主従逆転
午後の授業では足が痛かったのでほとんど座ったままだった。勿論授業は受けたのだが、僕自身はあれからこれと言って特筆する様な運動はしていない。僕は教える側に回らせてもらったのだった。まあ魔術師なんて魔力量で単純な戦闘力が決まるのだ。それで僕は騎士爵のくせに異様なほど魔力が多く、その上剣まで使えるとなると、強さに憧れる男の子なんてすぐに釣れる。かっこいいだのスゴイだの、無邪気に褒めるものだから僕もついつい調子に乗って指示役に回ったのだ。勿論、次回の授業からは弓の訓練に移る事や僕自身入試で打ち負かされた様に一人前の実力じゃないと言うことは伝えておいたが。
皆と出会うのが今のうちでよかった。もし数年程後のことだったら、剣の指南がちゃんとできていたか怪しい。今はまだ腰が引けているとか腕が伸ばしきれてないとか、そういう初歩的な指導だけで済む。
人っていうのは大抵の文化圏で親を敬う様に、何か自分に師事をする人を敬ってくれる気質がある。要は鳥の刷り込みの亜種だ、まあそのメカニズムについて語っても良いんだけどそれはちょっと置いておこう。どうせ自然選択説DNA云々に落ち着くし。
放課後の学生と言えば、クラブ活動なんだが、まあ今日はそうじゃない。昨日の様に伯爵様のお兄様が僕を迎えに来た。流石に、あれから数時間程ゆったりしたからもう既に足は痛みこそあれど立ち上がれる様になっていたのだが、残念ながら僕は服を借りている身だ。丁度いい具合に足を痛めてたので、それを理由に丁重にお断りをさせてもらった。先輩からのお誘いをサークル加入二日目で断るのはなかなか勇気がいるものよな。
さて、そんな経緯で校長室へやってきたのだが、おいおいどういう事か、校長先生は忽然と姿を消していた。今度は何処に隠れているというわけでもなさそうだが、僕の衣服を持って何処へ行きやがったんだ。大体、まあ僕が日本万歳派みたいな所があるからこその偏見なんだけど、海外の小児性愛者はシャレにならない。頭では国によるものではないと理解しているのだが……どうしてもね。僕は未熟だ、問題を理解してもそれを本当の意味で理解していないから治すことができない。
確かに多少の誤差はあるけれども日本と海外ではそういう極まった人が生じる確率にそう大差はない。ただ、そうだな、ソシャゲとかでSSRだかなんだか、最高ランクのアイテムを手に入れられる確率は圧倒的に低いだろう。しかし沢山持っている人は持っているし持っていない人は持っていない。この差は何かと言えば、多くの場合において単純に運だけではなく施工回数の多さが挙げられる。日本は国民ガチャを引く回数は、当然の事ながら日本以外の国の纏まりである海外よりかは圧倒的に少ない。念のために言っておくが、小児性愛がSSRってわけじゃないぞ、それだけ稀って言うだけだ。
まあ日本は施工回数が少ないだけだから、もしかしたら日本にだってユニセ◯で子どもの権利についての草案を出しておきながら児童への性的虐待で捕まる人も生まれるかもしれない。
頭ではそう理解してはいるものの……海外はやばいと言う考えが払拭できない。そう言うのに詳しい人もいるだろう、海外は性癖の極まった人がいる。日本人はいいのだ、英語が話せないからそう言う自分の仲間に巡り会うことが少ない。だがグローバル化が進む海外では、西欧諸国はおろか同じ極東の韓国や中国でさえ、英語が話せる奴が多い。まあ極東は格差社会という事もあり幾分か事情が違うがな。幾らかの齟齬があろうと同じ言語を話せる、謂わゆる一般とはかけ離れ理解されなかった奴が複数いるとどうなる? さらに奴らの異常性は加速していく……そう思えてしまうのだ。実際は知らないけれど。
ああ、別に僕はマイノリティを馬鹿にしたいわけじゃないから言っておくけれど、ここで言う異常って言うのはただ単なる統計的、数字上でのマジョリティに属さないって言う意味だ。そうだな、事あるごとに配慮的な何かを見せてきたLGBTだってここで言う異常には含まれる。世界人口で見ればLGBTの人はまだ少数派だ、いや、多数派ではないと言ったほうが正しいのかもしれないが。なにぶん手元にあるデータが古いんでね、この世界と地球の時間の進みが同じなら5年ほど前のデータだ。世論も何もかもがガラッと変わっていてもおかしくない。まあLGBTの人には小児性愛者と一括りにしてしまって申し訳ないが、取り敢えずこの話の中ではマジョリティではないと言うことだけを言われていると理解してくれると嬉しい。
ふと本棚にかけられてあった美術の書に目が止まった。美術書って言ったって高度な印刷技術が必要な図録ではなく、かつての有名画家達の技法について文章と簡単な挿絵で紹介をしている。これは……銅版画の挿絵だろうか。正確には銅版画かはわからないが、凹版画と呼ばれる細く繊細な線が描きやすい技術を使っていることは確かだろう。より少ない絵で多くの文を説明できる様に、様々な技法を取り入れた1ページを丸々と使った一枚の絵が刷られていたのだが、その絵が素晴らしかった。筋骨隆々の男性の裸体と、やや肥満気味の女性の姿が描かれてあった。
肥満気味の女性の版画に表れた、たおやかさや強かさはまあ、語ってもいいが気乗りしないので飛ばすとして、男性の裸体が素晴らしい。いや言い方がアレだけど別に僕はホモセクシャルじゃなく美術的観点での賛美を送っているんだぞ?
