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ちらうら  作者: 湊いさき21
本編
33/167

ことなかれ主義

 バタバタと音を立て部屋に入ってきたクロノアデアは、僕を見るなりぐしゃぐしゃと顔を崩して、今にも泣きそうな表情をした。


 近くを探すと言っていたポミエさんよりも早く彼女がきたのは意外だった。しかし怒る気ではなさそうだったので、気の変わらないうちに謝ってしまった。怒られたくないから謝るのは違う気がしたが、とにかく謝っておいた。


 クロノアデアは何か言いたそうでもあったが、何も言わずに僕を抱きしめた。


 その後はまあ……色々とでも言っておこう。長いわりに面白い内容ではないから、あまり話したくない。


 話したくない内容の後、僕の魔術に導かれポミエさんが帰ってきた。もう少し後に傭兵団の団長さんが帰ってきた。彼には普通に怒られた。立場とかは関係ないとか言って、ガツンと叱るあたり立派な人だと思う。


 夜には宴会が開かれた。何でも毎年この時期になると開いている祭りで、僕たちに運がいいなんて言ってたけど本当かどうかは怪しい。まあでもこの時に接待を出来るのは凄い。僕はたかだか騎士の子供って扱いだけど実際には公爵家の子らしいから、そうとう鼻が利くのか運がいいのかとにかく僕に媚を売るとは何かしらの恩恵が有るんじゃないだろうか。


 ……打算抜きに、ただ滅多に来ない客人を祝ってるだけかもしれない。そうなるとただ自分が浅ましい思考をしている事になるからその想像はやめよう。


 今は宴会場が酒臭くなったのでちょっと外に出てる。ここで騎士とみられる傭兵達に合わせて酒盛りをするあたり、やっぱり媚を売っているんだろうな。子供によろしくするよりも権力がある大人の方が話が早い。傭兵達も媚を売られていると自覚しているんだろうけど、そこで自分たちの身分を明かさないのも賢いと言っていいのかいけないのか。


 会場の外は真っ暗だった。まあ夜でも明るいと言えるほどの灯りを用意するのは、魔術師でない限り蝋燭やら何やらの費用が馬鹿にならないから当然と言えば当然だ。


 ポミエさんとクロノアデアは何やら遠くから僕を見守っている。僕は昼に神隠し的な物にあったらしいからそれの対抗策らしい、どうして遠くにいるのが策になるかは僕でもわからない。


 村を魔術で作った灯りで訳もなく散歩していると、フラフラと人が近づいてきた。近くに来るまでは分からなかったが、どうやら昼間に教会にきていた娘らしい。あまり顔を覚えていないので昼間の人ですよねとか余計なことは言わずに「こんばんわ」とだけお辞儀をしておく。


 向こうも、と言うより僕は灯りに照らされているので遠目からでも僕だと分かっていたのだろう、恭しく頭を下げてきた。


「その、何をしていたのでしょうか。夜分に歩くのは危ないですよ。」


 丁寧な物腰だ。暗い夜に灯りで照らされた彼女の姿は中々に綺麗だった。赤毛混じりの暗い金髪は長く伸ばされ眉は細く、顎のラインはスッとしていて、全体的に痩せた印象を受ける。きっと栄養が足りないんだろう、彼女が理想的な環境で育ったのならばまた違った美しさになるのだろう。


「星を見ながら散歩をしてたんですよ。」


 そういえばここの星座にはオリオン座や北斗七星、南十字星など素人目でもはっきり分かるような星座が見られない。だからSFみたいな話になるけれど並行世界の地球という訳でもなさそうだ。まあ、どこまで並行世界と定義づけるかで変わる話だけど。


「宴会のお食事は気に入りませんでしたか。」


 不安げに聞いてくるのは、あれか。この世界での騎士が日本で言う侍みたいに殺生権をある程度握っている事なんだろう、無礼討を心配しているんだろうか。もちろん美味しかったけど、仮にこんな村でまずい飯を出したくらいでそれを心配する方が無礼だって事は黙っておこう。


