残念でしたね。
また赤の世界だ。
……頭の中がぐしゃぐしゃだ。相変わらず自分のことになると急にキャパシティが少なくなる。僕は自分本位で、自己中心的で、最低の男だ。悔しいし何より悲しい、どうして僕はこんな男なんだろう。あんなに思っていてくれた女性がいながら事もあろうに忘れ、他の女性にうつつを抜かす男、しかもずっとそれと似たような事で何回も悩んでいる。小説だったら相当なクズとして叩かれているんだろうな。いっそドンファンやらジュリアスシーザーほど思いきれたらピカレスクにでも成れるだろうか。
起き上がらずに考え事をしていると、視界の端からシュテンドウジがぬうっと顔を覗き込んできた。顔や体にパラパラと虫が降ってくる。
「ほんとごめん、今はそっとしておいてくれ。誰とも顔を合わせたくない。」
シュテンドウジは少し考えて、のっしのっしとどこかへ歩き去ってくれた。降りてきた虫たちはそのままだが、今は彼らを振り払う気力もない。
それほどにショックだった。僕は常に日本語で考え事をしている、それは僕が日本語で育ってきたこともあるが、僕がこことは違う世界で生きていたと信じ込む為に必要だった事なんだ。
低脳なガキが一つの完成された言語を築き上げることができるか?
だからこそ、山岡さんとの出会いは嬉しいものだった。今まで接点がなかった彼女と僕の間に日本語と言う共通理解があったのだから、日本語は確実に存在する。連鎖的に僕は生まれ変わる前には僕として生きていたことの証明となる。
だがしかし、だからこそ、さくらちゃんとの出会いは悲しい。人の間に生きてこその人間だ。人を人として完成させるのが人であり、人は人として生きるのだ。僕の記憶には他者という存在が欠如している、それは人として生きた記憶と言える物なのだろうか。
人でなし、薄情者、人の心を持っていない……。
「むむ……あかんねぇ、あかんよ。」
ホムラビが顔を出してきた。
「あんねぇ、無気力なのは構へんけど自暴自棄はあかんよ。いっそ呑んでスッキリする?」
まだ酒は早い。どうせもいいだろう、ほっといてくれよ。僕はもうダメだ。人として生きることができないんだ。
「別にあっちのもんじゃないから、二日酔いにもならんし脳が縮むこともないんやけどねぇ。まあええか、ちょっと話そうや。付いてきてや、担ぐけど構へんね?。」
酒は別にここが日本じゃ無いから飲むのも問題ないだろう、それでも断るのは精神的なものなんだよ。どうでもいいか、しかし先導するのか担ぐのか、これも別にどちらでもいいが。いやどちらでも良くない、1人にしてほしんだってば。
我儘言わない、なんて言われた僕は鬼のような幼女に担がれて行った。担ぎ方が雑で攫われている村娘みたいだ。
ホムラビが担いできた先は開けた平原だった。辺りを見れば白いレンガや紫色の木材、ノコギリや一輪車などの工具、それから何に使うかわからないが貝殻や砂、おが屑、木材のチップ、ペンキなど様々なものが置かれている。
「……いや、ここに連れてきてどうしろと。」
僕に力仕事は期待するなよ。ここじゃあ魔術が使いづらくて全然体の強化ができてないから、僕の体力は女子並みなんだぞ。多分同い年の子供には負ける。年下でも健闘くらいじゃないかな。
「ウチね、思ったんよ。アンタに落ち着きがないのは、家がないからやって。安心できる場所、必要やろ?」
家ね、そう言うものなのだろうか。ああしかしやっぱりか、僕に大工になれと。カーペンターになれと言うのか、残念だが絶対に無理だ、歌なら歌えないこともないんだけれどな。繰り返し確認するが家を作れと言うんだな。
