街へ
パープリン同然のグールの目を盗み進むのは訳なかった。ナビ様のご案内が的確だったのもあり、一回もグールに襲われることなく僕達は順調に進むことができた。いやはや頭が下がるばかりだね全く。
「門が見えてきましたね。あそこはナモナキ街、探索者達の拠点とも言える場所です。」
ナビ様はこの街の成り立ちを語った。この街は元々小さな集落だったが、あのセーフルームへの扉が出来て一点して大きな商業都市になったらしい。『扉ありし所に探索者あり、人ありし所に街あり。』だとかなんだとか。僕達がきた森の中の最初の扉に関しては開拓が進んでいないことと、探索者達の謎の反対により開発が進んでいないが、そう言う幾つかの例外を除き基本的に扉の周辺は開発が進んでいるらしい。探索者達の謎の反対……プレイヤー側に何かあるのだろうか?それともゲーム的にぼやかしているだけか?
「街へ入る為には許可証かお金が必要です、今回は私がお金を出しましょう。……そもそもの話、貴方の場合は私がいないと入れないのですが。」
ボソッとジョーク風にナビ様が僕の境遇を弄った。ああ、ペットには飼い主が必要だもんな。でも良いのだろうか、ナビゲーター同伴のペットと言うと、奇怪と言うか、まともな頭をしている人が少し考えたら察しがつきそうなものだが。それはそうと門はちょっと前に見た帝都の物とは違い、少しお粗末だ。石が積み建てられてはいるが、凝った装飾もなく、石壁にあるのは松明置きくらいだ。門には一人だけやる気のなさそうな門番がタバコをふかしながらつったっているだけで、どうも未開発な感じがしてしまう。
ナビ様が門番に鉛色に鈍く輝く硬貨を渡して、泥に汚れた僕を抱えて街の中へ入る。街をしばらく進むと広場にあたり、大きな看板にこの街の地図が貼られていた。街は森を避ける形で虫食いにあった円状に形成されていて、見ようによってはクロワッサンにも見えた。街には大きく分けて広場は四つ。貴族エリア、平民エリア、貧民エリア……失礼、少し違う。公務員エリアと、商人などの民間エリア、それに探索者やら冒険者やらの半自営業エリア、そして今僕達がいるその何処にも属さないエリアにそれぞれ広場がある。
他のエリアの広場はどうなのかは知らないが、ここはどうも人が少ないな……オンラインゲームってこんなものなのか? 赤の世界じゃあ4、5人以上はいたけれども。
「街には道具屋や宿屋など様々な施設があります。冒険者ギルドでは日雇い労働、軍の駐屯地では兵への志願、また商人ギルドでは雑貨の売買が行えます。試しに近くで買い物をしてみましょう。」
ナビ様は僕を地面に降ろしすぐ近くの家の前まで移動した。のしのしと歩み人間用の階段をよじ登り門を開けてもらって中に入ると、如何にもな格好をした魔女と対峙した。校長先生然り僕の周りに溢れ結構ステレオタイプな人が多い。まあステレオタイプにはそれなりの理由はあるのだが、魔女やらなんやらにそれを適応されても違和感がある。
「ふぇっふぇっふぇ……これはまた可愛らしいルーキーがきたね……何がお望みだい?」
魔女はナビ様ではなく僕の顔を見て言った。いや待てよ、僕の格好について何かツッコミはないのか? そして付け加えるならお望みも何もないのだけれど。僕はこの店を選んだナビ様を見た。
「道具屋では便利な道具が買えます。今回は試しに回復薬を買ってみましょう。これがお金です。あの緑色のポーションを手に……取れますか?」
無一文にお金を差し出してくれたのは嬉しいけど残念ながら無理な相談だね。いやマジで。大体高さ1mくらいの机の上に何か籠が置かれている事は視認できるが、残念ながら僕には到底手が届かない。仕方がないのでまたナビ様に抱えてもらって、僕が水かきのついた手でヒシと一本の試験管のような容器を抱えるという二重の構造を取らせてもらった。ポーションとやらをカウンターに置いて、今度はカウンターの上に立ちナビ様から受け取ったお金をまたカウンターに置く。何やってんだろ僕……。
