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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
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128√3980

 今日は春うららではなくしっかりとした暖かさを感じる日だ、そうなのだが僕はしっとりと汗を掻いていた。まだ日も沈んでない内に女子とぴったり肌を重ねているからだ。はしたない……そう思いながら、僕の魔術の矢を放ち50m先の的を貫いた。弓は使い慣れた和弓ではなく小型の洋弓だったので、魔術の補正込みでも射程ギリギリだった。


「うん! 今の感覚、しっかり覚えといてください。じゃ、次の的は1人で三回できますか。」


 ドロシー先輩が僕から数歩離れた。僕達は今、三年生の先輩方からマンツーマンで指導を受けている。三年生の先輩の人数が一年生を上回ったので1対2で指導を受けてる子供もいるが。


 あの山賊さんは僕達を引き合わせた後、成績順に一年生へ講師役を指名させた。僕は剣を使ったりしない戦い方の人でなおかつ優しそうな人を探し、顔の知っているドロシー先輩を選んだのだが、ドロシー先輩はやけにやる気だった。緩くやれれば良いやなんて甘い考えだったのだけれど、彼女は僕の弓について色々と意見がある様で。僕も僕なりにこれはしっかりと打つには技術がいるが威力や射程はと反論はしたのだけれど、魔術師なんだから遠距離での立ち回りよりも中・近距離戦闘での生き延び方を知っておいた方がいいし、至近距離の相手に短弓を使うときしっかりと打てないと危ないなどと押し切られた。


 それで、矢のつがえ方やら真っ直ぐすぎる構え方に関してのご指導を文字通り手取り足取りで受けさせて貰っていたわけだ。ああしかし、フェティシズムというわけではないはずなのだが……彼女の汗や女子の香りにどうもドキドキしてしまう。いや、前にも語ったかもしれないけど化学的にそう言う女子特有の匂い成分があるんだよ。


 ドロシー先輩は寒色系の髪色もあってかやや大人びた子供だ。近所のお姉ちゃんとか初恋の人を思い起こさせる感じで、まあ僕の初恋は同学年の人だったけど、とにかく小さい男の子の憧れの人みたいな印象を受ける。クロノアデアと言う美少女が身近に居なければ彼女に恋をしていたのかもしれないね。まあ、美しい花があったら全てを愛でたいと思ってしまうのは人の性ではあるが。


 そんな事を考えながらではあるが、僕は矢向きを腰で調節し、立続けに三本の矢を放った。三本中二本が命中、もう一本は的に届かずにどこかへと蒸散した。他の事へ意識を割きすぎて魔力の練りが甘かったらしい。ドロシー先輩の言った通りに弓を整形し矢の長さを調整したのだが、成る程コレは打ちやすい。威力なんぞこちらで魔術でいくらとも調整できるからこれはこれでいいのかもしれないな。まあ射程限界以上の物を射る時は和弓にさせてもらうけど、現実的な範囲では打っても30m強までだな。


 まあドロシー先輩の肩を持たせてもらうが、僕の練度が悪いと言われればそれまでなんだけど和弓は狙いを変えなくても違う軌道で飛ぶことがあるし、なんだか洋弓知ったら和弓はダメかもしれんな。命中も威力もどっちもこちら側で操れることではあるけれど……いやまあ、和弓の何が良いって下短だから単純にデカくしやすいから良いんだよなあ。僕の背丈じゃあ洋弓で大きすぎる弓は使いづらいけど、大きければそれだけ簡単に威力が出る。馴れれば実物は無理でも魔術の和弓じゃあ100mは簡単に当てることができるし、洋弓は威力を出すために魔力を不安定にさせる位が限度で少しなぁ。ああでもでも、ドロシー先輩の言う事を守るだけで弓の射り方がだいぶ楽になった。矢はまっすぐ飛ぶし力はそう込めなくても良い。


 洋弓の評価を改めないとね、これからは余程の遠当てじゃない限りは洋弓をメインに使おうか。しかし肝心の威力はどうしよう……いっそ属性変換後の魔術を飛ばすか? いや、雷やら土やらまともな威力を発揮しそうな属性が軒並み危険すぎるな。そこまでの殺意は求めてないんだが……壊した的の再設置をしながら考え事をしていると、ドロシー先輩が何を悩んでいるのかと話しかけてきた。そう言えばそのために教師役だ、存分に甘えさせてもらおうと相談する。


