出会え
父との密会の後、僕はとっとこ追われるように馬車で帰っていった。クロノアデア曰く思った以上に長引いた為だと言う、騎士の子供が公爵に長く合ってると変に勘ぐられるらしい。お陰で兄や弟達に会えずに帰ってしまった。まあ会ったところでと言うのもあるが。子供の口は軽いから父さんは僕の事を誰にも教えてないらしい、僕の出産に立ち会った人たち以外は誰も僕の素性を知らないので、生き別れの兄と奇跡の再会もない。父さんの件は向こうが会いたがっていたから意味があったが、兄やら弟に興味がわかない訳ではないのだけれど、かと言ってそんなに会いたい訳でもない。
しかし公爵家別邸、黒の邸か。赤の館とはまた違った毛色の怖さが合ったな……。
まあ怖くはあろうともだ、今は目の前のことに集中しなければな。僕は今、羊皮紙に書かれた簡単な算術を解いている。そう、遂に学園の受験をしている。
受験なんて言っても、ここにいる人たちは殆どみんなが学園に受かる。今やっているのはクラス分けの準備みたいなもんだな。学園つったって日本みたいに制度がしっかりしてる訳でもないし、軍人魔術師を育てるための学校だから入学人数に制限を設けられてもいない。貴重な魔術師を切るわけがないだろって話。今ここで受ける試験では魔術がチャッカマン程度とか何ら価値を見出せないヘボ魔術師を落としたり、あるいは入学して何かを学ぶには幼すぎる子供を落とす以外のことはしていない。
よって設けられた試験もテキトーだ、字数制限のない文章の要約だったり性格診断テストだったりな。性格診断っていうのはアレね、女子が好きそうな根拠の薄いやつじゃ無く倫理のトロッコ問題とかをソフトにした感じのテストね。やってて欠伸がでる。
問題を全部解き終わって筆記試験終了までヒマだ、何もやることがない。性格診断テストで何時ものようにダラダラとどうしてこの回答に至ったかを書いてもいいが、僕がそうしようにも回答スペースが足りない。
カリ……カリ……ペン先で紙を引っ掻く音だけが部屋に響く。人は全くの無音を静寂と判断しがちだが、僕はごく僅かに音がある方がより静寂であると思う。
この部屋には僕の他に受験生が27人、試験監督者が2人がいる。こんな試験をカンニングって知恵のあ る子が落とすとは思えないが、まさか試験監督の監視か何かか?
試験会場は普段教室にでも使っているであろう場所で行われている。しかし流石は人類文化圏唯一の学舎、机や椅子に設備からして違う。クソみたいな設備の日本とは違って椅子にクッションがあるし机はアンティーク調のお洒落な物、床には煌びやかなカーペットが敷かれている。教壇には試験薬や実験器具らしき物々が置かれた長机が採用されていて……この中にいる殆どが軍人になるが、聞いた限りでは僕は巫女だかなんだかになるらしい。国中から集めても一年に数十人しかでない魔術師軍人となればこの高待遇も納得だが、実際に戦力にカウントできない巫女あたりでは破格の物だな。うむ……巫女というものの仕事が何かを知らないからこう言えるだけなのかもしれんが。まあ悪いことばかり考えていても仕方がないだろう。
思わず出かけたあくびを噛みしめていると試験管のお姉さんと目があった。試験管の2人は若い男女で恐らく二十代頭かティーンエイジャー。バイトか何かかだろうか、まさか純教員という訳ではあるまい。しかし、アレだな、うん。余計なことを考えていたら目をそらすタイミングを逃した。ああ言わんとすることはわかるよ、たしかにここで僕が目をそらすのは簡単だ。だが簡単だと言ってもそれを実行できるかは別な話だ。例えば気に食わない奴がいても殴るのは簡単だろう、背後から近づいて鈍器で後頭部をガツンとすればいい話だ。だがその後に来る社会的結末は避けられない、だからみんなが実行できない。それと似た様なもので、一度目を合わせた以上こちらから目を逸らすのは。いや、なんら似ていないな。
まあ矜持よ矜恃。目をそらしたら負け、そらさなかったら勝ち。ハッキリして良いものさ、僕の愚鈍な思考の中では実に明快かつ容易に解明可能なルールだ。それだけで守るべき価値があるってわけ。お判り?
