新世界の神(新米
ツムグ神のあだ名のくだりで、「ミコッち」というものが出ましたが、古い設定の名残です。
修正しました。
暗闇が世界を支配する。月明かり程しか光はなく、しかして光の素はある。小指ほどの小さな土の塊が蠢いた。それは、かつての怒りを覚えていたが、自らの敗因も覚えていた。まずは誰一人として己の存在に気付かぬ様、己を必要最低限の大きさに象った。
「ミー」
学園にて一匹の獅子が、再誕した。
その背後には音もなく忍び寄る哺乳類がいた。鼠、ネコ科を天敵とする小型の哺乳類で原始的な姿をしている。しかし、獅子は人の小指ほどの大きさ、今では逆だ。追い詰められた獅子は、鼠を噛めるのか。
「坊ちゃんは、制心術はあまり得意ではない様ですね。いえ、どちらかというと、何かが邪魔をしている様な——」
僕は今、薄布一枚になりぼんやり緑色に光る魔術陣の中で胡座をかいて精神統一をしている。イライラが沸き起こりかけては消しているのだけれど、なんだか最初のうちほど上手くいかず結構腹が立っている状態だ。
「はい、一度休憩にしましょう。」
クロノアデアがお香を消して、冷たいタオルで僕の汗を拭う。イライラは大海に投げ込んだ焼け石の様に消え去り、僕は冷たいお茶で喉を潤した。
制心術は魔術の一種で、自分に催眠術をかけて精神の起伏を抑える術だ。苛立ちを消して喜びを消して、そうする事で魔術を意のままに操ることができる。これと言うのも、僕が暮れにやらかした事についてだ。僕は使い魔を放置していたのだけれど、使い魔は離れた位置にいる僕の感情を受信し、憎き少年たちを襲ったのだ。僕が魔術に関して生半可に才能があったため、しーちゃんは勝手に魔術を使い自分の体を大きくして、少年たちの脅威たり得るほどに成長した。これは僕が激しい怒りを覚えなければ起こりえなかったのだけれど……そう言えばあの校長、僕の魔術を激しい憎しみの魔術って言いやがったなチクショウ。
僕の怒りに反応して魔術陣から緑色の火がチロチロと漏れ出した。ああ、くそう。
「坊ちゃん、気を抜かない様に。」
この魔術陣は僕の感情を元に作動する。僕が怒ればこうなるし、平常心を保てば何も起こさずただあるだけだ。ついでにお香は周囲に魔力を充満させ、オーバーフローやこの魔術陣が作動しやすくなる様にしている。つまりもし制心術を緩めれば怒りの度合いにもよるが、すぐ……ドカンって言うわけだ。
だから休憩の時にはクロノアデアに軽い催眠状態にされるわけだが、まあ、僕は彼女を信頼してるしそれほどの恐怖はない。それに、さっきの制心術をやらせてもらっている時も彼女は僕に怒りの感情を湧き上がらせようと似たような魔術を使ってたし。
クロノアデアがゆっくりと部屋の魔力を消費していく。相変わらず凄い技術だ、大気中の魔力の濃い場所にいると体内の魔力の回復が早まる事は前伝えたけど、それはつまり魔力を体内へ取り込んでいるんだ。クロノアデアはそれを意図的にやっている。僕もできなくはないが、やると結構な確率で発熱等の体調不良が起きるのでやらない。あれは一体なんなんだろうな……いや、体に異物を取り込んでいるんだからそりゃ当然素人がやれば拒絶反応は当然付くんだけど。
ゆっくりと何時もの感覚に戻ってきた、クロノアデアが催眠の魔術を解いたんだろう。
「坊ちゃん、今日はもう月が沈み始めているので寝ましょう。よろしいですね?」
よろしくない事なんてない。僕はポミエさんに寝巻きに着替えさせてもらいベッドに潜った。クロノアデアは魔術陣の片付けやら何やらのする事があるのでまだ起きるようだ、少し申し訳ない。だがまあ今に始まった事じゃないし。僕はふてぶてしい考えで寝た。
さて、連日の赤の世界だ。今日目覚めたのは前回僕が頸動脈やら舌やらを噛みちぎられた居間だ。舌や首を確認してみると特に異常はない、良かった良かっ——僕は思わず驚いた。
小指の赤い糸消えている。それどころか俺がいない、いや、僕達が統一されている。いつからだ、拙速な僕が居なくなって、いや遅巧な僕もいなくなっている、なんだろう、本当に元どおりの僕になっている。