「発声はできないようですのでテレパシーで注文をしてください。」
そう言って僕の頭の中で少しだけ評価を下げたナビさんは僕の頭に手を置いた。頭の中を弄られる感覚がして、ポーンと機械音がする。『Naviがskill:telepathを与えようとしています。承認しますか?』と、ナビさんの声がした。彼女の口は動いていない、これがテレパスと言うやつなのだろうか……僕は取り敢えず頷いておいた。またポーンと音がする、『tokageはskill:telepathを獲得しました。』とナビさんの声がまた頭に響く。あまり動かない表情筋で頑張ってナビさんを怪訝な顔で見つめるが、彼女は微笑むばかりだ。テレパシーを使えと言うことだろうか。……ファミチ◯下さいとでも? いや、冗談だよ。
テレパシーの使い方は自然と頭に入っていた、多分これは邪神の権能の一部というか、多分また脳を弄られたんだろう。僕は一連のやりとりを見ても微動だにしない、ある意味ナビさんよりも機械じみた魔女を見つめ念を飛ばす。
【回復薬を一つ下さい。】
「あいよ、お代はピッタリだね。ヒッヒッヒッ、またきておくれよ。」
漸く動いた魔女は骨ばかりの細い指で硬貨を懐に納めると手を振った。お前笑い声ふぇじゃなかったのか? まあいい、僕は再びポーションを抱えてナビさんに抱えてもらった。
「獲得したアイテムはアイテムボックスに入れることができます。アイテムボックスの開き方はわかりますか?」
知らないと頭をふるふると振って答える。テレパシーは僕の腕じゃあまだ難しいらしく、バカにならない体力が消費されたので出来るだけボディランゲージで答えられるところはそうするようにした。ナビさん曰く僕達にはメニュー機能なる物があるらしく、それもテレパシーと同様の感覚でかつもっと消費する魔力が0に近いレベルで使えるそうだ。枯渇してない限りは大丈夫と言うので、言われる通りに念じてメニューを開いた。
「メニュー画面は操作する人に依ります。イメージ次第で如何様にも整理ができますので、自分の操作しやすいように弄ってみても良いですね。」
僕が開いたメニューとやらは緑色をした半透明の窓だった。メニューにはステータス、装備、マップなど様々な項目があり、その中にアイテムボックスと言う欄があるのでそれを開く。アイテムボックスは大体5*5の25枠、念じれば何でも出し入れができるようだ。ナビさんの補足によると一つの枠には一種類のアイテムが64個入るらしい、2の6乗だが何か意味があるのだろうか。まあ、1と0のコンピューターゲームらしさを表すにはちょうど良いのかもしれないが。
「アイテムも整ったことです、今度はモンスターを倒しに行きましょう。ですがその前に冒険者ギルドや軍への志願もできます。どうしますか?」
どうしますも何も……そう言えば僕は死んだり寝たりすれば意識が現実に戻るけれどもこれはどうすれば向こうへ帰れるのだろう。いや、まだゲームは始まったばかりで30分も経ってないのだけれど。
取り敢えずこの姿で人の集団に入れるとは思えないので僕は特に何をするでもなくナビさんの導くままに従うことにした。小さな体でのしのしと歩くこと数分、僕は再び門にたどり着いた。ナビさんの飛行速度が早いのもあるけれども、サイズが違いすぎて移動するのにも一苦労だ。ついにはナビさんのに抱えられて移動することになった。いや、泳ぐにはそこそこのスピードが出せるんだけど、どうにも陸路は苦手だ。
「さて、今回戦うモンスターは先ほど見かけたグールよりも倒しやすいレッサーグールです。通常のグールとは違い下半身が欠損しているので、すぐに見つけられると思います。」
