明けの明星とライオン
ドロシー先輩からの呼び出しと言うこともあって、帰りの会の後、またクラブ活動拒否をして教室で彼女を待った。
何をするべきなんだろうね、僕は彼女と仲良くしたいしあまり弱み云々って言うのは好きじゃないんだ。迷った時は、何か作業をしながら考え事をするに限る。考えが行き詰まっているんだから何か作業をしつつニューロンを刺激し続けるんだ。素描の道具は持っていないし、粘土でも捏ねていようか。粘土は非常に細かい土に水を少し加えるだけでいい。まあ泥遊びと似た様なものだね、学術的にも粘土は泥の一部だし。
魔術製の粘土はその気になれば消せるのが利点よな、魔力を過分に込めれば割と自由に造形もできるし。直線を引かんとすれば勝手にそう引かれるんだ。頭を悩ましても仕方がない気がするけど、魔力ってどうなってんだろ。神経があるのか? 魔力運動神経、いやまあ今頭を悩ますべきはドロシー先輩との宥和なんだけど。可愛いしなあ、可愛い子には優しくしたい。好きな子の好感度が高い子には優しくするだろ皆。そうとは言え、僕の拙い外交じゃあどうも。そもそも向こうの目的はなんだろう、僕は騎士爵の息子で公爵の隠し子だ。適当にゆすろうと思っても潰されるし、彼女の頭ではそれくらい分かっているはずなんだ。
知られたからには生かして置けない、だけど喋らなければ知っていないのと同じ……彼女は喋れない。この国じゃあ偉い人が法だ、法に楯突く事は出来ない。この話し合いはあんまり意味ない様な気がするんだけど……ドロシー先輩にそんな話を僕からするわけにはいかない。間違いでそんなことが起これば僕は小賢しい男だとバレてしまう、物知らぬ子供でいる方が楽だ。
本当にニューロンを刺激しているのかどうか怪しい思考をしていると、粘土は知らぬ間に形を変え終えて、一匹の獅子となっていた。
古くの欧州において獅子は王権の象徴とされて、度々ギリシャ神話などで英雄に素手で絞め殺されたり散々な目にあっていたりした。実際の獅子は猫科の動物でアフリカのサバンナの様な場所で見られるそこそこ呑気な性格の動物だ。また狩りに関しては基本的にメスが群れで行い、タテガミがあるオスはナワバリやメスの取り合いでしか戦わない。つまりあのタテガミは喉笛を守る盾というわけだ、他のオス、ないし歯向かって来る肉食獣どもに対しての。まあ食物連鎖の上部にとって一番の天敵と言えば自身と同じ種族に他ならない。いやさ獅子身中の虫という言葉通り自らに寄生する物には弱いんだけど。
雄々しさの象徴が盾というのも、まあ面白い話だよね。王権、つまり民を守るための権利の象徴が盾というのはなんだかとてもロマンチックで、良い話じゃあないだろうか。
しかし僕の内に住むあの二柱、アラクネとリリスさんがモチーフであろう、アカグモさんとコクダさんと名付けた彼女達だが……名前はあれで本当にいいのだろうか。力を貸してくれたという事はあの名前を認めてくれたという証だけど、コクダさんはともかくアカグモさんって。もっとマシな名前を思いつかなかったのだろうか。そもそもホムラビと違って彼女たちの名前を聞いた上で呼びやすい名前を付けたわけじゃなく、適当にこの名前でいいだろみたいな……。アカグモさんには後で謝っておこうか。
しかしドロシー先輩遅いなあ……いっそ迎えに行こうかしら、でもドロシー先輩と行き違いになる可能性を考えるとなあ。魔術生物の使いでも送ろうかなあ、粘土でちょうどいい依り代も作った事だし。獅子の使い魔だから……どうせこれ限りなんだから、しーちゃんでいいか。しーちゃん、ドロシー先輩を探しにいってくれるかい? 何、魔力の波長とかも知らないし無理だって?