「そ、作ろ。大丈夫、ここでどんなに時間が過ぎても、向こうで目がさめる時は一緒や。」
……ああ、そう言えば向こうの僕はどうなったんだろう。急に気絶したけれど、理由が謎だ。まあ考える気は無い、僕みたいな人間がどうなろうと構わない。それよりも今はこっちだ、作ろなんて言われても建築学とか知識は無いし無理なんだよ。
「あるやろ。化学? やら、物理学? やらなんやらの知識が。」
そんな知識と言われても……まあ、確かにそうか。太古の昔人類は洞穴に住み、その後は学術的知識を持たずして家を建てて行った。知識もありこの場に道具もある僕ができない道理がない。
例えばコンクリート、これは化学の知識でどうにかなりそうだ。まず貝殻の主な主成分は炭酸カルシウムCaCO3、詳しい化学反応式は省くがこれを焼いた後に砕いて水を加えて行けば確かセメントになった筈だ。セメントに砂利やら何やらを混ぜればコンクリートになる……筈だ。何やらの部分をおそらく酸化鉄とかの無機物が混じっているであろう赤土にしたいのだけれど、ここら辺の土は血に染まってるみたいでみんな赤いし、組織が違うかも知れなくて水硬性が発揮されるかどうか。
だが建築学、つまり丈夫な骨組みだとか構造の方はいけるかも知れない。力学の応用で力をうまい具合に脆いところから強いところへ逃せばいんだ。一々整理して考えるのは面倒だが、僕の頭ならできると信じよう。
「ああでもセメントの火力……いや、ホムラビがいるか。だがpHが……いやいける。安全牌の木材で行くか?せっかくの材料、使わなければ勿体ないような気もするし、そもそも材料が明らかに足りない……だがその労力にみあう結果は得られるのか?」
ブツブツブツブツ念仏を唱えるように思考の回廊を歩んでいたら、ケラケラとホムラビが瓢箪を呷りながら笑ってきた。真剣なんだぞ、君の注文だから悩んでやっていると言うのに。
「でもほら、覚えてたやろ?力仕事とか、1人でできん物も指示さえあればウチらが手伝う。ま、取り敢えず家や。」
ウチら、この言葉に違和感を覚えた時にいつのまにシュテンドウジが付いて来ていたことに気がつく。彼も応援をしてくれるらしい。そうか……そうだな、取り敢えず家を作るまでは現実に返してくれなさそうだし取り敢えず気軽に立ててみるか。
「まずは土台から始めよう、こんなふかふかした芝生の上に家を建てても結果は目に見えている。」
それから僕は黙々とシュテンドウジ達と一緒に穴を掘り、砂や礫を敷き詰め、木の杭を打った。その際にホムラビがデザイナーになったというか、間取りをしつこく注文してきた。自分で住む家じゃあるまいし……いや、そういえば今までアイツ野宿してたのか? この世界に夜が来るかは知らないけれど、アイツは本体から離れてこの世界に住んでいるらしいし、この家は僕が住む家じゃなくて実はアイツの家なんじゃないのか?
一抹の不安を抱えつつ、土台を作り上げた。ああ今気づいたが、家づくりはあまり関係のない話だから詳細を省いて伝えよう。
ホムラビが貝殻を燃やし、シュテンドウジが作った木の棍棒でシュテンドウジが貝殻を砕くき、僕がそれをクワで水や砂などと混ぜてコンクリートを作り、シュテンドウジが土台に自作コンクリートを使いレンガを積み上げ、シュテンドウジが梁を張り、シュテンドウジが切り倒した丸太をシュテンドウジが加工した木材を床板に張り、シュテンドウジが加工した鎧戸を窓枠にとりつけ、シュテンドウジが作った扉を建てつけ、シュテンドウジが作った屋根板をシュテンドウジが取り付けた。
読んだか?
