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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
44/167

心の整理

影響受けやすい単純な性格をしているから、やったゲームや見た映画を基にネタ帳がボコボコと膨らんでいく。

……アイデアをパクるわけじゃなく、参考にしているつもりです。自分流に解釈や変更を加えています。本当です。

 

 目がさめると、辺りは紫色の草が生える赤い湖畔だった。空はこげ茶やら赤が入り混じった暗い空。これは——いつぞやの夢の中か。前にこの夢を見たときは確か……魔術に目覚めた時だったか。


 なんで今更この夢を見ているのだろうと考えていると、何か腐ったような生暖かく刺激臭の孕んだ風が顔を撫でた。思わず顔をしかめる。凄いリアルだ、これは本当に夢か?


 取り敢えず夢から醒めるまで適当にふらついておこうと歩を進める。確か前回は泉の中からこの夢が始まったんだっけか。もっと小さい時に一度だけ見た夢を僕がこの夢を今更見ることに何かあるのだろうか。夢に理由などないと言われればそれまでだけど。


 湖畔から離れ深い紫色の森を歩いて行く。地面はぬかるんでいて、一歩歩くごとに裸足の足にベトベトとした血のような液体が跳ねてきた。森はとても深く、段々と陽の差さない真っ暗な場所になってしまっていた。暗中模索で及び腰になって進んでいると、急に何かガサガサとしたモノが顔にぶつかった。


 尻餅をついて見上げると、何も見えないはずの暗闇の中にハッキリと見えたのは薄ぼんやりと焦げた死体。


 驚きのあまり声が出ない。いや、体が凍りついたかのように動かない。


 すぐにわかった、死体は僕を襲ってきた彼だ。


 死体の口から体の平べったい虫がゾロゾロと出てきた。虫の形はよく見れない、だがハッキリと虫だとわかる。嫌だ、怖い怖い怖い。ヒタヒタと数歩距離を詰めて、腰を抜かした僕に死体は覆い被さってきた。ぬらぬらとした生暖かい舌が僕の頬を舐めた、舌沿いに走ってきたギラギラとした光沢を持つ虫が僕の顔や体を弄る。


 死体が口を動かした。焦げた口から漏れ出したのはかすれていて、まるで音割れしたかのような不快な音だった。雄牛の鳴き声のような、獅子の咆哮のような音であったし、およそ人間に出せる音でも聞き取れる音でもなかった。


 それでも彼の言っていることが不思議と頭に入ってくる。


【俺は、お前を許さない————!】





「坊っちゃん!目を覚ましてください!」


 その一言で僕は目を覚ました。いや、半覚醒状態になった。クロノアデアの顔を見れたが目の前に虫がいる、死体も見える。右目と左目が違うものを見ているように、夢の世界とこちらの世界が重なってみえているのだ。


 自分でも錯乱状態であることがわかった。わかっていても止められない、口を開こうにも意味のなさない悲鳴しか上がらない。


 虫や死体を退けようと魔術を使ったり、腕を振るのだけれど夢の世界には何も影響が出ない。


 どうにもならない、どうしたらいいんだろう。焦れば焦るほど思考がまとまらなくなってくる。


 僕は虫と死体から目を逸らしたくて必死に目を瞑ったが、彼らが消えるどころか僕の目は開かなくなり、再び夢の世界の方へ移ったらしくクロノアデアの姿も何も見えなくなった。暗闇の中で感じていた彼女の手の温もりも薄れゆく、僕の手からクロノアデアの手の感触が消え、彼女の手を離すまいと強く握りしめたがどうにもならなかった。


 だが夢の世界に移れたことにより、腰は抜けていても腕が振れるようになった。虫を払って死体を押しやって、うまく動かない脚を使って暗闇をほうぼうの体で走った。元々森だったはずの場所はどこまでも暗くて、どこまでも何もなかった。


 明かりが欲しい、そう思って明かりの魔術を使おうと思ったが何故か発動しない。今まで魔術に頼って生きてい

 た分、怖い。


 明かりが欲しい、誰か助けてくれ。


 誰か。


「呼ーんーだー?」


 聞いたことのある、可愛らしい幼子のような声がした。


「なんて……アンタがちゃんと呼んでくれたから来れたんやけどねぇ。でもなあ坊主、なんでうちの事ホムラビって呼んでん?名前はちゃんと覚えなあかんよ、今回みたいな時に駆けつけづらいからねぇ。」