それもそうか。じゃあ暇つぶしに付き合ってくれよ、暇なんだよね。僕は取り止めのない話をしーちゃんと会話した。あぁ、いいねこれ。発声器官を取り付けてはいないが、しーちゃんはボディーランゲージでレスポンスをしてくれるから会話してる感がある。
やれ孔子は非リアだのブッダはサディストだの、冗談を話して教室で過ごしていると、段々と教室に差し込む光が赤みを帯び斜陽が目を貫く様になってきた。ドロシー先輩はどうした事だろう、彼女が僕に要件があると話したのだから、先に帰ってしまった事はないはずだが……。何かあったのかもしれない、ドロシー先輩が出来ないことに僕に何か役立つことがあるのかは疑問だが、取り敢えず迎えに行かないよりかはいいだろう。
そう思って僕はしーちゃんにもしドロシー先輩が来た時用のメッセージを彫ってそろそろと教室を抜け出した。クラブの先輩方には用事があると言って欠席したのだから、僕があまりふらふらするのも少し申し訳ない。僕は誰かに見られない様に深くフードを被り顔に認識を阻害する魔術をかけた。これでいかに魔術師とは言え、すれ違いざまのわずかな時間に僕の顔を認識するのは難しいだろう。
さてさて、ドロシー先輩を探すとなればまずは三年生の教室だ。もしかしたら、ドロシー先輩も小さい子だから僕に自分の教室へくる様に伝えることを忘れてしまったのかもしれない。まあそうそうあることではないだろうが、でも一考する価値はなきにしもあらず、それよりは事が事だけに何か面倒なことに巻き込まれている事に方が高い気もするが、彼女は情報の秘匿に回ったからそれもどうだか怪しい。情報を持っていると知りうる人間はドロシー先輩が情報を伝えてもいいと信用するほどの近しい人だが、あの年齢の子供の嗅覚は侮れない……。
クソ、三年生の教室にも居ないじゃないか。これでもし彼女が僕を待たせている事を忘れているだけならいいのだけど、もし僕が原因で何か厄介事に巻き込まれたというのなら僕は僕を呪うぞ。魔術師製の呪いだから結構酷いぞ、その気になれば一年と待たずに死に至らせることもできる。まあ実際に使った事は無いんだけど。でも深爪や靴擦れ、逆剥けの呪いとか種類は豊富だから結構裁量に合わせて最良の刑を選べるんだ。
それはそうと、僕はゴム底でもないブーツで急いだ。階段をカコカコ廊下をつったかったーと駆けていた。当然転んだ、畜生、俺の体じゃねえからかどうも上手くいかねぇ。僕は成長期だからアロガンの言うことはもっともな事だ。決して僕達がたかだか女子1人に待ち惚けを喰らった結果焦っているとかそう言う話じゃない。
そもそも結果論は嫌いなんだよ。ああそうだ、イテまた転んだ、僕はその時その時でコロコロ主張を変えるよ。クソ結構痛いな。言うことを変える、でもそれがどうした、人間は二面性の生き物だし世の中に不変のものなんて無いんだよ。クソがまた転んだいい加減捨てんぞこんな転びやすいクソ靴、大体石のレンガがちょくちょく飛び出てたりで突っかかりやすいんだよこのボロ校舎、俺を何べん転ばせたら気が済むんだ、もうそろそろ苛立ちが髪天を突くレベルになる、あーあーこんなクソの塊なんか壊しちまいたい。いけんだろこんなゴミクズ俺がちょっと息吹きかけりゃあすぐだ。
そんでなんだっけ、ああ、そもそも論語で孔子が生徒によって与える助言を変えた事があったろ、引っ込みじあんには勇気出せ、せっかちにはちったぁ考えろって言う所を逆にしたら大変だろ? ケースバイケースで適当なレベルの話を適当にするんだよ。例えば僕は自分を呪うって言う話だけど、こうして悠長に話してはいる裏で度重なる転倒と魔力を探っても一向に見つからないドロシー先輩が心配で気が気じゃないんだよ。ならばあえて余裕を装う事で中道を行こうとしているワケだな、つまり知人が危なければ焦る程度の人間として最低限の心を持つ俺と落ち着いて彼女を探そうとする冷静な僕はお互いの安定機構って言うわけだ。
クソが、とっとと統一されろよ何処ぞの半島じゃあるまいし。まあでも政治批判になるかもしれないからあまり深くは言わないけど何でもかんでも統一されればいいって話ではないよな。国が一つしかない世界なんて僕は嫌だし、そもそも皆同じ人間、キリスト教観点から言えば神の創造物なんだから、『争う』ことなくただいくつもの共同体でお互いを尊重して存在できれば良いと僕は思うんだけどね。まあそうはいかないのが人間の性というか、良いところではあるんだけど。
さて、焦った心がそこそこ落ち着いたので本筋へ戻ろう。まず散策の結果、ドロシー先輩は一年生と三年生の活動範囲にはいないことが判明した。何度でも言ってあげるけどドロシー先輩の性格を踏まえると、ドロシー先輩が待ち合わせブッチをした可能性は低い。そうなると考えられるのはドロシー先輩の意思を汲まない何かがあると考えるのが普通だ。考えられるのは3つ、まず今回の件とはまるで関係のない事故や犯罪に巻き込まれた、次に僕側の誰かが情報を持っていると察して何か手を打った、最後にドロシー先輩が誰かに情報をリークしてその誰かに裏切られた。
挙げといてなんだけど後ろ二つは考える必要はないだろう、だからなんらかの事故に巻き込まれたと考えるほうが良いのだけれど……まあだったら保健室へ向かってみようか。放課後になってから相当な時間が経っているし、午後の体育から今までに何か不慮の事故が起きたというならきっともう保健室のベッドでスヤスヤおねんねしているはずだ。
僕は保健室に急いだ。
「きゃ!」
急いだのだが、曲がり角で女生徒とぶつかってしまった。全く、自分では落ち着いたつもりだったのだけれどね。
「ご、ごめんなさい。私急いでて。」
一応僕は学園に入れる年で一番若く入学したので、この学園にいる人は誰であろうと年上かあるいは同い年になる。またこの年代では女性の方が発育が良い、よって僕が立ち上がるよりも先に女生徒が立ち上がり僕に手を差し伸べたのは僕が情けないからとかでなく……!
