表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
83/167

神の名前をみだりに唱える事勿れ

 日が沈みきって魔術学園の城内を闇が覆い尽くしていた。本来なら教員以外はこの校舎には居ないはずだが、しかし手に灯した魔術の火を頼りに廊下を駆け回る少年達がいた。泣きそうな表情だ。


 少年達は十代前半ほどで人数は数人、息を切らしながら時折転びかけ、その度に悲鳴をあげる。彼らの背後には、人一人は飲み込めるであろう大きさをした灰色の獅子が歩いている。獅子が月の映る窓へ向かって咆哮を上げた。




 ドロシー先輩を校長室まで案内した僕は、迂回した結果想定外の時間を喰ったことに少しうな垂れた。校長室の窓から薄色の小鳥が入って僕の肩に止まる、昨日と同じクロノアデアの使いだろう。おやつをあげて送り返した空は、日が沈みきるかきらないか、暮の赤と宵の紺が息を呑むほどのグラデーションを作っていた。


 ドロシー先輩が校長先生へ状況の説明をしているが、どうも彼らは恥ずかしながら僕の所属しているスカラークラブの一員らしい。彼女は全く身に覚えがないらしく、彼らをどうか校長先生から止めていただく様に頼み込んでいる。言わせてもらうが校長先生へ頼み込むのはおかしい、だって彼の職務は学園内外での学園に関する問題の処理や学園の円滑な運営、つまりドロシー先輩の保護は彼の当然の職務なのだ。彼に拒否権はないので私を助けろと踏ん反り返って言っても問題はないのだが、まあ彼女は常識的な人なのでそう言うことはしない。


「そうか、そうか……ふむ、して彼らの名前はわかるかのう。」


 ドロシー先輩は言葉に詰まった。まさか見ず知らずの少年達が彼女を追っていたのか? スカラークラブとやらはどこまで腐ってやがるんだ、全く面識がない人を実行犯にして足がつかない様にするとは計画性が見られる陰湿な犯行だ。当然罪は重くなる、学校の規則に罰が明確に示されていれば良いのだけど……。


 校長先生が困った様だったので僕が名乗り出た。僕は意図的に彼らの魔力に触れた、呪術を使えば彼らを辿れるはずだ。勿論彼らの私物を持っているわけではないので明確に誰かは言えないのだけど、彼らの又従兄弟、つまり六親等までの人間は負うことができる。その内でドロシー先輩が顔や声を見分けることが出来るはずなんだ。説明をすると、校長先生は少し考えた。


「この学園で又従兄弟では少し不安が残ってしまうが、幸い今は暮れじゃしのう。もし帰ってなければ犯人を見つけることはできるかもしれんのう。」


 校長先生が言うのは、帝国貴族は魔術師の血を強めるために近親婚が多いことに纏わることだろう。一人だけ侯爵家の子供とかが混じっていたのでそれに関しても不安が残る、例えばフロワユースレス系の侯爵系はおよそ8家でその内で在学中の家は2家だ。これが特に変哲のない数であるとすれば侯爵家程度でも3、4人の容疑者が上がる。ネズミみたいに覆い伯爵以下は10人弱は現れる可能性があると言う話だ。


 だがこれは校長の言った通りになる事を祈るしかない。なので一刻も早くその実行犯を見つけるしかないのだが、僕はチラリとドロシー先輩を見た。先輩は襲われたばっかりなのに、どうして彼らと対面させる事を強要できようか。まあ良いさ、先輩は女子だし僕は男だ。僕は古臭い書物に囲まれて育った人間だから、男女差別は普通にするし、それに則って僕は女性を守る様に動く。


 かよわい女子はなるべく守られるべきだし、男性はなるべく守る様に動くべきだ。まあ、他人にそれを強要するのは男らしくないから弱い男性も僕は守らせてもらうけど。僕は天皇様への敬意を払ってしまうし仏教の法事にも葬式では出席する、だから敬虔なキリスト教徒ではないのだけれど、それでもかの神の教えは見習うべきものだと思う。かの神は弱きを助け強きを挫く法を人に授けた、レビ記やモーセに十戒を授けた時には寡婦や奴隷などの権利について言及したし、僕はあの妬む神については結構好きだ。まあレビ記十戒云々はユダヤ教なんだけど、ユダヤ人って結構不思議だよね。


 僕は雑念混じりに魔術式を練り上げた。ぽわぽわと漆色の水球が僕の手の平から浮かび上がり空中で形を成す、これは僕の陰鬱な怒りだ。よってたかって女子を追いかけ回す様な奴と同じ組織に属するだなんて、胸の中をカビが覆う様な感覚がする。胃から酸っぱいものが込み上げてきそうだ。