ナビさんは僕を泥の上澄みに解き放つと辺りを見渡して、この木にはレッサーグールがいた痕跡があるなど、色々な説明をしてくれた。ナビゲーターとしては親切で嬉しいのだけれど、裏に僕をこんな動物にしてゲームの世界に送り込んだ邪神達がいると思うと少し複雑だ。
ナビさんの言う痕跡とやらを追って泳いでいると、泥に埋もれた灰色の蠢く物体が見つかった。レッサーグールなのだろうが……や、やけにグロくないか。溺れそうになりながらも呻き声を漏らし、ズリズリと泥の中を這い回る姿は夢に出てきそうだった。
【あ、あれを攻撃しろと?】
ナビさんはコクリと頷いた。すごい心が痛むのだけれど……ま、マジか。こう言うのって普通、スライムとか感情移入が難しいものから始めるとか色々あると思うのだけれど、初手でこいつをか。なんかプレイスタイルによっては直接的な戦闘は避けられるものだと勘違いしていたが、まあそうかロードアビスだからな。深淵の道だ、グロ表現がない方があれなのかもしれない。
木の陰で息を殺して襲う方法を考える。普段は気にしたことはそうないが、土の魔術で石の剣を作るのと火の魔術で火の玉を投げるのでは消費する魔力が違う。土の魔術の方が僕は魔力を消費しやすいのだ、おそらくこれは魔法を使う際にも適用されると見ていいだろう。
だからすぐに疲れてしまう今は火の魔法で攻撃した方がいいのだろう、しかしここは水場だ、火の魔法が有効かどうかは疑問が残る。雷でも使うか? いや、あの邪神の仲間の男はカモノハシの毒以外はそこそこ再現できたと言っていた。不用意に電気を使うとクチバシの感電器官がイカれることもあり得るだろう。となると……弱体化が良いのかもしれない。
弱体化の魔術は割とマイナーと言うか、あまり良い顔がされないので教えられる事は少ないのだが僕は生憎魔術の才能があるので人と比べれば得意だ。まあどの筋肉が衰えればどうなるかとか、風邪とかの体調不良のメカニズムを知っているのもあるかもしれない。漠然としたイメージよりも適度に詳細なイメージの方が効率がいいのは、無駄な場所に魔力を割かないと言う点で確かとされている。魔術師の一般常識みたいなものだ。
僕はレッサーグールには悪いと思いながら、筋肉を緩める魔法の光線を両肩と首に打った。窒息死してくれると良いのだけれど……レッサーグールは暫くジタバタともがいて、泡を浮かべながら痙攣したのち沈んだ。肺の空気を出し切ったのだろうか、クチバシで彼が動いていないことを確認しながら近寄ると、彼のいた所が泥で見辛いがぼんやりと光っていることに気づく。
「アイテムをドロップしたようですね。この世界の生物は死んでしまうとアイテムを残し光の粒となって消えてしまいます。探索者である貴方は死んでしまってもセーフルームに戻れますが、アイテムを一つ失ってしまうので気をつけましょう。」
ナビさんは光る物を魔法の力か何かで浮かび上がらせて僕へ渡した。アイテムボックスへ入れると、レッサーグールの持ち物だったのだろう、錆びたナイフである事が判明した。アイテムとやらはボックスに入れて初めて何かがわかるようだ。錆びたナイフか、凶器ではあるが……後味が少し悪い。いやまあ、彼はそう言うプログラムであって別に生きた存在ではないとは思うのだけれど、邪神のことだからな……。どこからどこまでを本気にするかは僕の判断だ。
「おめでとうございます。このまま街へ帰りましょう、そう言いたい所ですがこのままでは街へ入るお金にもなりません。少し寄り道をして薬草などを集めましょう。」
それは良いが、僕は少しフラフラしてる。魔法は前後不覚になるまで打てるとは言え、実際問題として水辺のこんな場所ではそこまで打ったら死が待っているだろう。ふと思い立ってメニューを開いてステータスとやらを覗いてみた。ステータスには色々と書かれているが、スキルポイントと書かれている場所は9/15と書かれている。恐らく15が通常時の僕が神力と呼んでいる物、スキルポイントの量なんだろう。約40%の疲労か……中々ヤバいな?