「ドロシー先輩?」
女生徒の顔には僕と同じく認識阻害の魔術がかかっていて、上手く顔を見ようとしてもどこかピンとが合わない感覚がする。だが青い髪や背丈に手の感触、視覚と触覚が彼女の存在を訴えた。先輩は結構焦っているようで僕が誰だか分からないようだった、僕は魔術を解いて素顔を見せた。
「ゲニーマハト君!? どうして——ちょっと、静かにしててね。」
ドロシー先輩は僕をロッカーのような場所に引っ張り込み、ピッタリと密着した。まるで誰かから逃げてでもいるようだがロッカーに隠れるとはまた随分と古典的な……ベッドの下やダンボールの中に隠れるのと同じくらいの効果はあるだろうが、正直子供2人でも結構キツキツだ。
少しの時間も待たずに、バタバタと複数の人が廊下を走る音が聞こえてきた。ドロシー先輩の心拍音が早まり僕を抱きしめる腕の力が強まる、姿は見えないがあの足音の主達から逃げているのだろうか。何処へ行った、向こう側を探せなど、叫んでいるので確定だな。魔力を逆探知されない様に慎重に探ってみると、声の調子も参照して大体ローティーンからミドルティーンの混合で5人程、うち1人は年齢の割に結構な魔力量だ恐らく侯爵家下級の血筋だろう。
声の質からすると全員男で相当息が切れているところから長い時間ドロシー先輩と追いかけっこを繰り広げてた様だが……自分達よりも年下の女子を徒党を組んで何時間も追いかけ回すのが、そんな卑劣極まりない事が男子として、いや人として許されるか? 無性に腹が立ってきた、ドロシー先輩さえここに居なければ僕が恐水の呪いをかけてやっているところだ。相手は魔術師だから大した罰にはならないけど。
不埒者どもはしばらくドタドタ探し回って、何処かへと走り去ってしまった。完全に音が聞こえなくなったのを2人で確認してゆっくりと清掃用具入れのロッカーを出た。僕は元々転んだりしていたのでローブが汚れているが。彼女はあんな場所に無理して2人で入ったから汚れてしまった様だ。
「ドロシー先輩、探しましたよ……あの、色々聞きたいことはあるんですけど、取り敢えず安全な場所はありますか。」
ドロシー先輩は申し訳なさそうに肩をすぼめて、いじらしいと思えるほど小さく呟いた。こう、頼れる先輩風だった人が急に庇護欲を煽る様な……いや、そんな馬鹿なことを考えてる場合ではない。
「その、たぶん、校長先生なら助けてくれると思う……。けど、急いで走ってたから今何処にいるかわからなくて。」
三年生で校舎内迷子か……いやまあ、彼女の年ならね。一応僕は自分が迷子にならない様脳内マッピングはしてるし校長室は一度訪れた事はあるのだが。
僕は恐らく先ほどの狼藉者達が去ったであろう方向を見た。あの人たちが走った方向こそ校長室への道だ。迂回するとなると多少めんどくさい事になるな……。校長先生を頼るとなると面倒だが、ドロシー先輩の私室も待ち伏せされている可能性もあるしなあ。
そうだ、困った時の大人だ。どうだろう、クロノアデアを頼って見るのは。いやしかし、ここ連日彼女に迷惑をかけてばかりじゃないか、しかしここでドロシー先輩を見捨てるなんて選択肢はないぞ。でも、どうしようか。ここでうかうかしていると先ほどの人達が戻ってくる可能性もあるし。八方塞がりな感じがする、なんだか頭が痛くなってきた。
「ドロシー先輩、今すぐ校長室へ向かうのは危険です。ちょっと迂回して行きましょう。」
まあいつまでもここで時間を消費することこそ良くないものだ、仕方がなく僕は物陰に隠れながら移動する事にした。握った手から伝わる彼女の震えが、なんだか酷くやるせなく、あの少年達への怒りをふつふつと沸き起こさせた。