「ドロシー先輩、一緒についてきますか? 僕一人で疑わしい人たちを連れてくることもできますけど。」


 ドロシー先輩の目を見つめた。僕のこのヘドロの様な怒りは彼女に依らず彼女の身の回りのことに関する怒りなので、彼女が余計な事をせずとも良いと言っても僕は彼らを学則の元へ引きづり出し可能な限り重い罰を与えるつもりだ。そうとは言え彼女が反対的な態度を取られると少し弱い、どうか僕が選択肢を絞る話術を使った事に上手いこと気付きませんように。


「う、ううん。一緒に、一緒に行く。私のことだもん、私がいなきゃ。」


 僕はガッツポーズを控え、漆の球を校長室から走らせた。ドロシー先輩が強い女性でよかった、僕の関与を当然と認めるどころか裁きを与えることに結構協力的だ。彼女と出会って1週間と経たないから少し不安だったのだけど、彼女が子供らしい何らしがらみのない性格で良かった。


 さて、僕の魔術から例の少年たちを追うためにやや切り離された漆は僕達を置いてスルスルと廊下を移動するので結構な急ぎ足で僕たちは移動しなければならなかった。耄碌し始めた老人と小学校低学年2人、暗くなった階段を掛けるのだから大変な物だよ。校長先生が灯りの魔法で廊下を先の先まで明るくしてくれているのでまだ追えてはいるのだが。


 漆の導きに従い渡り廊下を走っていると、中々の速度で移動する火の玉が反対側の校舎1階に見えた。僕達とは逆の進行方向を複数の火が向かう、この時間学園にいるのは教員くらいなのだけど、どうした事だろうか。考えていると急に漆がUターンをした。火の玉が走って行った方向へ向かう。見回りの教員は走る様な事をせず、火の玉は複数で、火の玉の方向へ漆が向かう、もうこれは十分条件じゃないかな。あの火の玉は少年達だろう、だが何故走っているのだろう、流石に僕達が校長室へ向かい始めた時間からでも今まで走り通すのは無理だと思うけれど。


 僕達が漆に翻弄されていると、何か雷鳴の様な重音が響いた。決して大きくはないが幻聴だとする程には小さくは無く、そして大きな存在感を持っていた。聞こえた方向は漆が向かう方向で、なんだか嫌な予感がした。


「校長先生、今の音は……?」


 ドロシー先輩が恐る恐る聞くが、校長先生にも心当たりがないらしい。校長先生も悪い予感というか、熟練の感からくる何かを感じ取る様で僕達を柱の隅に寄せて、魔術陣で囲った。守護の陣だと言って僕達の頭を撫でた。


「深い憎しみの魔術かもしれん。少し、ここで待っておるんじゃぞ。決して動くでない、儂が来るまでここで待っていなさい。」


 魔術というのは心の力と言うか、魔力とは別に感情の力を使うとされている。絶対に巨悪を討つぞと言う誓いだったり、なんて自分は惨めなんだろうと言う悲しみだったり、そう言う感情の力を消費するらしい。らしいと言うのは、例えば激しい怒りの中で喉が潰れるほど叫べば幾分か楽になるだろうと言う常識的な範囲での消費量だからだ。僕は別にそんな魔術だけの特別なものでは無いと思っているのだが、学園はそう捉えていない。犠牲にする感情の種類よって魔術の性質が異なり、特に深い憎しみの魔術は恐るべき力を持つらしい。端的に言って強力長持ち、この件について僕は半信半疑だけどね。


 でも、学校教育が長いドロシー先輩は別だ。恐ろしい闇の魔術とでも表現しようか、あー、敢えて日本語で表現するなら邪法の様に思えるのだろう。ついでに言わせてもらうけど、闇の魔術は闇の魔術で存在していて、あまり恐れられてない。というのは闇というのは本当に闇でしかなく、暗闇を操る以外の力はないからだ。前にもちらっと触れた様な気もするが、魔術は魔族が使っていた技術で人間には使える人が少なかった……と、言われてるのだけど、実際はどうだか。結構なブレ幅を持つ、人間が幅を効かせれば魔術は魔族の使うものではなくなるし、エルフやドワーフと言う差別用語で亜人、ヒューマン以外の人達が増えると魔族の技術となる。魔族といっても、現人間族のエルフとかの技術だけどね。


 邪神側の術が遺伝したのだとか、そう言うので王国は否定的だったり、人間の使う術は一級神の奇跡だとか、色々言われてるけど、まあ僕が日本語に翻訳するときは一括魔術だから、君たちには関係ないね。


 ドロシー先輩は女子だが、それでも僕より年上ではあるので余計なプライドがある。彼女は僕に頼ろうとはせずに、寧ろこちらの余裕まで聞いてきた。震えるほど怖いくせに、無理をしないで欲しいものだ。