ああ、読み飛ばした人に教えといてやるが大半はシュテンドウジが作ったって内容だから読む意味は薄いぞ。
「ふぅーできたできた。よぅ頑張ったなぁシュテンドウジ。アンタも、作り方教えてくれてありがとねぇ。ウチだったら絶対に焼いた貝を水と混ぜるなんて思いつかんわぁ。」
別に僕も思いついたわけじゃ無い。発言を訂正させようとするが、それでも専門家でも無いのに使えることがすごいなんて言われた。まあ、我ながら僕もよくこんなものを詳細に覚えていると思うが。やっぱり記憶が外付けの物なんだろう、脳とは違ってメモリの容量で勝手にデータを削除はしない……人間関係は知らないが。大体アレは正直に言えば配合する材料がちょっと微妙だった。物によってはただpHが凄まじい泥になる可能性があった。まあそんな泥でもホムラビが焼けば煉瓦のように固まるだろうが。
「うん、それでな。例えば家族との思い出とか、そうゆうのって記憶やん? その記憶……取り戻せるとしたら?」
教えてくれ、すぐに僕は彼女に迫った。腕を強く握ったが振りほどかれた、というよりなんか良くわかんない柔道の技みたいなもの仕掛けられた。結構本気でやられたらしくメチャクチャ体が痛い。
「落ち着きぃや。強引なのもええけど、今はそんな気分とちゃうから。」
でも元気が出たのはええことやねぇ、ホムラビは笑いながらいう。そう、僕は『取り戻せる』という発言が気に入った。『取り戻せる』と言うことは、僕が単に忘れたわけじゃ無い可能性がある。どこに保管されているのかはわからないが、僕の記憶は僕では無い第三者の手中にあり、手段はどうあれ僕の意思で返してもらえるといことだ。
もちろん、ただの比喩であるかも知れない。だが重要なのは可能性があると言うこと、自分を嫌悪をしていた僕にはそれで充分だったのだ。
「ウチは鍵や。アンタの記憶の鍵、アンタが穴に差し込んで捻れば記憶にたどり着ける。」
ホムラビが記憶の鍵、そう聞こえると彼女が愛おしく思えてきた。ああクソッ、だからそう言う軽薄なところが僕が嫌う一面なんだって。記憶のあるなしじゃなく、素の性格として嫌いだ。人の好き嫌いはどうしようもない物ではあるので、この気持ちを受け入れるほかないが。
「鍵穴に差し込んで捻る方法は……戦うことやね。ウチが意地悪してるんとちゃうよ?この世界のルールや、文句は作ったやつに言うんやなぁ。」
戦う事?
何と、僕の記憶を持っているやつとか。
「フフフ、まあ家ができたから安心して眠れるわ。だから、せいぜい頑張りや。」
ホムラビはシュテンドウジの首根っこを捕まえると、虚空を蹴るようにして家の屋根に飛び乗り、そして何かを呼ぶように指笛を吹いた。
そしてソイツは芝生の中から這い出てきた。
ソイツは一般的な男性くらいの背丈だった。だがどうにも現実離れした格好をしている。部分部分がコンセプトが違うゴツゴツとした厳つい鎧に、刃元を布で包んだだけの無骨な大きな曲刀を担いでいる。統一感を二の次にして性能が良いだけの装備を選んでしまったような、どこかゲームを思い出させるような格好をしていた。
コイツと戦うのか。僕が覚悟を決めようとした時、世界が縮んだ。気付けば半径15mほどの円形舞台の上に僕達はいた。訳がわからないが、恐らく夢の中での生活区である『赤の世界』から鍵穴である『戦いの世界』へと場面が変わったのだろう。
いつの間にか魔術が使えるようになっていた。何もわからないが取り敢えずコイツを倒せばいいんだ、思いっきり体を強化してソイツを殴ろうとした時だった。
急に舞台の端の方で光が上がったかと思えば、そこからもう1人の男が出てきた。コイツは前の人とは違って、服を着ていた。スーツと燕尾服の中間のような、ゲームで言えば中盤以降に手に入るような感じの服だ。持っている武器もレイピアにクロスボウ、どちらも装飾が多くて強そう。
さっきから思考がゲームに引っ張られる。もしかして僕の前世の記憶から強い敵を選んでいるのか?敵なんてもの現実的にはないから、それならばうなづける気持ちもするが。
とにかく鎧の人と洋服の人は軽い感じで何か言葉を、恐らくは挨拶を交わすと、鎧の男は僕に無言で切りかかってきた。まあ戦闘開始の合図をする方が不利だし僕も勝手に殴りかかろうとはしたけれど。
男達は強かった。
より詳しく言えば洋服の男は強かった。彼らの強さはバラバラで、大きな刀を振り回す男は動きも遅く力も弱かった。だが彼が10回くらい僕に大なり小なりの攻撃を当てると、今度は洋服が前に躍り出て素早い突きを数回僕に当てた。当然のことながら痛かった。
そして僕は死に、現実の方で目が覚めた。
病院の様にベッドが並んでいて、ベッドの横には不機嫌そうな山岡さんと申し訳なさそうな女性試験官、そして誰かはわからないが如何にも魔術師をやってそうな、ガンダルフよろしくのお爺さんが椅子に座って居た。