 真っ暗闇で遠くから這いながら追いかけてくる死体のほか何も見えないが、僕には彼女が誰だかわかった。ホムラビ、ワタツホムラビメだ。僕が彼女を認識すると真っ暗闇の中、堰を切ったように青い炎が燃え上がり炎の中から彼女が現れた。


「お、ちゃんと思い出したみたいやねえ。まあ、今は虫を払うことが先や。熱いかもしれんけど、男の子や我慢できるやろ?」


 そう言いながら彼女が白い指を僕の額に乗せると、轟々と僕の体を黄色い炎が包み出した。払っても落ちなかった分の虫がボロボロと炭になり灰へ帰って行く。追いかけて来ていた死体も日におびえたのかこちらを見ながら後ずさりをして行った。辺りが明るく照らされて紫色の芝とドス黒い血の染みた泥がまた目に入った。


「あー、危なかったなあ。今度からはちゃんとワタツホムラビメって覚えとき、ホムラビなんて呼ばれてると出る力も出ないんよ。まあ坊主にだけの、特別な呼び方ってのも悪ぅないけどねぇ。」


 声を出そうとパクパクと口を動かしているのを見てワタツホムラビメ、彼女は着物から瓢箪の水筒を取り出し、ドロドロとした白色の甘い何かを僕に飲ませた。不思議な味だったが、乾いていた口が徐々に潤って行った。


「あ、ごめん……なさい。」


 謝罪の言葉を述べると、彼女はにっこりと笑って僕の口をお手拭きで拭った。こんな訳の分からない場所にいるのに、彼女はやけに楽しそうだ。


「ええんよぉ、別に。ああでも、ウチも坊主に謝らなあかんねん。まあわかっとるとは思うけどなぁ、虫の問題が解決できてなかったみたいなんよ。」


『虫』、さっきまで死体から溢れて僕にへばりついていた虫がいたが、あれが『虫』なのか? 前の襲撃では見えなかったが、今回は見える。統一性がなく毛虫や百足、蜂に蟻にクワガタに蛆にゴマのように小さな物と、色々な種類の虫だった。アレが、僕に巣食う虫なのか。


「アンタ優しいから、たかが男一人殺しただけで傷つきすぎてるんよ。それで自分から虫を作ってるみたいでなぁ。こればかりはウチは手を出せんねん。」


 自分で作り出している……アレは僕が作り出した虫なのか。男に対して気を追いすぎてるから。しかし、神様にできないとなると、ぼくはもうどうしたらいいのだろうか。ずっとあの虫に付き纏われるのか。


「能力の話とちゃうよ、ウチが治したら意味がないっちゅう話や。影響なしにあの男を忘れさせることなんて簡単よ、でも心の問題は自分から治さなあかんやろ?」


 心の問題——そう言う彼女は本当に楽しげに笑っている。彼女の言い分には確かに一理あるような気もしなくもないが、当事者にとってはたまらない。


「ま、虫がついとったらできるもんもでんきくなるからね。今だけは虫を取っとくわ。あん男は自分でなんとかしいや。」


 そう言い切ると瓢箪を仰いでゴクゴクと何かを飲んだ彼女は豪快に笑い、僕の腰をバシバシと叩いて死体の方へ背中を押した。


【許さない——熱い、熱い、死んじまう! どうしてこんな目に——お前を一生、許さない——!】


 僕は這いつくばって匍匐前進するようにジタバタとする男を眺めた。冷静になって考えれば、あの男の言っていることはおかしい。アイツが僕を襲わなければこうはならなかったし、至近距離からの弓矢だなんて殺意は十分にあっただろうに僕だけが責められるのは不公平だ。


 だが、例えば今まさに僕の夢に彼が出てくるように僕は彼に対して罪悪感を抱いている。今から過去に戻れれば、彼を殺さずに捉えることができたと思う。生け捕りにした後に、傭兵さん達が安全のために殺さないかは別として。


