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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
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乖離せよ

 山岡さんを慰めた後、僕は迎えに来たクロノアデアに頼み、彼女を寮まで送った。保健室では気づかなかったが、小雨が降っていたからだ。彼女は調子が良くなったら自力で帰るなんて言っていたが、どうも今にも折れそうな彼女を放っておく気にならなかった。今は馬車に自分の寮へ揺られて帰っている所だ。


「坊っちゃん、今日の授業はどうでしたか? 怪我をしたということは聞いているのですが、詳しい理由は聞いていないのですよ。」


 魔術馬車は御者の腕次第で何処にいても運転が出来るので、クロノアデアは車内で僕の隣に座りながら、なおかつ僕の肩を撫でながら聞いて来た。特に目立った外傷はないから、多分僕とお喋りをする為だけの質問だろう。肩を撫でているのは、よくわからんが彼女の精神的安定のためか?


「んー、寮まで送ってもらった子がいたでしょ。あの子の魔術を受けたんだけど、防御がうまくできなくてさ。」


 僕は今日の学校の様子を話した。午前中の授業で考え事をしていたら叱られてしまったこと、午後の授業では色々はしゃぎ過ぎてしまったこと。それから僕が負けるまでのあらましを。勿論彼女には僕が転生をしているようなことは伝えていないから、バーディヤさんと意気投合して今日友達になったことにしたりして、ある程度の脚色はしてある。


 僕は少し冗談を交えて語ると、彼女はクスクスと上品に笑みを漏らす物だから、僕はついつい饒舌になってしまう。山岡さんの時みたいに難しい話をしているわけでもないのだけれど、彼女の相槌や表情がついつい僕から舌を回らせざるを得なくなってしまう。


「あー、そう言えばクロノアデア。僕ね、やっぱり君の事が好きだよ。恋愛的な意味でも、人間的な意味でも。ずっと一緒にいてね。」


 ついつい舌を回すものだから、ついつい口を滑らすものだ。彼女は永遠を生きて、僕は今の一瞬でしか生きていけない。彼女にとって愛というのはそれだけで重荷になってしまうのだ。クロノアデアは見るからに動揺して、そうですねと言って俯いてしまった。なんと言えばいいのか、胸が重い。彼女を困らす気で言ったわけではないのだが、僕の本心からの言葉なのだ、どう取り繕えばいいのだろうか。


「あー、その、今日はさ、一緒にご飯が食べたいな。バーディヤさんって、送ってもらった子はね、商人の子供で沢山の人と食事をとった事がいっぱいあるみたいだから。別に、今は騎士爵の子供だからさ……ダメかな?」


「そうですね……問題はありません。いつかご学友の方とも一緒に食事を取るかもしれませんし、その時の練習という事にしましょう。えっと、年長の方のドロシー様にもいつか小菫を習う為に会うのですからね。」


 ああ、ドロシー先輩の苗字を伝えるのを忘れていた。というのもドロシー先輩が僕達を名前で呼びたいし名前で呼ばれたいと言ったからだ。クロノアデアは確かに山岡さんとの区別がしづらいだろうから、彼女には伝えておいたほうがいいな。彼女の名前はドロシー・カルペム、ファーストネームは教えてもらってない。まあ、神様からの授かりものだからそもそもおいそれと教えていいものでもないし。


「ドロシー・カルペム様にケラスス・ドロシー・バーディヤ様、それにクラリス・バートリー侯爵様ですか。」


 ややこしい名前してるでしょ、なんて冗談めかして言うとクスクスと笑ってくれた。人の名前をバカにしているわけではないが、まあそれでもこんなジョークはちょっと品がないので、少し恥ずかしげな様子だ。


 さて、寮にたどり着き、一緒に食事をとり入浴(?)や歯磨きなどやることを済ませ、いざ寝ようとする前に僕達は部屋で軽く談笑をしていた。そこで、部屋にノックの音が転がってきた。ベッドに腰掛けていたクロノアデアがスッと立ち上がり、ドア越しに用を聞いている間にポミエさんが部屋の乱れていた物を正していく。見事なコンビネーションだ。他人事のように関心をしていると、クロノアデアが耳打ちをしてきた。


 なんでも、僕に対して『スカラークラブ』とやらで詳しくは言えないが用があるらしい。クロノアデアは、とにかく僕に言えば分かると言っていたと伝えるのだが、僕には心当たりがない。スカラークラブは確かに所属はしているが、何か会合があるとは聞いてもいない。言えない用とは何だろうか、僕は取り敢えず要件を伺おうと外へ出た。