「ああいえ、お腹いっぱいになるまで美味しくいただきました。ただお腹いっぱいになった上にお酒の匂いがきつくなったので夜風にあたりに来たのです。」


 僕の言葉を聞いて彼女の態度は少しだけ柔らかくなった。やはり心配してたのだろうなあ。「そうですか。」と軽く返事をして彼女は俯いた。


 僕と彼女の間に暫く無言の間が続く。何か用があるのか、もしかしたら僕が迷惑をかけた人かもしれないから僕から謝罪を無しに立ち去るのは避けたいが、確証がない。昼間の人ですかと馬鹿正直に聞くか?


 心なし俯いて考え事をしていると「あの。」と、娘が口を開いた。


「あの、昼間の件はすいませんでした。気づかってもらったのに、逃げ出しまして。」


 予想通り彼女は昼間の人らしい。怯えながら話す姿は精神にくる物がある。よかった、これで謝罪をして別れられる。


「此方こそ怯えさせるような真似をさせてすみませんでした。あの時は……少し色々あって、精神が乱れていたんです。その、初めての旅の疲れ的な。」


 また頭を下げて謝罪をして立ち去ろうとしたら後ろから手を掴まれる。まだ用があるようだが、あー、うー、と言葉にもならない音を漏らしなかなか言い出さなかった。こちらから何か用があるかと聞いてようやく彼女は口を開いた。


「怖い人だと、思っていたのです。ですが今こうして話をしてみると、星を眺めたり、私みたいな村人にも丁寧な物腰で接してくれて、優しげな面があって、どっち何ですか。」


 こうして思ったことを直球に聞いてくるのは育ちの差だろう。別に悪い意味ではない、確かに本来(?)の僕が歩むはずだった公爵家の貴族政治の道にはその素質は邪魔でしかならないだろうが、彼女の進む道では寧ろ重要な物であるはずだ。あって初日の人、しかも多分二度と会わないような人を知りたがるのはどうかと思うけれど。


 そもそも人間の善し悪しなんて物は例えば戦時と前世の社会では全く価値観が違うように、環境が違えばガラリと変わってくる物だと。かのアインシュタインは『狂気とは同じことを繰り返し、違う結果を得ることを期待すること』なんて言ったそうだ。それはつまり逆に違うことをやって同じ結果を期待するのも間違っているという事になる。


 まあ人間の価値観の話をすると長いものになるので後で話すとしよう。とにかく今は目の前の事に集中だ。


「人は色んな面を持ってるのですよ。今日はたまたま怖い面とそうでない面を見ただけで……なんて、答えはどうでしょう。」


 ちょっとキザったらしく答えておいた。真剣に見つめてくる彼女を騙すのは忍びないが、まあ真実を話すわけにもいくまい……思えば僕の人生は秘密ばっかりだ。何でたかが10年にも満たない人生の中でこんなに秘密を抱え込まなきゃならないんだ。前世のこと、生まれのこと、神様にあったこと、どれも重い。ヘヴィだぜ……漫画で言えば元最強の主人公が家族の為に死んだくらい……これ以上の言及は避けておこう。利権問題が怖い。


 苦しい時にふざけるのはこうやってかないと潰れてしまうからか、でもそれを認識した瞬間にさらに重圧が強くなるというね。考えなくてもいい事を考えてしまって、考えるべきことを考えないのは悪い癖だ。


「……そうですか。すいません、変なこと聞いて。」


 あまり満足しなかったらしい、気取った事がバレたか。だがそれ以外にどうやって煙に巻けばいいのだろう。取り敢えず伝家の宝刀、なんてほどの物でもないけど愛想笑いでも作っておくか。


