会えて良かったですね
僕の気分は少し上がっていた。おかしいな、多分あの女の魔術だ。きっとそうだ、僕の気付かないうちに精神汚染の魔術でもかけたに違いない。心の奥底で虫がその仮説を否定する様に蠢いた気もするが、まあ気のせいだ。
最初に石のサーベルを用意して斬りにかかったが、すんでのところで体の強化をされ、しかも猫の様に華麗な着地を見せつけられた。2回目の攻撃は見切られた上にサーベルを砕かれた、なんだあのゴリラ、魔術があるとはいえ女みたいな馬鹿力だ。あれ、ちょっと間違えたな。まあ誤差よ。大体威力を上げるためにサーベル状にしたから若干脆くはなっているが、石を砕くってどういう……。
女は無手、此方も無手。体格差の問題で僕と彼女が接近戦を行うのは無理があるな。……魔術生物でも作ってみるか。僕は右手で強力な光の魔術を発動させ相手の目を眩ませ、今度は左手で地面に魔術陣を書き上げ発動させた。
急いでたのと左手で書いたのもあって陣自体の出来はひどいが、魔力を余分に消費してゴリ押しをした。
「歌えや踊れや飲めや吐け、心の赴くままに遊び行け。母は全てを許そうぞ——ヒトダマ!」
魔術陣の線からから青い火が漏れ出し、瞬く間に一つの姿を取った。
『WWWRRRRRAAAAAAAAA‼︎』
耳をつんざく様な甲高い奇声に思わず耳を塞ぐ。出所は勿論、僕のヒトダマだ。耳を塞いでいる間も勿論ヒトダマは奇声を上げ続ける。悲痛な叫びにも聞こえるし、子供が上げる歓喜の叫びにも聞こえるし。
女を見ると狙い通り、その綺麗な服はボロボロになり覗かれる肌には火傷を負っていた。ヒトダマがやや長過ぎる叫び声を上げるたびにその身は傷ついていく。僕は魔術陣に力を込めてから、何もしていない。強いて言えば耳を塞ぎながらニタニタと人の悪い笑みを浮かべてるだけだ。
全部ヒトダマの魔術だ。魔術に発動させる呪文は奇声で、魔力は僕が込めた魔力と周りにある奴をちょこっと拝借した奴ね。取り敢えず彼女に斬りかかるついでに付けておいた印に向けて雷の魔術を打つ様に命令をしておいた。
ふふふ、僕とて帝都に着いてからただベラベラと喋っていたわけじゃない、クロノアデアを探す際に使ってからは毎日練習してたんだ。いやー、他の魔術と比べて修練度が低いのだけれど、こうも上手く働いてくれると笑いが止まらない。だがまあ少し反撃が怖いのでとっとと移動する。
ヒーッヒッヒッヒッ、おっとつい品のない笑いが。……こうやって馬鹿なことをするのは楽しい、もちろん彼女には悪いことをしていると言う意識はある。それでも僕はやめられない、と言うか今の攻撃をどうせ彼女は屁にも思わないだろう。まあ彼女の服の賠償を求められることはあり得るが。だが遠慮しないで来いと言ったのは向こうだし、僕の全力の一振りを受け止めて置いてまさかあんなゴミ魔術で後に響くほど堪えることはないだろう。
僕は常にクロノアデアから学んでいるのだ。格上相手に攻めの手は休めてはならないし、相手の攻撃に対する対策を怠ってはならないと。どんどんと魔術陣を設置して喧しくがなりたてる様に笑うヒトダマを産み出しておく。等間隔に、円を描く様に。しかし動いてヒトダマを狩りに来たりしない女が不気味だ。勿論出来るだけ早く動いているのもあるが……何か一撃必殺の技でもあるのだろうか。
まあいい、僕が円形にヒトダマを産んで行ったのは訳がある。まあ大体分かるだろう、魔術陣の製作だ。何かをやられる前にやる、やりきれなくても相手に行動の自由は許さない。故に僕は彼女の足を止める為に——
「じゃかあしい! ちょこっちょこちょこっちょこウザったいのよ! 最大火力で来なさいよ!」
魔力を込めている際に殴り飛ばされた。痛い、何も顔を殴るこたぁないと思うんだが。しかも全力で殴ったのだろう、平均的な子供の体格をした僕が射角45度で飛ぶわ飛ぶわ。痛かあないが、ちょっと怖いだろう。
だが残念だったな。僕の魔術は、既に作動している!
「喰らえアマ!半径10mの、……何かを!」
エメラルドは使ってないし、スプラッシュも微妙だな。大体、レディかどうかはともかく女性にアマってどうよ。いやだからと言って男性にアマなんて言うかと言えば話が違うんだけど。
僕が作動させた魔術は簡単、結界だ。僕を殴りにかかって来たことでギリギリ範囲に留められている。あの様子じゃ僕を殴りに来ないで逃げ出しておけば術にかかることもなかっただろうに。あの魔術陣は物質的な出入りがかなりの力を持たなければ不可能である結界を作り出し、その後に結界内を魔術で一気に腰元まで水を満たす。そしてそこにかなり短いスパンで雷を吐き出し続けるヒトダマ……後はわかるな?
まあ無駄だった様だが。やはりあの女はゴリラらしい、魔術を物ともせずに結界をぶち壊し、吹っ飛んでいる僕を空中で捕まえてきた。
Q.化け物ですか?