「やあ、チェルトルカ。……なんだもう寝てたのか? そいつは悪い事をしたなかな。いや、風の寮のスカラークラブについて説明をしようかと思ってな。」


 見知らぬ、恐らく僕が先日入会したスカラークラブに居たのであろう、先輩の言う通り僕は寝巻きだった。まあ魔術師は照明がタダだからなあ、そりゃあ寝るのが遅い人もいるのだろう。ましてや学生ならなおさらだな。それと本筋からズレるが、僕の寝巻きはけっこう簡素な作りだ。ズボンとポロシャツみたいなパジャマで、それ故にけっこう僕の玉体自身が目立つものもあるけれどな。一応先輩の手前ローブは羽織っているが、鏡を見るとすっごくだらしがない格好をしている子が写っていた。


 言えないとか行っておきながらそれだけか? 確かに大人の介入とは何につけても気まずいものだが、別にそれくらいなら素直に言ってくれれば良いものを。まあせっかくのお誘いだ、少し着替える間は待って貰うことになるが、それで良かったら是非と答えておいた。一応先輩がこちらを気遣って後日にしようと答えられるようにと思ったのだが、そんなまともな頭をしていなかったらしい、先輩はドアの前で待つと言って、ゆっくり着替えて来いと言い渡してきた。ドロシー先輩もそうだが、何故にここの生徒は遠回しな拒否を受け取れないのだろうか。行けたら行くとか、そう言う常套句がこちらには無いのだろうか?


 パジャマを一々脱ぐのもめんどくさいので適当に貫頭衣を上に着て、ローブを羽織った。小さい子供だからこそできるファッションだ。でもこう言う所を考えるに、そうだね、僕は何か悲しい事をしているんじゃないかと思うのだよ。例えば、男子としての尊厳を自分からガリガリと削っているような。


 まあいいさ。名も知らぬ先輩、あえて容姿を語るとするなら焦げ茶に近いローマ人みたいな巻き毛をした人のオス、その人に連れられて談話室に着いた。僕は談話室なんぞ今まで使った事がない……というのも、思い出して欲しいのだが、ここの談話室はゴミだ。


 談話室というのは一年生から十年生まで皆んなが使うというのに、大体のものが十年生規格で作られているからだ。思い出して欲しい、一年生というのは大体6、7歳でなるものだ。つまり、小学生と高校生が使う物を高校生に合わせて作っているのだぞ。普通は小中学、高校生用と分けて作るだろうが、なあ?


 勿論、ここは学園が所有する寮だ。今まで低学年用の施設を用意しなかったのに公爵家の隠し子の僕が来て突然という事もなく、未だ低学年用の整備はされてない。


 ビリヤードも出来なければダーツも出来ないし、ましてやソファーなんかに腰をかけるなんてジョークか何かみたいな絵面になる。多分クロノアデアあたりの膝に座らせて貰えば丁度いいのだけれど、僕は男子なんだ。そんな事できるかっつーの。


 僕が子供らしく振る舞うのは勝手だ。けどそうなった場合、何が傷つくと思う? 尊厳だ。尊厳は前々からの件で、僕がいたる所で踏みにじって来た。だから今回も踏みにじれるし、多分もう尊厳を犠牲にすることに抵抗はない。けど、今の状態じゃ羞恥には勝てないだろう。そうなれば尊厳を失った僕達はよってたかって非道に走る。僕が背丈が小さいという屈辱を受けるしかないんだよ。


 まあ、アホな思考回路は放っておくにしてもだ。まさか談話室にないからと勝手に魔術で氷やら石やらの椅子を作るわけにもいくまい。大人しく足をプランプランさせながら大き過ぎる椅子に座るしかないのだ。


「風の寮のスカラークラブでは球突きや的当てもやるが、一番盛んなのは模擬戦とカードだ。お前、カードはやるか?」


 ニヤリと笑いながら先輩が出したのは、トランプだった。チンチロなら出来なくもないが、トランプか。大富豪とポーカー程度なら知っているけどこの世界のトランプなんぞまず枚数からして合ってるかもわからんし、僕はいやあ全く知りませんので教えていただけませんかと、上目遣いで如何にも男に媚び諂う売春婦のようになって教えを請うた。ああ、尊厳が今死んだ! いや、僕が自分から殺しに行ったんだがね。だって先輩受けをわざわざ悪くする必要はないし、尊厳やら矜持ごときでどうのこうと操作できるのならそうするよ。


 得意げになった先輩は僕にまず手始めにババ抜きのルールを教えてくれた。まあ本当に僕の知っているトランプとはカードの総数も種類も違っていて、ハートやらスペードはなく魔族やドワーフで種類分けされていて、キングやらジャックはなく魔術師やら歩兵が割り振られていた。雑学好きには有名な話なのかもしれないが、クラブやダイヤは職業の暗示を示す物で、それが種族を表すんだ。面白い文化的差だとは思わないか?