「もう少し気の利いた言葉が良かったですかね。」


 少しだけ引きつってしまい、むしろ向こうに自分が迷惑をかけているようだと気づかせてしまった。あんまりそうやって困った顔をして困らせないで欲しい。


「いえ確かに色んな面があるってわかる気がします。やっぱり偉い人って物知りなんですね。」


 明らかなる社交辞令だ、だがやられた限りはこちらも返さなければならない。本当に面倒だな、彼女も村娘だなんて立場だからこう言った事は苦手だろうに大変だ。


「……上に立つには知力なりなんなりのそれなりの力が要りますからね。聞いたり読んだりしただけなんで実際の経験はないですけど、力がなければ下から突き上げを食らうんじゃないですかね。」


 そう、そうなんだ。僕は無駄に年を食っている。17から急に赤ん坊になって、赤ん坊から今までの年月。換算すれば成人はしているはずなんだけど、社会に揉まれるとか成人なりの経験をしてないから精神が幼いんだ。しかもストレスからか幼児退行もしているような気もするし、ああだからストレスを自覚すれば更にストレスになるって分かってるだろうに何で自覚するんだ。自分のことながらせめて心で思い浮かべない程度に感じててくれないかなと思う。


「えっと、何で私がここに居るかわかりますか。」


 急に彼女が口を開いたかと言えば何だかんだ哲学的なことを聞いてきた。僕理系だから哲学的な話はあんまりできないんだけど。


「あー……それは神様が創って的な?」


 僕が口を開くと途端に顔を伏せて残念な顔をするあたりとても正直な娘だと思う。今までとは違ってこれは本当に皮肉だ。ああダメダメ、苛つくな。虫とやら取れてる筈なんだから僕の気性に問題があるんだな今度は。


「わからないですか、そうですよね。私自身、どうすればいいのかわからなくて……その、お付きの方は何処にいますか。」


 ここで僕の従者の話を出すとは。従者に話さなきゃいけないこととはかなり深刻な話なんだろうけど、一体なんだ。落ち着いた物腰だし教育機関に通えない村人にしてはかなり賢い娘なんだろうから、まさか哲学的な話を大人を交えて話すような事はしない……はず。


 まあ別に話しても大丈夫だろうと、後ろの暗闇をさす。クロノアデアの魔力はかなり強いから多少は慣れててもどこに居るかがわかる。まあ自分で魔力を出す孔を閉じるとか離れ業ができるから、その気になられたら全くわからないんだけど。


「見ててこうして放置するということは、そういう事なんですよね。」


 悲しそうに呟く彼女は何だか申し訳なさに潰れてしまいそうに肩をすぼめている。見ているとこっちまで申し訳なく感じる……これは僕の感受性がすぐ貰い泣きをするような幼稚園児レベルに戻っているってことか?


「すみません、教会の部屋に一晩泊めてくれませんか。たぶん、君の年なら何も怖いことはしなくてもいい筈だから。」


 ここまで来ると、鈍い僕でも何となく察した。いや、外れてたら恥ずかしいから明言は避けるけど。この村に住む彼女がわざわざ僕の部屋に泊まりに来るってことは、まあ当然それなりの理由があるんだろう。


 一応こんな形をしているけど、僕は男だ。騎士爵と言えば一代限りだが貴族だ。その貴族の嫡子的な子供が帝都の学園に公爵様の後ろ盾を持って通うんだから、それは立派な身分を持つんだろうと予想できる。そして僕の年なら避けられて、僕の年じゃなければ避けられない事と言えば限られてくる。


「……ああ、うん。わかった。」


 取り敢えず僕が何をするかわかった様子を見せれば彼女も何やらやらなければならなくなるだろうから何も分からないふりをしておく。


「大丈夫、何もしないよ。ごめんね、大人の事情に付き合わせて。」


 大人の事情とくれば、まあ権力やら金の絡む事情だ。こうやって何もわからない僕に謝るんだから本当に純粋な娘だ。そんな彼女が嫌がるような事を強いる村も、強いざるをえないこの村も大変だな。よく村を観察すればどの家もキチンと手入れをされているから分かりづらいけど、外から見て隙間風が漏れるだろうとわかる程ガタがきている。


