。

ふと思い当たるのは御守りの中身に使った魔力粒子が輝くポーションだ。王宮図書館の本での記述と見た目は似ているがまさか、だって使った薬草は普通の………と思ったが、作れないはずの最上級も作れたんだと思い出す。つまり御守りはエリクサーの可能性が高く、効果を確信できる出来事があったのだという結果にたどり着いた。

効果を確認するには生半可な怪我ではなく、治癒師の力と最上級ポーションでも治せないほどの致命傷…………リタにはそんな力があるわけない。それはずっとそばで見ていたネイトが実力を十分知っている。



(つまり、聖女の奇跡はエリクサーあっての事?リタは平民だ。勇者の結婚相手にするには他にもいる候補レベルでは駄目で、唯一になる必要があった。つまりエリクサーの事が露見したら、リタと結婚したい勇者にとって不都合。エリクサーを作れる僕は邪魔な存在だ。そうか………だから殺されると?あれは僕を危険に巻き込まないための嘘…………勇者が僕を殺す?あの突き放すような言葉はリタの本心ではない?)



色々な可能性が頭を駆け巡る。


「………………………ぐずっ………うぅ」


でも何より最後の『愛している』言葉に胸が締め付けられ、嗚咽を溢す。視界はぼやけ、何度も先程の悲愴に満ちたリタの顔が繰り返えし目に浮かぶ。



(リタ、僕も愛してる………愛してるのにっ!やはり勘違いではなかった。リタも別れが辛かった!僕を愛してるから………本当は別れたくなかったから。脅されているのか………?僕を殺されたくなかったら結婚しろと?)



まだ自分の憶測でしかない。しかし確信めいたものがあった。そしてそれは事実に近かった。

リタはどんな気持ちで………勇者に命を握られ、誰にも言えず、誰にも気付いてもらえることなく………!しかも自分のせいで………とリタの心中を想像し、無力感に打ちのめされながら御守りを強く握りしめた。




ネイトは王城に到着してすぐにレイグルに相談しに行った。自分の憶測を話すとレイグル王子の眉間には見たこともないほど深く皺を寄せ、片肘で頭を支えると机を睨んだ。どうやら心当たりがあるようだ。



「これは口外しないで欲しい。実は帰国したファイブが聖女の力を不信に思ってる。途中まで見た勇者の傷の酷さとリタの実力が伴わなすぎると。あの時は誰もが魔力も枯渇に近かった。あり得ないのに起こるから“奇跡”と呼ぶんだろうが。ファイブは勇者と聖女の二人以外が気絶している間に何があったか、聖女に興味津々で聞いたが誤魔化され、勇者にもはぐらかされ、納得できず御立腹………そうか、エリクサーか」

「レイグル様、僕はリタを助けたい。どうしたら………どうか………!」


個人的で身勝手なお願いだとは分かっていた。だけど願わずにはいられない。愛している。あの言葉は“助けて”という意味だおネイトは受け止めていた。自分を危険から遠ざけるために書けなかった、リタの隠された本心だと。

レイグル王子は腕を組み、目を閉じて深く考えている。


「ネイト………国の駒になる覚悟はあるか?国のために命を捧げ、理不尽と戦えるか?」

「リタのためなら!」


レイグル王子の問いに迷わず答えた。ネイトの揺るがぬ覚悟を感じたレイグル王子は、純粋な大切な友人()()()()に引き入れてしまうことを悔やみつつ、王子としての顔に戻す。


「ならエリクサーを急ぎ完成させろ。ファイブの証言とあわせて奇跡が偽物だという証明に必要だ。俺はその間に勇者に不審な点がないか情報を集める。相手は国外で公爵家で、しかも勇者。まさに世界の頂点相手に喧嘩を売るんだ。証拠もなしに可能性だけでは国王には報告できん」

