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門番へお金を支払ってもらい街へ戻った、僕は相変わらずペット扱いだが。ナビ様がこちらですと底冷えするような美しい声で僕を案内する……おお、印象次第でこうも恐ろしいものになるとは。
広場近くの店で物を売るらしい、ナビ様と共に広場まで来ると、先ほどの男性、つまりコウさんが仁王立ちしている姿が見えた。可哀想に頭を吹き飛ばされた彼は恐怖のせいだろうか、少し足が震えている。
「ナビよ……俺の剣を返してくれないでしょうか?」
コウさんは随分と下手に出た、本当に困っているのだろう。返してくれと言う彼の剣は僕が臨時ボーナスとして貰ったアイテムで、『鋼のドレスソード』と言うらしい。自爆攻撃を仕掛けようとした男だ、あまり刺激をしないように要求を飲んだ方が良いと考えて僕がメニュー画面を開くと、返す前にナビ様がそんなものは捨てましたと言い放つ。彼は膝を折り前傾姿勢で両手を地面につけた、見ようによっては土下座をする前にも見えなくはない。
「それが運営のやる事かよぉぉぉぉ!」
腹の底から出たような声に戸惑う僕へ『早く行きますよ』と何の感慨もなく言うナビ様が恐ろしくて、僕はコウさんを尻目に通り過ぎることしかできなかった。可哀想だけど僕が殺される未来は……避けたい。死にたくない一心で僕はナビ様の言われる通りに行動した。言われるがままに出る前に訪れた道具屋さんに入り、買い取りお願いしますと念話で頼み、多少の息切れをするようになった。それでも言われるがまま、言われるがまま。
「さて、お金を手にすることができましたね! 魔物を倒し、素材を集め、お金を得る。これで貴方も立派な探索者です、おめでとうございます。」
ナビ様が手を叩いて笑った。ゲーム特有の美しい顔だが、その裏にはコウさんを惨殺しても動かない鉄仮面があると思うと体の芯が冷える感覚がする。いえいえ、そんな、ナビ様もお力あってこそですと、私なんか、などとご機嫌とりをさせてもらう。逆らわないように、逆らわないように……。
「探索者tokage、貴方は私の庇護から抜け出します。勿論、適宜サポートすることはありますが。これからは他の冒険者とも交流をしてみてくださいね。それではしばらく。」
まるで我が子に言い聞かせるように言ったナビ様が赤緑青、様々な色をする砂嵐に囲まれる。アナログ放送とデジタル放送のエラー画面が混じったようだ、急な異変に驚くあまり、僕まで固まってしまった。砂嵐が消える、だがそこにナビさんの姿を見ることはできなかった。僕には知る由も無いが、瞬間移動というやつだろうか。
突然、道具屋のドアがガチャリと開いた。非生命体が一人でに動くわけはないから、当然ドアが開く要因がある。
男がいた、広場で項垂れていたコウさんだった。剣を僕のくちばしからやや離れた場所へ突き立てる。全身の毛が逆立ってきた。一体、彼の望みはなんだと言うのか。言葉を用いない者は自然と同じで、牙を剥くならばば即ち天災と同じで避けようがない。獣と身をやつした僕が言う事に若干の矛盾を感じつつ、コウさんを睨んだ。彼はゆっくりと床に突き刺さった剣を引き抜いた。
「すっかり騙されたぜ……お前がルーキーっつーわけか。後輩……命が惜しければ、黙ってついて来い。」
質問は許されない雰囲気があった、勿論今は神力が枯渇しかけているのでそもそも使う気がなかったが。しかし悲しいかな、どれだけ雰囲気があろうと僕の体はあまりにもアニマル、歩幅が人間と違う。体調が悪く走れないのもあって度々コウさんから離れてしまい、しまいにはむんずと右手で尻尾を捕まえられてしまい、宙吊りで持ち運ばれる事になった。尻尾がちぎれそうな程痛いが抗議の声を上げたら待つのは死だろう。
路地裏まで連れられて僕は壁面へと押し当てられた、コウさんの口元が歪みに歪む。おお恐ろしい事だ、小動物を壁へ叩きつけるとか性格が歪んでいるとしか思えないんだけど、その辺どうなの、もっと愛くるしい猫とかだったら助かったのかな?