 人間が奪っていい人間の命なんて無い、僕はそう信じている。論理的な筋の通った説明はできない。全知全能の存在からしたら消えた方がいい命があるのかもしれないが、それでも僕は消えた方がいい人間なんていないと信じている。それなのに僕は彼を殺してしまったのだ。


 僕の乏しい頭では襲って来た彼を解放しても人間の役に立つことなんて、バタフライ効果的な事以外に見込めるものはない。神様的な存在に操られていたらしいが、僕でなくとも重要人物を殺そうとしたら手配書が配られ彼はもう社会では生きて行けなくなるだろう。その上で僕を殺そうとしたのだから彼も殺される事を充分に了承するべきなんだ。


 ——それでも僕は彼を殺してしまったんだ。救えたかどうかはともかく、手をかけずに済んだ命だった。ああ、こういう事を突き詰めて考えても、結局根本にあるのが『自分で殺めたくない』なんて僕の自己中心的な浅ましい考えなんだ。


 たしかに1人の人間として救える命は救うことが望ましい、だけどそれで自分に大きな不利益が及ぶ場合は救わないなんて誰でもやってる事だ。僕だけが苦しむ話じゃない。自然選択説を根拠に考えれば、人間は誰もが自分だけは確実に生き残るため生きるべきなんだ。昔からの慣習、遺伝子の記憶として、自ら死を選ぶ遺伝子はその場で絶えて、生き汚くも生きた遺伝子は残る。人類、いや原初の生物からの記憶だ。


 いくつもの命を餌として、いくつもの命を犠牲へ捧げながら、厳しい環境を意地汚くとも生きろと言う遺伝子の命令が僕たちには課せられているんだ。


 本能としては彼を忘れるまではいかなくとも、気にかけることではないと主張している。


 だけれど、それは違うと僕の心のどこかで否定をしている。例えば生物の群れを考えた時、エサが少なければ群れとして分け与えるよりもエサを争った方がいい時もあるだろう。しかしそれでも多くの生物は群れをなして暮らしている。


 それは当然食料の分配というデメリット以上に群れるメリットがあるからだ。例えば天敵からの襲撃があったとしても自分以外の誰かが狙われるかもしれないし、誰かが危機に陥ったときに守らなければならないというデメリットを飲めば自分も危機の時には守ってもらえる。だからこそ動物と同じと考えるなら人間もみんなと共存をするべきだし、同族を排除することは恥ずべきこととするべきだ。


 僕はこれを頭では詭弁だとわかっているのだ。例えばチンパンジーやボノボやアカゲザルに見られる習慣で、いや霊長類に限らずホッキョクグマやライオン、凡その生物は共食いや子供殺しを行う。群れをなすために一部を廃絶することは生物の群れでは推奨されることなんだ。


 だから今回の討論では本能の言い分が正しいような気もするが、それでも僕は人を殺してはならないと考えるのだ。もはや結果ありきの酷く不公平な審判だと思うけれど。


最初にも言ったが理屈的な説明はできない、強迫観念かもしれない。この悪夢は『人の死になんか親戚の葬儀でしか触れたことがなかったから、旅が終わって始めて考える余裕ができて今になってぶり返したもの』、つまり本当の僕にとっては『旅の疲れなんかで吹っ飛ぶほどの軽いもの』なのかもしれない。


 それでも、例え強迫観念だと蔑まれるように言われてもいい。僕は人の死を軽んじたくはないんだ。だから——


 ——だから僕は、目の前の死体をゆっくりと見定めた。腰を落とし、燃えあがる火に怯える目を見ながらゆっくりと彼を抱きしめた。


 彼は怯えてるし、バタバタと腕の中で暴れている。確かに彼は焼けて死んでしまったんだから燃える僕の体を怯えるのは当然だったな、ワタツホムラビメに言って炎を消してもらった。歩み寄ろうとしている癖に他人への配慮が足りない、わかりやすいほどの独りよがりだ。


火が消えた途端、芝生が見えなくなり暗闇に死体と彼女だけが見える状態になった。彼の口や目玉からわさわさと虫が出てくる。


 ここで虫を拒んではならない、彼を拒んではならない。


「殺してしまってごめんなさい。これで許されるとは思ってないけれど、もう攻撃はしないって証拠に。君が僕の妄想の産物か、魔術的な超常の産物なのかは僕に判断はつかない、それでも一緒に生きて行けると僕は思う。」