「はい!ありがとうございます!」



それからネイトは研究に没頭するが、そう簡単にはエリクサーを完成させることができず試行錯誤を繰り返して1ヶ月が過ぎた。

薬草の鮮度なのか産地なのか………あの時と何が違うのか分からず精神的に追い詰められる日々が過ぎていく。

レイグル王子も秘密裏に動かせる人も僅かで、勇者の守りも堅く、情報を集めるのに苦戦していた。何より全世界が勇者と聖女の結婚を祝福していて、レイグル王子たちのやることは世界の流れに反すること。大胆には動けず、焦りは募るばかりだった。



さらに1ヶ月………時間が過ぎ、ネイトは次第に追い詰められ、他を一切求めず、ひたすらに神にすがるように「救いたい」という願いのみを込めるようになった。研究室で魔力枯渇になっては気絶し、回復してはまた気絶するまで魔力を込める生活を繰り返していた。次第に集中力は高められ、雑念は消え去り、一点に注がれる魔力は研ぎ澄まされていった。

ついにエリクサーの別名“女神の涙”の名を表すように、女神がネイトに心打たれて涙を流した。未だに成功率は高くはない。しかし希望が繋がり、エリクサーが瞬間が来たのだ。


そのあと数日もしないうちに治験でエリクサーと確認されると、国王よりナンバーズ加入の勅命が下った。ナンバーズには多額の報奨だけでなく、厳重な警備付きの屋敷が与えられる。強制的な命令ができるのは国王陛下のみという破格の対応。上位貴族すら頭を下げる対象になった。

だが俗世と縁を切り、屋敷以外では常に仮面と真っ赤なローブを身に纏う事を強制され、ごく僅かな信用をおける者以外からは個人が特定されないよう隠される。

1週間後には王都の森で仕事中に仲間とはぐれて行方不明とし、1年後には死亡扱いされることになった。国の貴重な錬金術師を守る最良の環境が整えられ、ネイトは葬られ“セブン”が生まれた。


ついには国王の命により本格的に影の組織が動き出した。国王にとっては、貴重な国の神託者であるリタを奪われたことで勇者に良い印象がない。また勇者のいるラングール王国は勇者と聖女の存在を傘に強気の外交を推し進めていた。心象的にも政治的にも、それを善しとしなかった国王は奪還に乗り気だった。ネイトの諦めない心が国を動かしはじめた。



(リタ………ここまで来たよ!今どうしてる?辛い思いをしていない?リタ………リタ………会いたい)



ネイトは必死にリタの無事を祈った。必ず助けるからと、僕を信じて待っていて欲しいと、神に懇願した。









セブンは建物の窓からじっと一組の男女を強く見つめていた。建物の前の大きな通りは人で埋め尽くされ、皆がセブンが注目しているのと同じ男女に手を振り黄色い声援を送っている。その光景にセブンは下で拳を強く握りしめ、今にも『リタ!』と叫ばないように耐えていた。

ここは勇者マインラートの母国ラングール王国。勇者を追い詰める証拠が揃わず、ついにリタは勇者と結婚式をあげてしまった。そこには勇者マインラートに寄り添い、民衆に手を振りながら幸せそうに微笑むリタの姿。ネイトは“まだ愛しているのは僕だけなのか?”とショックを隠せずにいた。同時に心の奥底の方で何かがドロリと重く動くのを感じていた。


「ありゃ、聖女さんは異常状態だわさ。どれどれ?うむ………魅了だろうねぇ。どうやって使い方を知ったんだか」

「魅了?」


セブンの隣で窓の外を観察するのは仲間のひとりフォース。魔力の流れを見通してしまう魔眼を持つゼブンの3倍は年を重ねた女性。長年の経験でどんな魔法も看破する国王の眼と呼ばれるナンバーズ。その隣にはファイブもパレードを注視している。



「精神を乗っ取る禁術なんだがのぉ、凄い執着じゃ。何処にも逃がさんとばかりにネットリ聖女さんに絡み付いている。それくらい聖女さんの心を欲してるんだろうが………あぁ気持ち悪い」

