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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
40/167

意識高い系

サブタイトルに別に蔑称としての意味合いはないです。またこの作品内にて使われる主義主張は全て作品としての質を高めようとする物であり、特定の物に対して批判または賛同する為に書かれた物ではありません。

 目がさめるとクロノアデアは僕が寝ているものとは別の、部屋の隅にある小さなベッドで眠っていた。


 ポミエさんが小さな声でおはようございますと間延びしたような喋り方で挨拶をしてきた。……別に責め立てているわけではないのだが、喋り方って大切だ。


 ポミエさん曰く、今はもう夜だそうだ。地下暮らしゆえにいまいち実感がわかないけれど、気を利かせているのかランプについている明かりも光量が結構落ちている。若干くらい部屋にずっと起きているのも目に悪そうで嫌だけれど、眠くもないし部屋を明るくしてクロノアデアを起こしたくない。


 じゃああれだ、散歩にでも行くか。思い立ったら気の変わらないうちに行動に移すのが良い、ポミエさんに相談して置き手紙を書き外へ出ることにした。


 ランタン片手になるべく静かに開けようと心がけながらギィっと音のする扉を開け廊下に出る。人がいないから昼も静かだったが、夜になるとまた格別な静けさがあった。別段そんな筈があるわけがないのだけれど、どうしたことか特別な感覚だ。ひんやりと冷えた空気が露出した腕を撫でるのは少し気持ちいい。


 階段を2段上がり、仮称コロッセオ一階に出ると丁度風が吹いて顔に冷えた空気が当たった。やはり風通しが良すぎる、そもそも何のためにこの建物は円形闘技場の形を取っているんだ。暖かさに包まれた夢うつつの気分から一気に目が覚めたのだけれど、どうしようまだ散歩を続けようかな。


 ポミエさんはいつも眠そうだけれど、彼女も寝ずの番やら荷ほどきやらでいつも以上に疲れているだろうから早く引き返した方がいいのだろう。けれど風に当たって冷えたから帰るってのも個人的にどうかと思うんだ、そんな事は予想できただろうからそもそも外に出るなって話じゃないか。まあ予想できていなかったんだけれど。


 ここまで来て地下の談話室に戻るのもどうかと思うし、近場でどうにか……コロッセオのステージにでも上がって見るか。昼に見た地図では特に何もない中庭という扱いだったけれど、闘技場が中庭ってのも凄い土地だ。


 物事には当然理由っていうものがある。突き詰めて考えれば、極論で言ってしまえば人の気まぐれだって無意識だってなんだって理由付けができる。棒を倒して進行方向を決めるのだって、その人の筋肉のつき方、風の様子、地面の様子、その他諸々に理由がつけられる。


 だからこそ、こんな頭のおかしい奇妙奇天烈摩訶不思議な建設物にも何かしらの理由があるはずだ。……設計者の気分とかだったらやだな。極論を持ち出した身で言うのもあれだけれど、一括りで言っても納得できない理由って物があるし。


 闘技場のステージに上がると、観客席に当たる場所はベランダになっていた。奥にちらりと見える窓には明かりの漏れている物があるが、全体的に結構暗い場所が多い。


 確かに寮内は全て個室って言うのはいいんだけれど、なんだか地下暮らしをする身となってはタコ部屋でもいいからきちんとした暮らしをさせて欲しい。まあその場合にポミエさん達と離れなければいけないから、少し不満っちゃあ不満だけれど。寮内にキッチンがあったから自炊必須だろうし、僕個人では身だしなみを清潔に保つことすらできないだろうし。


 こっちの世界でのお風呂はあんまり一般的じゃない。僕だって一回くらいしか入った事ないしね。でもその代わり体を濡れたタオルで拭いているし、香水とかで体臭対策はしている。森で育った僕とは違って一般的な子供はプールに入って遊ぶこともあるらしい。


 まあ『体をタオルで拭く』でわかったかもしれないが、ブラシとか取っ手付きの道具を魔術で作ればいい話だけど僕はクロノアデアに毎日背中やらなんやらを洗ってもらってる、頭皮をたらいに溜めた水と一緒に揉んでもらったりね。


 だけれど僕のする事は館のイーモンとか傭兵の人達に言わせれば病的な潔癖症らしい。彼らの言い分には体をあんまり清めていると逆に病とか悪しき物を払う御力が落ちるだとかなんだとか。


 雨の降り具合からこっちでは魔術師がいない限り水が結構貴重だし、そもそも水っていうのは人間が必要とする様にカビや野生動物も大好きだ。カバや鹿などの大きな動物が住んでいる水場には糞が撒き散らされている事は確定だし、一般的に乾燥した地域では宗教的に水を使った嗜好っていうのは避けられる事になるだろう。こう考えれば確かに彼らの言い分もわかる様な気もする。


 けれど、やっぱり木剣振ってたら汗をかくし、元日本人としては気持ち悪いから毎日体を清めたい。寧ろ僕に毎日風呂に入らせろと言いたかった。まだ若い幼児だから流石に風呂に入らなければ体が痒くなるとかはないけれど、それでもそれは習慣だし記憶に深く根付いたものだ。


 そういう観点からすると、こうやって外を歩くことも余り推奨されない。まあ現代日本でも夜歩きなんて推奨されたことではなかったけれど、こっちはこっちで魔性が活発化するだとか何だとかで一般人はおろか魔術師にも上手く魔術を管理下に置けないだかで忌避される。


 僕としては夜を更かしつつ美しい月を愛でるのは楽しいものだと思うんだけれどな。


 あいにく今日は満月ではないので実演はできないけれど、魔術が制御できないというのは事実だ。静かな森の館ではこの日ばかりはオーバーフローが頻繁に起こった。元々安い給料で雇えるからと女性の魔術師を多く入れていたからただでさえ『魔力が濃い』のに、みんなの制御を離れて魔術が起こるからあちこちで水が漏れた突風が吹いた制服に焦げ跡がついたと声がしたものだ。


 習いたてで上手く魔力の制御ができない僕もオーバーフローを起こしていた。余り破壊的なものではないけれど、属性系統ができないという事もあって何が起こっても不思議ではないとクロノアデア以外は近づかなかった事が記憶に残っている。


 そう考えるとこの学校じゃあ満月の日はどうなるのだろう、火事で寮内全焼とかもあり得るんじゃないか?