「威力? そうか、あの弓矢はだから……うーん、威力を出すなら矢を変えるか弓を変えるかですよね。ゲニーマハト君はどちらが良いですか。」


 弓の力を強くするって言ったって元の形に戻すのは本末転倒ですもんねぇ……と相槌は打ったものの正直命中率は矢の魔力が蒸散しない限りは100なんだよな。打った後で軌道を好き勝手に変えることができるんだもん、アレで当たらないわけがない。正直な話、矢がどれほど弱くなっても良いと言うのなら同じ場所を何回だって刺すこともできる。やってどうするなんて話だけどね。


 だけど、でかい弓ででかい矢を打てばそりゃ強いよ。バリスタとかカタパルトってそう言う話でしょ。そもそも矢の軌道を変えるなら相手を正面から見つめられた方がやっぱ良くないかとは思う……弦の張りを変えるとかか?


「現実的なのは矢を変えることですけど、いっそ強力な弓を特注するするくらいですかね。弓を本気で取り扱うならなんですけど……。」


 知ってるとは思うが、僕は携行品がない。大抵のものはその場で作れるからだ。だからこれから弓一筋と言うのなら、別にここで自分用の弓を用意しても良いのかもしれない。ここの人達とは違って、僕は科学的に良い弓を知っているからね。資料用に色々と調べてあるんだ、滑車付きの弓とか、スタビライザー付きの弓とか、後はスコープ付きの弓とか。スコープに関してはどんな的でも僕が当てるから要らないけどね。


「えー、弓の特注……いや、別に止めはしませんけど。どんな弓にするつもりですか。」


 特注するほどの簡単な構造をしていない進んだ弓と言えば滑車弓か弩、つまりクロスボウなんだけど、紀元前からある弩はともかく滑車弓なんてオーパーツが受け入れられるかが受け入れられるかだよなあ。無難に高い弓を買うか?


 まあ、弦を張るわけじゃないし一旦いくつかの候補を石で見本を作ってみるのも悪くはないだろう。適当に簡略化した弓をいくつか並べて行った。一応偏心滑車とかのわかりづらい構造は出来るだけデフォルメをしたが……。


「なんですかこの、滑車ですか? ……ああ、この構造が力を上げるのね。あ、すみません。」


 多少デフォルメをしているとは言え実際弦を張ってみないとわからないと思ったのだけれど、ドロシー先輩ってもしかして天才の類か? そしてたまに見せるフランクな言葉遣いで人をドキッと……天才か?


 まあそんな才能は捨ててしまえ。それよりも意見を聞きたいね、ドロシー先輩にそれとなく僕自身は滑車の弓を使いたい雰囲気を漂わせつつどの弓が良さそうか聞いてみる。偏芯滑車とか内歯車とか良いよね、ロマンがある。スチームパンクとかめちゃくちゃ面倒で後悔するんだけど定期的に描きたくなるよ。


「うーん、ゲニーマハト君じゃ威力を出せるほどの高い弓は買いづらいだろうし、そうなると壊れやすいクロスボウもダメだよね……。」


 ああ、そう言えばそうだ。そもそも、クロスボウは連射ができないからね。そうとなると普通の弓を買ってアタッチメント形式で改造が一番いいから、やはり滑車の浪漫だな。……いやまあ、あまりドロシー先輩が乗り気じゃないようだが。実際に弦を張れれば良いんだけど……あ、そうだよ、何も全部品を魔力ないし普通の物質で作らなきゃいけないわけじゃないんだ。石で作れない弾力が求められる部分と弦は魔力で補って試し撃ちをしてみようか。


 そこまで考えたところで、ドロシー先輩が何か閃いたようだ。興奮気味にローブを引っ張られる、一々子供特有の可愛さを感じさせてくれる人だよ。


「クラリスさんの魔術ってゲニーマハト君は使える?」


 いやあ、アレは彼女の血がないと……いや、そうか。独自の魔術か。僕は今のところフロワユースレス家のニ柱の式神とホムラビ、そしてシュテンドウジの四人の力を引き出せる。まああとはテンシ様とアンナさんも、言えば力を貸してくれるかもしれない。大いなる力には大いなる責任云々、今までそう使う機会を得ようとも思わなかった。だけれども、僕はいい加減そろそろ使うべきだろう。ドロシー先輩に、自分はあの魔術は使えないけれども家の血を使って何かできるかもしれないと伝え、もし魔術が暴走した時のフォローを頼んだ。そんなことはしないつもりだが、いざという時に備えてないと恐ろしいからな。