まあ、何人かジョニデやらトムホやらの洋画の外人どもをネットで眺めれば男の君達だってコイツカッケェなんて思う人が見当たるだろう、女性だってこの女優さん可愛いなあって思う人が幾らかいるはずだ。福山さんカッコいいなあとか、性的な目を持たずに思うことがあるだろう、僕の言う裸体の素晴らしさとはそれだ。
鎖の様な腹斜筋、胸筋に埋もれかかった鎖骨、真っ二つに割れた腓腹筋、母指外転筋など細やかな物まで描かれた前腕筋群、それら全ての硬さと柔らかさを内包したディティールと陰影の入れ方、見易さを保つ為にどれも必要最低限の僅かな線で描かれていて、脱帽ものだ、完璧と言わざるを得ない。この版画の作者は誰だ、一瞬にしてファンになってしまった。
「……君にはまだ早い。男の子へ興味を持つのもいいが、今はまだ奥底にしまっておいてくれんかのう。」
不意に声をかけられて、慌てて本を取り落としかける。いつの間にか校長先生が帰ってきていた様だった。僕の真後ろに立って僕が見ていたページを覗いたのだ。な、なんて趣味の悪い奴だ。覗き見とか、気持ち悪い、恥を知れ、恥を。
「念のため言わせてもらいますが、僕は男ですし、一種の憧れを持って眺めてただけです。綺麗だとは思いましたが、それだけです。」
恥ずかしがらなくとも良い良いと好々爺を気取ったジジイが、僕の服を部屋の隅にあった木箱から取り出して返した。これだから無駄に歳をとった輩は、何でもかんでもお前の理解の範疇にあると思うなよ。
……え、なに、服を受け取って帰ろうとしたら、ジジイがここで着替えて行きなさいなんて言って着たんだけど。僕の汗を存分に吸った服だぞ、できれば洗濯して返したいのだけれど……ジジイは気遣いなんてするものでは無いとここで着替える様に念を押してきた。実際に他意が無くとも怖いわ。
男性の裸体に興味を示す僕に関しての小児性愛者疑惑のかかったジジイの反応で気を悪くしたついでに言わせてもらうが、僕は別にLGBTを気持ち悪いと思いやしないが、僕自体はLGBTではないからな。LGBTは個性なんだよ、可愛いものが好きだとかカッコイイものが好きだとかと同じで、僕は女性が好きだし美しいものが好き。男性は嫌いではないけれども、好きというわけではないし、恋愛対象になるなんて天変地異がない限りありえない。だいたい間違え方にも問題があんだよ、同性なら何でもいいみたいな間違え方だったりな。僕や君達だっていくら女性だとしてもブスの極みの様な、見るだけで不快感を得る人は嫌だろう。
誤解を恐れずに言わせて貰えば僕は自分をLGBTと間違われるのには反吐がでるね。語調こそ強いが、これは寧ろ、LGBTの方にこそ理解をされる様な考えだと思う。彼らだって今の社会では肉体の性別で勝手に肉体的に異性に属する人が好きだろうと決めつけられるんだぞ。『体が男性だからっていつ私が女が好きって言ったのよ。私の精神は女で、男の人が恋愛対象なの、決めつけないでくれる?』ってな具合にな。
体は女、精神は男、恋愛対象も男のホモセクシャルトランスジェンダーもいれば、体は男性だけど、精神は男女のどちらと言える様なものでなく、ただ何となく女性が好きと言う傾向にある、シスジェンダーが好きなXジェンダーと言う人もいる。ここまでくると当の本人以外はどうでも良いと冷たく突き放してしまう事が多々あるが、それでも当人にとっては大きな問題だ。
何が好きだって言うのはアイデンティティの1つなんだよ、自分が自分であるための精神的支柱の1つ。それを勝手に決めつけてくんなっつー。さて、ようやく僕はパジャマを着終えた。僕の服は女性物のリサイクル品だから切るのに時間がかかってしまい、ついつい時間つぶしの小話が長くなってしまう。困ったものだね。
着替えている最中ずっと仏頂面をして心の中で自分は女が好きだと叫んでいると、流石の校長先生も好々爺ぶった事を少し反省したようですまんすまんと謝って、着替え終わって今日一日着て汗を吸っていた服を返した僕に一冊の本を手渡した。タイトルは『ある魔術師の童話』で、表紙には1人の女の子が描かれている。随分とシンプルな作りだ、紙は茶色に色付いていて、表紙のすり減り具合からもだいぶ古い本ということはわかるが……これが一体なんだと言うのか。僕は無愛想な顔をやめて校長先生を見つめた。
「君はあまりこういう子供向けの本に触れる機会がなかっただろう。君ならきっと気にいる。詫びの品としても、儂からの贈り物としても、受け取ってくれんかのう。」
