後追い
彼の失踪からもう一年が経とうとしている。
彼は携帯も持たずに、いや、家の鍵すら持たずに消えた。
着替えの服、財布、靴。
何一つ家から消えてないそうだ。
消えたのは当日彼が来ていたパジャマくらいらしい。
最近は町の街頭や交番におばさんの作った張り紙がある。
警察の方の動きはよくわからない。
そもそも、家出なのか誘拐なのかもわからない。
消え方が異常なのだ、それも仕方がない。
鍵を持って行っていないのに鍵は閉まったまま。
窓から消えた形跡はない。
玄関にある防犯カメラの映像も変わった様子がなかった。
まだ内部、彼の家族が凶行に出たと言った方が信じられるほど。
でもそれは無い。
彼は私と同じで一人っ子だった、親からの愛情も期待も一身に受けた。そして彼はそれに勉強や家事手伝いで応えていた。
当然、親もその応えに応えていた。
家族で旅行に行ったり、おこずかいを多めにあげたり、部活動用の道具にたくさんお金を使ったり。
仲の悪さは見られなかったし、今の彼の両親は子供を失ったストレスにやられていた。
そして、私も。
1ヶ月ほどで私はスランプに陥った。
色を置こうにも置けない、絵を描こうにも画題が出ない、部活に行こうにも足が進まない。
そうして私は部活に通わなくなった。
先生に相談して、一応部には所属している扱いになっているが部室に通う事はなくなった。
本当は学校にすら行きたくない。
けどそれは親が許さないだろうし、彼がそれを知ったらきっと学校に来づらいだろうから。
やる気がなくなった私には勉強しかすることがなかった。
元々得意とは言えなくとも、頭はいい方だった。
ただ、部活を休んで、家に帰ってボーッとしていることも出来ずにやることと言えば勉強しかなかった。
家での殆どは勉強だ。
4時に帰宅して、7時まで勉強。8時までご飯で、11時まで勉強。あとはお風呂に入って睡眠。
朝もうまく寝付けなくて、4時半には起きる。
それで顔を洗ってから勉強、6時にご飯を食べて電車で通学。
なんか、気味が悪い。彼が消えたのに本当に消えたのは私みたい。前の私はまるっきり消えた。
友達は落ち込んでる私を見て、最初は心配されたが段々とうんざりして来たのか今では少しずつ離れて行っている。
大分前からテストで1位を取るようになった。それで新しく友達ができそうになったけど、なんだか馴染めなくて自分から切った。
勉強はできるけど、つまらないやつ。
それが皆からの評価になった。
ただ1人が消えるだけでこんなに落ち込むだなんて。私って、こんな面倒くさい人だったけ。
それとも彼が、そんなに大きい人だったんかなあ。
電車の中で本を読んでいると、携帯に着信があった。
『先輩、部活もうやらないんですか?』
開くと古谷さんからメッセージが来てた。あの子らしく顔文字や絵文字が沢山ある。
文化祭の件だろう、そろそろそんな時期だ。
『最近はちょっと乗り気じゃなくて、先生に話して一応まだ所属はしているから仕事はやるよ。』
嘘だけど、これで誤魔化せるだろう。
すぐに返信が返ってきた。
『もう一年が経とうとしてるのに、まだ引きずるんですか?』
今度は絵文字もなく、短文でこれだけだった。
指が止まった。
酷く無神経な返事に、なんて返せばいいのかわからなかった。
『そう。』
私は一言入れて、携帯を切った。
「次は〜駅。次は〜駅。お出口は左側です。」
いつの間にか駅についていた、降りなきゃ。
本と携帯をカバンにしまい席を立つ。
何故か『久々に絵筆を取ろうか。』という気持ちが溢れて来た。
きっと、古谷さんからの責めが負けず嫌いな私の感性に触れたのだろう。成績が上がってもこう言うところは単純だ。
画題は、花畑と家なんてどうだろうか。
青い空に赤い屋根の白い家、周りには沢山の花。オオイヌフグリ、ヒメオドリコソウ、アネモネ、シロツメクサ。
そうだ、家を丘に立てよう。奥には森なんか生やそうか。なんだ、今まで浮かばなかったアイデアが次々と浮かんでくる。
気づけば私は小走りになっていた。
ただいまも言わず、家に上がり階段を登る。
自室に上がると勉強机の引き出しから埃をかぶっていた道具を取り出す。
勉強机から辞書や参考書を下ろして、しばらく触ってなかった鉛筆をカッターで削った。