「俺の名前はコウザ……敬うべき先輩だぜ。あのナビゲーターは役立たずだからな……俺がナビってやる。断る理由はないよなぁ?」
世の中のイロハを教える体で焼きを入れにきたらしいコウザパイセンがナイフを取り出した。ペロリと刃を舐め、僕の喉元へ突きつける。ぎらりと輝く銀が、少しだけ僕の毛を剃った。ジョリって感覚だけで判断したから今の状態がわからないんだけど、もしかして首元だけ禿げたか? 勘弁してくれよな……。
つまりはこうだ。舐めた真似をした僕はこのまま他のユーザーと会っても失礼を働くだろう、実際コウザさんには働いたらしいしね。その前に優しいコウザパイセンが有難くもお前に指導をしてやるぜと、感謝をしなければならない。しかしどうだ、形だけの感謝は失礼にあたる、失礼のないように物を教えるって話なのに、初っ端から失礼を働くのはおかしい。だから「——レッスン4、敬意を『払え』」と言う事だね。ちなみにレッスン1から3はどこ行ったんだと聞くと知らないなら良いと言われた。
しかし払うと言っても、彼の剣と少額のお金しか僕は持っていない。彼に剣を返すのは吝かではないのだけれど、お金を献上するのはなんか嫌だ。暴力で金銭を得られると言う実例を作りたくないのと、単純に野蛮に屈するのはムカッ腹が立つ。どうすれば良いのだろうか……。
「お前には2つ選択肢がある。大人しく全財産をこの場に置くか、このナイフに刺されるかだ……。選ばせてやるよ。」
この世界では痛覚がなくなるとか、そういうことはない。強いて言うなら夢だろうか、実際に痛む訳では無いが痛いと信じ込む。痛いって言うのは脳へ伝達される信号を元にした物だから当然脳内だけで再現もできる。例えを挙げるなら幻肢痛とか、ありもしない痛みを感じる事はよくあるんだ。哲学ゾンビと言うか、皆がどう感じるかは知らないけど、前に夢でほっぺをつねっても僕は痛かったから多分間違った事は言ってない。
【剣返す、金やらない、好きにして。】
おお、目眩がする。脳に悪魔が拳を突っ込んでゴリゴリと頭蓋をこすってるようだ。通常の魔法ではここまでの体力は消費しないのだけれど、どうしてちょっとの念話をしただけでここまで神力が減るんだろう。なんかややこしいな? ヤバいぞ脳のパフォーマンスが落ちすぎている。
男が青筋を浮かべた。おもしれーじゃんとか言いながらナイフを大きく振りかぶる、僕の命もここまでかと諦めの念にも似た感情で目を閉じた。死ぬのは怖いけど、これはゲームと言うか、比喩ではなく死んでも終わりじゃ無いからね。殺したければ殺せよと、別に屑に一喜一憂する程退屈してる訳じゃ無いし、他の人と関わっていたいからお好きにどうぞって感じ。説明するのが難しいけど、とにかく無関心に近い何かがあるんだ。無いが有るって言うのもおかしいが。
死の瞬間は訪れなかったが、僕の腹に何かが触れた。目を開けると不吉な笑顔を浮かべた男の額から何かが沢山突き出ているのが見えた。鏃だ、これは矢だ、男は誰かに射抜かれたんだ。でも、誰に……?