「アンタよか人間らしい心してるわよ!」
こいつ心が読めるのか……?
まあいい、彼女は空中にどうやってかスッテプを作り出したらしく、どこまでも吹っ飛び続けそうな僕を軌道の途中で逆の方向へ投げ飛ばして今度は地面へと投げつけてきた。
ちょっとはしゃぎすぎたかな、服もボロボロになっちゃったし。服を魔術で直しつつ風の魔術の応用で優雅に着地した。まあ優雅かどうかなんて他人が決めることだし、今更取り繕っても遅い感じはするが。
「アンタ、正気!? 私はともかく、周りの子の目が潰れたらどうすんのよ!」
周りの子……?あ。
「うっかりしてましたー、みたいな顔すんな! もうアンタは危ないから次! そこのオドオドした奴、さっきこいつと話してた!」
強制終了させられた……因果応報、自業自得といえばその通りなんだが、だからこそ心に刺さる。おのれ虫め、奴が僕を興奮させたに違いない。全くけしからん奴だ。
「は、はい。エラブル・クラリス・バートリー! え、ええと……杖で行きます!」
——杖か。無手じゃなくても打てるようになったのか?
僕が適当なことを考えているうちに彼女が名指しされてしまった。あまり運動は得意じゃなさそうだが……あんまり危ないことはしてほしくないんだけどなぁ。まああのゴリラみたいな女は僕より強いし、手加減してくれるだろうから杞憂か。
「ねぇ、ちょっといいかな。」
後ろから声をかけられて振り返ると、猫耳を生やした女の子がいた。猫耳……初めて見た。ちょっと骨格とか頭の構造が気になるけれど結構可愛い。
「あ、フフ。気になる?私っていわゆる獣人のハーフなの。さっきの試合、凄かったね。——『ヒロトくん。』」
「あ、『日本語』。」
思わず目を見張り、目の前の彼女を直視する。
長く聞かなかった響きだ。僕の、元々の名前。
呆然としている僕に対し彼女はグスグスと泣き出して、僕はどうすればいいのかわからずにいた。慌ててポケットからハンカチを取り出そうとしてもたつく。
「ようやく会えた……本当にヒロト君なんだよね?」
僕の名前を知っている。彼女は誰だ、僕の知人か。僕の名前を知っている女の子、いやなにより僕がこんな形をしているのだから男でもいいのか。
「あ、ああ……でも、ごめん。どうして僕だと?」
愛しい、クロノアデアを見た時のように脳が彼女を求めている感じがする。彼女は誰だ、僕を名前で君呼びだなんて相当少ない。先生か、母か、クラスメートか?
ああ、泣かないでくれ。今すぐに君と話がしたい。何より僕の理解者がなく状況なんてほしくない。
「わかるよ、それくらい。ずっと会いたかった。ずっと、ずっと探してたんだよ。」
僕を探していた。嬉しい言葉だけど、名前も分からなければ顔も思い浮かばない。このクソ頭、どうにかして交友関係のある人物の顔の一つくらいは思い出せ。彼女は覚えているんだ、僕が思い出せないわけがないだろう。この役立たず、余計な知識ばかり覚えて肝心な記憶は思い出せないじゃないか。
「——そうか、ごめん。心配かけたね。でも、本当にごめん……僕には君が誰だか。」
こうして敢えて君を騙すような言い方をするのをどうか許してほしい。心からそう思う。本当にごめん、もう誰も覚えていないんだ。記憶が思い出せないんだ、君を傷つけたくないから誰だか分からないだなんて。
「ううん、気にしないで。私もヒロト君だって、殆ど直感みたいなものだったの。私、桜だよ。今はケラスス・ドロシー・バーディヤって名前だけど、桜って呼んで。」
「——山岡さん。」
口が水の流れるように『音』を出した。どうやら山岡が彼女の苗字だったようで、泣き崩れそうな顔を浮かべながら笑いを漏らしている。山岡桜、彼女はそういう名前らしい。ああ、灰色がかった記憶が蘇ってきたような気もする。彼女は……優しい子だった。
「フフフ、こんな時までヤマオカさんって言わないでよ。小さい時みたいに、桜ちゃんって、呼んで。いいでしょ?」
さくらちゃん、僕は彼女をそう呼んでいたのか。僕にしては馴れ馴れしい呼びかただし、小学生かそれ以下の年に知り合った人だ。今の思考が馴れ馴れしいかどうかなんて置いておいて。
「なんか気恥ずかしいけど……さくら、ちゃん。久しぶり。その、なんて言ったらいいか。」
山岡桜、今も微かに残ってくれている記憶によれば優しい子だったらしい。下心なしに彼女と話がしたい、1分前の名前を呼ばれた瞬間には純粋にそう思っていた。今は違う、彼女の事に僕の過去、前世の何もかもが知りたい為に彼女を利用する形で話がしたくなっていた。
「さあ、私も知らない。でも、これからはずっと一緒に。ね?」
『ずっと一緒に』と涙ながらに語りかける彼女————彼女を知りたいと自分本位な下心、ちょっと運動しただけで制御も効かせられない未熟な精神。僕は彼女に相応しい人間なのか。それに第1、クロノアデアという思いを告げた女性がいながら、今まさにその気持ちを無視している僕。
なんて醜い男なんだろう。
僕の目の前は真っ暗になった。