 彼女にその知識があるかは知らないけど、あんなのは性暴力に繋がりかねない物で、下手すれば心的外傷を追う事だってありえる。こうして男子の僕の隣に立てるのが不思議に思えるくらいだ。いやまあ、僕は本での知識しかないから専門家からするとそうでもないのかもしれないけど。でも、本の世界ではそうだと言っていた。そうである以上、僕は彼女を心配するほかない。それはつまり。洗脳の魔術で恐怖を薄くする事だってやぶさかではないのだ。


「ゲニーマハト、くん。君って男の子……なんだろうけど、今だけは、今だけは女の子でいて……。」


 私、ヒロコ。そんな訳だからよろしくね。と言うのは冗談にしても、そう言えば僕は女子の様な見た目だったな……うん、そう言えば僕は女の子そっくりだったよ。だからか、老若男女問わず好かれやすいとは思ってはいたが、そうかそうか。なるほどね、人は自分より弱いものには尊大になれるものだ。僕の見た目ならそうだよね、頼られるはずがないもん。チクショウ……。


「ドロシーお姉ちゃん、別にいいよ。辛いことなら、なんでも言って。」


 まあ、いつだって男の子は我慢するものさ。恥をしのんで僕は女の子になりきった。指や肘などの関節は曲げてなるべく曲線を描く様に、口調は柔らかく二人称はより距離を縮めてだ。もし今、校長先生を呼ぶ事にになったらおじいちゃんだから少しぞっとする。


 僕の手を握るドロシー先輩の手が強くなった。ぐすぐすと涙を流して、乱れた髪に汚れた衣服、汚らわしい大きな手跡。優しい人だったのに、そういう人に神は試練を与える。いや、試練足りえる事象が善人では範囲が広いだけなのかもしれないけど。たまたま彼女が貧乏くじを引いただけなんだ、たまたま。本当にやるせないよね。


 階段を上る音がした。校長先生と五人の少年だった、少年達の顔は知らないが漆の球が強く反応したので彼らなんだろう。しかしよくも、よくもまあおめおめとドロシー先輩の前に来れたものだ。それとも恥という物を知らないのか? ごぽりと音を立てて球が膨れあがった。半分魔術生物になりかかっていたのでかき消させてもらうが、今の僕は相当頭にきている様だった。


 義憤なんて柄でも、そもそもそういう感情じゃないのだろうけど、僕は今すぐ彼らの手を熱したフライパンに押し付けたいほどの怒りに飲まれていた。怒りを抑えるために歯を食いしばりすぎて奥歯が痛む、学則で禁じられていなければ僕は彼らをどうしていたかわかったものじゃない。


 立ち竦む彼らを置いて、校長先生がゆっくりと歩んできた。先生は今回の被害者ドロシー先輩ではなく、僕の目の前にしゃがみ込んだ。


「チェルトルカ君、ライオンに心当たりはあるかね。」


 不思議なことを言うものだ……ああ、ある。それがどうしたと言うのか。いや、そうか、関係性があるな。鋭く僕の直感が働いた。さっきの雷鳴は獅子の鳴き声だったんだ。


「彼らを襲ってたのが僕の使い魔だと言うのですね。」


 校長先生は頷いた。そうか、そうだな。使い魔は主人の精神に強く影響される。それはつまり僕がある人間を憎めば使い魔はそれを憎むし、取れる手段をとって攻撃しようとする。しかし、しーちゃんは僕の腕で抱えられる程度の大きさだった。上級生が逃げ回る程の物ではなかった筈だが。ここまで考えてここは学園だったことを思い出す、風の寮以上に魔力が溢れるこの学園ではしーちゃんの餌は掃いて捨てるほど、いやどちらかと言うと捨てられた魔力なんだけど、沢山あった。勝手に巨大化もできるだろうね。


「明日の朝ごろに処分を伝えるとするかの、今日は疲れただろうから帰って寝なさい。もし心配なら、儂が送って行こう。」


 事情を知らないドロシー先輩は展開についていけず、困惑した様子を見せた。……小声でドロシーお姉ちゃんと呼び僕は手を引っ張った、なんであろうと酷いショックを受けた彼女を夜道へ一人で返すのは可哀想だからね。僕は彼女を彼女の寮まで送り、自分の寮へ帰った。


 僕の部屋の前に、クロノアデアが仁王立ちしていた。


 ああ、校長室で心配いらないよと言ったきり帰ってなかったな。でももう少しかかるかもなんて伝えた様な気がするし、心配かけた件に関しては許してくれないかな……僕は神様へ彼女がご立腹な理由が他にある事を願った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