 覚悟を口にすると、彼は激しく暴れ出した。僕が彼を受け入れたとしても、彼が生き返るわけではない。一緒に生きていくなんて事になったら彼は僕を殺せなくなるし僕は彼を殺した事を気に病まなくなる。彼に一切のメリットがない、虫と一緒なっても僕を殺してしまいたいのだろう。


「僕が君を殺してしまったんだもの、君が殺そうとして来た事を僕は許すよ。これから君が僕を一方的に痛めつけるとしてもそれでも僕は君への負い目があるから許すさ。だから、一緒に生きていこう。」


 酷く身勝手で恩着せがましい言い方だが嘘偽りのない本心さ。もうここまで来たら僕は彼に殴られても、虫に噛まれても許すことにした。相手に門を開いてもらいたいのに僕が門を開かないなんてアンフェアじゃないか。人間である以上完全な公平を保てるわけがないけれど、出来るだけ気をつけたいんだ僕は。暴力を許すから殺害を許せ、なんていうのがフェアかどうかと言われると、できるだけとしか言えないしな。


 死体は足掻いている、だが僕はもう彼を殺してしまった事を先ほどまでは悔いていないのでこれが僕の夢だとするといずれ彼の抵抗も消えるだろう。もし魔術的な超常で彼が消えなかったとしても、僕は彼を受け入れていこう。僕の一部として——


「ふーん、そう考えるんやねぇ。自分勝手でおもろいわぁ、そらあの人も気にいるわ。なあ坊主、すぺしゃるさぁびすっちゅうやつや。ほんまはアカンのやけど、ソイツにウチが名前を授けたるわ。せやねぇ……アンタみたいに身勝手で逆恨み上手な奴やから、【シュテンドウジ】っちゅう名前なんてどうや?」


 酒呑童子、なんだかやけに聞き覚えのある名前だ。なぜ日本の鬼が……いやと言うか元人間だった存在に名前なんて勝手につけていいのだろうか。


「誰かから貰った名前っちゅうんは送り主相応の力があるんよ? 具体的にそうやねぇ、例えば同じ送り主を持つ子供と深い仲間になれたり、その神様からほんのちょびっとだけ、力貰えたりねぇ。」


いやそうじゃなくて。彼だって殺される前は普通に他の名前を持っていたんじゃないかと、本人が不満を持たないだろうかと、たった今抱きしめている酒呑童子を見ると今まで暴れていた彼は嘘のように落ち着いていた。


「ふふ、どうや? 凄いやろ。」


 確かに、彼はピタリと落ち着いてしまっている。僕が手を離しても彼は暴れ出さないどころか、むしろ行儀よく彼女に向かって正座までもした。彼は正座の文化圏ではないと思うのだけれど……。


「おおよしよし、シュテンドウジは坊主と違って礼儀正しいなぁ。同じウチの子なのにどうしてこうも違うんやろなぁ。」


 幼い見た目に似合わずに悩ましげに眉を潜めている彼女だが……同じウチの子?


「ああ、言っとらんかったっけ? 坊主の名付けにウチも関わってんねん。ほんまはベンケイとか、ヨシツネとか、粋な名前をつけたかったんやけどねぇ。反対されてもうたんよぉ、そのせぇかなぁ?」


 いや弁慶よかウロノテオスの方がヨーロッパ圏には合ってるだろ……いや、僕の住む地域はヨーロッパ西部に近い文化なのに、なんちゃらオスってギリシャくさいヨーロッパ南部の名前だけどね。


「ま、もし困ったことがあったらいつでもシュテンドウジの名前を呼んでや。パッと向こうの世界へ行ってなんか手伝ってくれるさかいね。あんまり複雑なことはできひんやろうけど、物騒な事は簡単にこなすと思うわぁ。」


 彼女はまた瓢箪を仰ぐと、ケラケラと笑って青い炎を纏いながら僕の額に手を置いて……そこで僕は夢から覚めた。精神的にぐったりとする疲労感が体を襲い再び意識を手放してしまう最中、クロノアデアが僕の手を握りながら魔術を駆使し看病をしているのが見えた。


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