そんな事を考える裏で、僕はナビさんの案内に従い水面を泳いでいた。草を毟ってはアイテムボックスへ入れるだけの作業だ、正直何も考えてなかったのもある。僕たちはいつの間にかグールに囲まれていた。グールを避けて通っていたつもりが、グールの集団の中へ入り込んだと言うところか。Uって字があるだろ、あれがグールの配置だとするとあれの中央に移動しちゃったんだよ。
レッサーグールと普通のグールを合わせて7体だ。僕が打った魔法はテレパシーと弱体化を計4回、それでレッサーを一体と言う事ならそれは……ああ、僕はどうするべきだ?いやわかるよ、戦う他ない。しかし人間の体をしていない僕が、奴ら相手にどれだけやれるのだろうか。それは結局は……いや待てよ、そうか、あの頭のイカれた男はステータスに変化は無いだとか言ってたな。それはつまり筋力には大小がないという事で、それはつまり奴らを倒す事も出来なくは——いや無理か。ナビさんを見て交戦の意志は無いと首を振って伝える、実際に意味は通じるか不安だったが杞憂に終わり逃げましょうと頷いてくれた。レッサーグールに弱体の魔法をかければ、半々の確率で逃げ切れるだろう。
「新手のイベントかキャラクリガチ勢か判断に困る所だが……敵を目前に背を向けるとは情けない!」
頭上から大音声がした。見上げても逆光で人影を捉えるばかり、誰かはわからない。僕の気持ちを代弁するかのようにナビさんが何者だと叫んだ……いや、随分と芝居掛かってるね。とうと言う掛け声と共に声の主人が飛び降りた、泥水が跳ねて酷く汚い。飛沫を上げた張本人は腕を組み凛と立っていた、随分と太々しいようだ。容姿がそこそこ整ったセミロングの東洋人の男性で、腰には細身の剣を数本差している。服装は胸当てや籠手だけのシンプルな金属製の鎧だが、そこそこ腕は立ちそうな雰囲気を醸し出している。
「名を聞かれたらば答よう! 我が名はコウ——あ、ちょっ、待て、待てって! ちょっ、あーもう、まだ喋ってンだろうがこの腐れ脳みそガァ!」
グール達には逃げ惑うばかりの小動物よりベラベラと喋る男の方が目障りだったらしい、男を見るや否や奇声を上げて飛びかかって行った。男は剣を抜く暇もないと言うようにグール達を殴る蹴るの格闘で戦うが、泥が跳ねるわ何やらで最初の強者感は何処かへ消え去ってしまった。
泥まみれになった男が肩で息を切らしながらこっちへ歩いてくる。ナビさんへ向かって手を差し出した。うへぇ、アレ動く死体を殴ってた手だよな? なんか土気色の物体が付いているぞ。
「よぉ、すまなかったなルーキー。俺はコウザ、コウとでも呼んでくれや。」
ナビさんはコウさんの手を軽く叩いた。やれやれだ……と言わんばかりに深いため息を吐く。しかしため息を吐けるのはなんだか少しばかり羨ましい、同じ哺乳類ではあるけど、僕は人間の体に慣れすぎているからか全くそういった動作ができない。
「私の顔を忘れたとは言わせませんよ、探索者moyomo。今の私は新たなる探索者を案内しています、邪魔をするなら承知しませんよ。」
探索者もよも? コウザさんじゃなかったのか? 自称コウさんがビキビキと青筋を浮かべ、剣を引き抜いた。早い、普段とは違い強化をしていない僕の目では捉えられない動きだった。だが、ナビさんは違ったらしい、何処からか取り出した大きな槍をコウさんの腹に突き刺していた。傷口から炭酸の気泡のように光が漏れ出した、コウさんがガクリと膝をつく。
そんな、バカな……コウさんはブツブツと何かを呟き始めた。10秒くらいだろうか、長いことニヤニヤと口元を緩めていたナビさんが目を見開く。コウさんがおよそ人間の限界まで口角を上げた。
「気づいたようだが遅い、既に詠唱は完了している! 喰らえ自爆魔法『死なば諸ァアーーーーッ!」
説明口調で何か喋っていた彼は首を槍の横殴りで吹き飛ばされて光の泡へとなった。人の頭はあんな簡単に吹き飛んでいいはずがない、それに一体ナビさんとコウさんにはどんな関係があるのだろう。恐ろしすぎて、聞くことが躊躇われる。それに、自爆魔法だって? それはあまりにも……あんまりじゃないか? 格式高い魔術には自爆なんてない、それと言うのは魔術の研究は一人でやるものであり死んでしまったらそれで終わってしまうからだ。いやまあ、デスルーラだっけ、命が軽いことは聞いていたけどね。
ニコリと笑ってコウさんの残した光の玉を拾い上げるナビ様。その光の玉を僕の目の前に持ってきて「臨時ボーナスです、欲しくないと言うのなら捨てるのですが、欲しいですか?」なんて言ってきた。不興を買うべきではない僕はどうするべきだったのだろう、フリーズした頭であっはいなんて適当な返事をして光の玉を受け取った。浸かる泥水が、なんだかさっきよりも冷たい気がする。