「モヨモ、ルーキーに絡むのは辞めろとあれほど。」
男が光の泡となり僕がボテリと地面に落とされると、弓を構えた新たなる男が見えた。つがえている矢は一本だが、男に刺さっていた矢は五本近くあったはずだ。魔法か何かか? つうかやっぱりコウって偽名だったのか? 名乗るメリットは……まあ悪どいことやってたから本名がバレるのは不味いか。
「悪いね、彼の事は気にしないで。大丈夫? 新しくゲームを始めた人……だよね?」
男は結構イケメンだった。日本のアニメキャラによくいるホストみたいな感じのする顔つきというか、童顔で爽やか系をしている。金髪の碧眼で甘いマスク、着ているのは軍服だろうか、そこそこキッチリとした服装でそれがまたいい味を出している。彼の名前はtanaka-deathさんだそうだ。タナカですなんて急に言うから【タナカありがと】と振り絞って答えたのに、タナカデスですとパンクな名前だと言うことを訂正して来た、ネタの名前辞めろや……。
自称コウザ改めモヨモさんからタナカデスさんに僕のナビゲート役が回ったらしい、タナカデスさんは僕の体を抱き上げて探索者達の多いらしい広場へ連れてきた。最初にナビさんに連れていかれた広場とは違い、ソコソコの人がいる。風呂敷を広げて武器を売買している人、何かで言い合いをしている人、喧嘩をしている人とそれを見ている人……カオスだ。
タナカデスさん曰くここでは外から持ち帰った物をNPC、つまりナビさんが案内した店の魔女よりも高値で売れて安値で良い品を買えるらしい。なんでもプレイヤーでもアイテムの製作ができるどころか、むしろそうしないと割りに合わないレベルで公式の道具屋がゴミだとかなんだとか。それから町の中のセーフルームへ行く門や、僕が初心者だと見抜いて悪質なプレイヤーの一覧と対処法まで教えてくれた。
タナカデスさんは凄く優しいプレイヤーで、お別れの際にフレンド登録と言うものをさせてもらった。なんでもフレンドになるとセーフルームでチャットが出来たり、ゲームにログインしているかわかったり、常に同じルームになれたり、とにかく色々と恩恵があるらしい。
ルームと言うのはイマイチわからなかったが、どうも聞くところによるとこの世界と全く同じ世界が何個もあって、人口密度が過剰にならないように自動的にルームと言う世界を切り替えて調整をしているらしい。それでフレンド同士なら自動的に同じルームに振り分けるんだとか。振り分けると言うよりかは、世界を重ねてルームを作るだとか何だとか言っていたが。その辺は理解ができなかった。
とにかく疲れていたからね、僕はタナカデスさんと別れてセーフルームに入るなり眠りにつくレベルで。神力を使いすぎたんだ、回復方法を知らなかったので寝れば治るのかななんて思ったのもあるね。
さて、どうやらセーフルームで寝る事はログアウト、というゲームの中断方法になるらしい。僕の目の前にこの僕を小動物にしやがった男と13の裂け目がいた。場所は狂ったように白い教室で、僕の体はどうやら元に戻れたらしく、見慣れた色白で子供らしい四肢が確認できた。まあ、態々見たりせずとも平衡感覚がやられていないのだから姿勢で二本足で立っている事からも十分に推測が可能なんだけど。
「今回はロードアビスのプレイをしてくれてありがとう。どうだね、実際に遊んだ感想は。」
それを僕に聞くか? 最悪の一言だね。まずなんなのあの……アバター? キャラクターの造形は。ナビさんやタナカデスさんが居なければセーフルームとやらの出入りも無理だったよ。それに早い所ナビさんみたいに門番に対して飼い主として振舞ってくれる人見つけないと毎回街に不法侵入するんだけど。まあこれはそこにいる男に原因があってゲーム自体の要因ではないと言い切れるのかもしれないけどさ。あと敵とかも含めてグロすぎない? 流血表現とかはなかったけど、キツいよ。何で腹を槍が貫通したり頭を矢が貫通するわけ? 僕の記憶じゃあ赤の世界で記憶取り戻すために戦った時はそんな事なかった気がするけど。
「そうか、それに関しては何とかしよう。」
何とかするって、いや君達に言っても無駄だとは思うけど方法に関しても無難なのを頼むよ本当に。あと、あのスキルポイント? だっけ、あれを消費するのヤバいから何とかして。アレのせいで会話ができない、せっかく助けてもらった人に片言とかめちゃくちゃ失礼じゃないか? どうなのよ。
僕はゴミ箱をひっくり返したように不平不満を言った。溜まりに溜まった膿を吐き出したかったんだね。そもそも僕は断る権利が有ったんだ、そりゃあナビさんやタナカデスさんと会って何か不利益を被ったかと言われると微妙だ、だけどコウザとなのる男やグール達との戦闘、神力の大量消費による不調など、文句を言うに十分な不利益は被っている。なら喋るよねって。