後ろから肩を叩かれた。アカグモさんだ、いや、アラクネさんと言うか、まあ前回の神だ。ホムラビは勝手に名前を省略したらそれを気に入ってくれたが、どうなんだろう、怒ってはないだろうか。めちゃくちゃ適当なあだ名だし。
「よう、お前驚いたか? 元に戻りたがってたからな、戻しておいてやった。感謝しろ。」
僕は恐れ多さに頭を下げた。ありがとうございまーす。いや、そうじゃなくて、マジかよ。ホムラビでも治せなかった物をそう簡単に治せるとはどれほどの力を持っているんだろう。
「いや、ここにいる神格全員でようやく合体させた。だからちょっとした衝撃でずれるかも知れんから気をつけよ。」
ボンドか何かでくっつけてんのか? しかし神格、と言う事はアンナさんとかも協力してくれたのか。アカグモさんは他に注意事項としてしばらくは思考が上手くいかないことを言っていたが、まあそれはいまに始まったことではなかった。それで、テンシさんとかホムラビにはとりあえずお礼参りにでも行かなければならないかもしれないのだけれど、アカグモさんが肩から手を離さない。一体何の用でしょうか……僕は怯えながら聞いた。
「名前、伝えとらんかったからな。お前から問えや。」
仮称アカグモさんは若干言語に不自由する様だった。名前を伝え忘れた事を補うために僕から聞けと……いやまあ、アカグモなんて適当な名前をつけてしまったからね。ちゃんとした名前があるんだからそれで呼べと言うらしい。僕は頭を下げて名前を聞き申した。
「うむうむ、我が名はアマツムグオオヒジリノヒメ。お前からは省略してヒメッちとでも呼ぶが良い。」
天紡ぐ大聖の姫? 前半部の天の糸を作るはともかくとして、大聖者のお姫様……女性法王、ヨハンナか? いや、あれはお姫様ってわけじゃないしな……天紡大聖比売と言うとなにか違う様な気もするけど、いやまあそれでいいか。
呼び方だけど、ヒメッちは不敬すぎる様な気もする。ヒジリノヒメっちて言うのも、と言うか『〜ッち』がダメなんだけど、ヒメ様とかもおかしいしなあ。オオヒジリ様なんて辺りが適当じゃないか? ツムグ様かオオヒジリ様のどちらかで呼びたいのだけれどどうかと尋ねると、ツムグ様でいいと言われた。ついでにアカグモ呼びに関してはどう思っているのだろう、僕は怒られたくないので上目遣いで聞いた。
「アカグモ? ああ、別にいいぞ。お前にやった式神だからな、好きにせよ。」
そう言ってケラケラ笑って何処かへと霧散してしまった。……え?
色々と驚いていると、ちょいちょいと何かに肘をつつかれた。赤い蜘蛛だ、いや、蜘蛛女と言うべきか……。もしかしなくてもアカグモだろうな。試しに聞いてみると、首を上下に動かした、肯定だろう。声は出ない様だが、矢を放った時の幻影と同じ姿をしている。
そうと言う事は、矢を放った時のコクダさんもあのリリスの様な女性でなく、黒い龍の様な蛇なんだろう。足に違和感を感じたのでスカートをめくってみると、コクダさんが腿に巻き付いて居たのを発見した。僕が女装をした男だからいいものの、どこに潜んでくれているんだ。僕がズボンを履いているないし女子だったら、そりゃあもう、最悪の場所だぞ。僕が変態チックだから特に驚けないだけで。黒い龍はトカゲの様に手足を持っているわけでなく、本当に蛇の姿をしている。冠のような角を持っていて、宙に浮くことができるので僕は龍と形容しているが。蛇は僕に見つかるとスルスルと服の中を登り襟元から空中へ飛び出た。
取り敢えず昼に力を貸してくれてありがとうと僕の体に巣を張ろうとしているアカグモさんと、ふわふわと浮くコクダさんを撫でていたら、ソファの後ろからコクダさんの大元が顔を出してじーっとこちらを見ていた。
頭を下げて諸々の感謝と名前を聞く許しを貰った。彼女はナハト様と言うらしい。随分と洋風な名前だが、どうやらあの二柱とは生まれた土地が別な事に由来するらしい。ツムグ様はギリシャ系の顔立ちだったが、何か関係があるのか……?