 もし上手く言ったら……さらば滑車弓。君の生まれの不幸を呪うがいい。君はロマンのある物だったが、君の複雑さがいけないのだよ。ふははは。いやまあ、もしかしたら滑車にチェンジするかもしれないのだけれど。


「じゃあ、打ってみてください。」


 矢の事は一旦置いて、先ずは属性と引き出せるかどうかだ。一先ずは一度引き出せているホムラビの青い火からだ。彼女たちの属性の魔力は通常の魔力とは違い、独立している。ホムラビの火を使える魔力はそれだけにしか使えないし、他の魔力をホムラビの火には使えないって具合に。ハッキリ言えば異物だ、まあ体にしっくり来過ぎているというか、彼女らの調整のお陰でそんな感覚はしないのだけれど。


 ここで引き出せなかったら振り出しに戻る、どうか成功してくれよ。僕は握った右手の拳を見つめた。呪文は何にしよう、エラッダでもいいんだけど、やはりここはスタンダードな帝国語にしようか。


「——ホムラビ、力を確認させてくれ。」


 一言口に出しただけで、僕の右手は青く暖かな火に包まれた。矢に整形しなおして、弓矢で飛ばすと土で出来た的に音もなく深々と刺さり消え……消え……なんか長く燃え続けてるな? あ、そう言えば消えない火の神様だったか。結構いいなこれ、全然魔力が消費された感覚ないし、消えない火って便利だ。肝心要の威力だが的の焦げ具合から見てそこまでの火力ではないのだろう、火の魔術で作った矢ほどは強くない、まさに求めていた威力のものだった。


 威力の問題はクリアしたのでこれで辞めてもいいのだけど、ドロシー先輩には四つの属性を試すと言ったのでまだ彼女は止めに来ない。続けてシュテンドウジの術だ、しかし……確か彼の場合は僕を介在させてこちらの世界に召喚されるんだったっけ。なら、丸ごと出られても困るし右腕だけ出してもらおう。右腕を矢で飛ばす……?


 いや、いっそロケットパンチ形式で打ち出してみてもいいのか? それは本末転倒では? そもそも打てるかどうかすらわからないのだけれど……まあ、取り敢えずやってみよう。


 弓を下げて右腕を突き出して真っ直ぐに構えた。思えば、帝都に来る直前の出来事だったんだからそう日数は立っていないはずなのに、もう何日も前の事のように思えてしまう。実感がない、物語で読んだような、遠い過去の記憶、色々と表現はできそうだが、僕はおしゃべりなだけで特に技巧をこらそうとも思っていないしね。


「——シュテンドウジ、君の右腕を借りたい。あの的を砕いて。」


 真剣な気持ちで言ったんだけど、シュテンドウジも忖度は知っていたようで、無言で虫達の衣装が彫られた矢を渡して帰って行った。右腕が出て矢をぽいっと投げ捨てるようにしたので、結構シュールだ。嘘でしょ? そんな妊娠中の嫁みたいな態度とる? 結婚もまだだよ?


 まあ、心に同棲とか結婚よりも凄いことはしているとは思うけど。しっかしどうすっかなこれ、シュテンドウジの矢はともかく打ってはみるけど、ドロシー先輩になんて言えばいいんだ? まあ召喚魔術と言えばいいんだろうけど……うん。


 取り敢えず矢をつがえてホムラビの矢の近くに打ち込んでみる。耳の後ろまでなんて深くは引かずに目の前まで、矢先は親指に載せるのではなく手の甲側へ……ヒョイっと打ってみると、矢は途中で羽を生やしてばらけ、的を覆った。トンボやらバッタやらの虫だ、ドロシー先輩なんて女子もいる手前、慌ててホムラビの矢を活性化させて虫達を焼いた。