わからない。あ、そう。
しばらく無心でお姉さんと睨み合った後、試験官のお兄さんがペンを置いてくださいと言い出した。テストは終わったらしい、お姉さんたちが2人で解答を回収して来る。もちろん、僕たちは睨み合ったままだ。くだらない、とっととこの遊びをやめたいんだけど。僕の前にお姉さんが来たので目を見ながら紙を差し出す。
……なかなか受け取らない。まさかこの娘、受け取ったら僕から目をそらさなきゃいけないから目を逸らさないのか。僕から紙を受け取ったら後ろの子の紙を受け取るために僕から視線を逸らさなければならない、だから目を逸らさないのだろうか。だとしたらそれは僕の勝負に乗ってきたということで、つまり僕と同じ精神年齢ということになるぞ? その年で僕と同じ土俵に立つなんて、頭にそうとう愉快な虫が湧いているのと同義だぞ。うわぁ……これは頭の病気ですね。なんだこの人、たまげたなあ。
お姉さんが後ろからお兄さんに叩かれて正気に戻った。そして文句を言いたそうな目でお兄さんの方を睨みつけ、不承不承に紙を受け取った。せっかくなので僕はこの勝負は僕の勝ちだと言わんばかりにニヤニヤと小馬鹿にする様に笑っといてあげる。この一連の流れでは話の進行上、大前提として僕は罵倒に使えるほど低いレベルだということには触れてはならない。
ふう、さて筆記の次は実技試験に入る。幼い人を振い落としたから、次はチャッカマンの人をふるい落す訳だ。まあコッチで落ちる人はそうそういないと思うが……。若干苛立った様子のお姉さんの案内に従い、僕たち受験生は回廊を歩んでいった。
私は混乱している。
それと言うのも、件の私の想い人のためだ。ヒロト君、私の前世からの人、愛しい人。
私はこの日をどれほど待ちわびていたか。最初に彼を市井で見た時は少し驚いた、なんと彼は女性に生まれ変わっていたのだから。私が彼女に彼であると確信を抱いているのは、直感である。私は生まれてから彼がこの世にいると直感で確信を抱き、そしてまた直感で彼が彼女であると確信をしたのだ。
市井で一目見て、商人の父に彼女は恐らく私と同じく学園に入るのだろうと聞き、この日を待ちわびた。
彼は試験会場である教室にメイドと一緒に来た。その宝石の様に美しい瞳を初めての時の様に泣き腫らしてはいなかったが、だからと言ってメイドに虐められていないかはわからない。今すぐに話しかけて彼の環境を確かめたかったが、生憎すぐに試験開始になってしまった。だが彼は私より前の席に座ったので、試験の最中はずっと彼を見つることができていた。少し嬉しい。
そして私に見つめられている彼は、何故かずっと試験管の女を見つめていた。女は彼を見つめ返し、何時間も見つめ合っていた。妬ましい、なぜ見ているのか。女の顔に何かあるのか、そりゃあ私の顔は幼すぎるし女性的な魅力に優れているとは言えないが、それは蕾の状態だからこそと言うもので……女も女でいつまで見ているつもりだ、とっとと目を離せ。
女がようやっと彼から目を離したと思えば、今度私が話しかける前に教室を移動させるなんて言い出した。移動中のおしゃべりはありだろうか。いや、無しだろうと関係ない、チャンスがあればいつだって関係ないさ。
声をかけようと足を早めた瞬間、彼は私の知らない少女に声をかけた。青みのある黒におどおどと何にも決められなさそうな女子、しかしそんな面白みのなさそうな彼女に話しかけた彼の表情は楽しげだ。面白くないが、まあ敵を知り己を知らばなんとやら、情報収集は大切だ。耳を澄まして会話を聞けばそこそこに役立つ情報も手に入った。
彼はチェルトルカという家の子らしい、おどおどとした女は侯爵家の娘らしいが……彼は公爵家の馬車に乗っていた別の家の人、公爵に嫁ぐ予定だったらそれもあり得るしそうなれば彼が侯爵の身分でもあり得るか。侯爵か、一介の商人の娘である私がそうやすやすと話しかけても良いのだろうか。……うん、少し様子を見よう
