村にて
毎回事前に考えていた前書きに書くことを忘れる
知らぬ間に随分と遠いところまで来ていたようだ。村にたどり着くまでに随分と長い間かかった。途中に流れの速い川や大きな原っぱに出て、こんな場所は通っただろうかなど考えながらも進んでいると畑仕事をしている1人の農婦に会い、事情を話して農作業が終わった後で村まで案内をしてもらった。
しかしせっかく戻れた村には残念なことに僕のメイド達と傭兵のおじさんは居なかった。傭兵の若い男と話したことのない方のおじさんが残っていた。彼らとはあんな別れになってしまったので……気まずい。
向こうもそれは同じなのだろうが、案外サッパリとした性格なのかあちらから素直に謝って来た。揉め事の原因である僕も謝り返すのだけれど、立場が違うから誠意が伝わったのかはわからない。
誠意の示し方の一つとして、とりあえず彼らの事をよく知ろうと彼らに自己紹介をさせた。
まず彼らはおよそ100人ほどの傭兵団の団長とその仲間らしい。団長がそんな数人で仕事に出るのは良いのだろうかと思ったのだけれど、彼ら曰く副団長さえいれば良いらしい。むしろ団長がいても副団長がいなければ困る言い方だったが、あまり他所の事に首を突っ込むのも無礼だ。
それで若い方の人はその傭兵団にとって若手のホープ的な立ち位置らしい。彼の言うには僕を苦労も知らなさそうな子供に見えて僕に対し辛く当たってきたらしい。そうは言うけれど、彼に対する僕の態度の方が辛辣であったので彼の謝罪は耳が痛いものだった。
彼の名前はスヴェイン・オーケルバリ。神からの祝福を受けていないから3番目の名前はないらしい。こうしてよくよく見るとなるほど一枚看板になるような青年で、確かに女性に手を出してしまう性分になるのも分からなくもないやはり家族に等しいクロノアデア達に色目をかけたのは思うところがあるけれど、女性にだらしないのは彼の個性だと認め優しく接するようにしよう。
今この場にいる方のおじさん、彼はいない方のおじさんの友人的な立場らしい。スヴェインさんはむしろ義理兄弟に近いと言っていたが、本人は否定していたのであくまで友人として紹介しておこう。
名前はマナヴェルド・クリストフ・レイヨンと言うらしい。鍛錬が趣味と言うそこそこの筋肉質な男で、斧や槍などの色んな武器を使える事を自慢にしていた。試しに腕相撲をしたのだけれど、魔術師でもないのに意外と強かった。感覚だと多分硬貨も捻じ曲げられる。
自己紹介が終わり暫くしても3人はまだ帰ってこなかった。何か困ったことが起きてなければ良いのだけれど、発端が自分にあるので胸が苦しい。
「クロノアデアとポミエさん……メイド達はどこへ探しに行ったかわかる?」
2人の反応はあまりよろしくない。お互い顔を見合わせて肩をすくめたり目配せをした後レイヨンさんの方が重そうな唇を開いてため息をした。
「すまん、あまりハッキリとした行き先は分かっていない。若い方なんて坊主が駆け出した後に謝罪を入れてすぐに駆け出したからな。背の高い方は村長の家に行った後近くを探してくるって行っていたな。」
近くを探すのにここまで時間がかかるものだろうか、もしや僕みたいに神様に絡まれていたらどうしようかと不安になってきた。今すぐにでも探しに行きたい気分なんだけれど、自分でも焦りが態度に出ていたからスヴェインが肩を叩いて制止してきた。
「大人しく教会で待ってろ。これでまた迷ったら本末転倒だからな。」
そんな事は言われなくとも——いや、彼は親切心で言っている。邪険にしてはいけない。
そう、僕は魔術師なんだ。魔力に糸目をつけなければ不可能はない。人を探すなんて訳が……待て。そうだ落ち着こう。落ち着いて考えればこの状況もおかしい。クロノアデアほどの魔術師が何で未だに僕を見つけられていないのか、そっちを考えよう。
まずレイヨンさんの言う若い方、クロノアデアは僕が飛び出した後に謝罪を入れてすぐに追いかけたらしい。彼女が僕の足に追いつけないはずはない、この時点で神様などの大きな存在から介入があったと見るべきだ。
僕から『虫』を捕ったらしいホムラビの仕業か?