 まあ、腐っても魔術師だしどうとでもなるか。


 中庭の土は砂だ、森の中はキチンとした腐葉土だったけれどここは砂漠の様にしっかりとしているあたりまた魔術とかでかなり人工的に作られた土地だとはっきりとわかる。しっかりとした感触ではあるが、歩く際には砂の粒子が細かすぎて結構動きづらいかも。


 人類の敵である魔族、なんて言い方がある。魔族って字面で見ればわかるけど、魔術ってのは元々は敵の使っていた技術らしい。別に人間も使えなかったわけじゃ無いけれど、特に魔族と呼ばれる人々は魔術師が多かった。


 魔族って呼ばれる人々で分かるように『人類の敵』は人の容姿を取っていても人扱いされないことがある。例えばかつて人の国と戦争をしたエルフや犬の獣人、小人族の小鬼、龍族、同種である人間にも魔に落ちただかなんだかと言われる人種も魔族にはいる。


 魔族っていうのは要はプロパガンダなんだろう。


 進んだ前世では人種差別とかは、まあ軽度だった。少なくとも多くの人が問題視をできるほどには人種による差別は大きな問題になっていてくれた。それでもこちらでは違う。思うに小人だとか巨人だとか獣人だとか、皆んなが大体同じ知能を持っているんだから些細な話なんだ。


 人権っていうのはおいそれと触れていいほど軽い話ではない。だけども同時に厄介だからと触れずにいて良い物でもない。肌が緑色だとか、自分より背が高い低いだとか、皮膚が鱗状になってるかとか、毛深いだとか怪我羽毛状だとか、そんな事は便所のネズミのクソにも匹敵する本当にどうでも良い事だ。……冷静に考えたらトイレにネズミがいてそのネズミがそこで病原体を撒き散らすって中々の問題だよなぁ? 例を間違えたわ。ああだから遊び半分で触れる気は無かったのに、なんでふざけるのか。


 まあとにかく、どうでもいい事に拘るのは人の(さが)でもある。純粋に相手のことをわからないっていうのは怖いものだ、色素どうこう、文化の差だってあるし。同じ日本でさえ歴史上に主君をコロコロ変えても良い時代と悪い時代があるように人間の文化は多種多様、驕り高ぶった考え方も文化によって自然な考え方と捉えられるし礼儀正しい行いも非道かつ無礼な物にもなる。


 文化っていうのは難しい話だ。天秤のようでもある、片方への理解が深まればもう片方の理解が薄まるでもないのに相対的に軽くなっていってしまう。両方重くなると天秤自体が壊れるてしまうこともある。


 理解があれば良いだけじゃないんだ、上手く言葉にできないけれど、抱擁とかが必要だ。たとえ相手に攻撃されてもの母性の象徴でもある無償の愛が必要なんだ。左の頬をぶたれても右の頰を差し出すんじゃない、相手には何が何でも抱擁を返すんだ。相手が拒んでも愛するべきなんだ、ハグで相手がまだ抵抗するならキスだってしよう。とにかく相手と対等な立場に立って共に歩むんだ。


 虎のような狩猟能力もなくネズミのような繁殖能力もない、ましてや子守に不利である胎生である人間が生き残ったのは共生のおかげだ。群れを作り、雄は狩りに出かけ雌が群れを上手く統治する。誰かが傷つけばその者を看病し、重篤であれば不利益を被る者を最小限に納めるために最善を尽くす。


 人間が手を取り合わずにどうするんだって話よ。全ては自然の選択である為に、僕個人でどうとでも出来るものとは思えないけれど。結果なんだよ、自然選択説、進化論なんて言葉を使うけれども結局は何通りもの生き物が産まれては自然に適応できずに死ぬものがいる。生き残ったものだけが後の世に伝える権利を得る。


 自由、権利、機会。そんな物は人間が勝手に保証している物で、自然は自分に従う者にしか優しくない。だからこそ人間は自然を従えつつ殺していくのか。だからこそ代償として環境問題が産まれてくるわけなんだけども、それもまた結果なんだな。


 進化論なんて言うのはキリスト教的世界観では蛙の子は依然変わりなく蛙として生まれると言う、神が作った物事に矛盾が起こる事をキリスト教圏にて喋ったから、だからこその『進化』論なんだ。別に環境に適応しようと意図的に進化できるわけじゃない。何千何万通りの微妙な差異を積み重ねるからこそ、適応ができるんだなコレが。


 ……何を熱く語っとるんだ僕は。まあいい、全ては小さな物事の結果なんだから僕の小さな努力とて無駄にこそなりはしない。ただ、与える影響どれだけ大きくなろうが∞-9999みたいな結果になるだけだろうと言う事で。それでも世の中に∞はないから、僕みたいな人を増やして行けば良いのかもしれないね。


 ……∞って数として際限なく膨れ上がった、ないし膨れ上がっている概念だから∞から9999引いても結局∞なんだっけ?


 背中に高校中退と言う重い看板がのしかかる!

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