「フォース姐さん、アタシの力で解術できそうかぁい?」


「厳しいね~不可能じゃあないが、数日は必要じゃろうな。そんな時間を勇者が与えてくれるとは思えん」

「僕がエリクサーを飲ませることができたら、リタを取り戻せますか?」


フォースはセブンをちらりと見上げて頷く。


「そうだのぉ。エリクサーなら一瞬で終わる。しかし魅了は気持ちの操作………洗脳系の罪を証拠にするにはわしの魔眼の証言とあわせて、実際に解術した被害者の証言が必要じゃ。しかし時が経てば経つほど魅了は根深くなり、本物だと思い込む。まぁ記憶は残ってるはずじゃ。勇者が聖女さんを脅すような最低の事をしてたり、セブンへの愛が残っていたら魅了が溶けたとき、現実と心の矛盾に気付くじゃろ」

「────っ」



「しかし、セブンは辛いじゃろうが焦りは禁物じゃ。なんせ勇者が守っておる。屋敷の警備は騎士がいてトラップ魔法も万全、食事も毒味済みで、外食は解毒魔法を施してから。使用人の審査も厳しい。一国の王よりも徹底しておる。そしてニルヘイヴに呼び寄せても勇者の名で図太くお断り。ラングール王国も勇者側。チャンスが巡ってこないからの~」


影を送るがやはりガードが堅くて隙がない 。また影が集めた状況証拠だけでは相手国を納得させられない。確証が掴めなければスパイ容疑をかけられ、逆に言いがかりと決めつけられ外交問題になる。勇者の信者をも敵にまわせばニルヘイヴ王国の世界からの信用は地に落ちる。この件の主導を担うレイグル王子は常に眉間に皺を寄せるようになっているほど難航していた。

強行突破も潜入も容易ではない。でも諦めず、チャンスを狙い続けるその間もネイトの焦りと勇者への恨みは募っていった。今まで感じたこともない、自分の中の闇は育つばかりだった。



足踏みをしているその間に、マインラートとリタの子供も生まれてしまった。セブンの心を1度折るにはじゅうぶん過ぎる出来事だった。


“もう駄目なのでは”と気持ちは負に向かうようになり、食事からは味が消え、楽しめていたことも色褪せた。絶望が心を蝕み、肉体も疲弊させ、希望を失いつつあった。

気持ちを強く持つために繰り返し読んだリタの三行のメモの文字は薄れ消えはじめ、布も解れはじめていた。まるでリタの心を表すようで、怖くなったセブンはメモは袋から出すことをやめた。それでも“僕の心も、リタの心もずっと一緒だ”と祈るように御守り袋は胸ポケットに入れ、肌身離さず持ち歩いた。



そして待つこと更に一年半、罪のない幼子の病をチャンスと言って良いのか………アシュレイの奇病のお陰でようやくチャンスが巡ってきた。待って待って待って待ち続けて、あの勇者が敵であるネイトを求めざる得ない状況が来たのだ。

すぐに同じ奇病に苦しむ人を見つけ出し、新薬を投与して完治させたと情報を流すとすぐに接触できる機会がきた。



玄関で対峙したとき、セブンはその場でリタを抱き締めたくて堪らなかった。別れたときより痩せてしまった彼女の懇願する姿が痛々しくて、目を逸らしてしまった。

そして勇者………まだ怒りのまま動いてはいけないと感情を殺した。既に過剰な演出で注意をファイブにも惹き付けてもらっている。セブンは無関心を装い狙いを悟られないように、きちんと子供を助ける仕事をするのみ。そして故意に高められた緊張状態から急に与えられた安堵はマインラートの油断を生んだ。


(リタ、待ってて。もうすぐ助けるから。君の呪縛を僕が治してあげる。君の本当の笑顔を取り戻してあげる。リタ、ここまで来たよ。遅くなってごめん。これから辛い思いをさせる。ごめんリタ………幸せだと思っていた記憶が偽物だと気付くとき、その記憶は絶望という痛みになって君を襲うだろう。ごめん………でも君なら大丈夫だって信じている!だから、どうか………これを君に)



そうして願いを込めた雫が全て飲み干された今、リタは自分を取り戻した。


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