聞き耳を立てながら移動する、どうやら2人は魔術のことで話をしている様だ。杖を使えるかだの、ルーンさえあれば剣でも打てるだの、魔術の話にマトを絞っている。これから実技試験を行うんだから、自然であるといえば自然だ。だが違和感がある、彼は頑なにあの女子の名前を呼ばない。私にはわかる、こう言う時の彼は相手の名前を忘れている。あるいは知らないかだが、あんなに親しげに話しておいてそれは……いや、彼の性格上十分にあり得るな。
試験管のいけすかない女の案内によって連れてこられたのは校舎の外にある芝生、ここで魔術を使えという事らしい。実技の試験がどんなものか知らないが、適当な的を用意して単純に魔術の威力を目視で測るのならば光の魔術や火の魔術は少し不利だろうか。しばらく指示を待っていると今まで一言も喋らなかった女が口を開いた。
「えー、皆さんにはこれから順番に私と戦ってもらいます。何か質問は?」
女の色々と足りない口上を聞いて試験管の男が説明を怠るなと注意を飛ばした。女がブツクサといいじゃないかと言っていたが男は無視して私たちに女の代わりに説明を始めた。
一つ、これからやる試験はパスができる。これというのも、私たちは魔術で体を強化しなければ追ていけない速度で歩行をしていたので既にある程度は私たちの実力が保証されているから。
二つ、この試験は班分けに使われる。この学園の行事などで班別行動があるのだが、その班をこの試験の結果を考慮して作成するそうだ。成績が優秀な班には相応の待遇をする。
三つ、この試験の結果は入学後の班にも影響する。だからこの試験を受けるだけで受けていない人がいる班より班としての成績が上がる。受験生はできるだけ受けてほしい。
四つ、試験はさっきの女の試験管との戦闘とする。武器は何でも使用可能、杖でも斧でも男に言えば用意してくれるそうだ。あとついでに、女は思考能力こそ残念なものだが実力は折り紙つきだから遠慮せず戦ってほしい。
……これ四つに分けていう必要あったか?いや、幼児に説明するんだしステップバイステップで説明した方がいいのか?いやまあ、考えるだけ無駄だ。なんにせよ女を本気で殴れば済む話だ。そうすれば彼と同じ班になった時、彼に貢献ができる。彼は意外と現金な面もあるから、私の覚えが良くなる、そして彼から好意が……ふふふ。
「質問は無いわね。じゃあそこの女子、さっき私をずっと睨んでたアンタよ、女の子の癖に自分を僕って言ってるアンタ。まずはアンタからボコボコにしてあげるわ。」
睨んでいたといえば、彼だ。私が妄想に走っている間に彼が名指しされてしまった。どうしよう、別に彼は運動できないって言い切れるほどではなかったが、運動神経は悪かった筈だ。あの女は明らかに私怨を持って指名した。危ないことはさせたく無い、辞退してくれないだろうか。
「はぁ、わかりました。いやさ仕方ないけど女子……。」
私の心配をよそに指名された彼は何か不満げに小声で喋りながら女の前に歩みでた。勇み良く歩く彼は凄くカッコよかったが、男が水を差す様に紙とペンを手に名前と使用武器を教える様に言った。
「名前……アロガン・ゲニーマハト・チェルトルカ。チェルトルカ家長男、魔術師流の剣技を扱います。」
そう言って彼は何でも無い様に、何も無い空間から灰色の刀の様な物を引き抜いた。
男?決してそうは見えないが、長男と言ったのだろうか。
彼はつまらなそうに『それじゃあ、いきまーす。』だなんて、まるで体育の授業でテストをするかの様に呟いて——
——次の瞬間には女の人が10mほど後ろに飛んでいた。女がいた位置には刀を振り下ろした後の彼がいた。少し機嫌を良くした様な表情の彼はまた消えて、今度は女の目の前で刀を振り上げる様な姿勢で固まっていた。
彼が重なって上手くは見えないが、女が刀を受け止めたようだ。女は刀の刃を握り潰して砕いたかと思えば、2人して20mほど飛び退いて離れた。
私は、彼らが何をしているのかがわからなかった。