スケッチブックを取り出し紙に筆を滑らして行く。
丘、とんがり屋根の家、杉の森、花畑、小道、雲。
そうだ、家は白い柵で囲って色を整えるために赤いポストも入れてしまおう。
色つけは、油絵の具とアクリルは部室だし水彩画で。
階段を駆け下りる。
「お母さん、いらないコップ!」
「……別にどれ使っても良いけど、急にどうしたの?」
私が叫ぶようにしてお母さんに話しかけると、驚いたような顔で母は答えた。
「なんでも良いでしょ……筆洗用に使うから、適当にプラスチックの古いやつ持ってく!」
母の返答は聞けなかった。
台所からコップを取って水を注いで走る。
部屋に着くと紙に水を塗って台にテープで固定して、絵の具を溶いて塗り進めた。
なんだか、気味が悪いほど筆が進む。
絵の描かなければ生きていけない気がする……ヒロトくんもこんな気持ちだったのかな。
3時間ほどで絵は描き上がった。
一生に一度の出来だった、自分でも驚くほどの出来だった。不気味なほど美しい絵を他ならない自分が完成させた事にえも言えぬ感覚に包まれていると、母の呼ぶ声がした。
そう言えばそろそろご飯の時間だ。
脱力感と恐怖と歓喜と、ふらふらと階段を降りた。
「桜、何かいいことでもあったの?」
配膳をする母が、にこやかに笑い話しかける。
「……なんで?」
全く心当たりのなかった私は聞き返した。
そう言えば今日のお母さんに、何か違和感がある。
「だって絵なんてしばらく描いてないのに、今日は帰ってからずっと熱中してたじゃない。」
言われてみれば、そうだったかもしれない。
ああ、やっと気づいた。今日はお母さんが少し痩せている。いつももうちょっと太ってたのに、違和感はこれか。一日でそんなに痩せる……?
「そうだ、最近はふさぎ込んでばかりで心配したんだぞ。父さんにも教えてくれないか?」
そう言ったお父さんの顔にはいつの間にか皺が増えていた。なんだか、家族じゃないみたい。
2人ともなんで急にこんなに老けて……。
「別になんでもないよ、絵が描きたかっただけ。」
話が途切れる事を恐れた私がそう言うと、お母さんは安心したような顔をした。
「桜、最近は勉強で忙しかったものね。」
……忙しかった、だから家族の変化に気づけなかった?
「ああそうだな。……桜、確かにお前は高校生で冬には受験だ。父さんにも焦る気持ちはわかる。だが偶にはこうやって息抜きが必要だってのは、わかるだろう?」
こんな二人だったかしら、本当に、この人達は私の親?
「でも息を抜きすぎてもお父さんみたいになるから、気を付けなさいよ。」
親によく似ているけど見知らぬ二人が朗らかに怖ろしい笑みを浮かべた。
「……うん、そうだね。」
私は笑顔で頷いた。
もしかしたら、2人の変化に気づけてなかっただけなのかもしれない。でも、そんなの信じられない。おかしいじゃない、なんでこんな……。
気持ち、わるい。
「ふわぁ……久しぶりに集中して、疲れちゃった。」
眠くは無かった、ただここから離れたいだけで。
私の言葉を聞いて母がお風呂を沸かすから今日は早く寝なさいと言ったので、私は喜んでそれに賛成した。
吐き気がする、早くここから逃げ出したい。誰か、助けて。
そう思って眠りについた私に、明日は来なかった。
今思えば、あれは家族を蔑ろにした天罰だったのかな。
私が目覚めると、辺りは真っ暗で、私にはただただ沈む感覚があった。
ここは何処だろう、そう考えても答えは出るはずもなく。
私はただただ沈むしかなかった。
そうして、『私』と言う子供は生まれた。
これは、夢だったのかもしれない。
ただの妄想かもしれない。
理論は分かっていても魔法がない世界なんて考えられない。
でも、この胸に生まれかけていた気持ちは本当だと思う。
そして私には1つだけ根拠はないが確信があった。
ヒロト君は、この世界にいる。
本当に、根拠は無くてただの盲信かもしれない。
でも、私は彼がいると言うことを疑うことはない。
いつか、いつか絶対に彼に会う。
私はそう決心した。
せっかくのネームドキャラなんだし、もう一回出そうと思ってたらメイン級のキャラになったし、なんだかめちゃくちゃ重い感じのキャラになってしまっていた。
自分でも何を言ってるのかわからないがきっと超スピードとか催眠術とかチャチなもんの片鱗を味わったんだ。