「お前喋り出したら止まんないな。」
そりゃそうでしょうよ、僕を動物にした張本人が何をおっしゃる。だがまあ、言われて少し落ち着いた。確かに怒りで我を忘れてた感はある。冷静になろう、プレイした感想だっけ、正直それを聞いてなんのメリットになるのかよく分からないが……まあ邪神の運営するゲームなんだからプレイヤーの意見調査とか色々あるのか。でも正直何か特筆すべきことが有ったか……? たかだか小一時間のプレイで見えたものは特にない、まあアレがゲームで体験できるなら凄いものだな……とは思うけれども。そこまで言うと白い黒板にいる裂け目が口を開いた。
「貴重な意見をありがとう。もう帰っても良い。教室のドアをくぐれば、元の世界へと戻れる。」
裂け目がジロリとドアに目をやると、ドアはガラリと音を立て勝手に開いた。そう言えば赤の世界と言いこの白の世界と言い、一体どんな世界なんだろうか。夢のようなものだから僕は勝手に精神世界と捉えて、そう言う体で話を進めたけど特に突っ込まれなかったし、精神世界のようなものであってるのだろうか。合ってるとしたら少し複雑だ。血みどろの自然界と気の狂ったように白く染まった教室、一体全体どう言う心象風景なんだって言う。
まあ邪神と一緒の空間に長居するのもどうかと思ったので考えを切り上げて教室から外に出る。目の前が急に暗くなった。急に横たえられたような感覚がする、少し気持ち悪い。
意識が戻った——と言う認識でいいのだろう、か。君たちがどうするかは知らないけど僕は目をつぶって横になって寝るから、多分意識が移る瞬間に姿勢の齟齬を修正されたんだろう。しかし、頭が痛い。理由は何となくわかった、ボクが赤の世界で暮らしている記憶と僕が動物になって遊んでいる記憶が頭に流れ込んでくる。
待ってくれ、整理ができない……ああ、そう言うことか。わかった、なるほど。説明しよう。僕は元々1つの人格だったのが紆余曲折あって、神様から無理やり2つにされたり無理やりくっつけられたり、その結果として大きな人格と小さな人格に分かたれた。まず元の人格の大半を占めるボクと、それからほんの少し、ただ人格の核となっていた部分を占める僕に別れたんだ。前のアロガンとヒロトは違う別れ方だ。そうだなぁ、ウロノテオスとササキに別れたとしよう。ヒロトもササキも微妙に違う人格だから気をつけてね。
そう、そこだ。ヒロトは人格を二分したようなやつだったからいいんだ。アイツはコソッと拐うにはデカすぎる。だがササキは小さかった。ここまで来たら分かるだろう、ササキは秩序の神から混沌の神の方へ拉致られたんだ。まあ真っ白い教室と血の草原じゃあ、普通は逆を想像するが。白は善のイメージだし教室と言えば秩序のイメージがする。でもまあ、そう見えてる世界が心象風景だとすればまあまあ納得いかなくもない。
僕は白い教室と言えばさっきも言ったように秩序と善性を感じる。これは僕がササキの精神性へ下した判断じゃあないかと、そう思うのだ。まあ赤の世界に関しては気持ち悪いグロテスク猟奇的だと思うけれども、これは……ま、自分の人格を卑下するのは誰にだって心当たりがあるんじゃないだろうか。自分はズルい奴だとか、恥知らずだとか、怒りっぽいだとか、そう言う負の面は誰だって己のうちに感じたことはあるだろう。
赤の世界はそれの表れだ。つまり、自分はダメな奴だと自覚をし過ぎた結果、他ならぬ僕自身が、僕は自分の内面をこうも歪んだ形で捉えているんだと、そう捉えたのが表現されたわけだな。うん、きっとそうに違いない。これは君、僕の謙虚さとそれに相反する自己分析能力の高さの表れだとは思わないかね?思わない? あっそう。
さて、無駄話中に朝の支度が終わった。今日から謹慎を終えて学校が始まる。たった数日というのに随分と長く感じるものだ……まあ友人らしい友人もいないし、昨日はドロシー先輩と一緒に遊び呆けてたから特に感慨も何もないのだが。班の2人は元気にしてくれてるだろうか、僕がいない間にメチャクチャ仲良くなっていてくれると嬉しいんだけど。班員同士が仲良しっていうのは便利だからね、なにかと。
クロノアデアに送って貰い、昇降口前で……昇降口と言っていいのか? まあ、エントランス前でお別れをした。そうだ結局、稽古を全然やってないな。1日サボれば3日ほど取り戻すのに時間がかかるなんて聞くのに、もう何日もサボりっぱなしだ。館ではやる事が無いからほぼほぼ修行だったんだっけ、とっとと鈍った感を取り戻さないと。
まあとは言え僕は学生だ、学校の授業でできる範囲の事をやってからだな。僕は心を新たにして登校していった。




