単純な様で何より。
「まずは一言言わせて貰うが、君には申し訳ないことをした。すまなかったのぅ。」
爺さんはバリバリの爺さん言葉を使った、語尾が『のぅ』人とか初めて見たんじゃけど。
「ヒロ、あー……チェルトルカ君。私から言わせてもらうけれど、この人は学園長。チェルトルカ君が試験で不当な暴力を働かれたって聞いて、飛んできたんだって。」
ヤマオカさん、相変わらず彼女に関しての記憶は無い。それどころか、彼女のこちらでの名前すら覚えてない。まあ向こうで家を建てる際に長い時間が経った。恐らく向こうではゆうに四日は超えている。こちらではどれほどの時間が経過したのだろうか、お腹の好き具合ではそこまで立っては無いと思うが……別に食い意地はってるとかそういう訳じゃ無いぞ? お腹が空くとかの生理現象はどうやっても進む物なんだから、大体の時間を図る際には有効な手立てなんだ。
「えっと、不当な暴力っていうのはこっちの人が試験中に後ろから背中を蹴ったんだよ。それでチェルトルカ君が倒れちゃって……。」
ヤマオカさんは隣にいる女性を見る。——何故だろう、あまり彼女を怒る気になれない。あの時は僕も気分が高ぶっていて、彼女にひどい事をしていた。効果が無かったどうのこうのは結果論だ、彼女が僕より実力がなければどうなっていたことやら。
「一応聞いておきますが、どうしてそんな事を?」
別に余りにもふざけた理由じゃなければ僕は彼女を許す、背中から蹴られて気絶したらしいが、特に後遺症はなさそうだし。所詮は子供の喧嘩さ、ていうか凄いな背中を蹴っただけで子供を気絶させる脚力……いや、文面に起こすと所詮で済ませられないか?
「その、試験中にふざけていたのが……気に食わなくて。」
うわぁ、微妙なライン。ふざけていた、お喋りしていたのは確かだし、わからないでもないが。だからと言って後ろから……とは言え反省はしているのだろう、試験の時とは打って変わっておとなしい。反省しているなら僕は許さなければならない、この僕自身が反省のできない子供だからだ。どうせ今回みたいな失敗はいつかやる、自分で反省ができない者が、どうして反省をした者を責め立てることができようか。
「ゲニーマハト君、君には本当に申し訳ないと思っている。だがどうかこの子に許しを与えてくれないだろうか、当然償いはさせる、お願いじゃ。」
ガンダルフ改め学園長先生も頭を下げてきた。ええ……別に許すけれど、こうまでしたらまるで僕が悪役みたいじゃん。後味悪いなあ、爺さんは忘れているかもしれないが子供の喧嘩に大人が首突っ込むほど子供に迷惑なのはないんだぞ。
「まあ……償いの程度にもよりますがそれで良いですよ。」
ヤマオカさんは許すことないのにと小声で呟き不満げだ。別に彼女の決めることでは無いと思うのだけれど。彼女に対する記憶がないから、どうして彼女が僕にそこまで拘るのかわからない。僕に構ってくれるのを嬉しく思うべきなのだろうが、わからないから少し怖い。
「君に感謝を。所で、2人きりで少し話があるんじゃ。すまないが他の2人は少し席を外してもらえないかのぅ。」
学園長先生はマダム・クアトロさんと言う看護婦さんを呼びつけて2人を部屋の外に出した。2人が出たのをみて、お爺さんは帽子を取って再び頭を、今度はさらに深く下げてきた。いきなりなんだ、頭をあげて欲しいと頼んだがあげてくれない。
「君の事は君のお父様と教皇から聞いておるよ。入学したらこっそりと会う予定じゃったが、まさかこういう形でとはの。その上でもう一度頼む、ワシが出来る限りの事はするからあの娘を許してくれんかのぅ。」
許すも何もない。いやホント、もう済んだ話にこだわらないで欲しい。偉い人は目下の者への謝り方を知らないから困る。この爺さんは僕が公爵家の繋がりがあることをしって怯えているのだろう。僕の器は猫の額ほどにも無いと思っているのか、それこそ失礼なやつだ。まあ責め立てる気は無いしどうでもいいのだけれど。謝罪なんていいですよ、本当に。
「そうか……君は実に優秀な魔術師と聞いた。だから君が望むなら、今回のお詫びも兼ねて魔術を教えよう。自慢になってしまうが、ワシの弟子という名前は凄いぞ。」
優秀な魔術師、コネクション……いや、別に僕は内定が決まっているからコネクションを作る必要は無い?