 僕が心から興味津々と聞いていたからか先輩は気を良くして他の先輩数人を呼び、実際にプレイをすると言い出した。人脈が邪魔になることはそうそうないから、僕は快く受け入れることにした。ついでに、接待プレイも視野に入れつつ。


 いくら魔術師とて所詮はガキよ。それもネットもなく斜に構えた考えも持たず、ポーカーフェイスの何たるかをわかっていない。悪魔は細部に宿る、眉の動かし方、手の形、目の動き、全てがゲームにおいて殆どのプレイヤーが頼ることになる直感の材料になりうる。勿論中には理詰めで正解を探すような輩もいるが、それは一部も一部、考慮に値しない。美術的な目の使い方が鍵だ、それだけで目線はある程度察する事ができるし、緊張状態から何まで、やろうと思えば思考まであてが付けられる。そして逆も然り、相手に直感的な思考誘導も可能だ。誰がババを持っているかを予想して、機会があれば容赦なく自分の手札に加え、ゲームがだれないように上手くリリースする。


 これは、ゲームを制して上手に敗北するゲームだ。そうだな結果、僕はゲームに負けた。これは僕の腕前がひけらかされる様な感覚と、本筋とはさほど関係の無い内容なのであえてぼかす。僕が自分で作ったゲームを失敗させたとしたらひけらかすという方法は誤用性が高くなるが……秘密だ。


 さて、いらん遊び心を加えた所でだ。うむ、元々寝る準備に入っていたのに、遊びに誘われるものだからすごく眠い。ゲーム中だってうつらうつらと夢見心地がしていたし、終わった今ならなおさらと言うもので、自然とあくびももれる。


「お、流石にチェルトルカはもう眠いか。」


 連れ出してきた先輩、名前は今だに教えてもらっていないのだが、彼も僕を連れ出した張本人なりの責任とやらを無意識的にうっすらと抱いているのだろう、僕のあくびに真っ先に気づいた。そうだ、僕をとっとと返せ。


「ま、今日の所はこれで終わりにするとしよう。自分で部屋に帰れそうか?」


 帰れはするが、めちゃくちゃ眠い。いっそイーモンみたいに抱っこでも何でもして送ってって貰いたいのだけれど、今に眠気と尊厳の決着がつくから少し待ってほしい。あー、このままだと尊厳が勝ちそうだが、一緒にババ抜きをしていた恐らく男爵くらいの身分のお姉さんが送ると行って手を引いていく。


 ……まあこれならそこまで尊厳は傷つかないし、僕ほどの子供なら目を瞑ってても転ばないだろう。普段、伊達にクロノアデアとの修行をしているわけじゃない。


 名も知らぬお姉さんに部屋へ連れられ、僕はバタリと意識を手放した。


 そして、またかと言いたくなる様に、僕は『赤の世界』へたどり着いた。場所は前回イカれた鎧さんを見送った、不気味な草原に一戸ポツンと立っている家の二階だった。なあ、どうやら神様は僕に休息を与えるという物を忘れている様だが、もしかしてこれは僕への試練なのか? いいぜ、今度十分に休息が与えられる奴を見つけたら、俺がカインとアベルを再現してやるよ。


 やめろ、僕はどんだけ物騒な奴なんだよ。山岡さんは『わたし』のイントネーションを変えて自分の人格を見分けていた様だし、そうだな、僕も人格をより明確に分けて管理してやろう。そうすれば不意に出てくることも少なくなる……はず? 今こうして考えている思考は前世の思考が元になっているからそのまんまヒロト、俺と喋る思考はウロノテオス……じゃあ、ちょっと長いから、チェルトルカの方のファーストネームで、アロガンと名付けよう。まあアロガンも日本語で話すし、日本人の常識を持っているから、彼もヒロトの一面と捉えるべきなんだろうがね。


 さて、早速だがアロガンよ。僕はどうするべきかな、また何か用事があって呼ばれたんだろうけど、心当たりがないんだ。俺が知るかよ、っつーか、絵面が完全にやべえ奴だろコレ、前回のゲーム脳バカにできねーし。そういわずに、まあ仲良くしようじゃあないか。


 僕は混沌と化した思考に頭を支配されつつ、階段を下りホムラビとシュテンドウジに再開した。久しぶりにあった様な気もするが、まあいいさ、すまないが暫くここで仮眠させてくれないか? ちょっと精神が疲れててどうしようもないんだ。僕の提案がよほど意外というか、常識はずれだった様で、ホムラビはポカンとした後、僕の眠気の原因について何か思案に入っていった。だがどうでもいい、眠くて仕方がない。


 僕の眠気がこうして現実にある以上、僕としては眠れればいいのだから。


 僕はもう一度意識を手放した。

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