 ドロシー先輩が何か言及する前にとっとと次に進もう……あれ、あの神達の名前を聞いていない、どうする。自体は一刻を争う、今の所はそれらしい呪文でごまかそう。


 まずはリリスがモデルとなっているであろう黒蛇の神様だが、仮称はそうだな、日本語で音読みをしてコクダさんとしよう。


「——コクダの式神よ、矢となりてあの的を穿て!」


 コクダさん矢が当たるのが早いかどうか、僕は次のアラクネがモデルとなっているだろう赤い蜘蛛の神様を考えようとした。だが悲しいかな、僕の脳はそこまで上等な頭をしてなかったらしく、彼女をアカグモと呼んで矢を放った。セキチシュウでも良かったかもしれないが、とっさの判断を責めないでほしい。


 シュテンドウジの誤魔化しのために放った矢は誤魔化そうとする意思が強く込められていて、オーラというか、黒い龍と赤い蜘蛛女の幻影を率いて飛んで、矢が刺さるとそれらも的に襲いかかった。龍は水、蜘蛛は土の力を持っていたようで、的をヘドロが覆った。二柱の神の力をぶつけたせいか、ホムラビ矢も消えた。


 ああ、そうだね。君達はよく働いたよ、シュテンドウジの事を誤魔化せたんじゃないか、胸を張る資格は十分だよ。はー、後ろを振り向くのが怖い。そもそも、思ったんだけど僕の身の回りの物って一般人からしたら印象最悪じゃないか? 僕は別に慣れとかもあって虫でも蛇でも、今でもちょっと身構えちゃうけど焼死体とかも、そこまでの抵抗はない。無毒だとわかっているなら素手でつかんでも良い、好きでもないけど嫌いでもない程度のものだ。


 でもクロノアデアやドロシー先輩から見たらどうだろう、気味悪がるだろうか。そうであった場合……うん、ちょっと傷つく。自然界に存在するものはともかく僕が使う魔術の彼らは僕の世界の住民、いわば家族みたいなものだ。引き合わせて角を立てる物でもないから彼女らにはなるべく見せたくは無いんだけど、それでも家族が嫌われているのはね。悲しいことに、一側面を取り立てて全体が悪いなんて早計な判断を下したくないし、彼女らが彼らを嫌っていても僕からの評価はそう多くが変わらないんだけどね。


「今の……フロワユースレス様の……?」


 おっとヤバイ、そう言えばそうだった。血の気が引いた。もっと心配すべきなのはコクダさんとアカグモさんは公爵家の神だ、そう見せるべきではなかった……と言うより、彼らもこんな魔術を使えてしまうのか? まあ彼女らは僕の家だけに力を貸す神だとは言え……ええ? なんだか距離が、ドロシー先輩との距離が近いぞ。鼻がもう少しでマオリ式挨拶をしそうなほど近い。忘れないでほしいのだけど、僕は今年だけで2回ほどキスついでに、いやキスをついでにして舌を噛まれた経験がある。正直に言えばクロノアデア程でなければ顔が近いとそれだけで恐怖が走ってしまうんだ。


 流石にドロシー先輩の様な人に離れろと言える様な性格はしていないが、ドロシー先輩の様な人は言わずともパーソナルスペースを犯した事を悟る。いやまあ言わずとも悟るからこそ口に出さないんだけどね。


「あ……ごめんね。でもゲニーマハト君、今の魔術はあまり人前で使わないようにしてください。それと、放課後に残っておいてください、話があります。」


 僕は彼女が言いたいことがわからないふりをした。何が問題だかわからない子供のふりをすれば今の所は凌げそうだと思ったからだ。彼女は僕の魔術を秘匿しようとしたのだから、まず彼女から言いふらす事はないだろう。それはつまりある程度理知的な判断ができると言う事だ。理知的な判断ができる人が、無知な子供を見たら少なくとも心のどこかで利用しようと思うはずだ。それは庇護になり、僕に打つ手を考える時間をくれる。


 まあ彼女が僕を利用する気にならなくとも放課後までは時間をもらえるんだ、それなら考えようじゃないか。ドロシー先輩への手は二つある。洗脳なり贈賄なり口封じをするか、あるいは彼女の弱みを握るなり作るなりして味方に引き込むか。新しく他人の弱みを作る事は面倒だが、強力だ。それ故に僕にもそれ相応の犠牲を要する……ま、彼女の出方次第だし、ある程度の考えを持ったら後はうまく進むよう神へ祈りながら待つとしよう。

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