でもまあ他人の魔術を吸収するのはいいことだと思う、合わなければ捨てれば良いし、習っておいて損はないだろう。亀の甲より年の功とも言うしな、その観点で言ったらクロノアデアに習った方が早そうだけれど。
「ワシは帝国軍魔術部隊の元隊長、現帝立魔術学園長。それなりに権力はあるんじゃよ。」
権力、良い響きだ。——なんか思考が打算的な物に戻っているような気もしてきた。ここは蹴るべきか?いや、驚くべき切れ味の包丁を手に入れることと同じだ。それ自体は悪いことじゃない、如何に使うかだ。
だが、どうして僕にここまでの待遇をするのだろう。公爵家への媚びだったら、個人的な感情の話になるけれど遠慮しておきたいな。
「彼女もまたワシの教え子なんじゃよ、我が子同然だとも。君にも、血の繋がらなくとも大切な家族がいるんじゃないかのぅ。」
ああ、なんとしても我が子を守りたいって話か。子供相手に下手に出られるのはカッコいいなぁ。こう言う人を、僕は志すべきなんだろうか。僕は若くて未熟で、本当に周りの人へ尊敬するばかりだ。家族かあ、確かに僕はクロノアデアを……あれ、そう言えばクロノアデアを寮に待たせてたな。
「あの、時間。すみません、気絶してから何時間かたちましたか?」
三十分くらいかのう、爺さんがほざいた。もっと早く起こせ老いぼれ、僕は体を強化して急いで病室から飛び出した。ああ、山岡さんまた後で話そうね。
すれ違いざまに挨拶をして、大きめの窓から飛び降りてすっ飛んだ。相変わらず僕は浮遊の魔術の制御ができないから、石で作ったボードに捕まる形で寮に急ぐ。
幸いクロノアデアは心配こそしていたが、特に僕の試験について何も知らなかったようだ。ちょっと試験会場で知り合ったこと話し込んでいたと嘘をついて置こう。
「クロノアデア、頼みがあるんだけど。」
僕は彼女の瞳を真剣に見つめた。
「はい、どうなさいましたか。」
この願いは僕としては今までの人生経験の中で最も強いものだ。僕は、いつもの様に魔術で剣を作り出し体を全力で強化した。
「僕に全力で師事をしてくれ。僕はもっと強くなりたい。魔術師としても、剣士としても。」
記憶を取り戻す。普段考えがそれがちな僕だったがこの時ばかりは、この時ばかりは精神内で語る内容がないほどに僕は一つのことに燃えていた。
「——試験で何があったかは知りませんが、随分と熱の入った言葉。このクロノアデア・マフスフプス・エウカリス、恐れ多くも謹んで承り申し上げます。」
恭しく頭を下げられ、僕たちは森の中へと移動した。
普段手を抜いているわけではない。だが普段以上に、格段に僕は気合が入っている。以前に『虫』がついた時の様に感情の高まりが魔術として発動し、僕は体を炎に包まれた。今回はホムラビの力が混じっているからか青い炎だ、力が湧いてくる。
「坊っちゃん、その火は。いえ、何も問いません。しかし気づかぬ合間に本当に強くなられた。貴方の成長を嬉しく思います。では、行きますよ。」
今までの訓練とは違い彼女が近づいてくる。強化された僕に反応できるギリギリの速度、思いっきり彼女の剣を弾き切りつける。衝撃を逃がされたのか、空振りの様な手応えだった。気づけば横に回られていて剣で叩かれる。
「どうしました、その程度ではないでしょう。本気でかかって来てください。」