詫びならば僕を女性扱いしたことと男性への異性愛を抱いたと見た事について謝罪をして貰うだけでいいのだが、まあそうとは言え僕は俗物だしプレゼントは貴重な本だ。入学祝いの贈り物として渡されるなら、僕も受け取らないわけにいかない。是が非でも貰わせて貰う、ないし頂かせて頂く。
「ありがたく戴きます、校長先生。今日は本当に助かりました、大変なご迷惑をおかけしまして。」
悲しいかな、ペコペコ国民性が出て無意識に三度の拝をしてしまった。別に敬意の表れでもないしただの形骸化した動作で挨拶の様な物だったが、校長先生も住むこちらの文化圏ではかなりの動作だ。僕が大喜びしたと勘違いされてしまった。なんだろう、身の回りにはいつもお辞儀したら逆に怒られてしまう人ばかりだから、お辞儀しなれなかったのもあるかもしれない。一回のお辞儀が呼び水となって……ありがたい話ではあるが、本が好きだと思われた僕は更に四冊の本を手渡される。校長先生が持ち運びしやすい様にと作った籠も持たされて、僕は五冊も本を持ち帰らなければならなくなった。
こちらの本は本棚を飾ると言う仕事もあるので、如何に児童書であろうと一冊一冊が『◯てしない物語』ほどの大きさだ。それが五冊だぞ、どれほど重いかわかるか? あかがね色の絹を使ったハードカバーを想像できない奴は『◯リーポッター』でも赤本でも思い出せ、その大きさのもの5冊を小学校低学年程の子供が運ぶんだぞ、無理があんだろって。
放っておけば更に貢がれそうな雰囲気があったので、僕は早々にして退散させて貰う事にした。なんだあれは、初孫を甘やかす祖父みたいな、子供のうちからなんでも買い与えてたら後々苦労するぞ?
まあ、前世の僕みたいな平民の話限定だが。石油王の息子が日本の庶民の子と同レベルは流石に問題が生じるように、校長も人間側では有数の軍事国家の士官養成の第一人者なんだからな。そりゃあ当然、健全なお金のばらまき方も身につけてくれねば。汚職が潤滑油として機能するのは中国程の国くらいなんだから。そう考えれば、僕みたいな腫れ物に何か変な気を起こさせない様に貢ぐって言うのはなかなか有効な散財方法だとは思う。
しかし、しかし今日に限ってはありがた迷惑だ。
一体どうすればいいのだろうか、クロノアデアとの鍛錬を考えれば魔力の浪費は避けたいものだが、体の強化や足の回復をせねば訓練をする時間も無くなるし満足のいく様なものはできない。悩みながらもえっちらおっちら書を抱えながら階段を降っていると、踊り場で肩に小鳥が一羽止まった。
若干の青が混じった明るい灰色の羽をしていて、ふわふわとして丸っこい鳥だ。少し魔力を探ってみれば魔術生物だと言うことがわかった。忙しない動きをしている、これはクロノアデアの魔術生物なのだろう。自惚れかも知れないが、彼女は僕を心配してくれているはずだ。少なくとも僕なら、旅に出てからずっと様子がおかしい子供が急に家を飛び出したら心配する。薄い寒色と言うのは心配などのネガティブな感情を象徴する色であるし、心配すると言う感情は挙動不信を招く。今日何か心配事があって、かわいい小鳥の形をした魔術生物を作れる人となれば、クロノアデアと見ていいだろう。
「あー、悪いんだけどクロノアデアに迎えを頼めるかな。僕はここにいるからさ、それと魔力回復用のお茶か何かを、と。」
僕はハンカチを敷きそこに本を置いて座り込んだ。校長室につながる階段なんてそう人がくるものではないだろうし、ここでゆっくりと待たせて貰っても問題ないだろう。小鳥にオヤツとして僅かながら魔力を与えると、また音もなく飛び立ってしまった。そう言えば昼にこぼしたけれども、一般の人にとっては毒草だが、僕達魔術師にとっては主に魔力を回復させる薬草ともなる植物がある。ドーズメンタ、眠りの魔術を自分から使う草がそうだ。
なぜかは知らないけれど、摂取すると眠りの魔術へ使われるはずだった魔力を奪うことができる。別に僕達魔術師に軽い魔術をかけるとその魔術に使われている魔力を奪って回復すると言うことはないので、あれは魔力を蓄えるっていう性質の草なんだ。細胞に刺激を与えると魔術が発動する……このメカニズムをどうにか突き止めれば、色々と工夫ができそうだ。クロノアデアにでも聞いてみて、わからなかったら研究でもしようかな。
そんな事を考えているうちに、ふと意識を失った。眠りに落ちたという方が正しいのかも知れない。平然としていた所、いきなり意識を失うんだ。相応の理由があるのだろう、例えば、神様の呼び出しだとかな。当然その神様の呼び出しも、相当な理由があるに違いないと、不快だ……俺は、真意を問う様に目の前にいたテンシの女を睨みつけた。