 僕はこの村を眺めていただけで観察はしていなかったんだなぁ。教会なんて人入りの多い場所があんなに古いんだから、予想ができた事なのにな。


 教会にくれば神官が戸の前でつっ立っていた。娘と目配せをしてから僕にどうしたのですか何て聞いてきた、演技が下手すぎるというか白々しさが滲み出ている。


「お姉さんが泊めて欲しいって言ってたの。新しく部屋を用意し欲しいとは言いませんので、僕が寝る部屋に泊めてあげて下さい。」


 今後の励みに神官にはしっかり見てほしい。申し訳無さそうに肩を狭め、拙いけれど誠意を込めたような言葉を使って頭を下げる。そこまで見られていないだろうが拳や脚などに心なし力も込めて謝る。演技とはこんな風に見られていないだろう細部にも全力を尽くすものだ。


 いやまあ、今後なんて来ないで欲しいんだけど。


「おや、そうなのですか。もちろん構いませんですよ。どうぞ、狭い場所ですがくつろいで下さいね。」


 僕の演技は糧にはならなかったようで、神官の所作の一つ一つに申し訳なさが滲んでいた。


 部屋の扉を開けて彼女を招き入れる時に教会の入り口の方から神官の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。クロノアデア達が入ってきたんだろうけど、やっぱり神官なんて高潔な人種は(はかりごと)に向いていないんだろうなと思った。


 娘に椅子を勧めて僕はベッドの真ん中に座る。ここであくびをする事で僕は疲れている雰囲気を醸し出した。これで同衾は難しいと匂わせておく。彼女が完全に察するとは思っていない、ただ雰囲気としてあれば良いのだ。


 一応ここで僕の目標を確認しよう。二つあって一つは彼女に何も辛い思いをさせる事なく朝を迎えさせる事だ。もう一つは僕の方にも何事もなく朝を迎えること。


 両方ともアバウトな目標だから当然含む範囲が広い。まず僕が何か感じ取ってる雰囲気を出さないこと、彼女の仕事が完全に失敗した雰囲気は出さずむしろ成功に近い形でうやむやにすること、色々ある。まあ取り敢えず健全に僕と彼女に友好関係を築いたとしておけば村人からすれば御の字だろう。


「そう言えばお姉さん。星を見るのは好き?」


 取り敢えず趣味の話を振って見たのだけれど、あまりいい返事は貰えなかった。このまま星に関してどんなに素晴らしいことかを幾分か装飾して語っても良いけれど、もう少し彼女の反応を見るか。


「星は綺麗だよ、お姉さんは何か好きなものはある?」


「えっと、花とかは知っていますけど。」


「ああ、花はいいよね。僕が知ってるのは薬草とか霊草みたいなものしか知らないけど、そんな物でも綺麗な花が多いよ。」


「薬草……ですか?」


「うん、例えばこの村の近くでクリューサンテムって花が植えてあるでしょ。アレは星見草なんて言って、実は滋養効果とかがあって……まあ若さを保てて長生きができるんだよ。」


 クリューサンテムって言うのは、タンポポみたいな花だ。黄金花なんても呼ばれてる。まあ日本語では黄金花なんて別の花を指していた気がするので、そっちの呼び方は避けた。漢文かなんかで知ったんだけど、どんな花かは忘れた。


 花に興味があると言うのは本当のようで、結構食いついてきた。ようし良いぞ、このまま話を続けていこう。


 ビバ・事勿れ主義!


生活上漢字をよく使うんですけど、どこまでルビを振らなければ良いのかわからないので落語以外で聞くかを基準として振ってます。何か文句があったらすみません。

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