言ってくれる、僕は剣を投げつけ曲刀を作り出した。剣は弾かれたが、かと言って隙ができた様子もない。僕は一瞬だけ強化をさらに強め、彼女に斬りかかった。弾かれては叩かれる。脇が甘いだとか、足運びが悪いだとか、叩かれるたびに叱責され、その度に無言で斬りかかる。
横薙ぎ、突き、袈裟斬り。火と灰が舞い、石の剣と銀の剣がぶつかった。僕は電気を持って攻撃し、首元を狙い、目潰しに土を投げつけた。彼女は全てを剣でいなし、その都度に手痛い一撃を打ち込んでくる。しかし僕の攻勢は彼女にもある程度は手を焼くものだったのか、気づけば彼女は当初の魔術師の型から、半身になり上段で剣を水平に構える独特の型になっていた。
あの構えの利点はなんだ。魔術師の型では剣で斬られても強化で受け止められる事から殆ど防御を捨てている。だからあの構えは防御やいなしがしやすいんだろう。
何かを得るには何かを捨てなければならない、あの型には短所もあるはずだ……しかし、彼女は待たない。ごちゃごちゃ考える前にまずは斬りかかれと言う事だろうか、僕は彼女の突きを交わして彼女へ逆袈裟を打ち込むが、横っ跳びに躱されてしまう。彼女は判断が早すぎる、何か意表を突こう。僕は高く飛び上がった。
試験の時を思い出す。あの試験官は何もない場所に足場を作っていた、僕はそれに着想を受けさせてもらうとしよう。苦手な浮遊の魔術を足だけに発動させることにより不安定だが空間を蹴られる様にする。僕はまるで理想の剛体の様に鉛直下向きに走り出した、空気抵抗を風の魔術で可能な限り消し、加速度はg+a、10m真上から彼女へ曲刀を投げつけ、魔術で爆発を起こし、作り出した大剣で力強い斬り払いを繰り出した。
これだけやっても、彼女には敵わない。僕の大剣は彼女の剣で砕かれ、燃える服でボロボロの僕と対照的に彼女は涼しい顔をして立っていた。剣、もはや先の尖った石の棒をを作り続けて次々に打ち込む、今となっては投げつけるのも魔術だよりだ。その作業の裏で僕はマトモな石の剣を用意して、彼女に斬りかかる。棒の射出は僕の真横と設定したから、自分が巻き込まれる様なヘマはしない。
次々に繰り出される石の棒を彼女は剣一本で弾いていった。しかし流石のクロノアデアも僕の攻撃が混じっては人間離れした芸当を続けられないらしく、10本に一本は彼女の服や体を掠っていく。なかなかの速度で打ち出されるそれは地面に突き刺さり、どんどんと足場を悪くしていく。一本の棒が彼女の腕にぶつかった、一瞬だけ彼女の剣は鈍くなり、僕は剣を振り下ろした。
漸く一筋が入る、僕に心の緩みが出た時に彼女は力強く右足で踏み込む様に地面を蹴った。蹴られた地面を中心として衝撃波が出て僕は吹っ飛んだ。魔力的な物だったのだろう、僕の石を打ち出す魔術はかき消され、体の強化が弱まった。
彼女は身体に纏わりつく火が消え、ただ余韻の様に残った服の修復をしげしげと見ながら剣を収めた。服の修復が終わり、休憩しましょうかと爽やかに彼女は言った。
「咄嗟に魔術を打ってしまいましたが、本来ならあの魔術を使う気はありませんでした。本当によく頑張りましたね、坊っちゃん。」
微笑みながら僕を撫で付けるその言葉が、その時は何よりも嬉しかった。記憶のことなんかは、とっくに僕の頭の片隅へと追いやられていた。