いやまあいいや、今考えるべきことではない。ナハト様は遅巧なヒロトよろしく動作の一つ一つがゆっくりとした物で、発言も少なく何がしたいのかわからない。首を見たり舌を覗いたり、僕の身を心配しているのだろうけど、確信は持てない。しばらくなされるがままにしていると、ナハト様は空気に溶けるように何処かへと行ってしまった。
たぶん、ツムグ様もナハト様もこの赤の世界から別の世界へ行ったんだろう。いつまでもこの世界に住んでいると僕の精神世界の許容を超えてバラバラになるだとか、テンシさんやホムラビが前に言っていた。
さて、アンナさんやらテンシさんに挨拶に行こうか。……そう言えば、こちらで一人になった事で個人が集めていた情報が僕という一人によって統括された。この世界にいると大なり小なり存在を僕に握られるらしい。何というか、少なくとも僕に精神を操られている様だ。殺したいほど僕を憎む事は僕がそう望まない限りできない。だからアンナさんは僕を殺したくないと思うし虫たちもあまり僕を殺したくない。自覚は力になる、腕が増えたというか、この世界での在り方をしった。いまの僕はその気になればホムラビをこちらに引き寄せることもできる。コクダさんやアカグモさんに逆立ちやらの無理な動きをさせることもできる。
多分、この世界での僕は神格となっている。大地あれとか、光あれとか、そういうことができるとハッキリわかる。万能感とは違うが、何というかこの世界は僕だ。要は精神を落ち着かせたり逆に昂らせたりする感覚と言うか……試しに目の前にこの世界でよくある赤い物でない、綺麗な水をガラスのコップ付きで作ってみた。こんな感じで、何でもかんでも意のままだ。本当に腕を動かす感覚でできる。二人に分割されていたときはこう言うことができなかったが、今はきちんと一つの存在だからかな。
それと何と言うべきか、この感覚は魔術とは違う物だと確かに言える。魔術が魔力を粘土の様にこねくり回す感覚だとすると、世界を弄くり回す感覚というか、そうだ、例えるなら魔法だ。あえて翻訳するなら魔法という、魔術の上位に当たる存在がおとぎ話で時々出てくることがある。これはそれだ、この世界では魔術が使えないから、あまり魔法と言い分ける意味はないが。
僕はホムラビの存在を探し、彼女の目前へと瞬間移動した。なんか、村がグレードアップしてるな。建物も多いし道が舗装されて人が多い。一応彼らの存在も僕が握っているようだが、ガチで侵略者だし追い出したほうがいいのだろうか……。そんな事を考えながら軽い感じでホムラビに挨拶をした。
「ふーん? なんや、すごい成長したんやねぇ。これならもうちょい上の神さん呼んでもええんやろか。」
それもいいかも知れないが、どうやら僕のこの世界の管理者としての存在は相当弱いらしく、ホムラビやテンシさんで漸く魔法の行使ができて、さらにツムグ様やナハト様が来るとその存在をこの世界に維持させるのに手一杯で魔法が使えると言う感覚さえ失ってしまう様だ。
今ホムラビの存在が膨れ上がったと言うか、ワタツホムラビメ本体に切り替わった感覚がして、魔法が使えなくなったからな。すぐにホムラビに戻った様だが、そうだと直感が伝えてくる。ダメだな、魔法は人間のキャパを超えている。いっそテンシさんやらに魔法の権利を譲渡したほうがいいかもしれないけど……まあ、他人に自分の首を差し出す様なもので、そうそうできる物ではない。技術的に不可能ではないと思うけど。
「アンタんトコの神やけど、もう帰ったん? そんならもう何人か呼びたいんやけど……だめぇ?」
ホムラビは一体何柱の式神とやらを僕の世界に住まわす気だ? そもそも、僕に拒否権なんて用意してないくせに聞かないでほしい。僕が拒否したら秩序の神の陣営である彼女は、無理矢理にでも僕を納得させるだろう。そうでなければ僕は混沌の神に呑まれ、秩序の神は窮地に陥る。
僕は頷いた。それで、今度は誰を連れてくる気だい? 前回は僕に関係のある二柱を呼ぶために村の中にいろと言っていたけど、今回もそうした方がいいのかな?