彼女は僕から虫を取り除くのを目的としてたから邪魔が入らないようにそれはあり得る。だがそうなると今もクロノアデアと会わせない理由がつかない。
それじゃあ、僕に虫を付けた連中だろうか。まず神様のホムラビ以外が気づかないレベルの存在を扱えるんだから相手も神様レベルの存在だ。クロノアデアを分離させるくらいはできるだろう。それなら僕はまだ狙われている事になる。
考えが及んだ瞬間に恐怖のあまりまるで油の風呂に入っているような気持ちの悪さが全身を包んだ。僕にまた虫がついたらどうしようか……。
だが襲撃のことをよく考えれば、あの襲撃では態々弓矢を使って虫を付けてきた。つまり物理的な接触が必要な訳だ、物理的な攻撃を防ぐ結界を張っておこう。
ただ、ホムラビに虫を捕られてから今に至るまでに触れた物はドアノブとレイヨンさん達だけだ。だからレイヨンさん達が虫を付けてきたりドアノブに罠が仕掛けられてたというならお手上げだけれど、まだ付いていないと考えよう。
結界というのは魔術印のように魔術技術の一つで、まあわかるとは思うけれど特殊な空間を作る技術だ。これも面倒なもので範囲を決めるために最低でも4つの印を置かなければならない。
置かなければ効果範囲がランダムになり、莫大な魔力を要求されたり、そもそも結界が発動しなかったりもする。これは人間が背後を意識できない事によるんだけれど、まあ僕もなんで印をつけただけでそれが解決するのか深く理解できてないのでそこの話は省こう。
そうそう、結界は魔術的な空間を意味するから、印を置かずにただ魔力を空中に放出するだけでも定義的には擬似結界は作れる事になる。オーバーフローが起こりやすい空間だなんて魔術的な空間以外の何物でもないからな。
何て事を考えてるうちに天井と床に印を付け終わった。三角柱とか平面がある結界を張る時はキチンと辺を付けた方が良いのだけれど、まあ今はよしておこう。結界の条件は……卑金属は出入が出来ないとして、解除条件は僕の魔力がなくなる事とする。本来なら底面に破られそうになったら土の魔術で結界の面に沿って壁を作るとか、色々と文言を書いて更に結界を強化するのだけど生憎ここは教会の中だ。床に落書きのようなものを書くわけには行くまい。
さて、気休め程度だが結界が貼り終えた。これでようやくクロノアデアとポミエさん探しにのり出せる。
まず探し方だが、結界を張った以上この中から出る事はない。こんな場面になっては不謹慎だけれど、魔術師としての腕がなる。
ここから僕が出ないだけなら色々な方法がある。まず一つは使い魔を作ってそれに探させる。次に彼女らと縁のある物を用意して遠見する。第三案では魔術で大きな魔力の反応をさがす。
使い魔と言うのは魔術的契約を交わした生き物のことを指すのだけれど、多くの場合その生き物は魔術的に生み出した擬似生命で済まされる。例えばゴーレムや、精霊だ。精霊についての説明は長くなるから省くけれど、神様のミニ版だとでも理解してほしい。
遠見については簡単に言ってしまうと呪術と呼ばれるものだ、藁人形に髪入れて釘を打ち込むタイプの。物に残留する微かな彼女らの魔力を探して、そこの光を屈折させて僕が見る。理屈は恐ろしく簡単なんだけれどその分効率が悪い。距離によるけれど片方の魔力を探すだけでも僕の魔力の半分は持っていかれると考えてもいいだろう。
魔力の反応云々は更に効率が落ちるやり方で、エコーレーダーのような物だ。ビーム状の魔力をぐるぐる撃って跳ね返りや手応えで魔力の強さを測る。
ただ相手側の魔力の強さで反応の強さが左右されるのでこれは一点で測る場合には方向以外あまり参考にならないことが多い。しかし今回は近くにいる魔術師が神官と相手の魔力をよく知っているメイド2人だけなので非常に有効だ。しかも魔力を当てられると相手はそれがわかるので、今回の場合は僕の居場所を知らせる事が出来て一石二鳥だ。消費魔力量で言えば石じゃなくて岩だけれど。
他にも色々有るけれど、例えば村に雨雲やらを作って村に魔術師がいることを知らせれば2人はその魔術師が僕だって気づくだろう、でも多すぎてキリがないのでやめる。
この中で僕が取るべきなのは使い魔の作成だろう、時間がかかってしまうが捜索だけを目的とするなら一番魔力が残る。襲撃が来るかもしれない時には出来るだけ魔力を温存しておきたい。
使い魔を作るためにそれを補助する魔術陣を作らなきゃならないから、準備の間に更に使い魔の説明をしておこう。使い魔には魔術で作られた擬似生命を使用すると言ったが、その擬似生命の説明をする。擬似生命の本質はただの魔術だ。例えば今から作る使い魔は影のような黒い靄の玉で、別に細胞があるわけでも遺伝子があるわけでもない。ただ僕が魔力を与え続けなくても勝手に存在し続けるし、少し細工をしてやれば無性生殖もするようになる。
今回は簡単に靄の玉には周囲の魔力を吸うこと、結界の外へ探しに行って教えた特徴に合致する人間がいたらここまで連れて来ることと大まかに二つの命令を入れる。
勿論その命令を入れる為に他に人の探し方や、視界を持たせる為に外部の光を認識しろなどの命令をたくさん入れているけれど、大まかに、大まかにその二つだけだ。
描き終わった魔術陣を眺める。本当ならコンパスとかを使うべきなんだけどフリーハンドで描いてるからあまり綺麗じゃない。魔術は同じ儀式をやっても人によって結果が変わるなんて適当な物だから、こう言うのは意味づけが重要だ。まあ前世でよく見た『魔法陣』を真似て円の中に六芒星を描いて、中にまた円を描く。外円の周りに普段使わない文字で条件を描いていく。
「ふぅ……——魔力を糧に我が手となりて、契約に従い人を探せ、汝は我が意のままに——ディミオルガ・サインヴォリオ」
予め手に溜めておいた魔力を陣に無理やり流し込み、起動させる。シュルシュルと内円から煙が立ち上がった。やがて結界の上部に溜まりはじめ、直径が人の腰回りほどになるうっすらとした靄になった。
「さあ我が手よ、僕の女中を探しに散っておくれ。」
後書きも然り