「せやね、顔合わせもあるし。あんま遠くにはいかんといてや。」
まあ、遠くに行くも何も、行っても何もないんだろうけどね。ホムラビが神を呼ぶためか神的超常の何か、召喚陣を僕の許可なく浮かび上がらせそこに魔力的な何かを注ぎ始めると、だんだんと僕の神性が薄れ始めた。多分これはホムラビが赤の世界を乗っ取っているのに近いのだろう、ホムラビは現実でも存在する上位の神格で、僕はこの世界限定の神だ。
相応の力量差があり、ホムラビが赤の世界を彼女の魔法で弄っているのだ。魔力的な何かはホムラビの力を使うときに感じた魔力、神力とでも表現すべき物だろう。
……待てよ、僕は彼女の魔力、改め神力で現実世界で青い火の魔術を使ったが、あれは本当に魔術だったのか? 忘れてるかもしれないので言っておくけど、火や水などの通常の魔術を行使するときの魔力とホムラビやアンナさん達の力を借りる際の魔力は全く別物で互換性とかは皆無だ。ホムラビの神力やアンナさんの神力は僕の体に魔力とともにはあるが、それぞれが独立している。
だから僕はホムラビの神力で魔術に当たる物を行ったんだ、それはつまり魔法に当たるはずだ。だがアレは、魔術の感覚だった。何故か、考えられるのはそれがアカグモやシュテンドウジの神力だったからだ。コクダさん達は僕じゃない、それこそ外付けの物だ。僕の神力に当たるものを使えば、それは魔法を使える様になるんじゃないか……?
いやまあ、この世界を弄くり回す感覚が魔法の感覚かどうかと言われればそれはそれで謎なんだけど。要はこれって明晰夢みたいなものだし。そもそも支配域だからこそ僕は魔法が使えるんであって、例えばホムラビの神力に満ちた空間はそもそもそこが僕の赤の世界であると言う感覚さえ持てないもの。
考えながら二宮金次郎よろしく歩いていると、可愛らしさの残る女性にぶつかった。成人女性だったので彼女の腰元ほどしか身長のない僕は女性の彼女共々すっ転ぶことになった。
「あいたたたた……あれ、あっごめんねターキー!」
ターキー……僕のことか? 七面鳥扱いとは随分な人だ。僕をターキーと呼んだ女性は胸当てや小手など、そこそこ軽そうな鎧を着た女性で、金髪碧眼で短めのポニーテールをしている。僕の感覚では彼らは混沌の神の気配がするので、おそらくVRゲームの人達だろう。
「いや、こちらは大丈夫です。怪我はありませんでしたか。」
今の僕なら魔法が使えるから彼らの存在を弄って健康にする事もできるので、ちょっとだけ弄ってみたいのだけれど、まあ彼女は大丈夫と言ってくれた。
しかし彼女の目では僕がターキーに映ってるのか……まさか人外のテクスチャが貼られているのは驚きだが、まあVRなんてびっくり技術だから文化が違うのだろう。ブロンドのお嬢さんを置いて、僕はとことこと村の見学へ回った。




